少女のおけいこ★
「ラフラス様はいつまでここにおられるつもりですか」
「その言葉、おぬし達にそのまま返すわい」
リュクロスはラフラスが剣を持っていない事に気が付いた。
「剣はどうされたのですか」
「とっておきのを預けてある」
そう言って老人は角の男を一瞥した。
リュクロスは興奮していた。年老いてはいるが、数々の伝説に彩られた勇者が隣にいる。この機会に夢を叶えたい。
「滅多にない機会なので稽古を付けてもらえませんか」
「仕事が終わってからならよいぞ」
「この村でお仕事をされているのですか」
「もうそろそろじゃな」
扉がノックされる。今朝は灌漑整備のために木材の調達に行く。
エミリーの父は室内を覗いて驚いた。見知らぬ少女が三人。
(ふ、増えてる……)
「お、おはよう。彼女たちは?」
ユーリは口を開きかけたラフラスを制して言った。
「居候させてもらっています。お仕事をお手伝いさせてください」
ラフラスは首を振った。
「大人の仕事の邪魔をするでない」
「連れていってください」
「木を集めるのは結構大変だぞ。付いてきたいならどうぞ」
少女達は鎧を小屋に置いて行くことにしたが、老人だけは鎧を着こんでいる。
(運ぶだけなら鎧を付けない方が良さそうですが……)
道中、ユーリはラフラスに小声で訊いた。
「あの角の方。人間に擬態してますけど魔王ですよね」
「ほう。分かるのか。賢いのう。だが奴は擬態なぞしておらんぞ」
「人間のサイズからすれば大きいほうだと思います。でも大戦で聖女が亡くなった日、丘を覆い尽くすほどの異形で現れたと伝え聞いているのですが」
老人は立ち止った。ラフラスの眉がピクリと動いた。
「それはわしと奴との最後の戦いじゃな。城の最深部で対峙した時はあの姿じゃから、あれが本来の奴じゃ」
ユーリはそれ以上聞くことをためらった。
この村に訪れてから初めて見るラフラスの感情の揺らぎだった。
仲良く暮らしているようで、若干の危うさを感じたのは気のせいではないようだ。
どうやら鎧を脱がぬのは魔王との緊張関係に理由があるのだろう。
(彼らの関係はあの女性がカギを握っていますね。まずはそれを探らなければ)
目当ての木材の採取は昼前には終わった。
「男の子以上の働きだったね」
エミリーの父はリュクロスの怪力に驚いた。
「こう見えても栄光の帝国騎士ですから」
一方のリュミシーは普通の女の子のようで、息が上がっている。大人しい子だ。二人が似てるのは見た目だけのようだ。
この後、村長と灌漑修復部分の打ち合わせがあるらしい。午後の仕事の同行を断られたため、女性陣はマミの小屋に戻った。
軽い食事をとり、マミが淹れたお茶を飲む。
ユーリはマミの横顔を見た。宮廷にも美女は多数居るが、また違ったかたちの美しさをもつ人だと思った。
どこか見覚えがあるような気がする……。
どこで見たのか……。
「あの……マミさんは元々ここの人なんですか?」
「二十年くらいここに住んでるヨ」
流れ着いてから二十年だが、ユーリはマミがこの村で生れたと解釈した。
(マミは偽名ではなくて本名?)
ということは年齢は二十歳だとユーリは早合点した。年齢と見た目が一致するのも勘違いの原因であった。
「帝都にお屋敷をご用意しますので、ラフラス様と移住されませんか?帝都はご存知ですか?」
隣で茶をすすりながら聞いていたリュクロスはユーリの血のめぐりの良さに舌をまいた。
(なるほど。そういう手でいくのか)
勇者ラフラスをこの女性で動かすことが出来ると考えたのだろう。
このような辺境の小屋に住むよりも魅力的なオファーだ。
さらには、その返答に注目すればラフラスと魔王、どちらとどのような関係であるのかという見当もつくかもしれない。
「もちろん知ってるヨ。クリミアハリルだよネ(なつかしいナ)」
「ご存知でしたか。本当に良い街ですよ」
「私はこの村が好き。移住はしないヨ」
「そうおっしゃらずに。では、角の彼と一緒にどうですか?」
「ごめんネ。都会暮らしに興味ないヨ」
(はっきりと断ってきましたね。お金で動く人ではないようです。そうなると勇者ラフラスと魔王との関係が分からないままですが……)
ユーリは揺さぶりをかけた。
「同居してる方、勇者と魔王ですよ?」
知らなかったリュクロスとリュミシーは驚きのあまり声が出ない。まさか自分たちが魔族の長と寝食を共にしていたとは。
三人の視線はマミに集まった。
「そうだヨ」
「ええっ!?」
ユーリは面食らった。あっさりと認めた。隠す気も無いようだ。
「ま、魔王とはいつから同居を?」
「去年、二人が一緒に来てからずっとネ」
(去年!?)
ということは勇者と魔王が同一人物を一目ぼれか?
だがそんな事が本当にあるのだろうか。
二十歳の村娘に老人と魔王が。
(ありえません。どこかウソがあるはずです)
「そうそう。帝都といえば、エミリーが受験に行ってるヨ」
「エミリーさん?どなたでしょうか?」
「うちの子みたいなものだヨ」
(子持ち!?)
ユーリは混乱してきた。一度、頭を整理するためにこれ以上の詮索は止めた。
夕方、帰宅したラフラスにリュクロスは剣を習う機会を得た。
「そこの枝をとるのじゃ」
「この剣ではいけませんか?」
「そんなの振り回されたら、わし死んじゃうじゃろ。天国に送る気か。そういう帝国ギャグが流行っているのか」
ラフラスの剣を実際に見た世代はリュクロスの師匠であるグラハム騎士団長のさらに師匠の代だろう。
手ごろな大きさの枝を探す。腕力には自信がある。結果、大きな薪を手に取った。
老人は小枝を拾った。
「打ちこんでくるのじゃ。あぶなっ!」
リュクロスは老人の言葉が終わる前に全力で打ち込んだ。
(躱された!でも次の踏み込み斬りは避けられまい!)
バシィ!
乾いた音がした。
手ごたえあり。
だがリュクロスの薪は真っ二つに折れていた。
「うむ。久しぶりにやったが結構いけるもんじゃな」
リュクロスは身震いした。恐怖ではない。期待からである。
(なんてこと!この人から学ぶことは多そうだ)
「今のは一体なんでしょうか」
「少しは考えよ」
「分かりません」
「おぬし、ユーリと違っておつむが弱いの」
リュクロスは恥ずかしさで赤くなった。
「二通りの方法がある。一つ目はおぬしもやっておるだろう。剣に魔力を乗せて切る。それを小枝でやっただけじゃ」
やっているだろうと言われても、魔力の発動具である魔法剣でしか出来る自信はない。
「もう一つの方法は?」
「これを見よ」
老人が素早く手首を返すと、離れた場所の葉がバチンと音を立てて散った。師匠がやっているのを見たことがある。衝撃波か。
「大戦に参加した騎士はみなやっておったぞ。身につけねば、あっさりと殺されるからな」
「驚きました。グラハム団長のみが出来る技だと」
「グラハム少年に教えたのはわしじゃ。あやつから教わらなかったのか。つくづく指導者向きではない奴じゃの」
リュクロスは唇をかんだ。薪を持つ手が震えた。
「どうしたのじゃ?」
「グラハム団長は……この世にもう居ません。私たちが帝国を抜ける時に」
「なんじゃと」
(つづく)




