黒龍王に会いに★【前篇】
帝都から馬車で二日かけて目的の場所に着いた。
うっすらと雪が積もっている。
事前に注意事項をジュリアから聞いていたエミリーは厚着をしてきた。モコモコと過剰なくらい着こんでいる。
魔術発動具である杖はもちろん登山用ストックとしても有効で、これがあるだけでも体の負担は大分軽減される。
エミリーにとって登山は初体験だ。
目的地はそれほど標高の高い場所ではないが、山道は思わぬ怪我を引き起こすため気を引き締めている。
目印である双耳峰を見上げながら浮石に注意して進む。
「ジュリアは毎年来てるの?」
「今年で三回目。当選したら必ず来るよ。寝てる龍を見物して金が貰えるなんて楽な話だよ」
「早く見たいなあ」
集団の先頭の方には調査報告書を作成するための帝国魔術師達の姿も見える。
「あの人達も戦うの?」
「いいや。報告を持ち帰るのが任務だから何かあったら私達が先にやる。彼らが戦う状況になるならオシマイだね」
不安そうなエミリーの顔を見てジュリアは笑った。
「大丈夫!大丈夫!そうそう戦闘にはならないし、一番安全なルートを選んでるわけだし」
今日は少し風が強い。
砂埃が舞い、視界が悪い。
後方で悲鳴が上がった。
ジュリアは反射的にエミリーの頭を押さえた。
「エミリー!伏せて!」
まるで大きな鳥に掴まれた兎のようだった。
かすかに人間を連れ去るワイバーンの姿が見えた。
蝙蝠のような羽、力強い脚が二本。
「弓兵!」
さらに二匹のワイバーンが岩の上からこちらを見ている。
放たれた矢は風のせいで彼らには当たらない。
睨み合いが続いたが、やがて飛び去って行った。
「被害は?」
「一人さらわれた!」
「可哀そうに。助かるまい」
不意を突かれたとはいえ、誰も気付かなかったことにエミリーは恐怖を感じた。
(自分も周囲に気を配らないと)
集団の進行速度は極端に遅くなった。
足元に注意しながら、上空にも気を張らねばならない。
皮肉な事に、警戒を始めてからは何事も起こらず、目的の大洞窟にあっさりと到着した。
洞窟内は黒龍王のテリトリーであり、モンスターが入り込むことは滅多にない。
帝国魔術師達はメモを取りながら内部へと進む。
「ジュリア。黒龍王ってどんな格好で寝てるのかな」
「仰向けってことはないだろうね。あと黒龍王の名前は知ってる?」
「なんか図書館で読んだような……」
「入試に出るんじゃない?黒龍王フェルニゲシュ。旧人類の時代から有名な名前だよ」
洞窟の先にはひと際明るい空間が広がっていた。
そこには泉が点在し、不思議な光を放っている。
「おい。あれを見ろ」
人々はざわめいた。
居るはずの場所に黒龍王が居ない。
あるのは黒龍王の鱗と思しきもので、あちらこちらに散在している。
「どういうことだ」
魔術師たちは鱗を採取したり、泉の大きさを測ったりしている。
「黒龍王いないね。せっかく来たのに」
「前回はそこに大きな顔があって、寝息を響かせていたんだけどね」
エミリーは泉を覗きこんだ。
底には水晶の柱が幾重にも折り重なって沈んでいる。
「ジュリア、綺麗だね!」
「感じないかい。大した魔力だよこれは」
おそらく採取すれば優秀な魔法具を作れるだろう。
だがここは黒龍王の巣だ。
禁忌に触れるような心地がするのか泉には誰も手を出さない。
調査にはかなり時間がかかった。
「そろそろ行きましょうか」
人々は空の巣穴を引きあげた。
洞窟を出ると晴天が広がっていた。
地平線の一角にクリミアハリルの建物群が小さく見える。
「なんて綺麗なんだろう」
エミリーは絶景にはしゃいだ。
先ほどの砂塵がウソのようだ。
ジュリアはつぶやいた。
「妙に見晴らしが良い。いやな予感がするね。とっとと山を降りたいもんだ」
下りは早かった。
行きにワイバーンが襲来した辺りにさしかかる。
人々の足は止まった。
「おいおい。まさかあれ……」
鳥の群れのようだが違う。
真っ赤な体をした集団が飛来してくる。
近づくにつれ、その数は膨れ上がるように見えた。
空を覆い尽くさんばかりだ。
ジュリアはエミリーの前に立った。
「200?いや300は居るね。まいったね。エミリー。全てが終わるまで岩かげに隠れてな。決して動くんじゃないわよ」
獣の叫び声が山に響き渡る。
「ワイバーンだ!戦闘準備!」
(つづく)




