09
「それではマスター。アリス以下5名、冒険者ギルドへ向けて出発いたします」
「うん、いってらっしゃ~い。様子は逐一ファーリの目や耳で確認するけど、なるべく騒ぎを起こさないでやるんだよ~」
「「「「はい!」」」」「わふ」
朝食を食べ終えて、さらに歯磨き――ボクは朝2回する習慣があるのでみんなもする――をして準備を整えた彼女達を送り出す。
準備といってもここはボクが泊まっているホテルだ。
そんなところからこれから目立っていくだろう彼女達が毎日出発するのは得策じゃない。
だから今から装備品とかつけたりはしない。昨日買ったそれぞれの普段着のままだ。
「あの……マスターさん、皆さん冒険者ギルドに行かれるのですよね……?」
「うん、そうだよ」
「その……冒険者ギルドに行くのに普段着でいいんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。ここから出てしばらく移動してから、路地裏で隠蔽を使ってもらってから……この指輪を使うから」
ボクはイベントリからイービーの分の指輪を取り出すとソレを渡してあげる。
なんてことのない普通の指輪に見える物で、銅製でそんなに高価に見えないようにしてある。でもさりげなく装飾が入っていてちょっとしたアクセサリーっぽさを演出している。
イービーもそんなちょっとした装飾に目を輝かせているし、みんなも同じだった。
やっぱりみんな女の子だからね。
「これはねぇ、指輪を装備してみればわかるよ。つけてごらん?」
「はははははい!」
嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせながら左手の中指に指輪を通すイービー。すると頭の上の耳がぴこっと立ち上がり、理解したようだ。
「マスターさん、コレ!」
「それに装備や服を登録しておくと、一瞬で着替えられるんだ。アクセサリー枠にだけ付与出来る特殊なスキルの早着替えだよ。
ただ着替えるにはイベントリに入れておかないとだめだけどね」
「すすすすすごいです!」
「それにその指輪にはもう1つ機能があるよね?」
「はい! えいっ!」
ボクに促されてイービーがその機能を使うと、灰色でふわふわだったイービーの髪の毛と頭の上の耳と、ふさふさの尻尾が一瞬で変化した。そこにはオレンジ色が眩しい髪の毛と耳と細い尻尾を持つ、獣人種の猫系に姿を変えたイービーがいた。
ちなみに瞳も黒になっている。
所謂ネコミミシッポである。
「わぁ……。マスターさん……すごいです」
「うん、よく似合ってるよイービー」
「えへへへぇ~」
部屋に備え付けの大きな姿見――巨大な鏡が普通においてある――で自分の姿を確認したイービーはボクに褒められて猫手で顔を洗っている。照れ隠しだね、すっかり猫だ。
こんな感じにボクは早着替えと獣人種の猫系に変身できる特殊なスキルを付与された指輪を全員に渡している。問題はファーリだったんだけど、ファーリにも同じ機能を付与した首輪をつけてあげたら見事に大型の猫科の獣に変身できたので大丈夫だろう。
みんなもふもふが短くなってしまってちょっとがっかりしてたけど。
これで人物を特定するのは相当困難になるはずだ。
アリス達全員に確認したところこの手の変身系アイテムやスキルは聞いたこともないらしい。イベントリは伝説だったがこの手のものは伝説ですら残っていないみたいだ。
ついでに隠蔽は全員に取得させて出来る限りLvをあげておいた。そのうち素材が手に入ったらさらにLvを上げて進化させて安全性を高めたい。
出来ることなら別のホテルを取らせてそこから転移なりさせたいけど、さすがにそこまでは今は無理だ。
アクティブスキルが使えないのが恨めしい。あ、素材もないから結局今は無理か。
「さてイービー。ボク達は君とファーリの着替えや日用品を買ってこよう。
あとちょっと錬成に必要な材料も欲しいし」
「はははい! 荷物持ちなら任せてくだしゃい! ……あぅ」
「ふふ……。さぁ行こう」
フンス、と鼻息荒く気合を入れながら言ったのに見事に噛んでしまって、気合がぷしゅー、と抜けていってしまったイービーの様子に和ませて貰い、手を繋いでお買い物へと出発だ。
もちろんイービーの姿は元に戻してから出かけた。ネコミミイービーも可愛いけど、ボクはやっぱりイヌミミイービーの方が好きかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ファーリと共有している視界はボクの視界にウィンドウとして設置してある。
今は大分小さいウィンドウだ。ファーリの聴覚を通している音は音量設定を変更できるので今はミュート状態。
アリス達4人もファーリもすでに変身済みで全員獣人種の猫系だ。猫耳がまぶしい。
装備している装備品も太陽の光を反射して美しく輝いている。ただどうみても新品で傷1つないことから買ったばかりか、新人にしか見えないだろうけど。
大きな蒼い弓――蒼葉弓を背負い、蒼い額金と蒼く染められた硬革鎧、腰には鉄の矢が入った矢筒を斜めに括り付けているアリスが先頭。
その後ろを腰に黒鞘に納まった黒直刀を履いて、黒い額金と黒く染められた硬革鎧に左手には直接括り付けられている鷹羽の小盾のベス。
その後ろに腰にバルターメイスを装着し、巨大な鈍竜の大盾をその上に被せる様につけ、白く眩しい白鉄鋼の騎士鎧と白い額金をつけた1番重装備のクラリス。
クラリスの横に並ぶのは長大なペネトの薙刀を背中に装着し、灰色に染められた硬革鎧と同じく灰色の額金をつけたデュリー。
各人それぞれの色で統一された装備と色違いではあるが、皆同じ額金をつけていることが彼女達が1つの集団であることを強調している。
何度も言うが彼女達の装備は皆新品で傷1つない。
だが彼女達が纏う雰囲気が新人とは到底思わせる事はないらしい。それはファーリの目を通してみているボクにはよくわからなかったが、彼女達の歩く道の先に自然と人がいなくなっていることからなんとなくわかった。
屈強な筋肉を纏い、顔に傷のある男がアリス達を見てすぐに視線を逸らす。
卑屈そうな男がその口から下卑た声をあげようとして、結局声は喉から出ることはなく顔を青くさせて逃げていった。
冒険者ギルドが近くなるに連れてそんな男達が多くなり、皆一様にアリス達から顔を背ける。あるいは逃げていく。
「マスターさん! これ! これも可愛いです!」
あちらの異様な雰囲気とは異なり、こちらはイービーがあれこれと姦しく走り回ってはボクに気に入った服を見せにきている。
……でもまだ1着も決まってない。
「イービー……。可愛いならそれにする?」
「ええええ、ででででも! 高いですよ、コレ! だだだめです!
アリス先輩からお預かりしているお金がなくなっちゃいます!」
さっきからこんな感じで見せに来るのに結局買わない。
店員さんも最初は一緒になってあれこれやっていたけど、今ではボクの後ろで苦笑いだ。
どうしたもんかなー。
イービーが尻尾をぶんぶん振り回しながら店内を走り回ってボクに服を見せに来ている間に、どうやら冒険者ギルドに着いたアリス達は受付で登録を始めたみたいだ。
ファーリが気を利かせてギルド内の様子を色々見てくれてる。
冒険者ギルドはTAKESHIのバカの話通りだった。
酒場が併設されていて、タバコの煙――嗜好品に普通にタバコがあった――で汚くなった天井と壁。まだ朝の時間帯なのに酒場のスペースでは酒を飲んでいる男達が……縮こまっていた。
あれ……?
どうやらアリス……じゃない、クラリスの絶対零度の視線を受けて縮み上がってしまっているみたいだ。
あぁ……逃げていったり顔を背けていたりした男がいたのはコレのせいかー。
クラリスの絶対零度の視線や声はアリス達も一瞬で正座しちゃうくらい怖いからなー。
絡まれるとかよりはマシだと思うけど……まぁいいか。これで滞りなく登録もできることだろう。騒ぎも起こしてないしね。
アリス達はみんな一般教養のスキルがあるから読み書き計算は普通に出来る。
登録の際の書類への記入も問題ない。
身分証がないけど、その場合は1人2万ロールを払う事で身分証を発行してくれるそうだし。この出費のおかげでイービーとファーリのためのお買い物でお金がほとんど使えない。
ちなみにボクも当然身分証なんてもってない。
イービーはそのうち冒険者ギルドに登録させて身分証を作るつもりだ。
ボクはどうしようかなー。
「マスターさん、ここここれに決めました!」
ぼーっとファーリの視覚のウィンドウを大きくして眺めていたら、イービーが遂に服を決めてくれたようだ。
後ろの店員さんもホッとして安堵の溜め息を吐いてる。ご迷惑おかけします。
「うん、じゃあソレ買おうか。でもね、イービー。1着だけっていうのはどうなの? それを着まわすの?」
「えええええ!? でででででも、いいいいいんですか!?」
「アリス達だって普通に5,6着買ってたよ?」
「そそそそそうなんですか!?」
「うん、だから……あー店員さん、コレと似たような感じのでこの子に似合うのをいくつか見繕ってください」
「はい! お任せくださいな!」
「……ひゃぁゃぁぁ~」
さすがにこれ以上イービーに選ばせると何時間あっても時間が足りない事はもうわかった。
なのでまだ続くのか、と絶望の表情を浮かべていた店員さんにお任せすることにした。
ボクの声を聞いて絶望の表情だった店員さんはすっかり輝く笑顔を漲らせて、イービーを連れて――抱きすくめて――服を選びにいってくれた。イービーはふわふわで抱き心地よさそうだしね。
……うん、これで一安心。
「あ、下着も追加で5,6着おねがいしまーす」
イービーの顔が真っ赤になって耳がビコーン、と立ったけど下着の着まわしなんて当然許さないよ?
イービーとそんなコントをしていたら、アリス達は校庭のような場所に移動していた。
そういえば戦闘能力の測定があるとか言ってたっけ。
冒険者はその性質上、どうしても戦闘能力を求められる。
しかも今はポーションが品切れ状態でより厳しい状況になっている。
アリス達の話では生命のポーションを水増しして、Heart & Heartsでは下級までしかなかった等級をさらに下げて最下級という等級にして、その上品質も低品質以下の状態にまでして冒険者ギルドだけでも――一般販売はされていない――なんとか数を作っている状態だ。
そんな酷い生命のポーションでもないよりは遥かにマシなので、飛ぶように売れてしまう。そんな酷い状況が今だ。
そのために冒険者になる人はそれなりにいてもすぐに死んでしまうか辞めてしまう。
腕がなければ続かない状態になっているので、戦闘能力の測定が必要なのだそうだ。
ここである程度以上だと認められなければ登録すらできない。
……だからボクは冒険者ギルドでは身分証代わりに登録は出来ないということだ。
校庭のような場所はどうやらギルドの裏手にある訓練場らしい。
ファーリの耳が拾ってくれる音のボリュームを上げたらそんな事を言っていた。
どうやらここで1人1人の戦闘能力を審査するための模擬戦をするそうだ。
まずはアリス。
相手は説明をしていた人ではなく、その人の後ろに控えていた筋骨隆々のマッチョなおっさん。顔にあるでかいばってん傷がちょーこわいです。
アリスの獲物は弓。
でもなぜか彼女は木刀を持っている。
相手のばってん傷はアリスの木刀よりもずっと太い木刀だ。あんなもの当たったらボクなら1発でLBがなくなる。
説明してた人――ギルドの職員さん――の話では模擬戦のルールは1対1でばってん傷のおっさんのLBを規定以上減らすか、それなりの動きを見せればいいらしい。
ってかどうしてアリスは弓じゃなくて木刀を?
とか思ってたら、ギルドの職員さんの合図で模擬戦が始まり……あっという間にアリスがばってん傷のおっさんを打ち倒してしまった。
ファーリの視覚から得た映像を見ているだけのボクにはあまりにも早すぎて、何をしたんだかまったくわからなかった。
気を利かせたファーリがベス達の表情を見せてくれたけど、別にこれといった変化はなく至って普通だった。彼女達は驚きさえもしていない。
え、アリスってこんなに強いの?
それともこの世界の人が弱いの?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……どうやら前者のご様子です。
ギルド職員さんとばってん傷のおっさんの話をまとめて、それに付け加えてベス、クラリス、デュリーが模擬戦をしてわかったことは、うちのホムンクルス達の戦闘能力はこのリソトの街の冒険者ギルドでもトップクラスだということ。
ちなみにアリスが木刀を使ったのは弓を使うまでもないから、とのこと。アリス達全員がスキルの効果のある自分の獲物じゃなくてもばってん傷のおっさん――審査役なのでかなり強いらしい――を圧倒できた。出来てしまった。
このリソトの街は仮にも交通の要所で、人が多く集まってくる。
そんなところでは冒険者もピンからキリまでいるけど、強い人は強い。そんな中でもトップクラスらしいですよ。
しかも全員で、というわけではなく、各人それぞれがトップクラスの実力を持っているとかお墨付き貰ってました。
ちなみにファーリは貰ってません。模擬戦してませんし。
アリス達の話では彼女達のスキルの所持数は普通の冒険者より遥かに多いらしいが、それでも隠蔽くらいしかLvが高いものはない。
そんな状態でトップクラス?
念話で確認してみたところどうやら装備による相乗効果のおかげらしい。確かに装備1つにつき、最低でも2つ以上の付与効果を付けている。しかもボクのパッシブスキル全開での効果だ。
ふむ……。どうやら思った以上にボクの作る装備は異常なご様子。まだ全身の部位揃ってないのにね。それを考えるとアリス達はまだまだ強くなる。現時点でトップクラスなのに、ね。
そういうわけでアリス達はその実力から問題なく登録を済ませた。
その上、かなり上位の依頼――討伐限定――まで受けられるそうだ。
護衛や潜入調査などの経験のいる依頼はそれなりに数をこなしてもらうまでは、難易度の低い依頼しか受けられないらしいそうだが、十分以上だろう。信頼も経験も彼女達ならすぐについてくる。
それに討伐系の依頼は特に高額報酬のものが数多くあるようだ。
今ファーリが見ている掲示板の依頼だけでも、1つクリアすれば10万ロールくらいになるものがあった。
……これはポーション売らなくても、ボク達生活していけるんじゃないかな!
「ままままマスターさん! 買いましゅた!」
光明がばっちり差したところに買い物を終えて戻った、輝かしい笑顔のイービーが見事に噛んで顔を真っ赤に染め上げていた。
ボク達の前途は明るいぞぉ!
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5/12 イベントリにルビを追加
5/17 イベントリのルビを最初の一箇所だけに修正




