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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
21/52

魔王ご来店★

 部屋の壁にはずらりと杖が並ぶ。


 マインツは値踏みするようにその杖をひとつひとつを手にする。


 帝国博物館の地下には展示されていない武器や鎧、杖などが並べられている。


 マインツとヨハンは帝国の文化財保護の名目でひとつの部屋を用意した。


 新たに発見した魔法具の解析とレガリアの研究。


 そこで働く研究員たちは全て摂政マインツの息がかかった者たちだ。


 帝国の財源により運営されてはいるが、研究員たちは全てヨハンの指示に従う者ばかりだ。


「マインツ様。今月分の魔法具が各地から献上されました」


 魔法具はブレスレット、杖、ネックレスなどさまざまな形態がある。いずれも術者の魔法を補助、強化する力を持つ。


 献上されたものは種類ごとに床に山積みにされている。


「はじめは酷いものだったが、良質な発動具が集まるようになってきたではないか」


「はい。これもレガリア研究の成果のたまものかと」


 旧人類の伝承に登場する武器や防具などのレガリアは、60年前の大戦で使用された。


 その力は魔族に向けられ、一定の成果を得ることになった。


 レガリアの中には戦争後に新たに発見されたものもある。


 人類はそれを模して新たな魔法具を生み出した。


「来月の帝国議会の承認を得るまでに可能な限り集めておきたい」


「そのことなのですが……」


「どうした」


「各地で魔法具の強奪事件が多発しております。犯行は魔族によるものがほとんどです」


「困ったものだ。まあ魔族など元々信用など出来ようもない。『我々が叩く相手』をすでに教えてあるのだが。それとも私が契約している魔族とは別の勢力の仕業か?」


「かの眷族は数百万の単位で存在いたします。我々人間も一枚岩ではありません」


「ふふふ。喰わせ者も居るということか。魔族の中にも私の考えとそっくりな者が居るとすれば面白いな」


 魔王との戦いに至るまで、人間はお互いに覇権を争い、国を滅ぼし殺し合っていた。


 ある意味、魔王との戦いは人間同士の争いの抑止力となった。


 人間の脅威は常に人間である。


(諸侯国からの税収も見直す必要がある。それに帝都ではもはや勢力とも言えぬが、やはり皇女のシンパは徹底的に潰しておく必要があるな)

 

 

 最近のエミリーの生活は規則正しい。


 図書館で勉強をして、夕方から働き、明け方に眠る。


 この繰り返しである。


(ここでの暮らしも慣れてきた。でも不安だ)


 人生にはつねに新しい不安が生じる。


 ヘビの杖の行方も気になるが、やはり一番の心配ごとと言えば……。


(勉強が進んでる気がしない)


 復習としてルーン文字の意味や、呪文の暗記を進めているが、自分の力ではどうしようもない内容もある。


(来年も歴史の問題は出るんだろうか)


 優秀な人間なら、本さえあれば自ら学ぶことも容易いだろう。


 歴史の本を開いたエミリーはその量に圧倒された。


 どこが重要でどこがテストに出ないのか見当もつかなかった。


(私はあまり出来が良い方ではないみたい。どんな本を読んでもさっぱり分からない)


「エミリー!お客さんがもう来たよ」


 下からクレアの呼ぶ声がする。今日の一番客は早いようだ。


「ハイ!今行きマス!」


 階段を降りると、彼女は立っていた。


「エミリーさん!」


「メアリ!」


 続く言葉が出ない。二人は無言で近づくと抱き合った。


「メアリ。合格……おめでとう……!」


 不思議なことだが、エミリーはこの一言を発することで自らが救われたような気がした。


 メアリに対しての劣等感はもちろんある。


 だがその気持ちも素直に受け入れられるように気持ちが変化したのかもしれない。


 再受験を決意したからだろうか。


「ありがとう。エミリーさんはここで働いてるんですか?」


「見ての通り。でも、どうしてここに?」


「ほら。家庭教師の募集。『エミリー』って書いてあったからひょっとしたらと思ったんです」


「ああ……」


 あの一文がメアリの目にとまるとは思わなかった。だが何よりも会いに来てくれた事が嬉しい。


 クレアは隣の席を拭きながら二人の顔を見比べた。


「あんたクリミアハリルに友達居たんだ」


「受験の時に知り合いマシタ」


「ごめんなさい仕事中ですか?」


「そうだよ」


「じゃあ、オレンジジュースください」


 メアリはクレアに銅貨を10枚払った。


(へえ。賢そうな子じゃないか)


 注文を受けたエミリーは厨房でマスターにことわりを入れた。


「オレンジジュース注文デス。友達が来てるんデス。ちょっと話してもいいデスか?」


「ああ。次の客が来るまでならいいぞ」


「ハイ!」


 オレンジジュースを運ぶとメアリは酒場の掲示板を読んでいた。


 おそらく人生初の酒場だろう。


 メアリはエミリーにジュースをすすめた。

 

「リンゴのお返しです。半分どうぞ」


 二人でジュースを飲む。


「学校は楽しい?友達は出来た?」


「ええ。楽しいです。宿題多いですが。……エミリーさんは村に帰らなかったんですか?」


 エミリーはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。 


「じゃあその杖を取り戻すために帝都に?」


「最初はそのつもりだったんだけど、今は違うかも。私はママが死んでから、マミ姉やパパに守られて育ったの。村ではその自覚は無かったんだけど、ここで暮らして分かったの。甘ったれだったんだなって」


「そんな。エミリーさんはかなり自分に厳しいと思いますよ」


「ううん。そうじゃないの。ここでどんなに頑張っても、村に帰ったら私はきっと甘えてしまう。私は甘えん坊だからね。私はここで頑張ったら素敵な大人になれるかもしれない。そんな気がするの」


「エミリーさん。……私も頑張らなきゃって思いました」


「ええ?メアリはすでに合格してるし頑張ってると思うよ」


 メアリはエミリーの無邪気なところが可愛いと感じた。


「家庭教師の件ですが……」


「メアリ、勉強を教えてくれる?もちろん、お金は払うよ」


「いえ。丙式魔術学校は校則が厳しいのです。バイトがばれたらまずいんです」


「そかあ。じゃあ仕方ないかな」


「そのかわり、上級学校の甲式魔術学校の女の先輩に頼んでみます。あそこは校則が緩いんです」


「本当に!?」


「今度話しておきますね」


「ありがとう!メアリ大好き!」


 酒場に客が訪れ始めた。二人はまた会う約束をして別れた。


 いつものように営業が始まった。


 今日はあまり客足が伸びない。


 そんな静かな日に一風変わった男が来店した。


「ここが……『音楽の都』亭か……」


 店内に一歩踏み入れると店の誰もがその巨体に驚きを隠せなかった。マスターよりもでかい。


 板張りの床がギシリギシリと音を立てる。


 フードをかぶっているが、まるで頭に角が生えているかのようにピンと張っている。


 酒場の客は色々だ。


 エミリーは怖気付くことなく応対した。

 

「いらっしゃいマセ!ご注文は?」


「その前に……」


「ハイ?」


「余のお手製の……干し肉を……エミリーにふるまいたい……」


 フードから覗く顔を見て思わずエミリーは後ずさった。


「ああっ!角のおじさん!」


「魔王と呼べ……」


                          (つづく)

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