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エデュケーショナルファンタジー  作者: 東雲みずき
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美味しいキノコを召し上がれ★

 狭い部屋にやたらとガタイの良い男が二人。


 年輪が映える丸いテーブルはニスでテカテカと光っている。


 男二人と子供、女性がひとり。並んで食事をしている。


 女性は白い布と黒い布をつなぎ合せたような肌を持つ。遠目には人形のようだ。肩までの金髪にみどりがかった深い蒼目を持つ。


 一方、同じ卓を囲むのは鎧を着た老人と角の生えた目つきの悪い中年である。


「そこの塩をとってくれんかの」


「貴様、図に乗るなよ……消し墨にしてやろうか」


 一触即発。


 たしなめたのは若い女性である。


「喧嘩するなら二人とも出てってもらうヨ。とってあげなサイ」


「……」


 目つきの悪い男は塩の入った陶器のキャニスターをしぶしぶ手渡した。

 

「マミ姉、おじいちゃんとおじさん仲が悪いね」


「余のことは……魔王と呼べ……」


 角の中年は良い年して、魔王と呼ばれたいようだ。


 張りあうように老人は名乗った。


「わしの名はラフラス・クラウディウス・アーバンじゃ」


「おじいちゃんはラフ……なんですか?」


「こやつは……ジジイと呼べばよい……」


 少女は隣の家の娘である。

 

 食べ物を運び、ここで勉強を教わっている。


 それにしても邪魔な存在はこの男たちだ。


 彼らが居付いてから1年も経っていない。村に現れた彼らは当然のように同居を始めた。マミは嫌がる様子もない。


「エミリー。前にも言ったけどこの人たちは家族じゃなくてネ。私のネ、昔の遊び友達みたいなものだヨ」


 少女は怪訝な顔で男たちの顔を交互に見た。


「つまり、マミ姉とどういう関係なの?」


 老人は木のスプーンを握りしめながら宙を見つめた。


「その戦場は様々な物が溶け合い判別が付かなくなっていた」


「なんか急に語り始めたよ……」


「人間は年をとると思い出話が増えるからネ」


「ただ、ひとつだけ確かな事はうんざりするほどの時間の停滞がもうすぐ解消しようとしていること。


 彼らとの決着の刻が来たのだ。


 人の世の技術が臨界に達した時、現れた者たち。


 人類と並び立つ相容れぬ知性を魔族と呼んだ…」



「その話、長くなりそう?」


 エミリーはスープを平らげると椅子から跳ねるように飛びおり、外套を羽織った。


「今日はこの後、キノコ狩りに行くんだよね」


「うん。荷物持ちは確保してあるからネ」


 角の生えた目つきの悪い男はカゴを抱えてすでに戸口に立っている。


「狩りなら余に任せよ……。ワクワクするな……。久々だ……」

 

 魔王の角にもカゴをかけ、振り向いたマミは老人に念を押した。


「そうそう、今日はあなたが洗い物当番だからネ。留守番をお願いします。夕方までには帰るヨ」



 森は暗い。エミリーはライトの魔法を何度か唱えた。


 極めて初歩的な魔法だが、エミリーにとっては難しい。呪文の暗記が苦手なのだ。


 彼女が手にしているのはホウキの柄だが、エミリーにとっては魔法具、杖代わりである。


 なかなか、杖の先にうまく灯がともらない。


 マミが一緒にゆっくりと唱えてくれた。


霽月せいげつの光風、晴れやかに照らせ。我は使役する、ソウェイル」


 ルーン文字には一つ一つ意味がある。呪文と組み合わせて詠唱をする。


 微かな光が杖にともる。エミリーはマミと顔を見合わせて笑った。




「キノコ、大分集まったね」


「そうね。そろそろ帰ろうかナ」


「あれ?おじさんは?一番大きいキノコ探すんだって張りきってたけど」


「……はぐれちゃったネ」


 カゴを4つ持たされて、魔王は迷ったようだ。暗い森を見渡すが気配はない。


「まあいっか。先に帰ろうヨ」



久しぶりに二人きりだ。エミリーの心は弾んだ。


「帰ったらまた勉強教えてね」


「エミリーは頑張りやさんだネ」


「そんなことないよ」


 幼少時に母を亡くしたエミリーは父とマミに育てられたようなものだ。


 どこから流れ着いたのか、森で倒れていたマミを村に運び込んだのはエミリーの母だった。


 家の隣の小屋を改装して人が住めるようにしたのは父である。


 時間はかかったが、いかにも訳ありの容貌を持つマミを村人たちは迎え入れた。


 そして今、マミはエミリーの最も大切な人になった。


 カゴいっぱいのキノコは肉厚で美味しそうだ。


 夕日がマミを照らす。


 綺麗な人だなとエミリーは改めて思った。二人の男が押し掛けるのも分かる気がする。


「あのさ……答えにくかったら答えなくてもいいんだけど……」


「なにかナ」


「その……エミリーの肌って生まれつきのものなの?」


 黒い地肌に真っ白な肌の境目が袖から覗く。人の業とはとは思えないが縫い合わせたような。


「ううん。男の人の喧嘩に巻き込まれちゃってネ」


 隠す気が全くないような軽い口調にエミリーは思わず聞き返してしまった。


「えっ。それってまさか」


「そうそう。キノコのカゴ持ちと皿洗いの彼らネ」


 マミは微笑んだ。


「その……二人のせいでそうなったってこと?」


「エミリーは私の姿は苦手かナ?」


「ううん!そんなことない。とっても素敵だよ!」


「私も結構気に入っているんだヨ」

  

 エミリーは思わずマミに抱きついた。


「あらあら、甘えん坊ネ」


「マミ姉はどこにもいかないよね。お母さんみたいに居なくなったりしないよね」


「私はもうこの村から動かないヨ」


「約束だよ!」


 マミはエミリーをやさしく抱きしめた。





 辺りはもう暗い。家につくと夕食の支度の最中だった。鍋にはった湯はすでに沸騰している。


 老人がキノコスープの下ごしらえをしていた。


「あれ。角のおじさんはまだ帰ってないんだ」


「キノコはとれたかの?」


「たくさんとれたよ!おじいちゃん、ちゃんとお皿も洗ってくれてるね!」


「わしは言われた事は必ずやる男じゃよ」


 鍋にキノコを追加して、出来あがるまで待つことになった。


「じゃあ先生、お願い」


「今日はどこからだったかナ」


「ルーン文字の描き方から」


「そうだったネ」


 小さな燭台の灯りに身を寄せ合う。


「何回書いても覚えられないよう。私、他の子たちよりも地頭悪いのかな」


「あのね、エミリー。他人が三回書いて覚えることを三回で覚えられなくても大丈夫だヨ。六回書けばいい」


「六回書いても頭に入らなかったら?」


「六十回書けばいい。大事なのはネ、覚えるまであきらめずに書くこと。手を動かそう。簡単な事だヨ」


「うん……」


 窓の外から酒場の喧騒が聞こえる。


 村に酒場が出来たのはここ最近の事だ。娯楽もない、辺鄙な場所である。村長たっての願いだったらしい。


「あのさ、マミ姉は……」


「集中しなきゃダーメ!下まで書いてからネ」


 木の皮いっぱいにルーン文字が書かれた。書いているうちに他愛のない質問などどうでもよくなってくる。しかし口にしたからには聞いておかねばもったいない気もする。


「よし!書けた。あのね」


「なあに」


「マミ姉ってお酒好き?」


「呑めないことはないけど、60年くらい呑んでないかも」


 エミリーは笑った。


「60年前はマミ姉生まれてないでしょ」


 その時、扉が大きな音を立てて開いた。


 バンッ!


「キノコ……獲ってきたぞ……」


「うわあああ!!!」

 

 両手に抱きかかえているのは巨大なキノコ人間の頭だ。巨大キノコはジタバタと暴れている。


 幸いなことにキノコの頭が扉につっかえて家の中に入れない様子だ。


「それマイコニドだから!」


「余は……一番大きな奴を……」


「森に帰して来なサイ!」


 魔王はシュンとうなだれて、ジタバタとあがくマイコニドを森の方へ引き摺って行った。


                                         (つづく)


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