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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
27/52

黒龍王に会いに★【後編】

 ジュリアは戦いながら思った。


(考えうる限りで最悪の最期じゃないか)


 付いて行くと言い出したのはエミリーだ。だがまさかワイバーンの餌食になるとは。


 彼女が最後に杖で指し示した方角には善戦している人々が居た。


(確かに私は周りが見えていなかった。最初から彼らと合流していればもう少しは戦えたかも)


 ワイバーンに掴まれながらも、エミリーはジュリアに生きる道を指し示したのだろう。


(怖かったろうに……)


 目頭が熱くなった。


 炎のカーテンが薄くなり、ワイバーンの火炎の熱を感じ始めた。


「くっ!」


 一番手前のワイバーンを火球で追い払うと、ヒールを脱ぎ捨ててジュリアは走り出した。


(もったいないけど仕方ないね)


 その隙を見逃さずにワイバーンが襲いかかる。


 杖で振り払おうとするが魔術師はあまりにも無力だ。 


 空振りして体勢を崩したところをワイバーンの尾で叩き飛ばされた。


「うっ……」


 トドメとばかりに覆いかぶさったワイバーンの頭に矢が突き刺さった。


 帝国騎士が駆け込みざまに巨大な槍でワイバーンを薙ぐ。 


「大丈夫か」


 向こうからも近付いて来てくれたようだ。


「なんとか生きてる」


「そうか。あとは俺達だけのようだな」


 ジュリアは三人を見た。


 彼らは力を合わせて戦っている。


 だが、それぞれの得物をみて落胆の色を隠せなかった。


 目視で魔力を測ったところ、彼らが手にしているのはどれも+1の武器だ。


 技量と得物のレアリティが一致するとは言えないが、おそらくこの窮地を打破出来るような英雄はいないだろう。


 アックスが持つ斧も+1であるが、彼は愛着を持っているだけで本来なら+3の斧を手にしていてもおかしくはない。


 なにか事情が無い限り自分に合った武器を使うのは当然である。


 それにしても……。


 数人逃げたが、三十人があっという間に四人。


「すまんな。俺たちもいっぱいいっぱいだ」


「いえ。私も最後までやるわ。申し訳ないけど、私の魔力が尽きたらその槍で……お願いね。ワイバーンにつつかれるのは嫌なの」


「……分かった」


 鞭使いが弓とジュリアを守り、二人はありったけの力でワイバーンに攻撃を撃ちこむ。


 槍使いは二人を守ったり、反撃に転じたりと忙しく立ち回る。


 決死の四人は次第に息が合い、互いを補うように連携が出来るようになってきた。


 だからこそ、ジュリアには分かっていた。


(私の魔力が尽きれば一気に終わるなこれは)


「これで十七」


 鞭使いは四人で倒したワイバーンの数を数えているようだった。


 だんだん個体が大きくなってきている。

 

 弓使いが声をあげた。


「あれは何?」


 黒い翼、異形の群れが近づいてくる。弓使いは震え声で言った。


「ワイバーンの援軍だ。相当な数だ……」


「これはわざわざご足労頂いて。奴らが来るまで頑張らないと失礼だな」


 ジュリアは思わず帝国騎士の顔を見た。


 最近の騎士はクズばかりかと思っていたがなかなか良い男っぷりである。


「クックック」


「何がおかしい。炎の魔術師」


「あのさ!洞窟で死にたいんだけど」


「どういう事だ?」


「せっかくだから自己紹介とお話をしたいわけ。洞窟には私の魔法で数分ほど蓋が出来るから」


 弓使いも同意した。


「私も疲れてきました。もう腕が上がりません」


 鞭使いは不満顔だ。


「俺はまだまだこれからだ。話す事などないわ」


「じゃあアンタ責任を持って腐れトカゲどもを調教しなさいよ!芸を仕込んだら見に行ってあげるわ」


 鞭使いは吹きだした。


「この状況で良くつまらん冗談が言えるな」


 騎士が大きく槍を薙いだ。


「いちにのさん、で洞窟に駆け込むぞ」


「いち」


「にの」


「さん!」


 洞窟に次々駆け込む。不満顔だった鞭使いが一番速い。最後尾はジュリアだ。


(こいつら女の子速度知らないのかしら)


 振り向きざまに杖を振りかざすと勢いを付けて地面に叩きつけた。


 いままで自分を支えてくれた大切な杖との別れだ。


「人生最期の大盤振る舞い。戦闘放棄シャッタースタッフ


 杖にはめ込まれた真っ赤な宝石が砕け散った。


 同時に巨大な火柱が出現した。


 火柱は生き物のように手を伸ばしてワイバーンを追い払う。


「しばらくは相棒が戦ってくれるから」


 ジュリアは涙を流しながら洞窟に腰を下ろした。


「あの杖、そんなに高かったのか?」


 そういう問題ではないが説明も面倒だ。涙を拭うと最後になるであろう戦友に挨拶をした。


「いや、まあね。そこそこ高いよ?私はジュリア。思いのほか狭いね此処は。逃げ道とか繋がっていないか期待したんだけど」


「俺は帝国騎士ウェルター。そっちの弓使いが」


「エルザです。よろしく」


「俺はキア。ワイバーンの援軍が到着するまでよろしく」


 洞窟の外からギャアギャアという叫び声が聞こえる。


「さっきの援軍、ワイバーンじゃなくてドラゴンよ」


「なぜ分かる」


「一般的にワイバーンは緑と赤だから。ドラゴンは知能が高いうえに、ブレスもワイバーンの比じゃないわ。完全におしまいね」


 洞窟内に重苦しい空気が漂う。


「……さっきはありがとう。みんなのおかげで助かった」


「うむ」


 騎士は槍を拭いている。


「この後に及んで武器の手入れ?帝国騎士ってことはお金持ち?」


 ウェルターは困惑しつつ首を振った。


「普通だと思うが」


「あんたらのフツウって信用できないのよね。騎士って貴族ばかりだから。最近はゴロツキも騎士に成れるみたいだけど」


「まあ俺は貴族階級ではある」


「エルザとそっちの鞭男は?」


「私は傭兵稼業です」


「鞭男とかやめろよ裸足女」


 ジュリアの足は泥だらけである。ジュリアは赤面した。


「さっきまで履いてたのよ!さっきまで……」


 さっきまで、エミリーが荷物を持ってくれていた。


 だから履いていられたのだ。


「今度は靴くらいで泣くなよ」


「うるさいわね……」


 表が妙に静かだ。杖の魔力が完全に無くなったのだろう。


 ジュリアは覚悟を決めた。


 この騎士は腕が良さそうだ。きっと楽に死ねる。


「……奴ら、なかなか入ってこないな」


「私みたいに玄関で靴脱いでるんじゃないの?」


 明らかにおかしい。


 おそるおそる外の様子を覗う。


 辺り一面黒一色であった。


 ワイバーンに代わり、ドラゴンがズラリと並び、じっとこちらを見つめている。

 

 その異様な光景に、エルザは悲鳴をあげて尻もちをついた。


 突如として巨大な風が巻き起こった。


 上空から黒い影に強大な魔力。その翼は山を覆い尽くさんばかりに見える。


 あまりの大きさにゆっくりと降りて来るように見える。


「黒龍王……!」


 帝国史に記録される黒龍王は先の大戦で魔王に付き従い数万の兵を焼き殺したとある。


 あの巨大な口から火炎がマグマのように噴き出すのならば、あながち誇張とも言えまい。


「我が山で……」


 黒龍王は人間の言葉を発した。空気が震える。


「大暴れした人間ども。生き残ったのはこの四匹か。同数殺して同数死んだか」


 脚の次に巨大な顔が洞窟の前にゆっくりと「着地」した。


 その鼻息に当てられ、エルザは弓を落とした。


 この矢でどうこうなる相手ではない。


(なぜ殺さず声を掛ける?)


 ジュリアは信じられない声を聞いた。


「ジュリア!よく無事で!」


 黒龍王の頭の上にはエミリーが立っている。


 ジュリアは頭の中が真っ白になった。


「なにがどうなって……エミリー……あんた黒龍王飼ってるの?」



                     (つづく)


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