騎士におんぶ★
翌日、昼過ぎに聖女広場で待ち合わせをした。
「ジュリア、早いね」
今日のジュリアは長い髪に髪飾りを付けている。
「やあエミリー。さっきさあ、聖女の像にクリーニングの魔法をかけてるお婆さんを見たよ。誰がやってるのか気になってたんだけど彼女だったんだねえ」
「へえ」
「魔法具も無しにかなり強力な魔力を発揮してた。あれなら長持ちしそうだなあ」
魔法は人々の日常に深く浸透している。無くても生活は出来るが、使える者はよりよい生活を手に入れる事が出来た。
ほどなくしてウェルターが現れた。帝国騎士の鎧がキラキラと光っている。
「待たせたな。じゃあ行こうか」
「今日は仕事さぼって大丈夫なの?」
「いや。ワイバーン事件の事後処理として許可を得ている。これは公務だ」
黒龍王の調査で派遣された人々がワイバーンの大群に襲われたという事件は世間に広まっている。だが黒龍王が目覚めたという所まで知る者は少ない。
「ふうん」
ジュリアは不満そうな顔をした。
朱雀大路に出る。平日だが人通りは多い。
「エミリー。馬車に轢かれないように」
「うん」
三人で並んで歩く。エミリーは二人を交互に見上げる。
「さっきからエミリーは何ニコニコしてるの?」
「いやあ何か、パパとマミ姉に挟まれているみたいだなって。村を思い出しちゃって」
「えっ。やめてよ、というか親子に見えてほしくないわ。エミリー何歳だったっけ」
「13」
「若っ!13歳が親元を離れて自活してるってのも大変な話だね」
「でも面白いよ」
「そりゃそうでしょうね。あーお腹すいた」
三人は大通りの大きなレストランに入った。
エミリーはメニュー表をじっとみている。
「なんでも頼んで良いからね。ウェルターのおごりだし」
酒場には無いメニューが多い。
エミリーは紙を取り出した。一品ずつ頼んで感想を書き込む。
「研究熱心だね。アックスに作らせるの?」
「ううん。美味しいので忘れると勿体ないなって。だいたい書かないと忘れちゃうの。私は物覚えが悪いみたいで……」
「良い心がけだわ」
「ジュリアもメモをとるほう?」
「無いね。私は覚えられないものは一切覚えない主義なので」
食事を終えると靴の店に行き、続いて服の店に寄る。
ウェルターは良い荷物持ちである。
「次の店行こうか」
「まだ行くのか……」
「公務なんでしょ?付き合ってよ」
訪れたのは魔術学校の通りの魔法具の店だ。
(ここ、私が杖を買ったところだ)
店内に入ると店主はギョッとした顔で中腰で対応した。
「これはこれは騎士様、当店に何のご用でしょうか」
「いや、彼女たちの付き添いだ」
確かに騎士が杖を求める事はあまりない。
(あ。私に合った杖を進めてくれた人だ)
店主もエミリーを覚えていたようでにっこりと笑いかけた。
ジュリアは店主の表情を見て、帝国民が抱く騎士への不信感のようなものを感じた。
「あれ?このお店ってもっと品揃えが充実してたような」
確かに店内には+1の杖が並ぶが、+2の杖が見当たらない。
「近頃、高品位の魔法具が飛ぶように売れるので入荷しておらんのです」
「へえ。景気でも良くなったのかね?」
「+1の魔法具の売れ行きは変わらないんですけどねえ」
ジュリアはあれこれ手にとって吟味している。
店主は相変わらずウェルターを警戒してる。
(騎士だからというよりも、何か別の理由でもあるのかしら……)
だからと言って咎めるほどでもないので気にしない事にした。
「エミリー、何か杖を買ってあげようか。その杖、あっちに積んである銀貨一枚のやつでしょ」
店主も同意した。
「お嬢さんの予算が合えば、もう少し良い杖でもいいかもしれませんね。多少は魔法を使えるようになったみたいですし」
「分かるの?」
「商売ですからね。用途は何が多いですか?」
「将来的には薬の生成や調合したいので……」
「じゃあこれはどうでしょうか」
小さなタクト型の魔法具だ。値札には金貨一枚と書いてある。
「小さくて可愛いな。これにします」
「もちろん性能はワンドと変わりませんよ。今持ってるその杖よりもよっぽど高性能です。ただ、モンスターを殴ったりは出来ませんが」
店主は冗談めかして言った。
「この子、キメラやワイバーンと戦って来てるのよ」
「ええっ。冒険者なんですか?よく生き残れましたね……」
「まあ、確かに……」
武器にもなるワンドを勧められたが、結局小さなタクトにした。
あくまで冒険者ではなく、受験生の自覚があるからだ。
結局ジュリアは長い杖を買った。魔力上限が二割ほど上がるらしい。
「まあしばらくはこれで仕方ないよね」
言葉に無念さがにじんでいる。失った杖には相当愛着があったようだ。
店を出るとエミリーは早速箱からタクトを取り出した。
タクトの先には小さな宝石が付いている。
「へへへ。綺麗だなあ」
「私はあまり魔法具の店に行かないんだけど、的確にアドバイスしてくれるもんだねえ」
エミリーは魔法具が並んでいるのを見るだけでもワクワクしてしまう。
楽器初心者が楽器店の商品に憧れる心理に近いのかもしれない。
「店長さん、腰が低いし丁寧だよね。私も接客頑張らないとなあ」
「侮れないよ。お釣り受け取る時に手が触れたから魔力を測ってみたけど私の10倍の容量があったわ。まあ、私みたいに攻撃魔法を撃つために使う訳じゃないんだろうけど。学校をちゃんと出てる上級魔術師でしょうね」
魔法の用途は多岐に渡り、生活に根差したものになっている。もちろん、人類発展のための技術開発に使われることもある。
実際のところ、エミリーも戦う魔術師を見たのはジュリアが初めてだった。
ジュリアは買い物袋をウェルターから受け取った。
「買い物に付き合ってくれてありがと」
「いやいや。こんな事で良いならまた呼んでくれ」
夕焼けで聖女広場が染まっている。
エミリーの仕事がまた始まる。
「あのさ、最後にお願いあるんだけど」
ジュリアはもじもじしながら言った。
「聞ける事なら聞こう」
「おんぶして」
「は?」
「広場一週で良いから」
「エミリーじゃなくてジュリアを?」
エミリーは慌てて言った。
「いやいや!私13歳だよ!?そんなに子供じゃないから。おんぶとか恥ずかしい」
「駄目かな。私24歳なんですけど」
ウェルターは背中を見せて屈んだ。
「どうぞ」
ジュリアの顔が輝いた。長い髪がすだれのようにウェルターにかかると同時に立ちあがった。
そのまま無言で広場を歩き始めた。
カチャカチャと甲冑が音を立てる。
夕暮れの中、エミリーは戸惑いながらその後ろを付いて歩いた。
(わあ。なんだろうこの状況。これが大人かあ……)
「私ね、一度、騎士におんぶされてみたかったんだ」
「この前、山を下る時に言えば良かったのに」
「恥ずかしいでしょ!」
(わあ。色々勉強になるなあ。テストには出ないだろうけど)
(つづく)




