きれいな図書館★
一行は帝都に戻るとまず冒険者ギルドに報告のために立ち寄った。
夕方には酒場に帰ることが出来た。
『音楽の都』亭はちょうど立て看板を出しているところだった。
「お帰りなさい。今回は早かったね。楽勝でした?」
「おう。変わった事は無かったか」
「特になにも。エミリー楽しかった?」
「死にかけマシタ」
「あはは。大げさな」
この冒険でひとつ学ぶことができた。
自分の身は自分で守らなければならない。
(魔法を覚えよう)
本当なら分かる人に聞くのが一番だが……。
「クレアさん、魔法の勉強ってどうやったらいいデスかね?」
「わたしが分かると思う?」
「いえ……」
魔術師ジュリアに帰りの馬車で聞いたところ「慣れ」という回答だった。彼女はひょっとして本当に学校を出ていないのかもしれない。
いずれにせよ、教えを請う相手として適正とは思えない。
(武器屋というだけでも帝都には星の数ほど店が並ぶ。世の中には似てるようで分野の違うプロが沢山いるんだな)
クレアは思いついたように膝を打った。
「そうだ。図書館で勉強してみたら?」
「図書館?」
「知らないのかい。大分離れているけど、帝都の西区画にあるよ」
次の日、早起きして図書館へ行くことにした。
起床したのは昼前だ。だが、さっきまで働いていたので少し疲れがたまっている。
おおよその場所はクレアにもらったメモでわかる。
エミリーがずっと通う事になる大切な場所。帝国図書館はクリミアハリル西区画、国立公園の敷地内にある。
「大きい……!」
図書館エントランスから続くアキスミンスターカーペットには帝国の歴史が織り込まれていた。
エミリーは数歩下がって靴を脱ぎ、泥を払った。
なんとなく踏むことが躊躇される。
(ドキドキするな)
屋内の壁際には一定間隔でいくつものアルコープがあり、木の椅子とテーブルが付けられている。
一階の中央スペースには本棚が並ぶ。
屋内は巨大な吹き抜けで、仰ぎ見ると五階まで本棚が見える。
エミリーは口を半開きにしたまま呆然と見上げていた。
インクの匂い。本の香り。
(ど、どの本を読めばいいんだろう)
まるで見当がつかない。
きょろきょろと周りを見ながら、目にとまったタイトルを片っ端から読んでみる。
(目が回りそう)
あっという間に夕刻。
結局一冊も本を手にとらずに図書館を後にした。
(すごかった!すごかった!)
酒場に戻り、営業の準備にはいる。
「おかえり。どうだった?」
「宝の山だった!クレアさんありがとう」
「気に入ったようだね。まあ、あたしは本なんて読まないけどね」
冒険者ギルドの依頼票を壁に貼りつけ、机を拭く。
ひげ面の常連、マーカスはすでに酔っぱらっている。酒場が開く前からかなり呑んでいるようだ。
「よっ。エミリー。ビールをくれ」
「ハイ!」
「なんかニヤニヤしてるけどいい事あったか?彼氏でも出来たとか?」
「ええっ。顔に出てマス?でも、そんなんじゃないデスよ」
最近はオーダーミスも減った。
おおよそ頼まれる人気商品も分かってきた。
慣れてしまえば、みかけの種類ほどメニューも複雑ではないようだ。
(大体肉料理と酒だけ覚えておけば大丈夫)
それは日が変わる頃だった。
「いらっしゃいマセー!」
ふらりと酒場に入ってきた金髪の青年。
エミリーは固まってしまった。
この顔、忘れるわけがない。黒いローブはあの日と同じ格好だ。だが今日はネームプレートを付けていない。
(私を騙した人……!)
クレアが注文をとろうと近づいたが、エミリーは割り込むように声を掛けた。
「ご注文は?」
怒りで声が震える。
「あ~。オレンジジュースととバロティーヌ。あとパンも」
気付いて無いようだ。
「その前に金貨三枚、返して」
「え?」
顔をあげた青年は訝しげな顔をした。ウェイトレスの顔に見覚えがある。
「あ~。今年の」
「あのお金は本当に大事なものだったの!」
青年は動じる様子もなく、エミリーの服装を見てニヤニヤしている。
「へえ~。田舎娘かと思ったけど結構いいじゃない」
「あなたのせいで、私、どんなに……!」
「エミリー。知り合い?お客さんじゃないの?」
「私の金貨を奪った詐欺師デス」
「人聞きの悪い事いわないでくれ。あれは観光案内だよ。学校の場所、分かんなかったろ?」
すらすらと出てくる口上は明らかに常習犯のものだ。
何を言っても金は戻ってこないだろう。
「ううっ」
エミリーは涙を流しながら踵を返すと酒場の二階へ駈け上がっていった。
クレアは青年に注文を確認した。
「ご注文はオレンジジュースとパン、バロティーヌ?」
「あとスープも頼む」
青年は愉快そうに笑った。
厨房に戻ったクレアはマークに言った。
「忙しいんだけど、エミリーが部屋に戻っちゃったよ」
「はあ?なんで」
「金を盗られたとかなんとか?」
隣で聞いていたマスターはキッチンナイフを置いた。
「金を?店の売り上げをか?」
「いや、個人的に。昔の事みたいですけどね。入り口に座ってる金髪の兄ちゃんに」
「いくら」
「金貨三枚」
「ふうん」
客の入りはピークを迎えた。
店内は隣の人の声が聞き取れないほどの盛況ぶりだ。
今日はパーカッションと踊り子のショーだ。スペースを開けるため、いつもよりもテーブルが二組少ない。
狭いながらも皆、喝采を送っている。
エミリーは自室でベッドに突っ伏して泣いていた。
(観光料?悔しい。私は観光に来たんじゃない)
笑い声が聞こえる。今日、放棄した職場の喧騒が伝わってくる。
(何も言い返せなかった)
エミリーは顔をあげた。私は無力だ。
私が今、出来ることは……。
マークはクレアの肩を叩いた。
「エミリー戻ってきたぞ」
エミリーは階段を下りてきた。
「ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなって」
「いいけど黙って居なくなるなよ。今度からは一言必要だぞ」
「ハイ!」
催し物が終わると客のピークが終わったようで、席が空き始めた。
金髪の青年は席を立った。なかなか美味い料理だった。
「ごちそうさま。勘定置いてくぞ」
「あ。ちょっとお客さん」
マスターが声を掛けた。
「ん?」
「スープ代を頂いておりません」
「え?払ったけど?机を見なよ」
「金貨3枚になります」
「あ?」
青年は察した。なるほど。そういうことか。
普段はこういうトラブルを避けるためにシラを切り通すのだが、若い娘の姿に少し興奮してしまったようだ。
ちょっとおちょくり過ぎたようだ。
「ああ。あれね。田舎から出てきたって言うもんだからさ。帝都を案内してやったんだよ。本人に聞いてみなよ。おかげで試験会場を見つけることが出来たって感謝されたよ」
饒舌な青年とは対照的にマスターは黙ったままだ。
青年は舌打ちをした。
「じゃあこれで」
マスターは青年の肩をしっかりと掴んで言った。
「スープ代を払う?それとも、スープの具になりたい?」
エミリーはその騒動にすぐに気が付いた。
マスターが金髪を掴んでいる。
「痛い痛い!禿げる禿げる!」
「あ?俺の事ハゲっつったな。もう許さんわ。腹立つ顔しやがって」
青年は金貨を三枚差しだしている。
「金貨払うから。ここに!離して!」
「マスター!離してあげてくだサイ!」
「え、エミリー……」
「私は金貨三枚戻ってきたらそれでいいデスから」
「おっ。エミリーもか?じゃあ、あと三枚だな。スープ代と合わせて金貨六枚になります」
(つづく)




