12
そろそろ日が暮れそうだ。
ホテルの窓から差し込む光も赤みを帯びてきている。
アリス達はすでに鉱山から引き上げ、森を抜けて街道まで出ている。走れば夜までには帰ってこれるかな?
一応森を出てから歩かせていたんだけど、その間に尾行者はなんとか彼女達を見つけられたみたいだ。森の中で魔物に襲われて~とか、後味が悪い事にならなくてよかったよかった。
たぶんギルドからの依頼でやってることだろうしね。
アリス達が走り出して30分もしないうちにリソトの街へ帰還を果たした。
そのまま門でカードを提示して素通り。商人とかだと荷物検査があるみたいだけどね。
まぁ全員が背負っているリュックには多少素材をフェイクとして入れてあるけど、見せるだけなら大して時間はかからなかっただろう。それさえなかったけど。大丈夫なのかなこの街。
浮浪者が大量に出るくらい治安が悪化してるから今更なのかもしれない。
日が完全に落ちきる前に冒険者ギルドへと入ったアリス達は意外な混みようにちょっと面食らった。ボクも驚いた。
冒険者はかなり少なくなっていると聞いたんだけど……実際にはまだまだいるらしい。
いくつかあるカウンターには行列が出来ているし、買取専門のカウンターがある外に繋がっているところにも大荷物の人達が列をなしている。
【アリス、依頼の清算やなんかは明日でいいよ。隠蔽してしっかりと尾行者を撒いたら変身を解いて戻っておいで】
【わかりました、マスター】
隠蔽のLv上げ用に採取させた光鉱石のおかげで彼女達の隠蔽スキルは街を出る前に比べてずいぶんと高いLvになっている。
今なら走っていても隠蔽が解ける事はない。人目も多くなければ解けないだろう。
森の中で今よりずっとLvが低い隠蔽を使った状態で撒かれていた尾行者程度では、最早彼女達を尾行するのは不可能だ。でも念には念を入れてしっかり撒かせる。
「イービー、今のうちにお風呂の用意しておいて。みんな戻ってくるよ」
「わわわわわかりました!」
ボクの発言に耳と尻尾の毛を逆立たせるイービー。
視線はボクと隅に置かれたバラバラの椅子を交互に行ったり来たりだ。南無。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戻ってきたアリス達はお風呂の前に装備の手入れから始めた。もちろんボクへの様々な報告をしてからだけど。
とはいってもボクもファーリの視覚映像を何度も見ていたし、念話でも色々指示出ししてたからそこまで詳しい報告というわけでもない。
あ、イービーは今バラバラになった椅子の横で正座してます。萎れている耳が可愛いです。
ボクは後でイービーと一緒にお風呂に入ることにしたので今日は彼女達+ファーリだけで入らせた。色々ブーイングが飛んできたけど無視無視。
装備の手入れ前と後で一応耐久値を確認してみたが、ほとんど回復してない。しかし若干ではあるが回復するようだ。これもメンテナンスの一部だからか。
それでもやはり使い続ければ消耗する方が早い。早いところ予備を作らなければダメだな。
今日は大量に魔物を倒したから耐久値も大分減少している。多少とはいえ、攻撃も受けているし防具の方も耐久値が減っている。LBがあっても攻撃を受ければ防具の耐久値は減る。LBがなくなるまで傷つかないのはあくまで生身の体だけなのだ。
しかし今後は森や鉱山に行くならもっと魔物の量は減るだろうが、同じところにばかり行くわけではないのだからやはり予備は必須だろう。もしくは信頼の置ける鍛冶屋か。
アリス達がお風呂から上がったら正座で足が痺れて涙目のイービーを連れてボクもお風呂だ。
痺れた足でも健気にボクの体と髪を洗ってくれるイービーだけど、生まれたての小鹿みたいだった。
ちなみにイービーはやはりボク並の体型でした。
お風呂後はアリスとベスを筆頭にしてボクの髪の毛弄りタイムが始まり、昨日よりもずっと量の多い夕ご飯を主に探索してきた4人が食べきった。すごいもんだ。
ファーリも凄い量食べてたけど。
さてひと段落ついたところで明日の予定を決めなくちゃいけない。
明日の事を明日決めていたら一向に前に進めないからね。
「明日は今日こなした依頼の清算に行って、素材を少し売却しておこうか。たぶん全部一気に売却するのはギルド側も困るだろうし」
「そうですね。報酬は8万+20万で28万ロールに素材を売った代金ですね。何を売りましょうか?」
「ギルドに買取表とかないのかな? もしなかったら買取カウンターの人にでも聞いてみてよ。
それで買取価格が高い物をあっちが買い取れる分量だけ売っとこう」
「よろしいのですか、マスター様?」
「ん~。尾行者がついてたわけだし。それに君達の戦闘能力はとっくにばれてる。まぁまだ今日作った分の装備は装備してなかったんだから、もっと強くなるけど。
尾行者が報告して魔物の死体を運搬する能力が――ボックスがあることはまず確実に伝わるだろうから、問題ないんじゃない?」
「なるほど、さすがマスター殿。ご明察です」
「差し出がましい口を叩いてしまい申し訳ありません、マスター様」
「そんなに気にする事無いよ、クラリス。意見を言うのはいい事だし。これからもよろしくね」
「はい!」
クラリスはメイド知識があるし、性格も真面目で堅い。
ボクとしてはもうちょっと仲良くしたいんだけどね。まぁ時間が解決してくれるだろう。
「その後は適当な依頼を受けてもよろしいですか?」
「そうだね。でも明日は依頼をこなしたらすぐ帰ってきて。イービーの身分証を作っちゃいたいから」
「わかりました」
「よよよろしくお願いします、先輩方!」
緊張しながら頭を下げるイービーにアリス達、先輩ホムンクルスの優しい瞳が向けられる。
でもベスはそれに妖しい笑顔を混ぜてイービーが切り裂いた椅子の事でからかったりして、明るい笑い声が夜遅くまで部屋には溢れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、朝のうちにギルドに行った4人はさっそく依頼の清算を行い、報酬を受け取った。
確認はギルドカードに討伐履歴があるらしく、それを専用機で読み取って行われたのだが当然ながら倒した数がとんでもない事がすぐばれた。
まぁ尾行者がいたのでその辺はギルドマスターとかは知っていたと思うが。
ファーリ目線で見ていたが専用機で討伐履歴を読み込んだ時の受付のお姉さんの顔の引きつりようったらなかった。末端には話は来ていなかったみたいだね、可哀想に。
ギルドマスターでも出てくるかな、と思ったけどそんなことはなくそのまま買取カウンターで買取を行ってもらう流れに。
魔物の死体の事を受付のお姉さんに聞かれたので、アリスが事前に打ち合わせしていた通りにボックス持ちであることを告げたのだ。
買取カウンターは冒険者ギルドの入り口とは別の買取用の大きな扉のある方に設置してある。
依頼の清算などは受付の方で済ませるのが基本だが、魔物の死体や素材だけを売りに来る人もそこそこいるそうだ。弱いやつならポーション無くてもなんとかなるしね。
買取カウンターでアリスが森付近で1番高く買い取ってもらえる魔物を調べた。
残念ながら1番高く売れる魔物はそれほど狩れていなかった。
なのでその次に高く売れる魔物――ソードボアを売ることにした。
アリス達は依頼でこいつらを大量に狩っているし、剣のような鋭利な牙は素材として取ってしまったがその他は丸々残っている。
買取上限の20頭まで売り払おうとしたら、買取カウンターは一時騒然となった。
何せ新鮮なソードボアの死体が山と積まれたのだ。
ボックスは状態の維持ができないということを失念していた。積んだ後で職員が言った後で思い出したのだ。
アリス達も知識はあってもボックスを使っていた経験があるわけでもなく、ボクもそんな経験はない。状態が維持されている事はゲーム内では常識だったし、思いっきり脳みそから消えていた。まぁ言い訳だけどね。
……でもボクが目立つわけじゃないし、アリス達もきちんと変装してネコになっていたし大丈夫だろう。むしろ彼女達は目立っていいんだから大丈夫。大丈夫。
騒然としたギルド内だったが、ギルドマスターが出てきて一喝してすぐにソレは収まった。
ギルドマスターは若い青年風の人だった。ただ耳が長い。妖精種のエルフだ。Heart & Heartsではエルフは長命じゃなかったけどね。
「済まないが少し話がある、私の部屋に来てくれるか?」
ギルドマスターの凛とした声には命令する者特有の威圧感がある。
ちなみになぜこの青年がギルドマスターだとわかったかというと、なんてことはない職員がそう言ったからだ。
【マスター、如何なさいますか?】
【うん、問題ないよ。行って来て】
【わかりました】
アリスがギルドマスターに小さく頷くと彼の後に4人+1匹が続く。
通されたのはギルドの1番奥の部屋で中はそれなりに広く、ソファーとテーブルも置かれておりここで話も出来るようになっていた。
「済まないが、ソファーはこれしかないんでこちらの椅子に何人かかけてくれ」
ソファーは頑張っても3人しか座れない普通のサイズだ。
片方にギルドマスターが座るとどうしても1人分の椅子が必要だ。ファーリは大きなネコだしね、今は。
しかしその辺はよくわかっているアリス達である。座ったのはアリスとベスの2人だけ。
ソファーの後ろに待機する形でクラリスとデュリーが立つ。
ファーリはボクのために映像を確保する必要があるので扉の横でお座りだ。
「……ふむ、まぁいい。
さっそく本題だが、君達には昨日尾行をつけさせてもらった。
まぁすぐ気づかれたのは知っている。アイツはアレでもかなりうちでは優秀なんだが、君達はアレを軽く凌駕している。
先ほどの新鮮な魔物の死体もそうだ。ボックスは状態の維持ができないはずだ。理由を説明してくれるか?」
こちらに尾行の事がばれていることは理解しているから、あっさりとばらしてきた。まるで悪びれていないところが小憎らしい。
そして当然のように説明を要求するこの態度。ベスの目が細められたのをボクは見逃していないよ。
「説明する必要はない。何か問題でもあるのか?」
「いや、特にはないよ。そうだな、君達は昨日登録したばかりだ。まだここいらで活動を続けるのだろう?」
あっさりと引くギルドマスターがやっぱり小憎らしい。説明を要求して答えるならよし、答えなくても別にギルド側には損はない。昨日わざわざ登録したのだからギルドを利用するのはわかりきっているからだ。
登録しなくても魔物の素材なんかは売れる。
それでも登録したのは身分証や依頼などを受けられるメリットがあるからだ。特に身分証は大きい。ボクなんかどこで身分証を確保したらいいのかまったくあてがないんだ。
「それで?」
「君達は強い。このリソトの冒険者の誰よりもね、おそらくだが。
君達なら森の奥にいけるだろう。そこでリーン草などの薬草を採取してほしい」
街の兵では相手にならないような魔物の相手でもさせられるのかと思ったら、意外なことに薬草採取の依頼だった。
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