美味しい干し肉★
ホンウェル村に手紙が届いた。
「マミ!エミリーから手紙が届いたぞ!」
試験終了からしばらく経つ。エミリーが村に戻らないという事は、国営宿舎で暮らしているということ。
そして手紙が来たということは「合格」ということだ。
エミリーの父は喜びを隠しきれない。
「私が開けていいのかナ?」
「もちろんだよ。君のおかげだからね」
ナイフで丁寧に開ける。二人の視線が手紙に集まる。
そして困惑。
明確に書かれているため、試験に落ちたということは一目で分かる。
自分の早とちりにエミリーの父は耳まで赤くなった。
「なんだろうこの……マミ?」
「ごめんなさい私の指導が力及ばず」
「いやいや!そういう意味ではなくて。落ちたならどうして今ここに帰ってないんだろうな」
「都のグルメにやられたのかナ」
娘の手紙には『音楽の都』亭でごはんを御馳走になっていると書いている。
「当分帰れそうにありません」と名前の下に加筆されているのも気にかかる。
どうにも意味が分からない父は腕組みをした。
「都でグルメになったから帰りたくない?そうとしか考えられないな」
村のはずれでリュクロスは勇者ラフラスに毎日剣を教わっている。
老人の仕事が終わってから稽古を頼むため、日に一時間ほどだ。
「ラフラス様。ラフラス様。聞こえてますか?次は何をしたらいいですか?」
「ん?ああ、飛矢への対処だったかな」
「それはさっきやりました」
ここで暮らし始めて三カ月ほど経つ。
ユーリがここに滞在すると決めてから、自分に出来ることは鍛錬だと決めて日々励んでいる。
ラフラスの指導を受け始めてすぐに気が付いた事がある。
どうやらボケが始まっているようで、意思の疎通が出来ないときがある。
(ご本人も良く分かっていて、それで議会への復帰を拒んだんだろうな)
少し申し訳ない気持ちにもなった。
「次は、わしが枝を魔力でコーティングしたものを投げつけるので剣で対処するのじゃ」
「はい」
老人は膝に乗せ集めた小枝を投げつける。
小枝は光を発しながら加速してリュクロスめがけて飛んでいく。
魔法剣で弾くと、まるでクロスボウの矢を当てられたかのような重い衝撃が腕に伝わってきた。
逸れた小枝は背後の岩に突き刺さった。
「ちょっと、ラフラス様、当たったら死んでしまいます!」
「ん?ああそうかもな。どんどん投げるから頑張るのじゃ」
次々投げつけてくる。
ボケているのか、リュクロスの身体能力に信頼を置いているのか分からないが必死でさばく。
老人とはいえ、魔王と一騎打ちを繰り広げた唯一の超人である。
全盛期に比べたら身体能力は衰えているだろうが、普通の人間の物差しでは測りがたい部分がある。
リュクロスは恐怖を感じ始めた。
自分で限界を宣言しない限り、この老人の訓練はエスカレートしていくのも知っている。
「慣れてきたら弾いた枝を目的の場所に当てるのじゃ。敵の投げナイフをはじき返して他の敵に当てるくらい出来ねばな。まずは、そうじゃな左手の切り株に当てよ」
「む、無理です!」
「そか。それじゃ今日の指導はここまで。明日までに出来るようになっておくのじゃ」
小屋に戻るとユーリがマミと魔法談義をしていた。
ユーリが魔法の知識を持つマミを話し相手にするのは当然の流れかもしれないが、リュクロスの想像を超えて親密になっている。
「輪唱魔法は人間で関知できぬほどの微々たるずらしを使う事で、魔法を共鳴増幅させるものですよね」
「そうそう。聞くと斉唱に聞こえるはずだヨ。共鳴増幅なんて人間の感覚では無理だネ」
「それで魔法具と魔法陣で人工的にずらして調整するんですね。大戦では実際、どのように運用されたのでしょうか?」
「あの大戦では、一つの丘を魔法陣のポイントに見立てて、それで……」
リュクロスは魔法の知識がないわけではない。だが二人の会話はどうにも分からない部分が多すぎて付いていけない。
意外なのは甲式魔術学校を首席で卒業したユーリが教えを乞う立場だということだ。
近頃はマミの事を先生と呼んでいる。
(在野にも優秀な魔術師が居るんだ。でもこの人が魔法を使っているところは見た事がないな。だけど一番謎なのは、この男)
夕飯の準備をしている魔王である。
今日の夕食はパンに魔王お手製の干し肉だ。
「おいしいヨ」
「良く出来てますね!美味しいです」
ユーリは噛めば噛むほど魔力が回復することに気が付いた。
「どうだろうか……余の作った干し肉……酒場に卸せるだろうか……」
「この出来ならネ!今度持って行ってみるヨ」
(エミリーに提案されてから……三カ月……長かったぞ……)
勇者ラフラスは皆に褒められる魔王が面白くない。話題を変えた。
「そういえばエミリーから手紙が来たようじゃな」
「都でネ、美味しいもの食べてるようだヨ。でもちょっと心配なんだよネ……」
「ええのう。確かにこんな干し肉よりも美味しい物が沢山あるじゃろうからな」
「余の干し肉を……愚弄するか」
「こらこら。でも、エミリー元気でやってるかナ」
「自分の意志で帰らないんじゃろ?」
「う~ん。私はこの文面に違和感しか感じないんだけどネ」
育ての母としての勘である。
心配そうなマミの顔を見て魔王が切り出した。
「余が……エミリーの様子を見てきてやろうか……。余のお手製の干し肉が……都の食べ物よりも旨い事を……証明して見せよう……」
マミの表情がぱっと明るくなった。
「いいの?私が行こうかと思ったけど、本人が求めてないのに過保護かなと思ってたんだヨ」
「ぬしが適任じゃな。ワシらは仕事があってここを離れられぬが、ぬしは無職でやることないものな」
「貴様……やはり消し墨になりたいようだな……」
「コラコラ!」
リュミシーはユーリに耳打ちをした。
「大丈夫でしょうか。帝都の危機では?帝都に魔王が乗り込むとさらっと決まりましたが」
「リュミシー。大丈夫でしょう。この60年、魔族との小競り合いはあれども大きな戦はありませんでした。魔王とは事実上の停戦合意が成り立っています。なんの異常もないことです」
「魔王が水汲み洗濯をしている今の状況も異常だと思いますが……」
「異常ですが安全でしょう。それよりもマインツ卿のような人間の方が危険です」
リュクロスも二人に顔を寄せて提案をした。
「この機会に魔王と共に帝都に戻り、マインツ卿を追い落としてはどうでしょうか。どれほどの戦力として使えるかは分かりませんが、伝承通りなら……」
「聞こえておるぞ……愚かな人間よ……いつの世も同族で争い合うゴミ以下の存在よ……余が手助けすると思うたか……」
「なんだと!」
「リュクロス、おやめなさい。魔王のおっしゃる通りです。私達は同族で争い続ける愚かな存在」
「ユーリ様……」
「ですが愚かでか弱き人間は成長する生き物です。よりよい時代を築くために私は諦めたりはしません。数百万の帝都の民を守らねばなりません」
「気負い過ぎておるのう……早死にする者の特徴じゃ」
「ラフラス様!」
「戒めておるだけじゃて」
この夕食で魔王の都行きは決まった。
マミは木の皮を使いエミリーに手紙をしたためることにした。
(つづく)




