路傍の魔王★
「おじさん、干し肉売れた?」
「全く……」
「別に肉を売りに来たわけじゃないんでしょう?もう諦めたら?」
「余の……沽券にかかわる……」
妙に強情なところがある。
味も良いし、魔力も回復する優れ物なのになぜ売れないのか。
「場所が悪いんじゃないかなあ?」
「いや……通り過ぎる者は多い……」
「そうじゃなくて。ちょっと待ってて」
エミリーは酒場でさきほど壊れた机を貰った。
大きな字で「魔力回復 干し肉 銅貨10枚 初回一枚無料」と書く。
「これ持って、魔術学校の近くで売ってみてよ。案内するからさ」
魔王はエミリーに大人しく従うことにした。
(人間に対しては……人間が一番良く知るだろう……)
「じゃあ私は今日も図書館に行くから」
エミリーが去ると魔王は看板を持って干し肉を並べた。
誰も買おうとしない。
(一枚で良い……売れてくれ……。魔力で買わせるか?いや……それは敗北に等しい……)
二時間ほど座ってみるがやはり売れない。
人通りは増えている。下校時刻になったようで学生たちが通り過ぎていく。
「おじさん、これってタダで食べていいの?」
男子学生が三人。声を掛けてきた。
「一枚なら……赦そう……」
三人は一枚ずつ受け取ると立ち去った。
(せめて……味の感想……)
客は来ない。魔王は通りをじっと眺めていた。
様々な恰好の人々が通り過ぎる。
魔力のあるもの、全くない者。
体も大きく、生物として強い者、弱い者。
魔族ならば淘汰されているような者も胸を張って生きている。
かと思えば力を持ちながらも肩を落として暗い表情で歩く者もいる。
人間というものはここまで多種多様なのだろうか。
(ここが……最大の人間生息地……)
ふと目をやった橋の欄干には、先の大戦で犠牲になった聖女のレリーフが刻まれている。
魔王は目を逸らした。
人間観察を続けていると、ふいに声をかけられた。
「おじさん。肉売って」
さっきの男子学生だ。
仲間を連れて戻ってきたらしい。
「この肉食べたら実技で消耗した魔力があっという間に回復したんだ。これで銅貨10枚とか安すぎるよな」
「おお……。人間どもにも……余の干し肉の良さが分かるか……」
「味も良いよね」
ついて来た生徒達も一口食べると、商品の良さに気が付いたようでどんどん売れていく。
人は人を呼び、干し肉はあっという間に完売した。
あれほど売れなかったのがウソのようだ。
一枚売れるごとにどんどん心が軽くなっていく。
(商売とは……よいものだな……)
「おじさん、来週は実技テストがあるんだ。来週も来るよね」
「この地に……来ることは……もうないだろう……」
魔王は聖女のレリーフをもう一度見ると、銅貨を風呂敷に包み込み酒場に戻っていった。
(この地で……余は自信を得た……村でこの経験を生かそう……)
酒場ではクレアが営業の準備をしていた。
「へえ。売れたんだ。あんたやるじゃん」
見たところ、商売の才能はなさそうだったが、どうやら干し肉は全て売れたようだ。
クレアは魔王の怪しげな風体に警戒感を抱いていたが、少しだけ気を許した。
「あんたさ。エミリーの何なの?ふつう、隣に住んでるだけで帝都までお使いに来る?」
「エミリーは……余の愛した女が……いま最も愛する者だ……」
「ああ、惚れた女が可愛がってたんだエミリーのこと。小動物みたいでかわいいもんねあの子」
クレアもエミリーが持つ愛嬌のようなものは感じる。
「余は……かの愛する者の望みだけは全て叶えてきた……今までも……これからも……」
銅貨をどさりとクレアに渡した。
「汝らに……与えよう……エミリーを頼む……」
そう言って魔王はエミリーの作った看板を引き摺りながら、扉を押しあけて出て行った。
「待ちなよ。もうすぐ帰ってくるから自分で渡しなって」
クレアも後を追って表に出たが男の姿はすでに無かった。
ちょうど入れ違いにエミリーが帰ってきた。
「えっ。角のおじさん帰っちゃったんだ」
「汝らに……与えようとか言って銅貨置いてったよ」
(全部売れたから帰っちゃったんだ。しまったなあ。まだ手紙の返事を渡してなかったのに)
(つづく)




