07
ホムンクルスもアリス、ベス、クラリス、デュリーと増えて広く感じた部屋もそうではなくなった。
でも狭いとか思わない。むしろもう少し増えてもいいかな、とすら思えたくらいだ。
ボクはこの世界でイベントリのアイテムを全ロストしている。
なので装備品どころか着替え用の服すらない。辛うじて着ていた布のワンピースと下着――下だけ――はアリス達が生活魔法で洗ってすぐに乾かしてくれたので綺麗だ。
でも何日も同じってわけにはいかない。それはみんな同じ。
みんなもこの世界の常識などは一般教養のスキルで持っているけど、今身に付けている物が全財産。
従って買い物は必須である。
5人分の服や必需品をたっぷり買っても恐らく大丈夫なだけの額は昨日稼いでいるので安心だ。
というわけでさっそく買い物に行ってきた。
買い物に出る前にクラリスとデュリーも泊まる事をフロントにいた白髪紳士に伝えると、特にこちらの事情を聞かれる事もなく了承してくれた。さすが高級ホテルだ。
白髪紳士も終始にこやかに対応してくれた。フロントを通らずに部屋から出てきた3人がいるのに、こちらの事情は聞かれない。これがプロか、すごいな。
アリスは一般教養のスキルがあっても錬金術師を知らなかったんだから、ホムンクルスは一般常識ではないはずだ。そうなると突然人が増えるなんて普通はないと思う。
それでもこちらの事情を聞かないし、追い出すわけでもない。むしろにこやかに対応してすらいる。
値段の高いホテルで充実したサービスがあるとは聞いていたけど、ここまで充実しているのか。超当たりだな。むしろ怖いくらいだ。でもボク達にとってはありがたい。
……でも怖いから買収しておこう。
白髪紳士はにこやかにアリスが渡した1万ロール硬貨を受け取って……はくれなかった。
彼曰く、サービスの範疇でございます、だそうだ。サービスなんだね、これ。
じゃあということこの1万ロールはボクからのチップとして渡した。その事を告げたらちょっとだけ驚いて表情が変化した。
これからボクはアリス達のマスターとして扱われる。結局はわかることだからね。
ボクがニッコリ笑顔を白髪紳士に向ければ、察してくれた白髪紳士もニッコリと返してくれた。うん、さすがプロだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女性の買い物は長いという話だったけど、アリスがぐいぐい買う物を決めて即決即断の男前な買い物をしまくってくれたので、それほど時間は……いや買う量が多かったのでそこそこかかったけど、済んだ。
アリスが選んだものは嗜好品の類はほとんどなく、本当に必要な物だけという徹底ぶり。
ベスはちょっと不満そうにしてたけど、クラリスとデュリーは満足そうだった。
アリスがぐいぐい決断していたといっても各人の好みの服を買ったりもしていたし、嗜好品の類はなしでもちょっとしたアクセサリー程度――本当に安いヤツ――ならボクが許可したのでみんな買っている。
服などは着替え分や下着、その他諸々たくさんあるので人前でイベントリを使うわけにもいかないボク達は大荷物を抱える事に。
なので何度もホテルとお店を往復していたりする。途中で鞄を買う事をベスが呆れたように提案してきた――京都弁がきつくてボクにはわからなかったけど――ので往復の回数は若干減ったけどね。
みんなでそれぞれ大きな鞄を背負って――ボクは肩掛け鞄みたいな小さな鞄だったけど――何度も商店街みたいになっているお店が集まっている通りをうろうろして、お昼をちょっとすぎた今はホテルで買ってきた物の確認と買い忘れがないかのチェック中だ。
4人全員でチェックしているのでそちらに人手はもういらないだろう。
ボクはみんなに装備品を作ってあげるために材料を色々と購入してきたので、それらを使って装備を作ることに。
一応武器屋とか防具屋は覗いて来たけど……。
はっきりいってソレらの品はバカ高い。まぁピンからキリまであったので安いのもあったにはあったけど、あんなものじゃつけててもいなくても変わらないと思う。
なのでボクが錬成した方がずっとマシだ。
高レベルの魔物でも相手にできるような上級装備品はアクティブスキルがダメになっているので全然作れない。っていうかまず素材が手に入らないので無理だし、錬金術師ではなくスミス系の職業じゃないと元々作れない。
では中級装備は作れるのか、というとやっぱり素材が……。でも素材さえあれば錬金術師でも作れる。
なので今作れるのは初級に毛が生えた装備となる。
でもボクには様々な頼もしいパッシブスキルがある。
消耗品のポーションのようなアイテムでは追加効果を1種類しかつけられないけど、装備品なら初級でも2種類以上はつけられる。
それも各部位の装備品に、だ。
Heart & Heartsの装備品は頭、体、腕――両腕ワンセット――、腰、足――両足ワンセット――の5枠とアクセサリー枠の指2つ、首の3枠、武器枠として両手――盾も武器枠――の合計10枠の装備可能箇所があった。
防具屋を覗いてみてわかったことだけど、こっちの世界では現実に即しているからかそういった枠は存在しない。
でも各装備品の追加効果などはHeart & Heartsと同様の10枠から逸脱することができないようだ。
つまりは追加効果で性能を思いっきり高めるボクの作る装備はこの10枠で作ればいい事になる。
まぁレシピを見てみたらHeart & Heartsの10枠の装備部位しか作れないみたいだから、あんまし関係ないけど。
アリス、ベス、クラリス、デュリーの4人はそれぞれ戦闘スタイルや所持スキルにも個性がある。
アリスは中、遠距離向けの弓。
ベスは前衛でも軽装タイプで小盾と長剣。
クラリスも前衛で盾型の重装タイプで大盾と棍。
デュリーは前、中衛で長槍だ。
武器は全員バラバラだが、防具はアリスとベスとデュリーで使いまわしが利く。
クラリスは防御力に優れた重く厚い防具を装備しても、ある程度動き回れるようになるスキル――重装を所持しているのでみんなとは違った防具になる。
一先ずはすぐに戦闘を前提とした依頼を受けるわけでもないのだろうから、防具ではなく武器を作ってしまおう。
買い物に出て思ったことだけど、結構武器を携帯している人が多い。
防具は最小限でも武器だけはきっちりと持っている人が多かったのだ。
何も武器を持っていない人もそれなりに多いけど、ボク以外はこれから冒険者をするんだから武器を持たせておくべきだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まずは本人曰く――1番ホムンクルスのアリスの武器から。
彼女の獲物は弓だ。
Heart & Heartsでは弓の種類は、短弓、長弓、機械弓、魔法弓となる。
短弓は小型の弓で攻撃力はそんなに高くないし、射程も短い。でも唯一盾が装備できる。
長弓は両手用の大型の弓で攻撃力も高く、射程も長い。命中補正も付く優れた弓だ。
機械弓は所謂クロスボウで、長弓より射程が長いけど命中精度が悪い。攻撃力は長弓より少し高い。
魔法弓は矢を必要としない弓で射程は短弓と同程度。威力は魔法弓に装着する魔法の短筒による。魔法の短筒には様々な種類があり、アタッカーから補助まで色々こなせるバリエーション豊かな武器だ。
「アリスはどれがいい? 君は弓術技があるからどれでも大丈夫だよ」
「では私は長弓をお願いします」
「了解~」
長弓はHeart & Heartsでも弓系統では1番スタンダードで人気のある武器種だ。
ボクが今現在ある材料で作れる長弓で最高の物は『蒼葉弓』だ。
中級1歩手前まで使える優秀な弓だけど、普通に作ると素材が面倒なタイプだ。
その点、外道の生産職である錬金術師にかかれば――。
「魔塩、魔糖、酢、銅鉱石、葦の葉、赤土、ジャガイモ、人参の葉っぱ20枚っと」
材料をテーブルの上に敷いたシートの上に並べて、パンっとして、ほい。錬成。
お馴染みの光の後には全体的に青く、荒々しくも透き通るような葉の装飾の彫られた大きな弓が残っていた。
「さすがマスターです。あのような材料でどうして弓が出来るのか不思議でなりません」
「あはは、ボクもそう思うよ」
ボクの錬成を初めて見たクラリスとデュリーは目を大きく見開いてぽかーん、と口を開けている。ずっと眠そうに半眼だったクラリスの目が見開かれてぽかーん、とした表情はなかなか面白かった。
アリスとベスはちょっと先輩だからそんなことはないけど、やっぱり不思議そう。
クラリスとデュリーへの説明をアリス達に任せて、1度イベントリに蒼葉弓を入れて詳細を確認する。
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蒼葉弓+12
武器種:長弓
追加効果:射出速度大 命中補正大 貫通大
耐久値:2300
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追加効果が3つも付いてくれた。
1つ2つなら失敗する確率はほぼないけど、3つとなると少し不安が残る。
だから貫通大は3つ目に設定した。
貫通大は堅い殻や鎧などを貫く効果がある追加効果だけど、なくても防御力の薄いところを精密に狙えれば関係ない。
武器名の後ろの+のあとの数字はポーションで言うところの品質に該当する。
この数字が大きければ大きいほど品質がよく、武器によって性能に様々な補正が付く。
長弓の場合は攻撃力や命中補正なんかだね。
正式名称は強化数なんだけど、ボクの場合は強化しなくても高い数値がつけられる。
もちろん後から強化も可能だ。失敗したら装備が壊れる可能性があるけれど。
この強化数が高ければ初級装備でも中級や上級に匹敵する性能を誇る事がある……極々稀に。
ちなみに+12はそれだけで初級の下位装備が初級の上位装備に匹敵する。
生命のポーションや魔素のポーションのように消耗品には回復量などの説明書きがあるけど、装備品にはそれがない。きっと運営が面倒臭がったに違いない。
弓系統の武器は魔法弓を除いて、矢がなければ攻撃できない。
もちろん弓で殴るという方法もあるけど、そんなことしたらすぐ耐久値がやばくなる。
Heart & Heartsにも耐久値の設定があり、武器は使えば使うだけ減り、防具は攻撃を受ければ受けるほど減る。
耐久値が0になると壊れてしまい、直すのに大幅にお金や素材がかかったりする。
初期装備で耐久値は大体100。
蒼葉弓+12の2300という耐久値は実は上級装備に匹敵するほどに高い。数多くあるパッシブスキルのおかげだね。
さて矢だけど、コレは追加効果は1種類しかつけられない。所詮は消耗品だからだ。
材料は錬成では珍しいまともなタイプで――。
「マスター、木の板と銅鉱石をお持ちしました」
「うん、ありがとう。ほいっと」
木の板と銅鉱石で矢筒に入った鉄の矢が50本出来る。
はい、まともとはいっても出来上がる物までまともとはかぎらなーい。
銅鉱石なのに鉄の矢とはコレ如何にとはボクも初期の頃には思ったよ。でももう慣れた。
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鉄の矢(50)
品質:最高品質
追加効果:螺旋穿
CT:-
短弓、長弓、機械弓用の矢。
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矢にCTは当然ない。
品質が高くなると矢自体の与えるダメージが高くなる補正がつく。
追加効果の螺旋穿は矢が放たれた時に回転力が増して貫通とはまた別の追加ダメージが発生する。
貫通とは相性が非常にいい。
貫通できないほど堅いヤツなら貫通の後押しになるし、貫通できるヤツなら着弾部分を抉ってダメージを与える。
矢に付与する追加効果で人気の高い安定した効果だ。
「じゃあコレはアリスの武器ね」
「ッ! こ、こんな……これほどの物を私が……?」
蒼葉弓+12を恐る恐る手に取り、彼女が持っている下位物品鑑定のスキルでその性能を確認したのだろう。手が完全に震えている。
結構いい感じに出来たとは思ったけどそこまでのものかぁ。アリスには相場情報というスキルがある。生命のポーションの相場を知っていたように手に持っている蒼葉弓+12の相場もわかってしまったのだろう。
下位物品鑑定と相場情報のあわせ技で性能面と金銭面での価値を理解してしまったんだね。
「うん。これはアリスの物だよ」
「ありがとうございます、マスター! 大事に使わせていただきます!」
長弓と矢筒を抱えて目を潤ませながらも満面の笑顔を咲かせているアリスは青く美しい弓がすごく似合う。
よし、アリスは蒼で防具も統一しよう。
でもその前に次はベスの武器だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大量に買い込んできた素材も大分なくなってきた。
錬成できた装備は全員分の武器と少量の防具。
防具は胴と頭の枠を優先することにしたので全員統一感がいまいちだ。
防具のカラーリングは錬成時点で変更がある程度利くのでなんとかなるけど、防具の下には厚めの服を着ている――素肌に防具とか現実なのでありえない――だけなので……防具をつけていないところはなんともいえない感じになっているのだ。
ちなみに今日作った装備品の詳細はこんな感じ。
アリス:蒼葉弓+12 鉄の矢(500) 蒼染硬革鎧+11 蒼額金+12
ベス:黒直刀+13 鷹羽の小盾+9 黒染硬革鎧+11 黒額金+12
クラリス:バルターメイス+11 鈍竜の大盾+13 白鉄鋼の騎士鎧+11 白額金+12
デュリー:ペネトの薙刀+12 灰染硬革鎧+11 灰額金+12
クラリスの白鉄鋼の騎士鎧+11だけは胴と腰が一体化した物――追加効果はそれだけ多く積める――で初級ではなく、中級装備だが他は全部初級レベルの装備だ。
普通に考えてコレだけの装備があれば相当強い魔物がいるところにでもいかなきゃ問題ないだろう。Heart & Hearts基準でいえばそうなる。
アリス達に装備を渡した後にも聞いてみたけど、このリソトの街周辺どころか薬草の生えるような奥地ででも通用するだろう、という話だ。
もちろん強化数と追加効果のおかげで、だけどね。
装備品が全て揃ったわけでもないのにアリスだけでなく、戦闘面に特化しているベスも太鼓判を押してくれたのは嬉しい。
黒直刀+13を渡して、鞘から引き抜いて刀身を見つめた後のベスの笑顔は寒気がするほど壮絶な笑みだったからなぁ。
残りの部位はお金が溜まったら作ることになっている。
実は装備品を作るのに結構お金を使ってしまった。
数日分のホテル代や食事代は残しておいたので文無しではないけどね。
Heart & Heartsではそんなに値段が高くなかった、魔塩と魔糖が結構値が張ったからだ。
これらは装備品を錬成する時に、頻繁に結構な量を使う。
魔塩や魔糖は魔法的な何かで精製した塩や砂糖で、普通の塩や砂糖よりもずっと美味しいし栄養がある。たった100gの魔塩で1万ロールもする。普通の塩の100倍近くだ。
なので一気に懐が寒くなってしまったのだ。
ポーションを売るのは多少リスクがあるけど、装備品を売るのは最早論外になってしまっている。
ポーションと違って薄めることができないので、品質を下げられない。
追加効果を制限しても品質部分で引っかかってしまう。
家宝を売る必要が生じた、とかなんとか理由をつけられなくもないけど、アリスが言うには追加効果を制限しても高額になるそうな。
それもコレだけの物となるとどこの誰が作ったのか詳しく聞かれたりするらしく、その辺を明かせないと盗品の疑いがかかるらしい。
そんなことになったら面倒事の匂いしかしないわけで……。
装備品で一気にお金を稼ぐのはかなり難しい事がわかった。
今のところ取れる手としては――。
アリス達ホムンクルスを冒険者にして稼ぐ。
多少のリスク承知でポーションなどの品質を下げられる物を売る。
いっそ装備品を売って大金稼いで別の街に逃げる……コレは情報が回ってしまえばかなり厳しい状況に追い込まれる可能性が高いのでなしか……。
一先ずは妥当な案のアリス達を冒険者にして稼ぐ、にすることにした。
そのための装備品でもあるわけだしね。
明日はアリス達4人だけで冒険者ギルド――やっぱりあった――に行って登録作業をしてもらうことになった。
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5/6 練成→錬成
5/6 人数追加をホテル側へ伝える部分を追加
5/7 誤字修正
5/12 イベントリにルビを追加
5/17 イベントリのルビを最初の一箇所だけに修正