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懐もあんまり暖かくないのでイービーの服と日用品、ファーリ用のブラシや遊んであげられるように適当な物を購入するだけで大体の買い物は終了。
装備品に必須となる魔塩や魔糖はもうほとんど残ってなくて、作れてもあと1部位といったところだろうか。でも100gでも1万ロールくらいするから容易には買えないんだよねぇ。
しかし装備品はまだ揃いきってないし、なるべくなら作っておきたい。
というわけでイービーの背負っているリュックサックもいっぱいだし、一旦ホテルの部屋に戻ってきた。
イービーが買ってきたばかりの服を彼女に割り当てられた収納に入れている間に、今の懐事情で無理せず作れる装備品を調べる。
なるべく魔塩や魔糖を使わないのがいいんだけど……今作れる装備品はみんな魔塩か魔糖のどちらかか、両方が必須だなぁ。
ボクの今見ている装備品はほとんど初級品だ。中級以上になると市場で売っていた魔物の素材やその他容易に手に入る材料ではほとんど作れない。
ちなみにほとんどの中級以上の装備品に必須となるのは魔塩や魔糖ではなく、上質な魔塩や上質な魔糖となる。
これらは錬成で魔塩、魔糖を材料に作る事が出来るが量が必要だ。もちろん魔塩をそのまま錬成して上質な魔塩になるなんて事はない。魔塩10kgで作れるのは上質な魔糖100gだ。逆に魔糖10kgで上質な魔塩100gとなる。なんと捻くれているのでしょう。
そして残念ながらその逆はない。魔塩や魔糖は購入しなければボクでは入手不可なのだ。
100gで1万ロールもする魔塩や魔糖を10kgも必要とする中級装備は当分は作れないだろう。1箇所か2箇所なら無理すればいけるかもしれないけど。
そこまでするなら初級で全部位作ってしまった方がコストパフォーマンスもいい。
中級装備は基本性能と装備によるたまについている特殊性能、付与効果を1つ多く出来る点などが初級装備より優れている点だ。
特殊性能のついた装備は作るのに必要な材料がすごく面倒になるので、基本的には作りたくない。
結局のところ無理に中級品を1個頑張って装備するよりは、その分を初級品数箇所に回した方がずっとマシなのだ。
もちろん物にもよるし、上級品となるとまた話は変わってくるけれど。実際1つだけ中級防具を作っているしね。
「マスターさん~お洋服の整理終わりましたぁ~」
「ご苦労様。じゃあまた買い物行こうか」
「わかりました~」
買い物を通じて? ボクとの距離が縮まった――というか服で餌付け? できた――のか、イービーのどもり、というか妙に焦るのがマシになった。
ご機嫌そうに尻尾をフリフリしながら空になったリュックサックを背負いなおすイービーを横目に、ファーリの視覚映像が映っているウィンドウを見る。彼女達はボクに相談しながら今日試しに受けてみる依頼を決めて、すでに街の門を潜っている。
討伐依頼を受けたアリス達4人は発行された冒険者ギルドカード――TAKESHIの話通りに不思議な銅板で無意味にハイテクなカードだった――を門番が持っている板に翳してチェックを受けた。
あの門番が持っている板でチェックする項目は犯罪歴だそうな。
カードは複数の種類があって、基本的に身分証はこのようなカードの形になる。
そこには魔力的な不思議な力で本人の情報が記録されている。今まで行った犯罪情報も記録されてしまうらしく、それをあの板を使って判定しているそうだ。そのほかの情報に関しては読めない、専用機なのだと。
もちろん1度犯罪を犯しても罪を償っていれば問題ないそうだが、罪を償っていなければ逮捕されるし、普通には街に入れない。
身分証が無い場合は門に併設されている詰め所で色々取り調べがあるらしい。時間もかかるし、門番達の時間も取るので結構な額のお金も取られる。その上、問題なくても仮身分証しか発行されず、3日間しか使えないそうだ。
3日間のうちにどこぞのギルドで身分証を作らないと門から出るときや、巡回の兵士に目を付けられたりしたときに身分証を提示できなければ豚箱行きだ。ボクも気をつけなければ。
とはいってもボクは見た目子供なので早々そういうことはないらしい。
それに治安が悪化しているから浮浪者が多く、そういった人達は身分証を所持していない場合も多いそうだ。もうすでにかなりの浮浪者が街中に入り込んでいるそうなので、巡回の兵もそちらに回っている事が多いので子供に身分証の提示を求めることはほぼ無い。
とはいってもイービーは冒険者ギルドに行けば登録できるだろうから、念のため確保しておいた方がいいだろう。明日にでも。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さてアリス達の受けた討伐依頼だが、リソトの街の近場の森――歩いて3時間――にいる猪――ソードボア――の討伐だ。
今回は群れの討伐依頼なので最低5頭だそうだ。
ソードボアはその名の通りに牙が剣のように鋭利な刃物になっている好戦的な危険な魔物だ。魔物と動物の違いは人に害をなすか、という結構曖昧な線引きなのであまり気にしなくていい。
アリス達が受けられる数多くの依頼の中からこれを選んだのは、ソードボアの牙が防具を作るのに使えるから。あと肉がそこそこ高く売れるらしい。もちろん報酬もそれなりにいい。
5頭で8万ロールだ。初日で日帰り出来る依頼でコレならかなりいい方だろう。
ちなみにソードボアは腕に覚えのある冒険者でも苦戦する相手で、群れとなると相当腕に自信のある冒険者が出張る必要があるそうな。ポーションが品切れ状態の今では誰も受けずにずっと放置されていた依頼でもある。
受付の話ではソードボアの群れの大きさは拡大している可能性が高く、かなり危険だそうだ。
森自体も冒険者があまり入らなくなり、魔物の数が増えているからさらに危険度は跳ね上がる。
そんな危ない場所が街の近くにあって大丈夫なのか、と思ったけれど、森の魔物は縄張りの外にはあまりでないそうだ。
でも群れの数が増えすぎると群れを分ける事があるので、その分かれた群れが森の外に出てくることがある。普段は森の奥に棲むはずのソードボアが森の浅い場所で群れを作っているのもソレが原因だそうだ。
『5頭で8万とは言っても、それ以上なら追加で1頭1万ロール支払われるから殲滅するつもりで行くぞ』
『20頭までしか払いは認められへんどすえ?
それ以上ならどないします?』
『マスター殿は牙をご所望ですし、出来る限り集めるべきかと』
『あって困る物でもありませんし、肉はそれなりに売れるそうですから問題ないのではないですか?』
『そうだな。幸い私達にはマスターのイベントリがある。荷物になっても何の問題もない。殲滅で行こう』
『了解どす』『御意』『畏まりました』
ファーリの聴覚を通じて彼女達の作戦会議を聞いていたが、まぁいいんじゃないかな。
ボクは基本的に口を出すつもりはない。実際に行動するのは彼女達だ。
あからさまに危険な行為なら止めるけど、今回程度なら問題にならないだろう。ソードボアはHeart & Heartsでも出てきた魔物だしね。あの程度じゃ相手にならないだろう。
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イービーと一緒に露店を冷やかしたり、錬成用の素材を少量購入したりして楽しく過ごす。
アリス達は今華麗に彼女達の背丈ほどもある鋭利な牙を持つ猪を狩っているのに、ボク達は至って平和だ。
歩いて3時間という話だった森にはずっと走っていたので1時間ちょっとで着いたが、さっそく森に入りこんだ彼女達はソードボアを見つけるのに10分とかからなかった。
これはファーリの嗅覚強化のスキルが大活躍したからだ。あっさりと獲物の群れ――6頭だったけど――を見つけたアリス達は待ち伏せするでも奇襲するでもなく、堂々と真正面から攻撃を仕掛けた。
クラリスが大盾を構えて最前列で挑発スキルを使えば、6頭全てが吸い寄せられるように殺到する。
そこに放たれる凄まじい速度の矢が先頭の2頭の足を消し飛ばし、転倒させ後続を巻き込み派手にダメージを与える。
転倒した隙にベスとデュリーがあっという間に後続だったソードボアの四肢を斬り飛ばし行動不能にして戦闘は呆気なく終了した。
Heart & Heartsと同じように魔物などの『敵キャラクター』にはLBがなく、部位破壊が存在しているようだ。
消化試合のように動けなくなったソードボアの首を切り裂き、血を失って次々と死亡していく猪達はなんとも哀れだった。
そんな哀れな猪達の血がついた黒直刀を妖しい瞳でうっとり、と見つめるウサギ……ネコが1人。
【……ねぇ、アリス。ベスがなんかどっかに行ってるんだけど……】
【そ、そのようですね……。どうしたらよろしいでしょうか?】
【それはボクが教えて欲しいんだけど……】
このままでは血のついた刃を舌なめずりしそうな勢いだ。正直ちょっとひく。
【マスター様、ここはわたくしにお任せくださいませ】
【おぉ? クラリス、何か秘策が?】
【もちろんにございます】
【よし、じゃあ任せた!】
【承りました】
自信満々といった様子のクラリスだったが、やったことはなんてことはない普通に盾でベスの頭をぶっ叩いただけだった。
それで正気を取り戻したベスもベスだったけどね!
ちなみに哀れな猪達は血抜き後に牙を切り分けてからイベントリに収納されました。
これで依頼は達成だけど、まだまだお昼にもなっていないのでそのままソードボアを探して森を探索するそうだ。ついでに色々素材が取れそうならがっつり採取してきて、とお願いしておいた。
「イービー、お金が入るのは確定したから塩と砂糖を追加で買いにいこっか」
「はいです、マスターさん!」
お金が入る事が確定したのならばやることは1つだ。
次の装備品のために魔塩と魔糖の買い足しをしてホテルに戻って昼食を摂る。
今朝は大勢でわいわい、と賑やかだったのに今は2人だ。まぁ静かでいいんじゃないかな?
アリス達にはイベントリ経由でホテルの昼食を送ってあげている。
森で、作ったばかりの多少豪華な食事が食べられるという不思議な体験をしている彼女達だけど、お腹がいっぱいになれば、さらには美味しければ何も問題ない。保存食や冷えた携帯食を食べるよりはずっといい。栄養的にも士気的にも。
すでにアリス達は6頭ずつの小さな群れを5つ殲滅していて、依頼での支払い限界頭数を突破している。ボクも今はそんなに素材はいらないけど、まだお昼だしやれそうなら数を狩ってもらっておくことにした。
あとで売ってもいいしね。今は1ロールでもお金が欲しい。
午後はイービーと一緒にポーションの材料集めをした。
あんまり離れないように気をつけながら2人で裏路地をうろうろして材料を集めては、周りに人がいないことを確認して――ホテル近くは治安がいい方なので浮浪者とかいないけど誰もいないわけではない――からイベントリに収納していく。
ある程度材料を集めたらちょっと露店でおやつ――クッキーみたいな焼き菓子――を買って帰る。アリス達の分も買ったから結構な量になってしまった。
もちろん彼女達にはイベントリ経由で送ってあげる。イベントリ超便利。
ソードボアの他にも数多くの魔物がアリス達によって乱獲され、イベントリにはかなりの数の魔物が入っている。
いくら限界まで拡張してあるイベントリとはいえ、上限というものがある。
まぁそれでも魔物の死体はそれぞれ損傷度合いが違っても1枠で収まるようだから枠をそれほど埋める事はないけどね。イベントリ内なら劣化もないし。
「さて作ろうかな」
「マスターさん、これで何を作るんですか?」
可愛らしく小首を傾げるイービーにまぁ見てて、と微笑んでからパンっとして、ほい。錬成。
お馴染みの光の後には3本の鋭利な刃物が納まった篭手が2つ残っていた。
「はい、これはイービーのだよ」
「わわわわ、いいいいんですか!?」
「イービーだけ武器がないのは困るからね」
「ありがとうございます! 大事にします! 絶対大事にします! ありがとうございます!」
どこかで噛むかと期待したのに、今回は無事言い切ったイービーは篭手――豹爪篭手を胸に抱えて涙ぐんでいる。
……そんなにか。
「イービー、それは篭手として防具にも使えるけど、片方3本ずつの爪が入ってるから基本的には武器だよ。つけてごらん」
「はいっ!」
いそいそ、と篭手を付け始めるイービーを優しく眺める。
どこかで戸惑って失敗しそうな雰囲気があったけど、無事装備を完了したイービーは爪を出し入れしては表情を輝かせている。
爪部分は装備者の意思で出し入れが自由に出来る不思議ギミックだ。篭手としての防御力は大したことはないけど、一体型なのでちょっとだけ普通よりは防御力が低くなる。
その分速度の補正がかかるのが特徴だ。
防具と武器の一体型なので耐久値の減少が他よりも早いが、その分少し耐久値が高めになっている。
イービーは爪技と剛力のスキルを持っているので、収納可能な爪にした方が色々と便利だろうと考えたのだ。
彼女も部屋の中だというのも忘れて夢中で振り回している。あ、椅子が切れた……あとでクラリスからお説教だろうなぁ……。
はわわわわ、と青い顔をしておろおろしているのをスルーして、残りの防具の錬成をすることにした。
イービー、南無。
イービー、南無。
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5/17 イベントリのルビを最初の一箇所だけに修正




