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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
31/52

騎士におんぶ★

 翌日、昼過ぎに聖女広場で待ち合わせをした。


「ジュリア、早いね」


 今日のジュリアは長い髪に髪飾りを付けている。


「やあエミリー。さっきさあ、聖女の像にクリーニングの魔法をかけてるお婆さんを見たよ。誰がやってるのか気になってたんだけど彼女だったんだねえ」


「へえ」


「魔法具も無しにかなり強力な魔力を発揮してた。あれなら長持ちしそうだなあ」


 魔法は人々の日常に深く浸透している。無くても生活は出来るが、使える者はよりよい生活を手に入れる事が出来た。


 ほどなくしてウェルターが現れた。帝国騎士の鎧がキラキラと光っている。


「待たせたな。じゃあ行こうか」


「今日は仕事さぼって大丈夫なの?」


「いや。ワイバーン事件の事後処理として許可を得ている。これは公務だ」


 黒龍王の調査で派遣された人々がワイバーンの大群に襲われたという事件は世間に広まっている。だが黒龍王が目覚めたという所まで知る者は少ない。


「ふうん」


 ジュリアは不満そうな顔をした。


 朱雀大路に出る。平日だが人通りは多い。


「エミリー。馬車に轢かれないように」


「うん」


 三人で並んで歩く。エミリーは二人を交互に見上げる。


「さっきからエミリーは何ニコニコしてるの?」


「いやあ何か、パパとマミ姉に挟まれているみたいだなって。村を思い出しちゃって」


「えっ。やめてよ、というか親子に見えてほしくないわ。エミリー何歳だったっけ」


「13」


「若っ!13歳が親元を離れて自活してるってのも大変な話だね」


「でも面白いよ」


「そりゃそうでしょうね。あーお腹すいた」


 三人は大通りの大きなレストランに入った。


 エミリーはメニュー表をじっとみている。


「なんでも頼んで良いからね。ウェルターのおごりだし」


 酒場には無いメニューが多い。


 エミリーは紙を取り出した。一品ずつ頼んで感想を書き込む。


「研究熱心だね。アックスに作らせるの?」


「ううん。美味しいので忘れると勿体ないなって。だいたい書かないと忘れちゃうの。私は物覚えが悪いみたいで……」


「良い心がけだわ」


「ジュリアもメモをとるほう?」


「無いね。私は覚えられないものは一切覚えない主義なので」


 食事を終えると靴の店に行き、続いて服の店に寄る。


 ウェルターは良い荷物持ちである。


「次の店行こうか」


「まだ行くのか……」


「公務なんでしょ?付き合ってよ」


 訪れたのは魔術学校の通りの魔法具の店だ。


(ここ、私が杖を買ったところだ)


 店内に入ると店主はギョッとした顔で中腰で対応した。


「これはこれは騎士様、当店に何のご用でしょうか」


「いや、彼女たちの付き添いだ」


 確かに騎士が杖を求める事はあまりない。


(あ。私に合った杖を進めてくれた人だ)


 店主もエミリーを覚えていたようでにっこりと笑いかけた。


 ジュリアは店主の表情を見て、帝国民が抱く騎士への不信感のようなものを感じた。


「あれ?このお店ってもっと品揃えが充実してたような」


 確かに店内には+1の杖が並ぶが、+2の杖が見当たらない。


「近頃、高品位の魔法具が飛ぶように売れるので入荷しておらんのです」


「へえ。景気でも良くなったのかね?」


「+1の魔法具の売れ行きは変わらないんですけどねえ」


 ジュリアはあれこれ手にとって吟味している。


 店主は相変わらずウェルターを警戒してる。


(騎士だからというよりも、何か別の理由でもあるのかしら……)


 だからと言って咎めるほどでもないので気にしない事にした。


「エミリー、何か杖を買ってあげようか。その杖、あっちに積んである銀貨一枚のやつでしょ」


 店主も同意した。


「お嬢さんの予算が合えば、もう少し良い杖でもいいかもしれませんね。多少は魔法を使えるようになったみたいですし」


「分かるの?」


「商売ですからね。用途は何が多いですか?」


「将来的には薬の生成や調合したいので……」


「じゃあこれはどうでしょうか」


 小さなタクト型の魔法具だ。値札には金貨一枚と書いてある。


「小さくて可愛いな。これにします」


「もちろん性能はワンドと変わりませんよ。今持ってるその杖よりもよっぽど高性能です。ただ、モンスターを殴ったりは出来ませんが」


 店主は冗談めかして言った。


「この子、キメラやワイバーンと戦って来てるのよ」


「ええっ。冒険者なんですか?よく生き残れましたね……」


「まあ、確かに……」


 武器にもなるワンドを勧められたが、結局小さなタクトにした。


 あくまで冒険者ではなく、受験生の自覚があるからだ。



 結局ジュリアは長い杖を買った。魔力上限が二割ほど上がるらしい。


「まあしばらくはこれで仕方ないよね」


 言葉に無念さがにじんでいる。失った杖には相当愛着があったようだ。


 店を出るとエミリーは早速箱からタクトを取り出した。


 タクトの先には小さな宝石が付いている。


「へへへ。綺麗だなあ」


「私はあまり魔法具の店に行かないんだけど、的確にアドバイスしてくれるもんだねえ」


 エミリーは魔法具が並んでいるのを見るだけでもワクワクしてしまう。


 楽器初心者が楽器店の商品に憧れる心理に近いのかもしれない。


「店長さん、腰が低いし丁寧だよね。私も接客頑張らないとなあ」

 

「侮れないよ。お釣り受け取る時に手が触れたから魔力を測ってみたけど私の10倍の容量があったわ。まあ、私みたいに攻撃魔法を撃つために使う訳じゃないんだろうけど。学校をちゃんと出てる上級魔術師でしょうね」


 魔法の用途は多岐に渡り、生活に根差したものになっている。もちろん、人類発展のための技術開発に使われることもある。


 実際のところ、エミリーも戦う魔術師を見たのはジュリアが初めてだった。


 ジュリアは買い物袋をウェルターから受け取った。


「買い物に付き合ってくれてありがと」


「いやいや。こんな事で良いならまた呼んでくれ」


 夕焼けで聖女広場が染まっている。


 エミリーの仕事がまた始まる。


「あのさ、最後にお願いあるんだけど」


 ジュリアはもじもじしながら言った。


「聞ける事なら聞こう」


「おんぶして」


「は?」


「広場一週で良いから」


「エミリーじゃなくてジュリアを?」


 エミリーは慌てて言った。


「いやいや!私13歳だよ!?そんなに子供じゃないから。おんぶとか恥ずかしい」


「駄目かな。私24歳なんですけど」


 ウェルターは背中を見せて屈んだ。


「どうぞ」


 ジュリアの顔が輝いた。長い髪がすだれのようにウェルターにかかると同時に立ちあがった。


 そのまま無言で広場を歩き始めた。


 カチャカチャと甲冑が音を立てる。


 夕暮れの中、エミリーは戸惑いながらその後ろを付いて歩いた。


(わあ。なんだろうこの状況。これが大人かあ……)


「私ね、一度、騎士におんぶされてみたかったんだ」


「この前、山を下る時に言えば良かったのに」


「恥ずかしいでしょ!」


(わあ。色々勉強になるなあ。テストには出ないだろうけど) 


                     (つづく)


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