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ソーサラーマキナオンライン ~デスゲームの世界でNPCとして頑張っています~ 第一章

作者: ハインツ

「銃撃VRMMORPGゲームを開発しろ」

それが我が社に親会社から与えられたミッションである。

新しく開発されたVRという分野でゲーム業界は今、大きな転換期を迎えている。

当然、この分野が受け入れられるまでに様々な問題が起きた。

過去、「デスゲーム」を題材とした小説、マンガ、ゲームが一世を風靡し、世間にVRMMOの危険性を潜在的ながらも植え付けた。

発売当初はその忌避感からか、思っていたよりも売上が伸びずに、まだ受け入れる下地ができていないと多くの企業が開発を断念したという。

一世を風靡したことで開発に拍車がかかったが、その知名度故に忌避されるとはなんとも皮肉なことだ。

さて、そんな多くの企業が撤退していく中、開発を諦めなかった企業があった

それが我が社の親会社「株式会社クアドラプル」である。

「クアドラプル」はまずVRを世間に浸透させる所から始めた。

比較的受け入れやすいゲームを開発し、少しずつ世に放ったのだ。

例えば、仮想世界でプレイヤー同士がデートのできるゲーム……現実世界で直接会えない禁断のカップルの利用率が最も高かったことが今の時代を感じさせる寂しい結果となったのはいうまでもない……であったり、仮想世界でプロと一緒にスポーツをするゲーム……シークレットで大人のゲームも含まれており、中年層にバカ売れした。開発者ぐっじょぶ……であったり、中にはネタゲーとまで呼ばれたものもあったが、その成果は実り、世間のVRへの忌避感は少しずつだか確かに薄れていった。

VRで婚活、略して「V婚活」が流行語大賞になったのは記憶に新しく、VRの世間への浸透を実感させられたものだ。

このように成功を重ねれば、現金なもので撤退した企業が再度開発に着手した。

我が社もそんな企業の一つである。

他の企業と違うのは、そんな成功を収めた「クアドラプル」にササッと身を寄せて傘下に参入し、子会社となったこと。

なんともすばしっこくずる賢いことだと我が社ながら呆れたものだ。

さて、改めて自己紹介させてもらおう。

俺は上総 瑞樹。

「株式会社カチコチ」で開発チームのプロジェクトリーダーを務めている。

気軽に主任とでも呼んでくれ。

「遂にVRの世界でRPGですか、夢の実現に自分が関われるなんて感無量です」

グラフィック担当の後藤 雅史が呟く。

こいつはVRへの思い入れが深い。

夢の実現が近く、かつ、自分の手で創造できるのだ。

感無量、といった感じか。

「しかし、銃撃VRMMORPGね。剣と魔法がRPGの王道だと思っていたんだけどな」

デザイン担当の前山 興毅。

その発想力と画力は我が社には勿体ない程に一流だが、独特の美学を持った変わり者として有名である。

しかし、その変わり者故の奇抜な発想はゲームソフト開発において大きく貢献していた。

デザインが優れているゲームはそれだけで価値があるのだ。

「王道は大手が作るから張り合ってもしょうがないじゃない。私達は一風変わったものを作らないとね」

音響担当の右京 楓。

今年入社したばかりの新人だ。

名家出身で厳しく躾られたからか、家事全般を得意とし、見た目も清楚系の可愛い女の子なので、うちの社員から可愛がられている。

多少口が悪いのは……ご愛嬌といったところか。

縦社会の上下関係については少しずつ学んでいけばいいさ。

「なるほど。右京の言うことは尤もだ。王道のRPG、特に剣と魔法の物語は他の所も作っていくだろう。それらに負けるつもりはないが、予算も少ない俺達には開発するにも限度がある。王道にはない楽しさを追求していくしかない」

予算も経験も他に劣っている俺達だ。

競り勝つには……頭を使うしかない。

「でも、主任、ただの銃撃VRMMOも他が作るんじゃないですかね」

「FPSが異様に流行っていた時期があったものね。その延長、というか、続編のような形で売り出されたら、私達じゃ太刀打ちできないわよ」

確かに二人の言う通りでもある。

銃を片手に戦場を、迷宮を、街中を突き進むゲームは既に世に繰り出され、その相手も人間、ゾンビ、モンスターと多岐に渡る。

今更ありふれた設定では、作った所でノウハウをもつ企業には敵わないだろう。

「銃撃を基本に一工夫、いや、他に大きなコンセプトを加える必要がありますね」

プログラム担当の下野 克也。

爽やかさ溢れる好青年であり、うちのプロジェクトにおけるサブリーダーを務めている。

縁の下の力持ちとでも言うのか、目立ちはしないが、チームに欠かせない頼れる男である。

彼のおかげでチームが円滑に回っていると言っても過言ではない。

「そのコンセプトをどういう方向でいくかだな」

通常、商品を開発する際には狙う客層を決めるものである。

顧客が求めるものを提供する、所謂マーケティングというものだ。

大人に子供が遊ぶようなものを提供した所で楽しめる訳もなく、子供に大人のゲームをさせるのは道徳的によろしくない。

どの客層向けにするか、その客層は何を求めているのか、それを検討し、軸に開発を進めていくわけだ。

どの客層も楽しめるもの、もちろん、それが理想だが、手を広げすぎると、欲張りすぎると失敗するのは世の常。

今回も例に漏れず、きちんと決めるべきだ。

それにより、構想も練りやすくなる。

「王道を外しつつ、好かれる作品ですか」

「しかし、外しすぎてもダメだろうさ」

ああでもない、こうでもない。

企画の段階で躓くことはよくあるが、今回はいつもに輪をかけて難しいな。

「一度休憩するか。右京。すまないが人数分のお茶を頼む。お前のお茶が一番美味い」

「お茶ぐらい自分で、と言いたい所だけど、そう言われたら断れないわね。いいわ。ちょっと待ってなさい。ちなみに、人数分ってここにいる人数分かしら。それとも」

「す、すいません。寝坊しました」

会話を遮るようにバタンと扉の開ける音が響く。

まったく、あいつは……。

「ホント貴方成長しないわよね」

「ガーン。後輩に失礼なこと言われちゃいました。これでは先輩の威厳が」

「左近さん。貴方には元々威厳などないでしょう」

「あ、ひどいです。後藤さん、訂正してください」

左近 葵。

シナリオ担当の賑やかな女の子だ。

おっちょこちょいが玉に瑕な我が社の愛されキャラである。

このチームにおいてはムードメーカといったところか。

彼女の明るさに俺達は何度も助けられた。

遅刻の常習犯なのはどうにかして欲しいけどな。

「こいつも含めた人数分だ」

「わかったわ」

パタッと軽やかな音をたて、部屋から出る右京。

先ほど左近が開けた扉と同じ扉とは思えないほどに静かな音である。

女の子はエレガントに。

口とは裏腹に上品な後ろ姿であった。

「さて、左近、一応聞いておくが、何故遅刻した」

「あの、えっと、昨日新しく時計を買ったんですよ。可愛いクマさんの絵柄で前からずっと欲しくて」

「クマさんね。確かに娘もよくテディベアを抱きしめているな」

この前の誕生日プレゼントにあげたのだが、それはもう大喜びだった。

あれだけ喜んでくれれば、プレゼントした甲斐があるというもの。

名前を聞かれた際に、安直な名前にしてしまったのが、唯一の心残りだ。

親バカかもしれないが、テディベアと娘の組み合わせはとても可愛い。

無論、テディベアが可愛いのではなく、娘が可愛いのだがな。

主役は娘、テディベアはあくまで脇役だ。

「流石主任。クマさんの可愛さが分かりますか」

「クマさんの可愛さは分かるが、左近の遅刻は分からんな」

可愛いから遅刻が許されるのであれば、俺はあの娘のせいで毎日のように遅刻するだろう。

「あの、はい、えっと、それで」

「……」

「新しく替えたのはいいものの、目覚ましセットするの忘れちゃいました」

すいませんでした、と勢いよく頭を下げる左近。

まぁ、今更、こいつのおっちょこちょいが直ることに期待はしないさ。

もう何度も注意してるのに直らないのだから、諦めもつくというものだ。

しかし、何もなしに許すという訳にもいかない。

示しはつけんとな。

社会とはそういうものだ。

「左近。減給とこの部屋の掃除。どちらがいいか選べ」

「うへ。意地悪です。主任」

「何か言ったか」

「い、いえ。ご温情感謝します。私も生活カツカツなので減給は勘弁していただけると助かりますです、はい」

じゃあ、必然的に部屋の掃除というわけだ。

まぁ、常日頃から清潔に保つように言ってあるし、それほど重い罰ではない。

流石に連続で遅刻されればより厳重な罰が必要になるが、反省の色も見えるし、明日は気をつけるだろう。

明後日は知らないが。

「お待たせ。はい、皆に配って」

ありがとう。右京。

「わ、私が、ですか」

「ええ。当然でしょ」

「むむむ。わかりました。この屈辱は甘んじて受け入れましょう。しかし、いつの日かこのことを後悔する日が、アッチッチ」

賑やかなことは良いことである。

「さて、ようやくこれでチームが揃ったな」

左近だけ妙に尺が長くとられていたが、これは偶然であり、深い意味はないので気にするな。

決して動かしやすいといった裏事情はない。

「左近も来たので、改めて今回のプロジェクトについて説明したいと思う」

右京の入れてくれたお茶を片手に親会社からの通達内容を皆に伝えた。

銃撃VRMMORPGを開発すること。

デスゲームを連想させる内容は避けること。

そして、プレイヤーがワクワクするゲームを作ること。

「それじゃあ、皆、作ろうか。俺達のゲームを、いや……俺達の世界を」

剣と魔法の冒険譚が王道であるならば、さながら俺達の世界は邪道。

銃と魔法の冒険譚「ソーサラーマキナオンライン」が完成し、世に放たれた。

その世紀の瞬間に立ち会えなかったことは非常に残念だが、この時、俺の冒険もまた始まりを告げたのだ。

クリアしても報われない険しい道のりの冒険が。






「ん、んん……」

暗闇の底から這い上がったような感覚の後に、光が視界へと差し込む。

今日もいい天気だ。

やはり日差しは心地よい。

清々しい気分と共に背伸び。

これをしないと1日は始まらないよな。

習慣を終え、意識がハッキリしたと同時に、自身を取り巻く環境に気付く。

「ここはどこだろうか」

視界に広がる光景に困惑を隠せない。

「闘技場、いや、訓練場か」

だだっ広い草原を囲む柵。

自身が家畜であれば放牧かと錯覚してしまいそうな作りだが、もちろん、俺は家畜ではない。

的にできそうな藁で作られた人形。

抉られた地面。大きな足跡。

なんかのゲームで見たことあるような気がする典型的な訓練場というものだ。

場所はわかった。しかし、問題はそこじゃない。

「俺はここで一体何をして」

いつから訓練場の管理人になどなったというのだ。

俺は、俺は……。

「俺は誰だ」

何も思い出せない。

比喩表現でもなんでもなく、文字通りなんにも思い出せないのだ。

昨日の晩飯はおろか今日の朝飯すら。

いや、それはそれほど重い内容ではないな。

そもそも朝飯は食べてさえいない。

いかんな。思っている以上に動揺しているらしい。

一度記憶喪失がどんなものか体験したいと思っていたが、いざなってみるとこうも取り乱すとは。

しかし、なるほど。

自身が何者か分からないことがこんなにも恐ろしいことだとは思ってもいなかった。

己が己たる所以。アイデンティティ。

俺の中には今、なにもない。

「ふぅ。こうしていても仕方がないな」

まずは状況把握だ。

気持ちの切替の早さが俺の良い所だってあいつも……。

「あいつって誰だ」

もどかしい。あと少しで思い出せそうなのに、思い出せない。

なるほど。これはキツい。

頭に靄がかかったようだ。

思わず両手で頭を抱えた。

「ん」

どこかで鳴る金属音。

そういえば、さっきから、金属音が……。

一体どこから。周囲に金属なんて。

あたりを見回す。

それらしきものは見えない。

「幻聴か」

記憶喪失の上に幻聴とは……。

記憶喪失から来る恐怖で幻聴に陥ったのであればまだ救いはあるが、まったくの別物であれば、人生ハードモードにも程がある。

耳がおかしいのだろうか。

確かめるべく手で耳を覆った時、その意味に気付いた。

「冷たい」

暖かい右手。冷たい左手。

人肌の右手。無骨な左手。

ただの腕と……義手。

「腕がないか。俺はどんな人生を送ってきたんだ」

記憶を失う前の俺は危ない仕事でもしていたのだろうか。

他に異変がないか調べた所、右足も同様に義足であることがわかった。

右手、右足が義足、しかも、人造人間を彷彿とさせる機械じみた仕様。

俺はいつから戦隊物の出演者になったというのだ。

「訳が分からん」

この一言に尽きる。

俺は誰で、ここはどこで、過去に何があり、この先の未来をどう生きればいいのか。

「……」

絶望にも似た感情。

視界はぼやけ、全身を虚脱感が襲う。

崩れ落ちそうな身体を必死に支えるも、心を支える柱がない以上、地面に膝をつくのも時間の問題と言えた。

「……広いな」

無駄に広い。

この広さが……孤独感を深める。

こんなことなら、いっそ閉鎖された空間の方が良かった。

「ん」

なんだ、これは。

視界の左上隅に映る「メニュー」の文字。

目を開いていても、閉じていても、右を見ても、左を見ても、そいつは常に付いて来る。

おいおい。悪い冗談はよしてくれよ。

誰だ、俺の瞳に文字を刻んだのは。

いや、そうじゃない。いくらなんでもそれはない。

これは……なんだ。

右手を伸ばし、「メニュー」に触れる。

シュンッという音と共に画面が展開された。

「……見覚えがある光景だな」

なんかのゲームで見たことがあるような画面構成。

ゲーム、ゲーム……ね。

見覚えのある場所、見覚えのある光景。

薄ら寒い。悪寒が背中を走る。

震える手で、俺は触れた。

……触れてしまった。

「メニュー」

「ステータス」

キャラクターネーム:シューニン

Lv:-

種族:普人

所属:-

称号:伝説のハンター

HP:-

MP:-

筋力:-

体力:-

器用:-

敏捷:-

吸収効率:-

変換効率:-

変換速度:-

備考:NPC チュートリアルキャラクター

「あ、あはは。なるほどな。見覚えがある筈だ。ない筈がない」

何故なら、ここが、こここそが、俺の居場所なのだから。

俺の存在理由はここで、俺が俺たる所以もここなのだ。

記憶がない。当然だ。積み重ねてきたものがないのだから。

俺は……人間ですらない。

「段々とわかってきたよ」

自身がNPCと自覚したからか、己のやるべきことが浮かんできた。

思い出したのではない。元々そこにあったものに気付いたというだけ。

俺は俺の役割を自覚した。

ここはゲームを始めたばかりのプレイヤーが操作方法を学ぶ場所。

そして、俺はそんな彼らをレクチャーするノンプレイヤーキャラ。

本来自我などある訳がないプログラムのかたまりなのだ。

「しかし、最近のプログラムは自我が芽生えるのか」

自我をもつプログラム。

映画の設定にでもありそうなことだ。

しかし、チュートリアルキャラクター程度に自我を持たせる必要性を感じない。

そもそも、自我をもつプログラム自体、SF過ぎるというものだ。

「システムのバグ……ということなのかもな」

何らかの偶然が何らかの偶然と重なり発生したバグ。

それが俺、という訳だ。

「……」

先程までが嘘のように激しく揺れていた感情が鎮まる。

自身の役割を果たす為、余計なものが切り捨てられた。

プログラムらしい補正回路。

感情など役割には不要といった所か。

だが、俺は俺だ。自我をもつプログラムという異質な存在であろうと俺は俺らしくこの世界で生きていく。

記憶がなければこれから積み重ねていけばいい。

感情がなければ、喜怒哀楽を感じればいい。

たとえこの空間から抜け出せなくても、俺は生きているのだから。

「しかし……」

では、この脳裏をかすめる懐かしき光景は……なんだ。

こちらに笑顔を向けてくるこの女性と小さな女の子は……。

「お、おぉ、やったぜ。当たり引いた。シューニン、早速俺にレクチャーしてくれ」

……どうやら、最初の客人がいらしたようだ。

俺の仕事を始めるかな。






「シューニン、今日も来たわよ」

だだっ広い草原に俺は今日もいる。

いつもと違うのは来訪者がいること。

いや、こいつが来ることもいつもの日常と化していたか。

「ここは初心者用の施設だと教えた筈だが」

「いいじゃない。どこで何をするかはプレイヤーの自由でしょ」

「ふっ。違いない」

ゲームのプレイヤーとは確かにそういうものだ。

他人がどうこういうものじゃない。

「成長しているな。お前もそいつも」

目の前の人物。

こいつが最初にここを訪れた時は、ただ気が強いだけの女の子に過ぎなかったのだが、今ではそこに確かな自信が加わり、強者の雰囲気を醸し出していた。

人は成長するもの、我が身は成長しないとはいえ、他者であれ、成長を実感するのは嬉しいものだ。

「もちろんよ。私はB級ハンターになったし、マキナも五段階進化に成功したもの」

ほう。遂にB級ハンターか。

順調にステップアップしているようだな。

「お前のマキナ、性能を見せてもらってもいいか」

「ええ。是非意見を聞かせて欲しいわ」

マキナ。

このゲームにおける最重要ワードである。

プレイヤーにとって、ペットであり、パートナーであり、そして、生き抜く為に不可欠な武器である。

「セット」

その言葉と同時に彼女の肩に乗っていた機械式の小動物が形を変える。

質量保存の法則を完全に無視する形で自身の何倍もの大きさを持つ銃へと。

そう、マキナこそがこの世界における唯一無二の武器なのだ。

普段は武器としての形を成さず、無害な機械生物でしかないが、使用者の指示に従い、その身を武器と化す。

このマキナを育て、高性能な武器にすることが、この世界の攻略法なのである。

ちなみに、このマキナを育てる方法はモンスターのドロップアイテム。

マキナ自身に成長値というステータスがあり、ドロップアイテムを与えることで値が増加、一定値に達するとレベルアップするのだ。

「ほう。以前よりも威力が上がっているな。射程はそのままか」

「ええ。私の小隊内の役割上、射程は今のままで充分。あとは威力と精度の底上げが求められるの」

さて、また聞き慣れないワードがでてきたな。

長話をズラズラするのは嫌いなので簡潔に説明しよう。

マキナがレベルアップした際、プレイヤーはマキナの性能をどのように伸ばすか選択できる。

その項目が「威力」「射程」「容量」「連写」の四つだ。

説明するまでもないが、威力は攻撃力、射程は攻撃の届く距離、容量は装填できる最大弾数、連写は攻撃と攻撃の間の待ち時間を示している。

他に、先程述べた成長値、重量、精度の三つがあり、合計七つがマキナのステータスとして表示される。

重量は文字通り銃の重さであり、この重量以上の筋力値---プレイヤーステータスについてはまたの機会に説明しよう---がなければ扱うことができない。

この重量を決定するのは威力と射程であり、威力と射程に比例する。

精度は命中力を示すステータスであり、容量と連写に反比例する。

簡単に言えば、威力と射程を上げすぎると重すぎて扱えず、容量と連写を上げすぎると精度が悪くなり攻撃が当たりづらいという訳だ。

このあたりを考慮せずに好き勝手に成長させると逆に弱体化してしまう可能性もある訳で、どのように成長させるかが鍵になる。

ちなみに、威力を伸ばすと銃の太さが、射程を伸ばすと銃の長さが変わるなど、見た目に影響があり、大体のステータスを察することができるようになる。

こいつのマキナは……応用の広さを持つ万能型といった所か。

「ふむ。バランスのとれた良い育成方法だ。どの状況においても変わらない性能を発揮するだろう」

「そう、それなら良かったわ」

満足したのだろう、マキナを銃形態から元の小動物形態に戻す。

肩に乗るマキナを優しく撫でるその姿は可愛いものが好きなただの女の子だった。

「しかし、私ってラッキーよね。私のチュートリアル役がシューニンで、更に偶然とはいえ、このフィールドへの移動方法を発見できるなんて」

「あくまでここは始まりの町圏内だからな。お前レベルまで成長したプレイヤーがウロウロしている方が珍しい」

「だって見覚えがある街並みがここから見えるもの。もしかしたらって思うじゃない」

このフィールドは始まりの町にある訓練所の一つでしかない。

プレイヤーは始まりの町でチュートリアルクエストを受託すると強制的に数ある訓練所のどこかにランダムで飛ばされ、そこでチュートリアルを受けることになる。

聞いた話では、このキャラクター、シューニンは人気キャラらしく、この訓練所を引き当てただけで自慢できるレベルらしい。

このような外の情報を得る機会は少なく、そういう意味では目の前のこいつには感謝していたりする。

俺はこの空間から抜け出せないからな。

「それでさ、聞いてよ。うちのギルドリーダーなんだけどさ」

友人の愚痴を話し始める。

この年頃の女の子は多感だと聞く。

恐らく、親にこういう話をするのも気恥ずかしく、なんとなく俺に話しているのだろう。

俺はNPC。彼女にとっては部屋のぬいぐるみに話しかけるのと似たようなものだ。

「相変わらず素直じゃないな」

「な、なにがよ」

「いや、なんでもないさ」

愚痴は愚痴でも、悪口じゃない。

確かな友情を感じられる心配、呆れのような内容。

他人を思いやれるこの少女のことを俺は好ましく思っていた。

「じゃあ、私はそろそろ行くわね。遅くなるとまたギルドリーダーに文句を言われるわ」

「そうか。頑張れよ」

頭を撫でる。NPCにあるまじき行為だが、不思議とこれをしていると俺が安らぐ。

昔、誰かにこんなことをしていたような……。

「い、行ってきます」

照れた顔でそそくさと去っていく少女。

「ああ、行ってらっしゃい、ツバキ」

プレイヤーネーム、ツバキ。

新進気鋭。期待のルーキー集団、ギルド「郷土院」のサブリーダーである。

どことなく懐かしい雰囲気を抱かせる少女。

本来なら、俺は公平な立場、肩入れしてはいけないんだがな。

来る者は拒めまい。

……なんだかんだで寂しがり屋なのかもしれんな。

「お、お願いします」

新たな来訪者。

さて、俺も俺の仕事を始めるか。

「問おう。お前はどのような戦い方を身に付けたい」






「戦闘の極意は常に冷静であれ、だ」

今日も今日とて初心者プレイヤーのチュートリアル。

基本的に俺が教えることは、戦闘の基本、マキナ、小隊編成、レベルアップ時の対応についてだ。

ちょうど初心者プレイヤーがやってきたようなので、順を追って説明、実践していくことにしよう。

「まずはお前にこれを渡しておく」

プレイヤーに訓練用のマキナを渡す。

マキナは意志ある機械である為、持ち主以外に使役されることを極度に嫌う。

無理矢理使役することも不可能ではないが……やめておいた方がいいだろう。

性能の半分、いや、一割も発揮できない。

自ら育て、プレイヤーと共に成長していく。

それがあるべき姿だと俺は思う。

だが、しかし、初心者プレイヤーにいきなりマキナを渡して成長していけというのにはあまりにも無理がある。

そこで、この訓練用マキナの出番な訳だ。

こいつはある程度誰にでも使役できるよう調整してあり、性能も特化型ではなく、万能型、誰にとっても使いやすい仕様にしてある。

まぁ、調整したのも育てたのも俺ではなく、あらかじめ俺の所持品の中にあったものだがな。

分かりやすく、備考にプレイヤー用という表示付きで。

「早速実戦といこう。最初は敵も動かん。よく狙って正確に眉間を撃ち抜け」

その言葉と同時に訓練所中央に現れるモンスター。

RPGの定番ゴブリンだ。

この訓練所内において、敵の出現は俺の任意で可能。

まだ訓練が足りないと思えば繰り返し実践させ、充分であると思えば次のステップへ進ませる。

俺は「基本が大事」主義だからな。

悪いが、俺が納得するまで相手してもらう。

「いきます」

かけ声と同時に放たれる弾丸。

狙いは惜しくも眉間を外し、額を掠めていった。

「少しズレたが、まぁいいだろう」

いきなり眉間に当てられる奴はそういない。

センスの良い奴で数発、大体は数十発で命中する。

たまに一発目で当てる奴がいるが、そいつは偶然が殆どだ。

もう一度やらせると大抵外す。

まぁ、極希にだが、二度目も確実に当てる奴はいた。

そいつらは総じてトッププレイヤーになっているな。

それほど正確な射撃が問われるゲームということだ。

「もう一度やってみろ。ここで精度をあげられるかで今後が大きく変わってくる」

それから数十発で見事命中させた。

まぁ、平均的といった所か。

しかし、だからといってトッププレイヤーになることを諦めた方がいいという訳ではない。

ステータスの伸ばし方、マキナの育て方、その他諸々の工夫で充分リカバリーできる。

それに……。

「そう落ち込む必要はない。これはあくまで攻撃を当てる訓練だからな。難易度は難しくしてある」

「そ、そうなんですか。よかった」

ホッと息を吐くプレイヤー。

攻撃対象はゴブリン、人間よりも小さい生物の眉間などかえって狙いづらい。

また、今使用しているマキナは威力に制限がかけられており、弾丸の大きさが非常に小さくなっている。

このゲームは威力イコール弾の大きさなので威力が制限されると弾も小さくなってしまうのだ。

魔弾特有の変化といえるな。

おっと、魔弾についての説明を忘れていたか。

「では、次のステップに移るが、その前に」

マキナに触れて制限を解除する。

これで弾が大きくなり、より当たりやすくなった。

マキナの威力を伸ばしたら銃の太さが変わるのは以前説明したと思うが、それに加えて銃口も広がり、撃ち出される弾丸の大きさも変わる。

そして、この弾丸、ただの弾丸ではない。

このゲームのコンセプトは銃と魔法。

だが、プレイヤーが魔法を使えるという訳ではない。

それならば、魔法とは何なのか。

至極単純、プレイヤーの魔力がマキナを通して魔弾として具現化される。

即ち、マキナは銃でありながら、魔法使いの杖のような役割を果たしているのだ。

当然、プレイヤーのMPにも限度はある為、無駄撃ちは許されない。

MPを回復する手段は勿論あるのだが、それに関してはまた後にしよう。

「一度試し撃ちしてみるといい」

プレイヤーは指示に従い、前方に向けて放つ。

「お、おお。威力が段違いですね」

先ほどまでは眉間に命中させるのに一苦労だったが、プレイヤーの命中精度の向上もさることながら、弾の巨大化の影響が大きく直撃した。

弾の大きさが顔の半分もあれば当たるのも当然と言えよう。

イメージが分かりづらければロッ○マンXあたりのチャージ前とチャージ後との違いだと思ってくれればいい。

あそこまで大きな差はまだないけどな。

「さて、戦闘訓練を続けよう。先ほどの敵は動かなかったが、次は動く」

それからは徐々に訓練の内容を厳しくしていった。

動く敵、襲いかかってくる敵、複数の動く敵、複数の襲いかかってくる敵、ゴブリンよりも強力なモンスターなどなど。

着実とステップアップしていく姿はやはり見ていて楽しい。

「どうやらレベルアップしたようだな」

訓練所の敵とはいえ、倒せば経験値が手に入る。

目の前のプレイヤーのレベルは3まで成長していた。

「レベルアップした所でレベルアップ後のステータスアップについて教えよう」

このゲームにはマキナ同様キャラクターにもステータスが存在する。

まずは基本である身体ステータスとして「筋力」「体力」「器用」「敏捷」の四つ。

それに加えて魔法ステータス。

「吸収効率」「変換効率」「変換速度」の三つがある。

身体ステータスについてはレベルアップと同時に自動的に上昇するが、魔法ステータスは自ら成長させなければならない。

そこで使用されるのがレベルアップの際に得られる取得ポイントである。

レベルアップのたびに規定数もらえるこの取得ポイントは身体ステータスに使ってもよし、魔法ステータスに使ってもよし、プレイヤーの自由意志に任せられる。

ここの選択でそのキャラクターの方向性が決まるといっても過言ではないのだ。

「ステータスを見れば分かると思うが、それぞれ数値が上昇している。それがレベルアップ効果の一つ。もう一つはその取得ポイントの割り振りによる強化だ。好きに使うといい」

各種ステータスについて簡単に説明しておこう。

まずは「筋力」、これは持てる銃の重さを示している。威力イコール重さに近いこの世界では、当然、筋力イコール攻撃力とも言えた。

無論、マキナを成長させていなければ無用の長物と化してしまうのだが……。

筋力の値が高くても与えるダメージに補正はつかない。

あくまで持てる銃の重みを決定するだけなのである。

次に「体力」、これは簡単にいえば防御力である。これの値が大きければ大きいほど受けるダメージに補正が加わる。

続いて「器用」、マキナのステータスにおいて精度という項目があるが、これはその精度自体に補正を加えるものである。

精度の低い銃を使っても、この器用さえ高ければ高い命中率を得られる訳だ。

身体ステータスの最後「敏捷」、これは移動速度及び次の行動に移るまでの迅速さを示している。

銃撃をした際、反動により停止時間が生じる。

その時間を少なくしてくれるのがこの敏捷だ。

加えて単純な移動速度も上昇する。

どんな攻撃も当たらなければ意味がない、と勝ち誇ることができるようになるかもしれないな。

続いて魔法ステータス。

まずは「吸収効率」だ。

これは大気に流れる魔素を体内に取り込み、己の魔力とするのに必要な時間を示す。

即ち、MPの自動回復速度だな。

無論、この回復速度を上回る消費量の場合、弾切れになる。

続いて「変換効率」についてだ。

これはマキナの容量分を全て貯めるのに必要な魔力消費量を示す。

マキナの容量もプレイヤーによって異なる為、消費量そのものを示すことにならないが、この数値が高いと全弾装填に必要なMP消費量が減る。

最大MPが低くてもこの変換効率さえあげておけばカバーできるという訳だ。

最後に、「変換速度」について。

これはマキナの全弾装填にかかる時間だ。

これが高ければ高い程、装填にかかる時間が減る。

シューティングゲームをやったことがあるものならば分かると思うが、装填にかかる時間は戦闘においてかなり重要だ。

弾切れになり、装填中に攻撃を受けて死亡するなんてことがないように気をつけて欲しい。

さて、長々と説明してしまったが、これらがプレイヤーステータスである。

プレイヤーステータスに加えて、マキナステータス、この二つを成長させることでプレイヤーは強くなっていく訳だ。

「身体ステータスはレベルアップに応じて強化されるが、魔法ステータスはその取得ポイントを使用しなければアップしない。しかし、魔法ステータスに関しては工夫でカバーできる面もあり、取得ポイントを全て身体ステータスに使用するものもいる。そのあたりはお前の考え方次第だな」

どのように取得ポイントを使うか。

プレイヤーの腕の見せ所である。

「ただまぁ、急いで使う必要もない。取得ポイントは貯めておけるからな。じっくり考えるのも手だ」

「それなら、はい、保留で」

それも悪くない。

思い切りの良さも時には大事だが、慎重になることも大事。

ゆっくり考えて己にあった割り振りを行うのがいいだろう。

「では、次のステップに移る」

チュートリアルはまだまだ続くぞ。

遅れるな。






「次に小隊システムの説明だ」

このゲームは決してソロプレイを前提とした作りにはなっていない。

せっかくのVRMMOなのだ。

皆でワイワイ盛り上がりたいだろ。

しかし、人数は多すぎてもダメ。

緊張感のある戦闘を行う為にも人数制限は必要だ。

「小隊一つあたりの人数は四人。前衛、中衛、後衛、撹乱。まぁ、組み合わせはそれぞれの自由だが、基本的な構成はこうだ」

小隊の人数は最大四人。

別に二人でも三人でも活動はできるし、もちろんソロプレイだってできる。

あくまで最大数が四と決まっているだけだ。

ちなみに、イベントや大会によってはそれを上回る人数でチームを組むこともある。

それについては大会が始まった時にでも話そう。

「この小隊を組むことを小隊編成という。基本的に活動はこの小隊単位で行うことになるだろうな」

「なるほど。お聞きしたいんですが、小隊を組むメリットってなんでしょう。わざわざ小隊を組まなくてもソロのまま人数を揃えた方が制限が少ないと思うんですが」

ほう。良い着眼点だ。

「まずは経験値の分等だな。ソロプレイの場合、経験値を得るのは最後のトドメを刺したプレイヤーだけだ。途中でどれだけダメージを与えようが、最後の奴にしか旨みはない」

これを利用して、残り僅かになってから途中参戦し、経験値だけをもらって逃げるように帰る横取りプレイヤーが現れた。

しかし、運営はこれを止めたりはしなかったそうだ。

ここは銃撃の世界。

長距離射撃、暗殺こそ銃の真骨頂と考える者がいたらしく、その観点から横取りも推奨はされずとも黙認されたらしい。

現在もそういうプレイヤーは後を絶たないが、運営が黙認しているのなら、諦めるか、抵抗するしかないだろうな。

まぁ、当然その横取りプレイヤーは他のプレイヤーから嫌われる訳だが……それも覚悟の上だろうさ。

「しかし、小隊を組んでいれば話は別だ。もちろん、トドメを刺した者が最も経験値を得るのだが、他のプレイヤーにも恩恵がある。ほぼ同等の経験値を全員がもらえる為、絶対値的には小隊で攻略した方が多く手に入ることになるな」

本当は与えたダメージ量や味方プレイヤー回復量などに応じて小隊内で貢献度としてランキング化され、そのランキングによってもらえる経験値は変化するのだが、これは割愛でいいだろう。

トドメを刺した者がより多くもらえるのもあくまでトドメを刺すことの貢献度が高い為、ランキングトップになってるのに過ぎないのだ。

「ソロプレイでトドメを刺した時と小隊で最後にトドメを刺した時ではどちらが多くもらえるんですかね」

「それはもちろんソロプレイだ」

ソロプレイに特典がないのもつまらないからな。

「他にもアイテムドロップ。レアアイテム以外の通常ドロップはソロプレイだろうが、小隊だろうが全員に与えられる。人数分もらえる為、早く集めたい時などに有効だな」

「レアアイテムは違うみたいですね」

「レアアイテムについては難しいな。まず、ドロップ確率はソロを1とすると小隊はそれを人数分で割られる。敵を倒した際のドロップ率という意味ではソロも小隊も変わらないが、一人あたりのドロップ率は下がってしまうな」

ソロで倒せるなら、そちらの方が早い。

それに喧嘩にもならないからな。

レアアイテムをめぐっての争いはこういうゲームにおいて、最も仲違いを起こさせる要因だ。

仕方がないとはいえ、その程度で味方を失い、敵を増やすのは愚かと言えよう。

うまい具合に調整できる出来たリーダーに恵まれるしかない。

「その他にも様々なメリットはある。参加できる小隊の数が限られてるステージもあるしな。ソロでもその時は一つの小隊と見なされる。少しでも人数は多い方が攻略の成功率もあがるだろう」

まぁ、基本的に小隊は小隊単位で、ソロプレイヤーはソロで活動している。

ソロプレイの旨みや状況を考えればソロプレイヤーが群れることはまずないだろう。

「もちろん、ソロプレイにも利点はある。そのあたりはこれからのプレイで学び、見極めるといいさ」

「はい。ありがとうございます」

また長々と説明してしまったな。

どうも説明すると長くなってしまう。

序盤特有のものだと思って諦めてくれると嬉しい。

ん、あぁ、もちろん、ゲームの、な。

「さて、小隊システムだが、先ほども言ったように、この小隊を組むことを小隊編成という。メニュー画面を開いてみろ。そこに小隊という欄があるだろう」

小隊編成の手順は簡単だ。

目の前のプレイヤー、もしくは、フレンドリストからプレイヤーを選択して、メニュー画面の小隊欄の中にある小隊編成のコマンドを選択するだけ。

小隊編成すると空白だった小隊欄に今の小隊状況が表示される。

「そこにある小隊編成を選択するだけなんだが……ちょっと待っていろ」

この小隊システムをレクチャーする際、他にもチュートリアルを受けているプレイヤーがいたら、わざわざ合流させて実感させる。

「習うより慣れろ」主義だからな、俺は。

「ちょうど他にもチュートリアルを受けているプレイヤーがいるようだ。合流して実際に小隊編成してみろ」

それに、同時期にゲームを始めたプレイヤーはある意味同期みたいなものだ。

この偶然を大事にして欲しい。

切磋琢磨しろ、とは言わないが、何か困った時に情報交換ができる程度の知人はいるに越したことないだろ。

余計なお世話と言われればそれまでだけどな。

「ああ、どうやら来たようだ」

現れたのは俺と同じチュートリアル役のNPC、あいつは獣人担当だったな。

その後ろにいるのがプレイヤーか。

「俺は普人担当チュートリアル役のシューニンだ。突然すまないな。確認だが、小隊システムの説明は済んでいるな」

頷くプレイヤー。

なるほど。寡黙だな。

しかし、それは緊張から来るものではなさそうだ。

こいつ、初心者にしては落ち着いている。

このゲームは初心者でも、他のゲームでは上位プレイヤーだったのかもしれん。

このゲームにおいてどこまで名を馳せるのか、また楽しみな奴がやってきたな。

「まずは互いに小隊編成をしてみろ。された側はYES or Noの選択肢がでる。YESを選択すれば編成完了だ」

それぞれに行わせ、実際に経験させた。

小隊システムには他にも様々な要素があるのだが、ここはあくまで初心者用のレクチャー。

詳しいことは追々わかってくるだろう。

せっかくのMMO、プレイヤー同士の情報交換を有効活用して欲しい。

「さて、このチュートリアルも次で最後だ。是非楽しんでくれ。お待ちかねの……ボス戦だ」






「これでチュートリアルは終わりだ。最後にこのマキナを渡しておく。これはお前専用のマキナだ。絆を深め互いに成長するといい」

「はい。ありがとうごさいました」

また一人プレイヤーを送り出す。

この閉鎖された空間において、楽しみは将来有望なプレイヤーに出逢うことぐらいしかない。

成長した姿を見られないのは残念だが、この身は所詮ただのNPC、致し方ないことだ。

しかし、この空間においても分かることはある。

それはボス攻略情報とプレイヤーランキングだ。

このゲームはボスの復活がない。

ダンジョンをクリアしたら、そのダンジョン一帯は撃破したプレイヤーが所属するギルドの領地となり、以後ギルドで統治していくことになるからだ。

このゲームは領地の奪い合いゲームでもあったりする。

その為、ボスの攻略情報はプレイヤー達にとって最も重要な情報の一つであり、誰もが知っておかなければならない情報であった。

そこで公正な立場である運営によって厳正的確に情報は公開されている。

今の所、大陸の3分の1がプレイヤー側の領地といったところか。

この大陸は相当な大きさを誇るようだな。

ちなみに、このゲームには海はあるが、海の先に大陸はない。

今いるこの大陸のみがこのゲームの舞台となる。

次にプレイヤーランキングだ。

このランキングの項目はかなり多く、全てを把握しておくことは不可能に近い。

ボス討伐数ランキング。

撃破数ランキング。

このような各々のプレイヤーのことを始め、所属メンバー数ランキング、所有領地ランキングなどのギルド用のランキングもある。

また、定期的に行われる個人戦、小隊戦、大隊戦などの過去ランキングを見ることもでき、ここから得られる情報は俺にとって

有意義なものが多い。

ランキングは上位三位が掲載され、定期的に更新されている。

そういえば、最近、小隊戦が行われたらしいが、今回はどの小隊が……。

「ちょっとシューニン、聞いてよ」

突然の来訪者に思考を妨げられる。

「またお前か。ツバキ」

振り返れば、更なる成長を感じさせる女の子の姿があった。

時々来ては愚痴っていく彼女だが、今回はいつもとちょっと様子が違うようだ。

「どうかしたのか」

「どうかしたのか、じゃないわよ」

どうやらご立腹のようで。

「この前、小隊戦があったのは知っているかしら」

「あったことは知っている。今ランキングを見ようと思った所にお前がきた」

「それなら、話が早いわ。そのランキングを見て」

……まぁ元々見るつもりだったから構わないが。

一位、二位は過去のランキングと同じだな。

この二チームは戦力が拮抗しているらしく、互いが互いを高めあう切磋琢磨の関係なのだろう。

しかも、同じギルド所属というのだから、驚かされる。

ライバルであり、味方である。

成長にはもってこいの環境だな。

このギルドのリーダーは対抗心を煽ってギルドメンバーの能力向上を図っているのかもしれん。

なんともしたたかで頭の回るリーダーだ。

できることなら実際に、現地で小隊戦を見てみたいのだが、そればかりは最早諦めていた。

俺には俺の仕事があるからな。

「三位は脳筋ブラザーズ……初めて見る名前だな」

そして、そのネーミングは何があったのかと心配になる。

「そうよ。そいつらのせいで三位を逃したの」

ほぅ。この口ぶり、どうやら四位になったらしい。

「スゴいな。ツバキ」

見事だ。このようなゲームはどうしても始めた時期による差がでる。

運営もその差を様々な工夫で縮めようと頑張っているが、いかんともしがたい。

古参プレイヤーからすれば、新規メンバーが優遇され過ぎていれば不公平感を抱く訳で、運営も思い切ったことはできない。

このバランスが難しいのだ。

そのような中、途中から参加した者達が得た四位という快挙。

ランキングが三位までしか載らない為、名誉は得られないかもしれないが、充分過ぎる結果だ。

誇っていい。

「え、えへへ。そんなことないわよ」

頭に手を置くと猫みたいに顔を緩ませるツバキ。

さっきまでの顔とは大違いだ。

「で、でも、やっぱり悔しいじゃない。あとちょっとで勝てたのよ。そうしたら、上位三位になれたのに」

悔しさが人を強くする。

もしかしたら、次は三位以上になっているかもしれないな。

「別にランキングに載りたい訳じゃないわ。載った所で得られるものなんてないもの。ただ、上位入賞の報酬が……」

悔しそうに顔を歪ませるツバキ。

確かにそこは三位と四位では雲泥の差だろうな。

しかし、そこまで悔しがる報酬とは何だったのだろうか。

「報酬はなんだったんだ」

「今回は五周年記念で、人気キャラクター投票上位の模造銃が報酬だったのよ。これをマキナに使えばオプションアイテムという形で見た目を同じにできたの」

ほほぅ。そのような報酬とは。

「ちなみに、人気キャラクター上位とはどのキャラクターなんだ」

俺のキャラも人気上位らしいし、もしかしたら入っているかもな。

「まずは「セイレーンの歌姫」メイプル。やっぱりあの人間離れした可愛さは反則よね。あの生意気な態度はむしろご褒美よ」

NPCだけのギルド「オリジナリア」のギルドリーダーを務めるNPC。

それがメイプル……らしい。

一応、このゲームの説明書に載っている程度の知識はあるが、詳しいことまでは分からない。

こと戦闘に関しての知識は始めから泉のように溢れ出してきたのに。

チュートリアルキャラの仕様なんだな、与えられる知識も。

「対面したことがあるのか」

「ええ。彼女はギルドの設立を申請するとひょっこり現れるのよ。メイプルに会いたいが為に何度も申請に行く人がいるみたいだけど、何故か二度目の人の前には現れないの。キャラクターを判別してるのかしら」

「キャラクターの認識ぐらいならできると思うが」

「でも、以前申請した人が同行者として来ていると、姿を現した後にその人を一瞥して、無言で去っていくらしいわよ。そんな人間らしい反応するなんて、シューニンといい、メイプルといい、このゲームのNPCは人間じみているわよね」

「そう……だな……」

いや、いくらこのゲームのNPCが高機能でもその反応はありえない。

俺が人間のようにキャラクターを認識するのは、俺があくまでこのゲームにおけるバグだからだ。

NPCならプレイヤーを見ることなく、判別できるだろう。

そもそもそう頻繁に姿を現そうとはしないはずなんだが……。

メイプルか、この身が自由であれば接触を図るのだがな。

もしかしたら、俺の存在について何か知っているかもしれん。

「他には「孤高の狩人」カリスも人気よ。あの渋さはオジン好きにはたまらないでしょうね」

「なるほどな」

プレイヤーのライバル的な立場にいるNPC、それがカリスだ。

彼専用のクエストがあり、時に敵、時に味方として絆を深めていくらしい。

最前線で煙草片手に次々と敵を撃破していく姿に憧れるものが多い……とのことだ。

「メイプルは男性票、カリスは女性票を集めているらしいわ」

「ほほぅ。じゃあ、ツバキもカリスの模造銃欲しさに挑戦したのか」

ツバキも渋い男が好きなんだな。

シブメン。最近の流行なのか。

「違うわよ。私はシューニンの……ハッ」

「俺の……なんだ」

「なんでもないわよ」

そっぽを向くツバキ。

一体何だと言うんだ。

「とにかく、その人気投票一位二位の二人の銃が今回の報酬だった訳だな」

人気キャラクターの模造銃か。

確かに憧れの人と同じ装備というのは言葉にできない嬉しさがあるだろうな。

気持ちは分かるさ。

「貴方ね、何を寝ぼけたことを言っているの」

呆れ顔でこちらを見られた。

何故だ。何か変なことを言っただろうか。

「人気投票二位がメイプル、三位がカリスよ。一位は他にいるわ」

「ふむ。しかし、他に人気のでそうなNPCは知らないんだがな。そうか」

ゲーム開始から五年も経つのだし、新しいキャラクターでも登場したのだろう。

俺が知ってる知識はゲーム開始時の大まかなキャラクター紹介のみ。

俺が知り得る訳ないか。

「勘違いしてそうだから教えてあげるけど、人気投票一位はシューニン、貴方よ」

「ん」

こいつ、なにを言ってるんだ。

「チュートリアルキャラに過ぎない俺が一位だと。そんな馬鹿げた話があるか」

ギルドという形で対立するメイプルとプレイヤーという形で対立するカリス。

プレイヤーと交流する機会が多い二人に比べて、俺は普人担当のチュートリアル、しかも、普人の中でも一握りの人間としか交流する機会はない。

どう考えても俺に人気がでる訳ないだろ。

「確かに貴方はチュートリアルキャラクターよ。でも、貴方の残した功績は伝説となり、語り継がれているの。プレイヤーはゲームを攻略していくうちにそれを知り、憧れるのよ。トッププレイヤー達によってもたらされたその情報は攻略サイトにも掲載されていて、貴方の伝説を知らないプレイヤーは誰一人いないわ」

そ、そうか。いつになく興奮してるな、ツバキ。

「しかし、そうか。この俺がな」

驚き過ぎて逆に落ち着いてしまった。

ゲーム開始五周年にして初めて知った事実。

道理で初心者プレイヤーの俺を見る目が輝いている訳だ。

伝説……ね。

---「こんなのどうかしら。このキャラクターは過去に魔王と戦っているの」---

「……なんだ」

---「いきなりラスボスと戦わせてどうする。そうだな……中央に君臨する国の領主でどうだ。チュートリアル役は世を忍ぶ仮の姿で」---

---「それは無理がありますよ。領主がチュートリアル役なんて。それに、プレイヤー陣営以外に国を置くつもりはなかったはずです。そうですね……やはり謎を呼ぶ男こそ魅力的。あえて身体の一部を機械化してるとかどうですか」---

「……ツゥ」

頭を抱える。

---「もう混ぜてしまえばいいでしょ。大陸中央には滅ぼされた国のダンジョンがあって、そこの元領主がシューニンだった。襲いかかってくる魔王軍相手に国は抵抗するも崩壊。領主であるシューニンは前線で魔王と戦い、倒すことはできずとも撃退に成功。しかし、その時の怪我が原因で現役を引退。利き足と利き腕を失い、愛する国と民を失うも、再び現れるであろう魔王の脅威に対抗すべく機械の手足で後進の育成にあたっている」---

---「いいですね、それ」---

---「詰め込み過ぎな気がしないでもないが、いいだろう。それぐらいの方が分かりやすい。しかし、NPCのモデルにスタッフを使うなんて……」---

---「これも遊び心ってヤツですよ。それに、俺達が作ったんだって跡を残したいじゃないですが」---

---「気持ちは分かるけどな。まぁいい。それで、このキャラのモデルは誰なんだ」---

---「それはもちろん…」---

「シューニン、突然どうしたの」

焦るツバキが視界に映る。

同時に暗転していた意識が元に戻った。

「いや、なんでもない」

頭に走っていた痛みもピタリと止む。

「……」

さっきのは一体なんだったんだ。

記憶にない人間達と記憶にない会話。

これは一体……。

「シューニン……」

悩んでいても仕方がないか。

今は目の前で心配そうにこちらを見詰めてくるこの少女を安心させてやることが先決だ。

「お前が何を欲しがっていたかは分からないが、せっかく四位になったんだ。ご褒美をやろう」

「ご褒美。やった」

嬉しそうな表情で笑うツバキ。

さて、年頃の女の子が喜びそうな物な。

「テディベアは好きか」

「なんでここでテディベアなのよ。……好きだけど」

ふむ。やはり場違いか。

最後は小声だったが、ちゃんと聞こえてるからな、ツバキ。

しかし、我ながら何故テディベアなのだろうか。

プレゼントはテディベアなんて決めつけなくてもいいのにな。

「そうだな」

人気キャラクターの模造銃か……。

「模造銃じゃなくて申し訳ないが、代わりにこいつを受け取ってくれ」

アイテム欄からとある物を選択してツバキに渡す。

「これって」

これもある意味では模造銃か。

「俺の銃のレプリカだ。性能は劣るが、弾も撃てる。15発のみだけどな」

NPCである俺にも当然専用のマキナはいる。

流石にそいつをくれてやる訳にはいかんが、それを模して一から育てたマキナなら、別にくれてやっても構わんだろう。

こいつにしたってこの閉ざされた空間にいるより喜ぶだろうさ。

「他の人のマキナは使えないって……」

「厳密には使えない訳ではない。確かに制限は落ちるし、弾の装填は不可能だ。しかし、特性は使える」

特有のドロップアイテムをマキナに使用すると、特性という形でマキナは特殊能力を覚える。

その効果はマキナの性能に影響を与えるものもあれば、攻撃自体に何らかの効果を付与するものもある。

今回は後者である為、銃の性能が落ちても効果は発揮できるのだ。

「その特性がいずれお前を助ける時が来るだろう。危機に面し、打開策が見つからない時にでも使うといい」

「シューニン、ありがとう」

喜んでくれて何よりだ。

しかし、泣くほどのことじゃないだろ。

「でも、どうやってマキナを育てたの」

マキナを育てる為に必要なのはドロップアイテム。

この訓練所では得られない……そう思い込んでいるようだな。

ここは訓練所、モンスターの出現は俺の任意だ。

それに、基本的にチュートリアル役の俺は新規プレイヤーが減った今、自由な時間がかなり多い。

自身の腕磨きと暇つぶしをかねて多くの敵と戦っているのだ。

再出現しない筈のボスはもちろん、まだプレイヤーが遭遇していない敵すらも。

流石にドロップ率までは変えられないが、そこは数をこなせばよい訳で……。

ある意味、ここはレアアイテムの宝庫とも言えた。

マキナはプレイヤーに渡す用のが有り余っているからな。

何個かちょろまかした。

「さてな」

だが、真相を教えるつもりはない。

アイテムは、得る為に苦労してこそ、得られた時の喜びが大きいのだ。

その苦労をなくしかねないこの場所を使わせてあげる訳にはいかない。

たとえ好意をもってるツバキとはいえな。

「秘密だらけよね、シューニンは」

---「パパは内緒ばっかり」---

まただ、また。

「謎を呼ぶ男が魅力的らしいからな」

「もう、なによ、それ」

拗ねるツバキを宥めつつ、先ほどからの異変について考える。

ある筈のない記憶が、蘇る感覚。

NPCに過ぎない俺に記憶なんてない筈だ。

仮にこの記憶が本物なら、記憶をもつ俺は……NPCじゃない。

それならば、俺は一体何者だと言うんだ。

「なぁ、ツバキ、俺は誰だ」

「誰だって、変なことを聞くわね。シューニンはシューニンでしょ」

そう、俺はシューニンだ。

この訓練所で新規プレイヤーを相手にチュートリアルを行う為の存在。

行う為だけの存在。

……ダメだ。やはり情報が少なすぎる。

一人になった時にでも、できる範囲で情報を集めることにしよう。

「どうしたの、シューニン。さっきからなんか変よ」

また心配をかけてしまったようだ。

俺もまだまだだな。

「なんでもないさ。それより、ツバキ、お前達を倒して三位になった脳筋ブラザーズとはどんな奴らだったんだ」

「あいつらは私達とほぼ同時期にこのゲームを始めたプレイヤーなんだけど、普通じゃ考えられない戦い方をしてきたわ。巨人プレイヤーが主力のチームで、一人が……」

どうやら、また新しく将来有望なプレイヤーが現れたらしい。

「外の世界なら、俺は俺を知ることができるかもしれんな」

ツバキの話を聞きながら、俺はこの空間からの脱却を意識し始めるのだった。






「……ダメか」

最近の日課である外への移動手段探しは今日も徒労に終わった。

ツバキの移動ルートならもしかしてと思ったが、そこも無駄。

考えられる所全て調べてみたが、やはり俺はこの空間から離れられないようだ。

「もどかしいな、知りたいことを知る術がないとは」

俺は俺以外の何者でもない筈だが……。

疑念は湧く一方である。

「諦めたらそこでゲーム終了か。良い言葉だ」

違う観点からまた調べてみようと思ったが……。

どうやら、お客さんだ。

今日は諦めて、また明日から……。

「ここね。私のチュートリアル役は……」

……言葉を失った。

そこには既視感のある少女の姿。

記憶の底に眠る女の子に酷似していた。

「よく来たな。問おう。お前はどのような戦い方を身に付けたい」

定例通りの挨拶。

だが、内心は激しく揺れていた。

記憶の中の少女はまだ幼子といった感じで目の前の彼女とは合致しない。

しかし、仮にあの少女が成長したら、きっと目の前の彼女のようになるのだろうな、と想像できるくらい容姿が似通っていた。

「私はベアトリス。まだ方向性は決めてないですが、とにかく強くなりたいです」

「ベアトリス……」

---「ねぇ、パパ。この子のお名前はなんて言うの」---

---「あぁ、この子は……」---

突然の頭痛が襲う。

しかし、それを表にはしない。

何故かこの子には弱い自分を見せたくなかった。

「わかった。みっちり鍛えてやる。しっかりついて来い」

「はい。よろしくお願いします」

チュートリアルの流れに従って、彼女を鍛えあげる。

最近はめっきり新規プレイヤーが減り、楽しみである将来有望なプレイヤーとの出逢いは事実上なくなっていた。

ゲーム開始から五年も経てば離れていくプレイヤーもでてくるだろう。

だが、そんな中でも大人数のログインを確認でき、こうして新規プレイヤーが時々だが現れている。

このゲームの底力、人気度を感じられた。

しかし、この子……。

「強くなるな」

飛びっきり何かが上手い訳ではない。

射撃の精度が良い訳でも、攻撃に対する反応が良い訳でもなく、特別な何かがある訳でもない。

ただ飲み込みが早いのだ。

同じミスは二度繰り返さない。

学習能力が高いのだろうな。

後はその生真面目な性格。

納得がいくまで反復練習を繰り返し、俺が満足して次のステップに進むことを提案しても自身が納得できるまでは意地でもやり続ける。

そして、そのたびに確かな成長を見せるのだ。

強くならない訳がない。

それに、基本を大事にしようという姿勢が気に入った。

俺の主義にも当てはまる為、自然と指導にも熱が入るというものだ。

「できることなら、敵は引きつけられるだけ引きつけた方がいい。遠ければ遠い分、威力は落ちる」

「なるほど。わかりました」

「ああ、但し例外もある。遠距離射撃を好む者の多くが活用しているオプションアイテムで距離によるダメージ低下を無効にするものがある。自身が遠距離射撃をする時はもちろん対人戦においても敵が使用している可能性を考慮して対処しなければならないので、覚えておくといい」

本来なら、このようなことはもっとゲームに慣れてから知る知識なのだが、彼女なら大丈夫だろう。

「銃撃戦が主な戦闘方法だが、生身による攻撃も無意味な訳ではない。ダメージは銃撃の足下にも及ばないが、攻撃によっては弱点部が露出するなどの利点もある。ボス攻略法は総じて弱点部への攻撃。弱点部であれば格闘戦もかなり有効だ。弾が切れたからと諦めずに足掻いてみるといい」

何故だろう。

この子には俺の知る全てを教えてあげたくなる。

こんな感情、今までに一度も抱いたことなんてなかったのに。

「さて、小隊システムについてのレクチャーは終了だ。何か質問はあるか」

順調にチュートリアルを進めて、最後のステップまでたどり着いた。

小隊編成については残念ながら同時期にゲームを始めたプレイヤーがいない為、知識のみの伝授となってしまったが……。

こればかりは仕方がないな。

「NPCと小隊を組むことはあるんでしょうか」

ふむ。NPCと小隊か。

「基本的にはない。しかし、イベントや攻略の内容によっては有り得ないことでもないだろうな」

そのあたりのことはチュートリアル役の俺には分からん。

実際、NPCである俺のメニュー画面には小隊編成コマンドはないからな。

何か特別なことでもない限り、プレイヤーとNPCが小隊を組むことはないだろう。

「他に質問はあるか」

「いえ。ありません」

「そうか。では、チュートリアルもこれで最後だ。ベアトリス。死力を尽くせ。待望のボス戦だ」

「はい」

引き締まった表情、しかし、気負いはない。

やはり、この子は強くなるな。

「さぁ行ってこい」

立ちふさがる強敵をどう攻略するのか、見せてもらおう。

「……」

現れるは地上の覇者、太古を生きた恐竜である。

牙を剥き出しにし、涎を垂らしながら迫るその姿には怖じ気付く者も多いだろう。

だが、その恐怖を乗り越えてもらわねばならん。

大陸にはこいつをまったく苦にしない、より大きくより獰猛なモンスターで溢れかえっているのだから。

「脳天を撃ち抜け。弱点を攻撃した方が与えられるダメージは大きい」

残念ながら、急所に直撃すれば一撃、とはいかない。

相手が倒れるまで戦い続け、先に倒れた方が負け、シンプルな戦いだ。

「現時点で決して勝てない相手ではない。生き抜き、そして、倒してみろ」

その言葉にベアトリスは強く頷き、モンスターへと向かっていく。

その後ろ姿から俺は目を離せなかった。

……何故か目を離せなかったのだ。

「クッ」

先制攻撃は敵モンスターだった。

その巨大な身体を俊敏に動かしての体当たり。

ベアトリスはそれを横っ飛びすることで回避した。

決して華麗な回避ではないが、見栄えなどどうでもいい、要は当たらなければよいのだ。

「そこッ」

回避してすぐの攻撃。

背中を向けた敵にヒットしてHPを削る。

避けて攻撃、これは先ほどイヤになるほど反復した動作だった。

そう、それでいい。身体が自然と動くぐらいその身に叩き込んだ動き。

決してお前を裏切ったりはしないだろう。

「ガァ---」

しかし、致命的なダメージにはならず。

むしろ、敵の怒りを増幅させるだけだった。

先ほどまでの動きより幾分も早くその身は動く。

ベアトリスも必死に食らいつくが、そういつまでも回避していられるものではない。

遂に一撃をくらい吹き飛んでしまった。

「な、なんだ」

俺はチュートリアルキャラ。

プレイヤーがダメージを受けようと、それは当然と切り捨てていた筈。

そんな俺が……。

「怒りで手が震えるなんて」

こみ上げてくるのは怒り。

ベアトリスが吹き飛んだ瞬間、一歩踏み出してしまった自分がいた。

自分が自分じゃないような感覚に動揺が隠せない。

「ベアトリス……」

ここまで俺の心を揺らすお前は一体何者なんだ。

俺にとって、お前はどんな存在だと言うのだ。

「頑張れ……ベアトリス……」

俺にできることは見守ってやることだけだ。

今までそうだったように、これからも……。

「……まだまだいけます」

ダメージを受けて辛そうな表情。

それでも、その闘志は微塵も衰えていなかった。

このゲームは痛覚に関しては限りなく小さくなるよう調整されている。

痛みでショック死される訳にはいかないからだ。

とはいえ、痛みがなければ緊張感がなくなる。

それらを考慮した結果の処置である。

しかし、衝撃に関しては別だ。

痛みを伴わない衝撃は制限されることはない。

吹き飛ばされれば、その衝撃で怯む。

攻撃を捌いても、感触として衝撃は伝わる。

痛くはなくとも、その衝撃に恐怖を抱いてもおかしくないのだ。

だが、彼女は立った。

その姿が心の底から嬉しい。

まるで我が子が初めて立ち上がった時のように。

「ハァハァ」

それから、ベアトリスとモンスターの戦闘は激しさを増した。

敵モンスターの攻撃は体当たりに加え、鋭利な爪や牙、その長い尻尾を活かした攻撃など多岐に及んだ。

だが、やはり勝ったのはベアトリス。

彼女はその一つ一つを冷静に避け、僅かなダメージを積み重ねていった。

初めてのボス戦でここまで戦える奴はなかなかいない。

他のプレイヤーであれば、俺が何度か手助けした上での撃破、しかも、今回は……。

「よくやったな。圧倒的格上相手に」

「え……」

戸惑うのは当然だ。

倒せる相手と言って彼女の前に出現させたのに、圧倒的格上とはどう考えても矛盾している。

そう、俺はこの戦い、細工をしていたのだ。

本来であれば、あのボスはチュートリアルで小隊四人が揃った時用のボス。

その上できちんと役割分担を決めて対処できた時にようやく勝てる相手なのだ。

現段階で彼女一人で倒すのはかなり厳しい相手と言えた。

「何故そんなことを……」

「すまんな。お前ならひょっとしたら倒してしまうのではないかと思ったんだ。そして、お前は俺の期待に応えてくれた」

「……」

それがたまらなく嬉しかったんだよ、ベアトリス。

「よくやったな、偉いぞ」

「あ、あの……」

「あ、すまん。つい無意識にな」

ツバキにやるように頭を撫でてしまった。

ダメだな、これじゃあ、いつか捕まる。

「いえ。なんだか昔を思い出しました。パパに頭を撫でてもらえた小さな頃のことを」

悲しげに俯くベアトリス。

彼女には他の人とは分かちあえないような悲しい経験があるのかもしれないな。

その悲しげな顔を見ると自分のことのように胸が痛む。

「……イヤか」

「……いえ」

---「パパの手のひら暖かいね」---

---「そうだろ。この手は明梨を撫でる為にあるんだからな」---

---「えへへ。もっともっと」---

その手のひらに伝わる温もりが胸を暖かくする。

しばらくの間、俺は思い出に浸るようにこの温もりを味わったのだった。

彼女の悲しみが少しでも和らげば、と心の中で願いながら……。






「もちろん、難易度の高い試練をクリアしたんだ。きちんと報酬もだそう」

不思議な感覚だった。

心の底から安らぎを覚える時間。

ずっとこうしていたいと感じる愛しい気持ち。

俺はこの目の前の少女に、親が子を思うような感情を抱いていた。

だが……俺はチュートリアルキャラ。

いつまでもこうしてはいられない。

「まずはお前専用のマキナを渡そう。お前のパートナーだ。大事にしろ」

「はい」

彼女のことを守ってやってくれ。

そう願いを込めてマキナを渡す。

本当に……不思議な感覚だよ。

「次に先ほどのボスのドロップアイテム。回収忘れはもったいないな」

「あ、す、すいません」

倒したらすぐさまドロップアイテムは回収しなければならない。

残念ながら、ドロップアイテムは時間が経つと消滅してしまうからな。

戦闘に疲れていても、勝利の報酬を得なければその疲れも徒労だ。

確実に回収することをお勧めする。

「さっそくマキナに使ってやれ。これでお前のマキナは強くなる」

「はい」

マキナにアイテムを使用するとマキナの全身が光る。

マキナが成長している証だ。

「さて、次だな。これは今回の勝利報酬だ。本当によく頑張ったな」

小熊を象ったアクセサリーを渡す。

「これは……」

「御守りのようなものだ。大切にしてくれると嬉しい」

「……大切にします」

両手で胸に抱え込むベアトリス。

彼女なら大事にしてくれるだろう。

俺の宝物を。

「最後に、このマキナを渡しておく。今のお前ではレベル的に扱えないだろうが、いずれお前が強くなり、それでもかなわない敵に出会った時、使ってやってくれ」

ツバキに渡したように、今まで俺が丹誠を込めて育てたマキナを渡す。

これは俺が育てた中でも最高傑作の一品。

性能が落ちた所で、他のマキナにも引けはとらんだろう。

彼女なら、うまく使いこなしてくれるさ。

まぁ、彼女がこのマキナを使えるようになっている頃には、彼女自身のマキナも相当な性能になっていると思うがな。

ただ、俺が持っていて欲しいと思うだけ。

俺の……わがままだな。

「嬉しいですが、これは何の報酬なのでしょうか。先ほどのボスの報酬はもういただいていますし」

ふむ。そこまでは考えていなかった。

報酬、報酬か……。

「そうだな……お前が記念すべき俺の教え子1000人目だからだ」

本当のことは知らんが、まぁ、それぐらいは教えた……ような気がする。

「本当ですか、それ」

「……」

ジト目で見られてしまった。

なんかショックだ。

「コホン。もちろんだ。さて、これでチュートリアルは全て終了だ。先ほどのボス戦による経験値とドロップアイテムによって、お前もマキナもある程度レベルアップした筈だ。お前の目指す方向にポイントを使って成長するといい」

チュートリアルの最終的な目的はここにある。

ここである程度までレベルアップさせて、プレイヤーそれぞれに方向性をもたせる。

いきなりレベル1でフィールドにぶちこんでも特徴のないプレイヤーが集まってしまうだけで小隊を組むにも難しいだろう。

まぁ、ここまで新規プレイヤーが減ってしまった今ではあまり意味がないことかもしれないがな。

「レベル15……チュートリアルをするだけでここまで成長できるんですか」

「さてな」

そこまでレベルアップしたのはあのボスを撃破したことが大きい。

あれはソロで倒すような奴ではないからな。

だが、レベルが高いことに負い目をもつ必要はない。

事実、お前は奴を倒したのだから、正真正銘な。

「ベアトリス、よく頑張った。これでチュートリアルは終わりだ。これからお前はモンスターの蔓延る世界へ飛び出していく。怪我をするな、とは言わない。だが、無理だけはしないでくれ」

「……はい。シューニンさん。ありがとうございました」

ゲームなのにな。

無理しないでくれ、とはおかしな言葉だ。

「じゃあな、頑張れよ」

コクンッ。

ベアトリスは頷き、去っていった。

「……頑張れよ」

最後にそう呟き、俺は彼女を送り出した。

もう二度と会うことはない彼女を……。

「グッ。なんだ」

突如襲いかかる頭痛。

今までにないほどの痛みが襲う。

記憶のようなものを思い出す時とは違う自身の存在すらも消されるかのような痛み。

「な、なんだと言うのだ。NPCにあるまじき感情を抱いたことが悪かったとでも言うのか」

だが、それでも、俺は……。

「彼女に会えたことを後悔などしていない」

視界が闇に覆われる。

……ベアトリス……明梨。

俺……は……。






思いつきで書き溜めた物を投稿します。

先も執筆中ではございますが、なにぶん個人的趣味で片手間に書いているものなので、いつ投稿できるか分かりませんが、興味をもっていただけたら嬉しいです。

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