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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
19/52

きれいな図書館★

 一行は帝都に戻るとまず冒険者ギルドに報告のために立ち寄った。


 夕方には酒場に帰ることが出来た。


 『音楽の都』亭はちょうど立て看板を出しているところだった。


「お帰りなさい。今回は早かったね。楽勝でした?」


「おう。変わった事は無かったか」


「特になにも。エミリー楽しかった?」


「死にかけマシタ」


「あはは。大げさな」


 この冒険でひとつ学ぶことができた。


 自分の身は自分で守らなければならない。


(魔法を覚えよう)


 本当なら分かる人に聞くのが一番だが……。


「クレアさん、魔法の勉強ってどうやったらいいデスかね?」


「わたしが分かると思う?」


「いえ……」


 魔術師ジュリアに帰りの馬車で聞いたところ「慣れ」という回答だった。彼女はひょっとして本当に学校を出ていないのかもしれない。


 いずれにせよ、教えを請う相手として適正とは思えない。


(武器屋というだけでも帝都には星の数ほど店が並ぶ。世の中には似てるようで分野の違うプロが沢山いるんだな)


 クレアは思いついたように膝を打った。


「そうだ。図書館で勉強してみたら?」


「図書館?」


「知らないのかい。大分離れているけど、帝都の西区画にあるよ」


 次の日、早起きして図書館へ行くことにした。


 起床したのは昼前だ。だが、さっきまで働いていたので少し疲れがたまっている。


 おおよその場所はクレアにもらったメモでわかる。


 エミリーがずっと通う事になる大切な場所。帝国図書館はクリミアハリル西区画、国立公園の敷地内にある。


「大きい……!」


 図書館エントランスから続くアキスミンスターカーペットには帝国の歴史が織り込まれていた。


 エミリーは数歩下がって靴を脱ぎ、泥を払った。


 なんとなく踏むことが躊躇される。


(ドキドキするな)

 

 屋内の壁際には一定間隔でいくつものアルコープがあり、木の椅子とテーブルが付けられている。


 一階の中央スペースには本棚が並ぶ。 


 屋内は巨大な吹き抜けで、仰ぎ見ると五階まで本棚が見える。


 エミリーは口を半開きにしたまま呆然と見上げていた。


 インクの匂い。本の香り。


(ど、どの本を読めばいいんだろう)


 まるで見当がつかない。


 きょろきょろと周りを見ながら、目にとまったタイトルを片っ端から読んでみる。


(目が回りそう)


 あっという間に夕刻。


 結局一冊も本を手にとらずに図書館を後にした。


(すごかった!すごかった!)


 酒場に戻り、営業の準備にはいる。


「おかえり。どうだった?」


「宝の山だった!クレアさんありがとう」


「気に入ったようだね。まあ、あたしは本なんて読まないけどね」


 冒険者ギルドの依頼票を壁に貼りつけ、机を拭く。


 ひげ面の常連、マーカスはすでに酔っぱらっている。酒場が開く前からかなり呑んでいるようだ。


「よっ。エミリー。ビールをくれ」


「ハイ!」


「なんかニヤニヤしてるけどいい事あったか?彼氏でも出来たとか?」


「ええっ。顔に出てマス?でも、そんなんじゃないデスよ」


 最近はオーダーミスも減った。


 おおよそ頼まれる人気商品も分かってきた。


 慣れてしまえば、みかけの種類ほどメニューも複雑ではないようだ。


(大体肉料理と酒だけ覚えておけば大丈夫)


 それは日が変わる頃だった。


「いらっしゃいマセー!」


 ふらりと酒場に入ってきた金髪の青年。


 エミリーは固まってしまった。


 この顔、忘れるわけがない。黒いローブはあの日と同じ格好だ。だが今日はネームプレートを付けていない。


(私を騙した人……!)


 クレアが注文をとろうと近づいたが、エミリーは割り込むように声を掛けた。


「ご注文は?」


 怒りで声が震える。


「あ~。オレンジジュースととバロティーヌ。あとパンも」


 気付いて無いようだ。


「その前に金貨三枚、返して」


「え?」


 顔をあげた青年は訝しげな顔をした。ウェイトレスの顔に見覚えがある。


「あ~。今年の」


「あのお金は本当に大事なものだったの!」


 青年は動じる様子もなく、エミリーの服装を見てニヤニヤしている。


「へえ~。田舎娘かと思ったけど結構いいじゃない」


「あなたのせいで、私、どんなに……!」


「エミリー。知り合い?お客さんじゃないの?」


「私の金貨を奪った詐欺師デス」


「人聞きの悪い事いわないでくれ。あれは観光案内だよ。学校の場所、分かんなかったろ?」


 すらすらと出てくる口上は明らかに常習犯のものだ。


 何を言っても金は戻ってこないだろう。


「ううっ」


 エミリーは涙を流しながら踵を返すと酒場の二階へ駈け上がっていった。


 クレアは青年に注文を確認した。


「ご注文はオレンジジュースとパン、バロティーヌ?」


「あとスープも頼む」


 青年は愉快そうに笑った。


 厨房に戻ったクレアはマークに言った。


「忙しいんだけど、エミリーが部屋に戻っちゃったよ」


「はあ?なんで」


「金を盗られたとかなんとか?」


 隣で聞いていたマスターはキッチンナイフを置いた。


「金を?店の売り上げをか?」


「いや、個人的に。昔の事みたいですけどね。入り口に座ってる金髪の兄ちゃんに」


「いくら」


「金貨三枚」


「ふうん」


 客の入りはピークを迎えた。


 店内は隣の人の声が聞き取れないほどの盛況ぶりだ。


 今日はパーカッションと踊り子のショーだ。スペースを開けるため、いつもよりもテーブルが二組少ない。


 狭いながらも皆、喝采を送っている。


 エミリーは自室でベッドに突っ伏して泣いていた。


(観光料?悔しい。私は観光に来たんじゃない)


 笑い声が聞こえる。今日、放棄した職場の喧騒が伝わってくる。


(何も言い返せなかった)


 エミリーは顔をあげた。私は無力だ。


 私が今、出来ることは……。


 マークはクレアの肩を叩いた。


「エミリー戻ってきたぞ」


 エミリーは階段を下りてきた。


「ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなって」


「いいけど黙って居なくなるなよ。今度からは一言必要だぞ」


「ハイ!」


 催し物が終わると客のピークが終わったようで、席が空き始めた。


 金髪の青年は席を立った。なかなか美味い料理だった。


「ごちそうさま。勘定置いてくぞ」


「あ。ちょっとお客さん」


 マスターが声を掛けた。


「ん?」


「スープ代を頂いておりません」


「え?払ったけど?机を見なよ」


「金貨3枚になります」


「あ?」


 青年は察した。なるほど。そういうことか。


 普段はこういうトラブルを避けるためにシラを切り通すのだが、若い娘の姿に少し興奮してしまったようだ。


 ちょっとおちょくり過ぎたようだ。


「ああ。あれね。田舎から出てきたって言うもんだからさ。帝都を案内してやったんだよ。本人に聞いてみなよ。おかげで試験会場を見つけることが出来たって感謝されたよ」


 饒舌な青年とは対照的にマスターは黙ったままだ。


 青年は舌打ちをした。


「じゃあこれで」


 マスターは青年の肩をしっかりと掴んで言った。


「スープ代を払う?それとも、スープの具になりたい?」


 

 エミリーはその騒動にすぐに気が付いた。


 マスターが金髪を掴んでいる。


「痛い痛い!禿げる禿げる!」


「あ?俺の事ハゲっつったな。もう許さんわ。腹立つ顔しやがって」


 青年は金貨を三枚差しだしている。


「金貨払うから。ここに!離して!」


「マスター!離してあげてくだサイ!」


「え、エミリー……」


「私は金貨三枚戻ってきたらそれでいいデスから」


「おっ。エミリーもか?じゃあ、あと三枚だな。スープ代と合わせて金貨六枚になります」


                              (つづく)

 

                     

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