ヤキソバ★
エミリーは住み込みで働かせてもらえる事になった。
「一日で銀貨5枚だ。皿を割ったりオーダーを間違えたらそこから一枚づつ引く」
「うん」
「返事は『はい』な」
「ハイ!」
「字は読めるんだったな」
「ハイ!」
「じゃあ今日から早速お願いしようか。しばらくはメニュー表を持ち歩きな」
「ハイ!」
エミリーは皮算用をしてみた。どれくらい働けば杖を買い戻せるだろうか。
(一か月で銀貨150枚ということは二ヶ月で金貨6分枚かあ。……生活費を含めても三カ月あれば届く!)
クレアが制服を持ってきた。ショートパンツに胸元が開いた鮮やかな服だ。
「なんだかちんちんくりんでブカブカだねえ……。サイズは週末合わせてやるからしばらく我慢しな」
クレアは大きな布でリボンを作ってエミリーの腰に付けた。
「なんかもっとこう……。まあいいか」
営業が始まった。
クレアの後ろについて料理や飲み物を運ぶ。
客はジロジロとエミリーを見ている。
「また前の奴辞めたのかクレア」
「この子、エミリーって言うんだよ。あんまりいじるなよ」
「へへへ……エミリーよろしくな」
「よ、よろしくデス!」
カウンターで昨日のハープ奏者と歌手が演奏を始めた。
思っていたよりも忙しくない。基本的に料理を持ってクレアの後ろをついて歩くだけだ。
一日目は無難に過ぎた。
約束通り、マスターが銀貨5枚を手渡しした。
「はいお疲れ」
「ハイ!」
(初めて稼いだ。自分の力で……!)
エミリーは手のひらに載せられた銀貨を何度もチャリチャリと鳴らして喜びをかみしめていた。
「あんた能天気だから接客に向いてるかもね」
クレアは良い拾い物をしたと思った。が、その認識は翌日に覆される事になる。
二日目。
二時間ほどクレアについて歩く。
明らかに昨日よりも客が多い。
「今日は注文を受けてみな。最初は慣れないだろうがやってみないことにはな」
「ハイ!」
最初のテーブルだ。先ほど店に入ってきた皮鎧を着た男達だ。
「ご注文は?」
四人はエミリーを見て軽口を叩いた。
「おやあ!クレアが若返ったな!」
通りすがったクレアは男の頭をはたいた。
「失礼だね!」
どっと笑い声が響く。
「じゃあ、ビール」
「俺も。それとリエット」
「こっちはロティ」
「ウイスキー中瓶」
「ヤキソバ」
「ハ、ハイ!」
注文を受けて厨房を覗くと、マスターと若い男が料理を作っている。
大きな鍋を振っている。
「あんたが新入りのエミリーか。俺はマーク。よろしく」
「よろしくデス。リゾット4人前にヤキソバ、ビール4本、ウイスキー中瓶を4本おねがいしマス!」
「あいよ」
たまねぎ、米を炒め、ワインで味付けする。チーズを入れれば酒場自慢のリゾットだ。
「お待ちどうサマ!」
「おっ。来た来た」
二人がビールとウイスキー、ヤキソバを受け取る。
「あれ?」
「ウイスキーとビール多いぞ?」
「すげえ量のコメ料理だな。頼んだのは肉なんだが」
「隣の席のじゃないか?」
エミリーはリゾットを厨房に持って帰った。
マスターは並べられた皿を見て聞いた。
「どうした?」
「あの。注文間違えちゃって」
「4皿とも?実際は何だったの?」
「えっと……。肉って……」
「もう一回聞いてきな」
「い、今聞いてきマス!」
この日、エミリーは何度も注文を間違えた。
朝になり、忙しい夜は終わった。
約束通り、間違えた分は引かれ、銀貨の支払いは無かった。
マスター、クレア、マークとエミリーは間違えた注文分を静かに食べている。
マークはクレアに言った。
「結局、料理はヤキソバ以外、全部間違ってたぞ」
「ごめんなさい」
店長は怒っているのか一言も話さない。
(やっちゃったなあ。明日こそ頑張ろう。でもこんなに沢山の料理、覚えられないよ)
三日目。
(よし!今日はお酒の種類を大分覚えた!)
エミリーは昨日の反省を踏まえて考えた策を実行に移した。
「そこの嬢ちゃん。注文たのむ!」
「ハイ!今日はビール、ヤキソバがおすすめデス!」
「いや……ワインやりながらチーズ料理が食べたいんだが……」
「今日のヤキソバは美味しいんデス!おススメデス!!」
「じゃ、じゃあそれでいいや」
昨日よりも間違いは格段に減った。
厨房でマークは首をかしげた。
「今日はやたらとビールとヤキソバのオーダーが入るな。合うのか?ブームか?」
結局、その日は酒の注文をあまり間違えなかった。
今日も銀貨の支給は無かったが昨日よりはマシだ。
昨日と同じように四人で誤注文を食べる。
クレアはあきれ顔で言った。
「この子、ヤキソバをやたらとすすめるんだわ」
マークは苦笑いした。
「あーそれで。でもなんでヤキソバ」
エミリーはマスターの顔を恐る恐る見たが、何も言われなかった。
四日目。
エミリーが制服に着替えると、クレアに呼ばれた。
「あんたさ、今日もヤキソバすすめるの?」
「だめかな……?今日は他の料理も少し覚えたよ」
「そうじゃなくて、すすめるなら麺を市場で買ってきておくれ」
初めてのお使いである。金貨を一枚渡された。
「麺なんて普段は買い足ししないんだけどねえ」
「どれくらいデスカ?」
「知らないわよ。あんたがおすすめしてるんでしょ?」
「ハイ!」
クレアは思わず噴き出した。
「あんた返事だけは良いよね」
日曜日で通りは人であふれていた。製麺所には色々な太さの麺が並んでいる。
「ヤキソバ用の麺をください。私が持てるだけ」
エミリーは両手に袋を提げ、市場の店に並んだ食材を興味深そうに眺めて歩いた。
市場には果物や野菜、魚も並ぶ。
途中、リンゴを手にした女学生の集団とすれ違った。
皆、タイトなミモレ丈のスカートに学生のマントを羽織っている。
(今、メアリが居た!?)
振り返ると赤毛の後ろ姿が見えた。間違いない。政治家を目指すと夢を語っていたメアリだ。
(声を掛けられない)
エミリーは足早にその場を立ち去った。
(どうしてだろう)
気が付くとエミリーは走り出していた。
「おめでとうと、どうして言えないんだろう私」
きっと未練だ。エミリーはそう思った。
魔術学校に通いたい。心の底から湧き出る想い。
その前にやるべき事がある。
(村に……マミ姉やパパにちゃんと落ちたって伝えなきゃ)
「戻ったデス」
メニュー表を持ったクレアが酒場の外で待っていた。
「おかえり。結構早かったね。そうそう、店長がこれを使えって」
「これは……!?」
営業が始まった。
初日にオーダーを受けた常連だ。
「嬢ちゃん、注文良いかい?」
「ハイ!」
エミリーはメニュー表を出した。
「えっ」
男たちはメニュー表を覗きこんで驚くと、一拍置いて爆笑した。
メニュー表にはマスターの書いた大きな字で
『ヤキソバ』
と書かれていた。
小さな字で「エミリーが慣れるまでその他のご注文はクレアに」とある。
男たちは笑いながら言った。
「エミリーに注文したら何が出てくるか楽しみだったのに残念だな」
「なにが出てくるのか賭けてたのにな」
その日、エミリーは再び銀貨5枚を手に入れた。
(つづく)




