02
錬金術師という職業は生産職の頂点でもあり、外道の生産職とも呼ばれている。
誰がそう呼び始めたのかは知らないけれど、ボクも納得だ。
頂点と呼ばれる理由は、転生により引き継げるようになる固有スキル――転生スキルの影響が強い。
錬金術師の初期スキルに錬成というスキルがある。
初期スキルは転生で引き継げないスキルの1つだ。故に錬成は錬金術師以外使えない。
この錬成というスキル、所持している生産スキルがなければ何もできない。
故に錬金術師は初期スキルとして錬成を持ち、共有スキルでホムンクルス作成というスキルも同時に取得した状態で始まる。
生産スキルがなければ何もできない錬成だけれど、生産スキルがあればそのスキルで作れる物なら大抵のものは作れてしまう。もちろん作れない物もあるので錬金術師ひとつあればいいんじゃね、というわけにはいかないけれどね。
そして最大の特徴は作れる物のレシピだ。
例えば生命のポーションという回復アイテムがある。
これは調合師のポーション調合スキルではリーン草と綺麗な水が必要となる。
しかし錬成の場合は違う。
必要なのは水、砂、拳大の石、木っ端である。
さすがは錬金術師といったところだろう。ボクも納得だ。
外道と呼ばれる理由がこのレシピが大幅に違う――というかおかしい点だろうか。
ポーション作るのに砂とか拳大の石とか木っ端とか何に使うのって感じだしね。
その他にも錬成は工程というものが欠如している。
調合スキルで生命のポーションを作る時はリーン草を磨り潰して水と少しずつ混ぜ合わせるという工程が必要だ。
でも錬成の場合は材料を一まとめにして……両の掌を合わせてパン、としてほいっとする。
「かんせー」
ボクの目の前にあった水、砂、拳大の石、木っ端はほいっとした時に出た光の後には見事に生命のポーションに錬成し終わっている。
何度見ても実に不思議な光景だ。
ゲーム内で見慣れていなければ信じられない光景だろう。
生命のポーションは薄い緑色をした液体が小さな試験管に入っているアイテムだ。
コルク栓で蓋がしてあって、振りかけて使う。
Heart & HeartsではHPの表現をLB――ライフバリアという。
このLBがなくなるまではどんなに切り刻まれようと、どんなに叩き潰されようと一切肉体にダメージを負う事はない、という設定。
まぁLBが0になったら戦闘不能になって攻撃が当たらなくなるから肉体がどうなるかなんてわからない。ゲームだし。
生命のポーションはLBが回復するアイテムだ。
今のところボクの視界の左上部にはしっかりと青いゲージでLBの表示がある。
その下にはMPの赤い表示。
MPはスキルを使用するときに必要なマナポイントだ。
さてなぜボクが今更こんな生命のポーションなんて下級アイテムを錬成したかというと大分時間は遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まずボクはお腹の虫を黙らせるための食料を買うためにお金を手に入れるための生産をすることした。
でも問題が1つある。いややっぱりいっぱいある。
まずは何が売れるか、だ。コレ大事。
例えばボクの生産できる物がまったくお金にならない屑アイテムだったら作っても意味がない。まぁそんなことはないだろうけど。
所謂極端な話だけどそんなことだってありうるかもしれない。
だから市場調査というものは大事だ。
ついでにこの知らない街が本当にボクが知らない街なのか、ひいては知らない世界なのかどうかも確かめたい。
情報はいくらでも欲しいし。
ミニマップを頼りに路地裏から大きな通りを目指す。
断続的にきゅ~きゅ~、とお腹の虫が騒ぐけど気合でカバーだ。
ゲーム中ではお腹が空くなんてことはなかった。これだけですでにゲームの中ではないのではないかという思いがわきあがってくる。
……いやでもまだ大型アップデートがあったかもしれないという……ログアウトもさせずに? 小さなアップデートならログアウトなしでもいけるだろうけど、お腹が空くなんていうどうみても大型のアップデートでそれはないだろう……。
そんな冷静なボクが現実を認めたくないボクにささやく。
あぁ……みとめたくなーい。
大きな通りが近づくに連れて喧騒が大きくなり、ボクの目の前に広がった光景はどうみてもゲームじゃありませんでした。ほんとうにありがとうございます。
「はは……識別マーカーが一切ない……」
識別マーカーとはプレイヤーとノンプレイヤーキャラ――NPCを区別するために頭の上に表示される三角のマークだ。
プレイヤーはオレンジ。NPCは灰色の識別マーカーが必ず付く。
でも今ボクの前に広がる大きな通りを歩く人達にはその識別マーカーがない。
これだけで今までボクがいたはずのHeart & Heartsのゲームの世界ではないというのがわかってしまう。
そして軽やかに鳴くボクのお腹の虫。
あぁ……もう……。わかったよ。わかりましたよ。
どうしたって今のボクは文無しだ。このお腹の虫を黙らせるにも現実逃避している暇はない。
幸いボクはHeart & Heartsのアバターがある。
それはつまり、今まで培ってきたスキルがあるってことだ。アイテムが全部ロストしてるのはめちゃくちゃ痛いけど、まだスキルがあればなんとかなる。
しかも錬金術師というめちゃくちゃな素材で様々なアイテムを生産できる職のままだ。
他の人にはゴミでもボクにとってはお宝の可能性が高い。
この世界にボクのような錬金術師が溢れていなければ、の話だけど。
悲観的なことばかり考えるより、前向きになろう。
まずは何が売れるのか、だ。
アイテムがないボクにとって作れる物が売れればベストだろう。とりあえずは1食分の食料が欲しいわけだし。
大きな通りに出て周りの建物を見物してみる。
石造りだったり、煉瓦造りだったり、木造だったり、2階建てだったり、3階建てだったり、平屋だったり様々な建物が立ち並んでいる。
人も色々だ。
Heart & Heartsでは純人種、獣人種、妖精種、竜人種、魔人種の5種類から種族を選んでゲームを始める。
NPCも同じく5種類のどれかだ。
でも通りを歩く人達はそれだけでは収まらない。
魚の顔を持った人も居れば鱗だらけの人もいる。4足歩行の人はいなかったけど、みんな2足歩行で人と似たような体の作りをしていて、大きくても2mちょっとくらい。
それと言葉も文字も理解できた。
TAKESHIの話に出てくる『異世界トリップ』では不思議パワーで言葉や文字はオールオッケーのパターンと、まったくわからなかったり一部しか分からなかったりするパターンがあったと思う。
どうやらボクは不思議パワー全開のようだ。ありがたい。
でもどうやら識字率はあんまりよくないのか、看板に文字が書かれているのと同時に絵も必ず描いてある。看板に書かれる店名だけではわからないようなお店でも絵を見ればわかるのはありがたいといえばありがたい。
あ、てことは識字率は関係ないのかな?
一先ず何もない状態で作れるアイテムの候補として1番簡単なポーション系を売ってそうな薬屋さんを発見したので入ってみる。
「らっしゃい」
やる気のなさげな店員の声が聞こえたが買う気はなく、市場調査なので別に問題ない。
店内は漢方薬のような様々な匂いが充満している。
お香の匂いもしているかも。とにかく思っていたようなお店と違った。
てっきりポーション系を売っていたりするのとばかり思っていたのだが……店内を軽く見回してもポーションが一切置いていない。
ここは本当に薬屋さんのようだ。
「嬢ちゃん、お探しのもんは見つからなかったみたいだな。何を探してるんだ?」
「あ、いえ、その……ポーションってないんですか……?」
もしかしたらポーション自体がない可能性もあったのでちょっと恐る恐る聞いてみる。
というかやる気なさげな声だったのに話しかけてくるなよー。
「ポーション? 今はどこいっても品切れかあっても嬢ちゃんじゃ買える様な値段じゃないぞ?
ポーションの素材の薬草が全然取れなくなっちまったからな」
どうやらポーションはあるらしい。
でもなんだろうか。Heart & Heartsではポーションは大量消費が常識だった。
でもこっちの世界では違うのだろうか。貴重品なの?
「えっと……もし買うとしたらいくらくらいなんですか?」
「あーそうだなぁ……。低級の生命のポーションでも1本45000ロールはするな」
「4、45000……」
「とてもじゃねぇが嬢ちゃんじゃかえねぇだろ?」
「は、はい……」
Heart & Heartsだったら低級の生命のポーションなら1本10ロールで買えちゃうぞ。
ていうかこっちの通貨もHeart & Heartsと同じロールなんだな。
1ロールが同じとは限らないだろうけど。
「45000……というと……パンだと……」
ボクのアバターの見た目は店員が嬢ちゃんといってるように可愛い女の子といった感じだ。
達観したボクはボクの見た目の利点というものをフルに発揮して活用すべく外見を整えた。それくらいはしてもいいと思う。
少し長めの鎖骨にかかるくらいの長さの黒髪。
同じく黒い瞳で身長はリアルのボクと同じ143cm。体重はちょっと軽い。
スリーサイズは秘密だ。ちなみに純人種。
そんな可愛いボクを嬢ちゃんと言って子ども扱いしているんだから、パン単位での計算にまごついていれば教えてくれるんじゃないか、とちょっと演技をしてみた。
「そうだなぁ。嬢ちゃんが腹いっぱい食べられるパンだと、300個は買えちまうな」
「そんなに……」
「あぁ、だから悪いことはいわねぇからポーションは諦めな」
ボクがお腹いっぱい食べられる量のパンはどうやら150ロールで買えるみたいだ。
リアルのパンの値段と大して変わらない。
ただ食パン1斤とかだったらパンだけじゃ辛そうだなぁ。
でもとりあえずの指標は得た。
1番簡単に作れそうなポーションが売れればとりあえずお腹いっぱい食べられる。
店員さんにお礼を言ってからお店を後にする。
そのまま最初の路地裏の木のベンチのところまで戻って、座ってちょっと考える。
ポーションはパンが300個も買えるくらいの値段。
しかもそもそも品切れで買えない。
薬草が取れなくなっているからという理由にしては値段が上がりすぎている気がするが、もしかしたらその辺は買占めなんかが起こってるのかもしれない。
ボクが作れるポーションで最低ランクは低級の生命のポーションの1つ上のランクの生命のポーションだ。
低級なんかは取得しているスキルの関係上作れない。
それこそ水で薄めるくらいしないと多分無理。ゲーム中では出来なかったけど。
色々効果を抑えて生命のポーションを作ったとしても恐らく売るときに問題が起こる。
どうしたって品質的に高い物ができるので、どこで手に入れたのか、とか。
この際買い叩かれるのはいい。
低級の生命のポーションで45000なんだから、1つランク上の生命のポーションならもっと高くなるだろう。低級よりはいくらなんでも高く買ってもらえるはずだ。
品不足だと言ってるんだから買い叩いても、買って貰えないということはないだろう。
でもやっぱり問題が起こるのは避けられなさそう。特にボクは嬢ちゃんとよばれたようにどうみてもお子様なアバターだ。その上『錬金の極み』のせいで戦闘は絶望的。
面倒ごとはなるべく避けたい。
と、そこまで考えてスキルが当たり前に使えるのかどうかと思い至った。
だってさっきみた通りの人達や言葉や文字なんかも、Heart & Heartsの世界ではなかったのだから。
視界の隅にあるショートカットからスキルを引っ張り出して開く。
本日何度目になるかわからない顔の引きつりを感じる。
アイテム全ロストの時のショックよりは大分マシだけど、それでも顔が引きつるくらいのショックは受けた。
見間違いじゃないか、と何度もスキルを確認してみたけどやっぱり間違いないようだ。
スキルには任意に使用できるアクティブスキルと、取得した時から常時発動されるパッシブスキルがある。
そのうちのパッシブスキルは問題なかった。
転生して受け継いだ――転生スキルももちろんのこと、錬金術師で取得したスキルも全て問題なし。
ただパッシブスキルに限定して、だけど。
アクティブスキルももちろん転生して受け継いだスキルが大量にある。
その全てが灰色表示――つまりは使用不可能となっていた。
アクティブスキルで使えるスキルはたった2つ。
錬金術師の初期スキルである錬成とホムンクルスカスタマイズ。
錬成はともかく、ホムンクルスカスタマイズはホムンクルスを生成していなければまったく使えない――死にスキルだ。
受け継いだアクティブスキルの9割以上が使えないのはショックだったけど、錬成が使えたことからボクのショックは割かし少なくて済んだのも事実だった。
パッシブスキルが全て有効だと言う事は錬成で生産できるアイテムの4割くらいは無事ということだから。
残り6割はアクティブスキルが全滅しているので作れないということだ。
この4割のうちに生命のポーションを含むポーション系列の生産レシピがあるのは本当にありがたい。
最悪の状況でも光明があったことに安心し、お腹が可愛い悲鳴をあげる。
一先ずはお腹の虫をなんとかするためにも材料を集めよう。
しばらく路地裏を歩き回り、かき集めた素材で作ったのが件の生命のポーションというわけだ。
ボクの錬成は無事この世界でも使える。
ボクはこの世界でも生きていけそうだ。
問題はまだまだ残っているけど。
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5/6 練成→錬成