はたらくよ★
店内にはランプが並ぶ。酒場は活気に包まれている。
(村の酒場と大分違うなあ)
女性の後ろをついて歩くと周りから声が飛んだ。
「おい!クレア、捨て猫でも拾って来たのか!」
どっと笑い声が起きる。
「うるさいね。この子はお客さんなんだよ」
「一緒に呑むか嬢ちゃん!」
「酔っ払いは無視してこっちに座りな」
カウンターでエミリーはメニュー表を渡された。
じっと見つめる。
「ここの料理は最高よ。字は読めるんだろ?」
「う、うん」
だがメニューを見てもピンとこない。
(村の料理みたいなの無いかな)
値段も高い。
「じゃ、じゃあこのバロティーヌ?とブーダンノワール?で」
「はいよ」
しばらくして豚の血の腸詰めと肉まきが出てきた。
「あんた肉食系だね」
おそるおそる、一口食べてみた。
「わあ、おいしい!」
「この店の料理は最高だって言ったろ」
まだ物足りない。
「このビスクってのと、ボスカイオーラ」
「はいよ」
運ばれてきたのはポタージュスープとキノコ料理だった。
(おいしい。味は村の食べ物に似てる)
エミリーはマミと作ったキノコ料理を思い出していた。
「なんで泣いてるの?」
気付いたら涙がこぼれていた。エミリーは涙を袖で拭った。
「おなかすいてたから。まだ頼んでいい?」
「あんたは客だ。もちろんどうぞ」
色々と注文してみる。腹が膨れると眠くなってきた。ハープの音色と歌に耳を澄ます。魔王城に潜入するという内容。英雄譚のようだ。
エミリーは机に突っ伏した。
(疲れた。この歌の内容、テストに出そうだな)
クレアは別の客のオーダーを厨房に伝えに行く途中でエミリーに上着をかけた。
エミリーが目を覚ますと朝になっていた。
店内をスキンヘッドの男が掃除している。
「おはよう。店じまいだ」
「あっ。お勘定」
「ん」
男が机を指し示すと値段を書いた紙が置いてあった。
(銀貨12枚。結構食べたんだな私)
「ごちそうさま。おいしかったよ」
男は白い歯を見せて笑った。
「また来いよ」
(もうこの店に入ることはないだろうなあ。これからどうしよう)
銀貨を数えてみるとあと23枚だ。
馬車に乗せてもらうなら運賃は10枚程度。ご飯代もかかるから帰るなら今日か。
(まだここを離れるわけにはいかない。帰りは歩きや何食か抜けば……)
そう思いつつも市場でパンを買ってかじりながら歩く。
(パパが言ってた通り都には美味しい物があるなあ。少し観光しよう)
思い返せば、ここに来てから勉強漬けだった。
朱雀大路を歩く。街道には店が立ち並ぶ。大路に馬車が走る。
(都会には大きな穀物倉庫とか、大きな川が流れてるかと思ったけど大分イメージと違う)
お金をだまし取られたあの日と同じように人々は行き交っている。だが人々の目線が交わることはない。
(みんな忙しそうだな。誰も声をかけないし、かけるひまも無さそうだ)
しばらく歩いて気が付いた。同じような店が集まっている。さっきは洋服、今は武器防具の店が続いている。
(それだけ買う人が多いってことなのかな。杖っていくらくらいなんだろう)
ひと際大きな店に入ってみることにした。
看板には『武器の店ラフラスウィング』と書かれている。
店内は広く、冒険者風の男たちが武器を吟味してる。
「あの」
「はい。いらっしゃい」
「杖って置いてないの?」
「あるが、嬢ちゃんは戦士って感じではないな。バトルクラブやマジックメイスならあるが……。魔法発動具ならウチよりも魔術学校の通りに行くと良い」
どうやら杖にも用途によって色々な種類があるらしい。
魔法具の専門店は通りからはずれてひっそりと建っていた。
杖がズラリと並ぶ。
(綺麗だ)
宝石をちりばめた杖、動物の彫刻が施された杖、黒檀や紫檀で作られた杖。大きさもまちまちで、小枝サイズから大人が寄りかかれるほどの物もある。
(小さいやつ、懐に隠して置いてさっと取り出したらかっこいいかも)
杖の名前の横には「+1」とか「+2」と付記されていた。
(メアリが言ってた通りだ。+3なんて置いてないな)
「何かお探しでしょうか」
「私も杖を持とうかなと思って」
「いいですね!私も最初の一本は思い入れがあるんです」
「魔術を使えるの?」
「ええ。もちろん。よい杖との出会いは人生を変えますよ!」
「私におすすめのものはある?」
「それでしたらこちらはどうでしょうか」
店の隅には安そうな杖が床に並べられて売られていた。
「いきなり高い物を買う方もいますが、それは間違っています。道具というものはその人に適したものを選ぶべきなのです。素晴らしい杖にふさわしい自分になったとき、是非当店で極上の杖をお買い求めください」
(この人すごい人かも。金額はどれも銀貨一枚か。私にも買える)
広場でアイスを舐めながらエミリーは階段に腰をかけていた。
大事そうに杖を抱えている。
あの後、アイス屋、パン屋、ケーキ屋なども見てまわった。
(みんな働いているんだな。パン屋さんでは私と同じくらいの年の子がパンを並べてたな)
エミリーはさっと立ちあがった。
「私も働こう!簡単なことだった!」
気持ちが明るくなった。エミリーは腹が満たされただけで気力が湧いた自分がおかしかった。
その足で例の質屋に向かった。
勢いよく扉を開けてエミリーは言った。
「私働きマス!ここで働かせてくだサイ!」
質屋の親父は飛びあがらんばかりに驚いた。
「!?」
「お店も汚いし、埃だらけだから、私が綺麗にしマス!」
店の隅で布でくるまれたヘビの杖がゴトゴトと揺れた。
店主はエミリーを押し出すと青ざめた顔で言った。
「勘弁してくれ。あんたはもう、出入り禁止だ」
「そんな!働かせて!!」
もう日は暮れ始めていた。エミリーは昨日と同じ場所に座り込んだ。
「よっ。そこの大食い少女」
声をかけてきたのは酒場のクレアだった。
「なあに?」
「否定しないんだ。今日もうまいものありますぜ」
「今日はパンやアイスをいっぱい食べたから」
「それは残念」
エミリーの横にクレアも座り込んだ。香水の香りがする。
「聞こえちゃったんだけど。さっき働かせてって言ったよね」
「断わられた」
「うちで働かない?」
「あなたも私を騙すの?働いたら金貨6枚くれるの?」
「ええっ!……ま、まあ毎日貯めたらそれくらいは余裕だね」
「ええっ!本当に!?」
「うちさ、店員がすぐにやめちゃって大変なんだよ」
「やりマス!」
さっそく気が変わらないうちにと、クレアは酒場の裏口にエミリーを連れて行った。
「敬語は使えるよね?」
「できマス!」
「ぎこちないけどまあいいか。うちは客商売だからね。それに、ここのマスターはこの辺一帯を取り仕切ってるヤバい人だからくれぐれも言葉遣いには注意しな」
裏口の木の扉はギギギと不気味な音を立てて開いた。
そのまま調理場になっているようだ。厨房には大きな男が立って仕込みをしていた。
「マスター。新人連れて来たよ」
「あっ。昨日のつるつるおじさん」
「失礼なあだなをさらっと付けたな嬢ちゃん……」
(つづく)




