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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
14/52

すききらい★

「グラハムがこの世にいないだと?まだ若いのに病死か」


「団長は帝国騎士団の名誉のために戦いたおれました」


「詳しく聞かせい」


 どこから話せばよいのか。この老人を議会に復帰させるためにも物事を正確に伝えなければならない。


 だが団長の死を想うと感情の高ぶりを抑えられそうにない。 


「議会の提言で、近年、力のあるものを帝国騎士に登用する事例が増えていました。都から遠く離れた領主に仕える者も帝国はスカウトしていたんです」


 帝国騎士団の構成員は大戦で武功を立てた貴族の子弟が多い。


 普通ならば幼少のころから帝国に忠誠を誓わせ、教育を受けさせる。


「帝国騎士は礼節と規律を重んじます。新たに加入した者たちはふさわしい者ばかりではありません。彼らは盛り場や城内でも窃盗や暴力沙汰を起こすようになっていきました」


「まあ幼少時より騎士の教えを叩きこまれておらぬからな」


「次第に彼らは徒党を組むようになりました。その首魁はヘルドレイクという男です。もともと、北方領主の騎士団に所属していた妖剣『ダーインスレイヴ』の使い手です」

 

「あのレガリアか。元の持ち主を知っておる。共に魔族と戦った仲間じゃった。やっかいな剣じゃ」


「彼を呼び寄せたのはマインツ卿です。議会の正式な決定で再編成された騎士団は、確かに強くなりました。でも強いだけです。彼らは騎士の風上にも置けません」


「なるほどな。グラハムは黙っておらんじゃろうな。騎士の鑑のような男だからの」


「マインツ卿の言い分は、まだ幼い先帝の息子を守護するために精強な騎士団を再編しているのだと。古い人間は去れとまで言いました。だったら……実力主義であるならばとグラハム団長はヘルドレイクと決闘をしたのです」


「私的決闘は騎士団会憲で禁じられているはずじゃが」


 勇者ラフラスは騎士団会憲の草稿に関わっている。


「私的なものではありません。議会を通して承認された決闘です。グラハム団長が敗れたことで騎士団を去る者も出ました」


「一掃されたわけだ。だがグラハムが敗れるとは相当の使い手じゃな。どのように敗れた?」


 リュクロスはうつむいた。


「数合打ちあっていました。最後にはグラハム団長が渾身の一撃でヘルドレイクの剣を弾き飛ばしました。そしてとどめの剣を振りかざした次の瞬間……」


「地面を擦るように引き寄せられたダーインスレイヴがグラハムを刺し貫いたのじゃろう」


「なぜそれを!?」


「見た事あると言っておるじゃろう。ダーインスレイヴは抜いたからには人の命を奪うまで鞘に戻らぬ魔法剣。技量負けを演じてわざと剣を手離したのかもしれぬな」


「くっ!卑怯な!」


「命のやり取りじゃ。それに正式な手続きを経ているのなら文句は言えまい」


「そんな言い方!見損ないました勇者ラフラス!」


「戦場は理不尽な死が待つ。負けは負け。勝たねば大切な者は護れぬ。騎士であるなら受け入れよ」


「あれは武芸による負けではありません!死の間際、グラハム団長はこの剣を私に託しました。私は必ずあの男を仕留めます」


 言い捨てるとリュクロスは涙をぬぐいながら小屋に戻って行った。


 今日の夕食は魚のムニエルだ。トマトとチーズが添えられている。


 食材の魚は魔王が調達した。


「大きな魚だったネ」


「森の奥にな……湖を見つけたのだ……」 


「今日のところは褒めてやるのじゃ」


 今日も6人でテーブルを囲む。リュクロスは一口も食べていない。


「ユーリ様、ラフラス様を議会に戻すのはやめましょう」


 稽古から帰ってきてからの様子がおかしい。稽古で叱られたのだろうか。ユーリは窘めた。


「リュクロス。失礼ですよ。食事が終わってからにしなさい」


「いいえ。言わせてもらいます。帝国のことを真剣に思うのなら、このような地で隠遁などしていないはずです。私はもう分かりました。失礼なのは我々のほうだったんです」


 リュミシーは話が分からず狼狽した。


「い、いきなりどうしたのリュクロス」


「リュクロス。魚が食べられないならパンもあるヨ?」


「つまり魚が……苦手なのか人間よ……」


 老人は木のフォークを置いた。


「言っておいた方が良いか。ユーリよ。帝国の治世に大切なものは何だと思う?」


 ラフラスからの初めての問いだ。


 少し考えてから言葉を選んで答えた。


「統治とは人の命の扱いそのもの。愚かな王であってはなりません。賢明さ、民を想う心でしょうか」


「大外れじゃ。もっとも必要なものは『王の鈍さ』じゃ」


 リュクロスは反論した。


「王は愚かであるべきと?マインツ卿のような男が跋扈するのを黙ってみていろと?」


「そんなことは言っておらぬ。おぬしは、まずはメシを食べよ。ユーリは魔術学校を首席で卒業したと言ったな。お主は歴代皇族の中でも突出した才を持って生まれたようじゃ。だがな、臣下にとっては最も疎ましい存在になりうる」


「どういうことでしょうか。まだラフラス様がおっしゃる意味が分かりません」


「マインツに限らず権力を狙う佞臣ねいしんなどいつの時代、どこの国にも存在する。これほど巨大な集団では権謀術数が渦巻くのは当然じゃ。王は彼らに推戴され、受け入れる度量が必要なのじゃ。王は長く生き延び、長く治世を行う。それこそ民の幸せにつながるのじゃ」


「……」


「政治など、やりたい奴に任せておけ。そなたの賢さは圧倒的な力を持たぬ以上、無駄な上に危険じゃ。馬鹿なら命も狙われまい。南方のサミュエル公爵を頼れ。そこで庇護を受けるがよい。こんなわしを頼ってきたよしみじゃ。公爵宛に手紙も書いてやろう。持っていけ」


 ユーリは気付いた。この老人はただ、ユーリの命の心配をしていたのだ。


「ラフラス様……。あなたの理屈は平和な治世においてですよね。私は自分の命のことなど心配しておりません。マインツ卿は危ういのです。彼は戦をするために軍政の改革を行っていると思っています」


「おぬしの話は推測ばかりじゃな」


「それは認めます。ですが証拠を集めている暇はありません。小娘の勘違いであったのなら、それはそれで良いのです」


「具体的にどう動く気じゃ」


「諸侯をめぐり、支持を集め、議会を動かし、摂政マインツを更迭します」


「勝算は?」


「今はまだありません。だからこそ、手初めにラフラス様には議長として立ってほしいのです」


「話にならんわ……」


 食卓は沈黙に包まれた。


 皿をじっと見つめていたリュクロスは口を開いた。


「あの、パンを頂けますか?」


(魚、本当に苦手だったんじゃな……)


                                   (つづく)

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