村から出るよ★
マミは酒場に自作の胃薬を卸している。腹痛だけでなく、二日酔いにも良く効くと評判である。
材料の採取と天日干しをエミリーは手伝うこともある。
今日はその横で大きな鎧が干されていた。
「おじいちゃんってさ、なんでずっと鎧を着るの?」
「習慣じゃな。わしの人生の大半はこの鎧とともにあったのじゃ」
魔王は鼻をつまむしぐさをして顔をしかめた。
「道理で……臭いわけだ……」
「お前の角の方が臭いわい」
「まあ。まあ。今日もこの後、お父さんの手伝いに行くの?」
「うむ。わしの手先の器用さには、エミリーパパも驚いておったぞ。それに比べて本当に使えぬわ、この男」
「……」
「ま、まあ。角のおじさんは狩りが得意みたいだし、得手不得手ってあるよ実際。そうだ、干し肉を作って酒場に卸したらどうかな。マミ姉の薬と一緒に」
「考えておこう……」
村の酒場は塔が出来てから不思議と繁盛していた。
マミとエミリーの父、酒場の主人はカウンターに腰掛けている。
「じゃあその商人の馬車に金を払って乗せてもらうのは良しとして……。入試にも結構、金がかかるのだな……」
酒場の主人とエミリーの父は幼馴染でもあり、情報収集のために水だけで粘る彼に嫌な顔一つせずに協力してくれた。
「受験料は小金貨3枚だそうだ。……足りないなら貸すぞ」
「ありがとう。だが大丈夫だ。それくらいは払える」
このような末端の村でも貨幣経済は息づいている。
小金貨1枚で銀貨50枚。
エミリーの父は一日働いておよそ銀貨1枚を得ている。
(およそ半年分の稼ぎ。しかしこの程度で済むなら安いものだ)
「これ、受け取ってヨ。50枚しかないけど」
マミは懐から銀貨の袋を取り出した。
「マミには勉強を教えてもらっている。授業料を払いたいくらいなのに、受け取れないよ」
「授業料は食べ物で貰ってるし、エミリーは私の子供みたいなものだヨ。それに薬を作る手伝いもしてもらってるからエミリーが稼いだお金だネ」
「ありがとう……」
そんな二人の会話を酒場の主人は優しげなまなざしで見つめていた。狭い村である。村の子供達の将来は自分たちの村の発展にも繋がるという意識は当然ある。
その夜、父はエミリーに話を切り出した。
「12歳から受験は出来るらしい。エミリーはもうすぐ13だから、すでに資格があるということだ」
「そうなの!ついに受験かあ!」
正直なところ、娘に合格できる学力があるのか分からない。確かめるすべもないが、何事も経験だ。
「入試は先の大戦の鎮魂記念日にやると決まっている。来月末だ」
「ええっ。来月……」
帝都までは徒歩でひと月半、馬車でも二週間はかかる。旅立ちの日は近い。
エミリーは村から一歩も出た事がない。エミリーの不安そうな表情を見て父は言った。
「急ぐことはない。受験資格に上限はないらしいし。来年でも再来年でもいいんだぞ」
「ううん!パパ、私挑戦してみたい」
エミリーはこの村が好きだ。だが彼女には夢がある。薬師になるという夢が。
ただ、マミ姉と離れるのはつらい。
「おお、そうか。パパはエミリーを応援しているよ。受験後は、わずか三日で合否が決まるらしい。結果も見てくるんだ。受験が終わったら都を見物するといい。パパは行ったことが無いが、珍しいものや美味しい物も沢山あると聞く」
「わあ!うれしいな!」
「エミリー。都会は危険だから十分注意するんだよ」
「うん」
(大丈夫かな……)
エミリーが旅立つ前の晩、父はマミの家を訪ねた。
「夜分にすまない。ちょっと入っていいかな」
「どうぞ」
床には老人と角の男が雑魚寝している。
(近いうちに増築してやらないとな)
「エミリー明日行くんだよネ」
「ああ。少しショックなのは、エミリーが全然寂しがらないんだ。もっとさびしがり屋かと思っていた。エミリーはマミに何か言っていなかったか」
「女の子は案外、こういうときはサバサバしてるからネ。新しい世界にどんどん挑戦して成長していくものだヨ」
床に寝転がる大男二人をチラリと横目で見ながらエミリーの父は実感した。
「そうかもしれないな。男はどうにも情けないな」
「ふふ……。でもまあ、心配なのは分かるヨ。お守りでもあげようかナ」
「お守り?」
「明日のお楽しみだヨ」
次の日の朝。エミリーの父とマミ、長老、居候二人が見送りだ。
川の向かいから洗濯しているおばさんも手を振ってくれた。
「この杖、エミリーが使ってネ」
「ありがとう!」
「おまじないもしておいたから、肌身離さず持つようにしてネ」
「うん。じゃあ行ってくるね!」
「ああ!気を付けて」
エミリーは荷馬車に揺られて村を出て行った。
エミリーの父が運賃を支払うと、行商人の夫婦は快く引き受けてくれた。荷物と一緒だが、毛布を敷いてくれている。
親元を離れるのは初めてだが、不思議と寂しくない。
長旅への期待と、妙な高揚感に包まれている。明るい未来が、楽しい未来が待っているような気がする。
懐には小金貨3枚と銀貨50枚。金貨は受験料とのことで、絶対に手を付けてはならない。そして選別の杖。
この杖はマミがいつも使っていたホウキの柄である。よく見るとヘビが彫刻されている。目が赤く仄かに光っている。
(本物のヘビみたいだ)
今にも動き出しそうである。この杖は、マミが森で倒れていた時に握りしめていたものらしい。
(きっと宝物をくれたんだ。大事にしないと)
半日が経過し、夕暮れが近づいたころ、急に馬車が停まった。
今晩、宿泊する村に着いたのだろうか。
外から話し声が聞こえる。気になるが、エミリーは幌から顔を出さなかった。
父から言い付けられているからだ。このような辺境の地にはあまり居ないらしいが、野盗が金をせびる場合もあるという。
素直に小銭を投げ渡して立ち去るのが賢いらしい。この場合、若い娘を積んでいると分かれば、ややこしい事にもなりうると聞いた。
(こわいな)
外からは女性の声がする。複数人のようだ。
(道を聞かれただけなのかな)
馬車は再び動き出し、エミリーはほっと胸をなでおろした。エミリーは好奇心が抑えきれず、幌の隙間から覗いてみた。
日も陰りつつあり、よく見えない。一人は大きな白い盾を背負っているようだった。
小さな宿屋は妙にカビ臭かったが、エミリーは上機嫌だった。
行商人の夫婦はエミリーにパンと肉を御馳走してくれた。
「あの、これ」
宿泊費と食事代込みで銀貨1枚くらいだと父から聞いている。銅貨に換算して100枚程度だ。
「そんなの、いいからいいから。沢山食べなさい」
「そんな、悪いですし……」
「子供が気を使いなさんな」
夫婦は銀貨を受け取らなかった。受験までは帝都に到着してから10日ほどの余裕をみている。
どう計算しても銀貨が余る。
宿の主人もエミリーが受験生だと聞くと「賢い子なんだなあ」と感心しきりだった。ぶどうのジュースなど、オマケも出してくれた。
パンと肉料理をお腹いっぱい食べたエミリーは床に就くとすぐに眠りに落ちた。
(旅は楽しいな。みんな良い人ばかりだあ……)
(つづく)




