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 くろぐろとした波が次々向こう側に飲まれていく。夜明けにまだすこし間があるのか、水平線にわずかに顔を覗かせる朝日は未だ心もとない弱々しき光で周縁を照らしていく。

 うっすら肉眼に見える白波が次々再生され、飲まれていくさまは人間の生死を彷彿させる。

 始まりがあるものには、終わりが訪れる。

 どの世界にも、

 どの生命にも、

 ――平等に。

 必ず。


「――寒くないか」


「大丈夫」暗がりをいいことに彼の腕に頬を寄せる。浴衣越しにたくましさが伝わる。

「こっちに行ったところでなんもねーぞ。当然、店もすぐにゃ開かねえし……」

「あなたの見てきたものが見たかったの」脇腹をくすぐっても彼は微動だにしない。「毎日見てきたんでしょう? この景色を……」

「このくらいの時間から走りこみをしていたな。通学の際にもそこの歩道を歩いていた……」

「駅まで行くまで?」小中と地元で、高校時代は隣町の高校に通ったと聞いている。

「駅まで行くまで」あたしの言い方が面白かったのか、笑って彼が繰り返す。笑みを消すと、「そこ、座ろうか」

「うん」

 歩道から砂浜に続く数段の階段を指差した。


 白いコンクリートのはずが薄闇でグレーに見える。コンクリートの感触が薄い布一枚越しにはすこし、冷たく固く感じられた。

「疲れてないか」

「ううん」

「なにか、温かいものでも買って来るか」

「そんな、気を遣わなくていいの。二人でいようよ」

「うん……」

 黙って彼の肩に頭を預けた。

 二人揃ってお休みが取れそうだったから、どこか旅行にでも行くかと訊かれ、思い切って彼の実家の旅館に行きたいと言ってみた。……驚くと思いきや「いいよ」と即答だった。

 つまり。

 彼の両親に紹介されるとかそういう――

 展開を内心で期待したのだが、実際会えたのはお母さんのみだった。そりゃあ、週末に被る時期に無理して取って貰ったんだもの(蒔田さんは『無理した』だなんて無論言わないけどきっとそうだと思う)、会えただけで嬉しい。

 蒔田さんに生き写しの美人女将さんだった。

「おふくろのことを、考えてんだろ」

「え?」彼の読心術にまだ慣れない。「ああ――うん」

「おれもおまえと同じでな」


「父親の顔を知らない」


 そう語る蒔田さんの表情は仕事を命じるときの上司だった頃と寸分も違わなかった。


 吸っても構わないか、と訊くと彼は煙草に火を点けた。携帯灰皿も常備していることだろう、彼のことだから。

 ついでに言えば彼は風下に位置している。

 あたしは、彼の煙草の香りが好きだった。他の誰でもが嫌でも彼だけは。肌や髪や唇に残されるほのかな香りに、彼に包まれているようで、気持ちが和らぐ。

 彼の声色と、同じで。

「本当は、ここに来る前におまえに話しておきたかったんだが――勇気が持てなかった」

 蒔田さんでもそういうこと、あるんだ。

 声も震わせず、いつもの落ち着いた音程で語れているのに。

「結末を話す前に、おれの母親について触れておきたい。――彼女は京都の出身で、向こうでは名の知れた呉服屋の一人娘だ。気位の高い祖母の気質をうちの母親はまんま受け継いだと聞いている。――その呉服屋はバブルの崩壊を待たずして倒産の危機に直面し――古い言い方をすれば身売りってやつだな。おれの母親が蒔田の家に嫁ぎ、蒔田の家が金を出すことで、実家は倒産及び没落の危機を免れた。――本音では我慢がならなかったのだろうな。言い方が悪いが成金趣味の田舎者んとこに嫁いだってわけだから。経営さえ傾かなければ似たような身分の然るべきうちに嫁ぐものとおそらく小さな頃から教育されたろう。……女将の仕事はテレビの旅行番組が映すような華やかなものでもきらびやかなものでもない。どの仕事も裏側が地味で過酷なようにな。――睡眠時間が日に二時間。以外の時間は働き詰めだ。加えて、子育ても一人でしていた。おれの兄貴のな。京都から単身石川にやってきたおふくろは気心の知れた人間が周囲におらず、友人も、打ち解けた話をできる相手も時間もなく――孤独だった。親父はおれと同じで、積極的に話を聞き出すタイプでもない――」

 もしかして。「それで。あなたのお母さんがこころを許したのが、」

「おれの実父だ。――既に故人だが」

「どうして。病気かなにかで」


「首吊り自殺」


 煙草の火を消し、携帯灰皿に仕舞う。――深刻な話をする場面であれど人間の思考が平静に働くさまを目の当たりにしている。

「恋に落ちることなど誰にも止められやしない。――たとえそれがどんなに愚かだと当人たちが自覚していようとも。障害があるほどに燃えるのが一般に恋と呼ばれるものの属性だ」

 蒔田さんはそんなふうに前置いて自分の出生を語る。

「……旅館に出入りする業者の人間だった。定期的に酒を届けに来る……」昭和のメロドラマみたいだな、と自嘲的に付け足す。「言葉を交わすうちに二人は惹かれ、恋に落ちた。……実父の人柄をおれは人づてにしか聞いていないが、人当たりが良く、……初対面の相手にも奥せず話しかけられ、するすると人と人との間に入り込める男だったそうだ。……頑なで気位の高かったおふくろが唯一、わずかであれ笑顔を見せた相手だったろうと、想像がつく。……おふくろは滅多に笑わんからな」

 あなただってそうじゃない。

 そう思ったが、口に出さなかった。

 裏には悲しい理由が含まれる、――この手の予感に外れはない。

「互いに密かに想い合うだけならばまだ、許された。幸いに――とおれが言うのも妙なもんだがな、使用人も従業員の誰も気づかず、……親父ですら気づいていなかったのかもしれない。あのひとが手を打たないなんてこた無いからな。しかし――」


 おれの存在で彼らの世界は一変した。


「身ごもったことに気づいたおふくろは、蒔田の家を飛び出した。――京都に向かったものの、経緯を思うとすぐには実家に戻れず――高校卒業後花嫁修業しかしてこなかったおふくろが働ける仕事は限られており――しかも妊婦だからな。糊口を凌げる唯一の職種が皮肉にも旅館の仲居、だった。出産をするか堕ろすか一人で悩んだに違いないが、……おふくろがどうしたのか。おまえになら分かるだろうか」

「生む、選択をした。……そして」

 それ以上を口にするのが憚られた。

 蒔田さんはあたしの生い立ちを知っている。「うん。……とどのつまり頼れる先は実家だけだった。石川におれの兄貴――乳飲み子である彼を置いていってるからな、去るときも身を切られる思いがしたことだろう。おふくろの人格が親父を騙せるくらいであれば、石川に留まり、秘密を自分の胸だけに秘め、そのままの生活を続けたろう。樹を連れてけるくらいのふてぶてしさがあれば連れていった。――正直なひとなんだ。嘘が、つけない」

「嘘がつけないのはあなたも同じよ」

「たったひとつ、おれがおふくろに似たパーソナリティを持ってるとすればそこだろうな」目尻に皺を寄せ彼はかすかに笑う。「逃げたおふくろを親父はほうぼう手を尽くし探させたらしいが、……居場所が掴めず。おふくろの実家から連絡を受けようやく事態を知った」

「それで、あなたのお父さんと、……実のお父さんは」

「実父は当然クビ」首をカットするジェスチャーをするが、……その後自殺する展開を聞いているだけに、反応に困る。彼は同情や上っ面の言葉を望まない人間だと分かっていても。「酒屋に住み込みで働いていたんだが追い出され、こっからそう遠くない実家にも戻らず、……その後なにをして生きてきたのかをおれは知らん。死亡時は無職だった。日雇いの仕事をしてたらしいが。無論、生前こっちに戻ってきたおふくろとの対面も叶わずだったろう。親父は、おふくろを、許した。結果的にはな。……わざわざ京都から嫁を連れてきたのも、元はといえば親父がおふくろに一目惚れしたって話だ。……妻か女将かが欲しいんならなにもおふくろである必要はないだろう? 逃げた妻を忘れ、新たな妻を迎えたとておかしかない。親父がおふくろに自分の気持ちを伝えていれば、あるいはおふくろが親父を理解していれば、行き違いは無かったかもしれんが、所詮たらればだ。……おれだって親父の本音がどうだか知らん。親父に関してはすべて推測なんだ。……表向きには、おふくろは里帰り出産をしたという話になっている。おふくろが再び女将の仕事に戻り、親父は従前通り旅館の経営側の仕事を続け、家族四人が一緒に住める環境が整った。これで当人や周辺の整理がつけば、収束するストーリーだった。しかし」


 おふくろは精神を病んだ。


「手の施しようが無い、とかかりつけの医者が言った」細い顎先が上を向く。いまだ明けていない空を彼は眺めている。「旅館の仕事は、生きていく道だからこそ続けている。おれがお腹のなかにいる間もその仕事で自分を養い、支えてきた。いわば精神的支柱であり、いまさら辞めるなんざ考えられん、のだろう。本当はおふくろが人生で他になにを成したかったかをおれは知らんがな。しかし、――或る子どもの存在だけが、認められない。認めることができない」

「どう、して」

「彼さえ居なければ、孤独であれど多忙なそれまでの生活を継続できた。――あるいは、想い人と密かにこころ通わせられる日々が、続いた」

 息子が、支えてきた自分を破壊する、要因。

「そんな、馬鹿な。……蒔田さんは、おばさんの、実の子どもなんだよ」

「子どもだからこそ、憎める。憎めるんだ。愛憎は表裏一体だ。……興味のない他人のことをどうやって憎める? 憎しみの根源を辿れば必ずや自分なり大切な人間なりを傷付けられた経緯に行き着く。傷付ける要因はなにも物理的な傷害にも誹謗中傷にも限られん。……精神的なもののほうが目に見えぬぶん、根が深いかもしれんな。……おれがもしおふくろに生まれたとしたら同じ決断をし、同じように煩悶するかもしれん。実の親父についてもだ。結果だけを見、当事者を責めるのは簡単だが、そこに至る経緯を見なければ人間を見誤る。見誤った末の産物を隣人に明かせばそれが噂となり人々の間に伝播する。……集団が思考を停止し偏見が増幅する典型的なパターンだ。なんとなしに『みんなが信じるからわたしも信じる』。……人々が信じるものの一例を挙げると、人間が生まれながらにして母性を抱く――いわゆる母性神話と呼ばれるものがある。だがもしそれが真実ならば、実の子を虐待する親をいったいどう説明する。血の繋がりが無くとも子を愛おしんで育てる親はごまんと居る」

「蒔田さんのお母さんは、蒔田さんの存在を『無かったことにする』ことで、精神の均衡を取り戻せたというの」

「そうだ。……要するにおれの実父とのことはおふくろの精神を乱す不安要素だ、いや、確定要素だな。それと繋がるのが、おれだ。だからなるだけ――おふくろの前に姿を見せず、精神をかき乱さないことが治療の一つだった。実際、それが一番効果的だった。おふくろ的にはおれのことは樹と親しい『預かり子』となることで成立している」

「蒔田さんはそれで、寂しくなかったの」

「おふくろが快方に向かうのなら構わん」

「寂しくなかったの」

「そのな。寂しいってことが実際どういう意味だか、おれにはいまひとつ掴めん。人間は、生まれながらにして誰しも――孤独だろう」

「例えばね、あたしが突然によ、蒔田さんのこと嫌いになったからばいばい、って去ってったら、どう思うのよ」

「仕方ないだろ。……心変わりは誰にも止められん」

「仕方ない!?」あたしの声は裏返った。「それで蒔田さんはああそうですねさようならって手を振ってばいばい出来るの!?」

 沈黙。

「よぉーく分かりました蒔田さんがどういうひとだか。……さようなら」

「ばか言え」手首をぐっと掴まれた。「おまえおれにべた惚れだろ」

「……主語が違う、それと目的語も」

「おれがだ」

「……分かりました」

 すっぽり、彼の胸に収まる。そして、胸を押し、自分から離れる。

 こら、と言う彼の片手に頭の後ろをくるまれた。「離すことなどできんよ、おまえのことは」

「も一回言って。いまの」

「好きだ。……離すものか」

「機嫌治った。話の腰折っちゃったけど、……続きは?」

「寂しいというものがどういう感情なのかをいましがた理解した」

「あなたあたしが居なくなるって思ったのさりげに二度目じゃないよ」

「……なるほど。お前と居ると勉強になる」さっと顎を摘み、「血縁が人間を決める、なんてのも集団が作り出した体の良い幻想だとおれは思っている。虐待する親が急増しているというニュースには、虐待された子どもがその子どもを虐待する率が高いなんて統計が付き物だ。……あれは、虐待をされたことのない人間を安心させるためで無ければなんなんだろうな。殺人を犯す者の子どもも家族も殺人者だ、だから自分たちは断じて罪を犯さない。――一部の人間を極端な悪者に仕立て上げ、マジョリティの平穏と均衡を保つ。これは、集団の結束力を強めるうえで最もイージーなやり方だ。実際データの真否なぞどうだっていい。仕立てあげられた悪者はいわば――生贄のヤギ、だ」

「でも、犯罪者の家族と近づきたくないってあたしも思うかも。もしね、自分の大切なひとがなにかに巻き込まれたときにやっぱりなって、正直、……思うと思う」

「そのやっぱりな、って納得させる裏付けのほうが過大評価され、流布されているようにおれは思う。無事だったケースなんざ決して拡大されないし報道もされないだろう? ……まあ、あくまでおれが言うのは考え方のひとつだ。おまえの考えを否定するつもりはない。話を戻すと――蒔田の親父とおれの実の親父は学校の同級生であり親しい友人同士だった。つまり、親友をおれの実父は裏切ったわけだ」

 友情より恋を選んだ。

「最初それ聞いたときにな、……ふざけんな、と、思った。一発殴り倒さねえと気がすまないと思った。そしたらすかっとするだろなって思った。……なぜだろうな、実父と直接接触したことがないせいだろうか――おふくろを責めるよりも親父に対して思うところのほうが強いんだ。言葉はなんだが、そいつが手出しをしなきゃ収まる話だったんじゃねえかと。……恨むってか、……実父に苛立っていた。特に中高の頃ずっとな。ただし、おれも」


 親友を裏切ったことがある。


「そいつが、誰が好きなのかをおれは知っていた。彼女が、そいつに惚れてることもおれは、分かっていた。分かっていながらおれは見て見ぬふりを続けた。――おれさえ引けばあいつらは自由になれるとも頭で分かっていた。そうなってみて初めて――親父もこんな感じだったんだろうなと、掴めた。あくまで想像の範囲だがな。引くべきだと頭じゃ分かってても引けねえ事態があるもんだと。想像が及ぶと同時に――怖くなった」

「怖いって」

「つまり」


 おれにも親友を簡単に裏切れる、

 裏切りの者の血が流れているということだ。


「馬鹿げた考え方だ、と思うが、――あの頃突っ走った自分を振り返ると、否定出来ん。純粋で、――おれの苦しい時期を支え、おれを救ってくれた大事な人間をああも裏切れるもんだなと。親父と同じ過ちをおれは犯す。……だから、誰かを近づけることが、躊躇われた」

 かつて彼が、積極的にあたしを好きだと言えなかった理由を、――理解した。

「蒔田さん……」

 こころの内側を直視している、

 彼の両手に自分の両手を重ね、


「血の繋がりがあなたを決めるんじゃない。


 あなたは、あなたです」


 さまよっていたかに見えた彼の瞳が止まり、すこし開いた。


「あたしは、……あなたが生きてきた人生とか知らなかったし、いままでの人生の四分の一も知ってない、けど、……どんなひとだか、これでも、分かってるつもりです」

 実の兄弟なのに。

 樹さんと食卓を囲むことも、許されず。

 家族三人と別々に食事を取る――

 昔で言う長男と次男以上に、差別されてきた。

 いまも、むかしも。

 母さん、と呼ぶこともままならなかった。それができたのは、高校に入って、やっと。

 なのに、あなたは――

「表面上強がってて、黒い服ばっか着て無意味にキメてて、るけど、ほんとはすっごく寂しがりやで、……仲間に入れてもらいたいけどそーゆーの言えないでひとりで頑張っちゃうタイプで、……一日十キロ二十キロ走ってもだいじょーぶなタフなからだしてるくせに内面は繊細で、かっこよくって、お腹の腹筋六つに割れてて、てか一介のサラリーマンのくせになんでそんな無駄に細マッチョなのって感じで、猜疑心も強いし、罪悪感も人一倍持ちがちで……」

 たった一度の裏切りが、なんだって言うの。

 そんなの誰だって一度ならず経験している。

 友情より恋を優先する利己的な自分に失望し、

 恋より友情を優先した自分に偽善を感じることだって。

「あたしは、そんな一臣さんが、好きなの」

 力いっぱい握ってしまう。

 あたしより大きくて冷たい、彼の手を。

「間違うことも後悔することも過つことも誰だってある。……後悔してんならその後を生き直せばいい。生きてる限り何度だってやり直せる。……ねえ蒔田さん。


 あたしにだって、あなたに近づいて傷つく権利は、あるんだよ」


 言って彼を、引き寄せた。


「……そんな、やわじゃないもん。あなたを愛して、傷つけられる自由を、あたしから奪わないで」


「……おい」

 誰に見られるとも分からんだろ、と彼を困らせるのもわかっているが、

 知ったこっちゃない。

 いま抱きしめなきゃ、絶対、後悔する。


 お母さんに抱きしめられる意味を、知らない。

 お母さんの胸で泣いた記憶を、彼は持たない。


 ――お願いだから、伝わって。


 過酷な育ちをしているのに、あなたは、誰のことも恨んじゃいない。

 それどころか、自分を捨てた、父と母を理解しようと、努力している。

 子どもに過酷な三様の事情を。

 し過ぎている。


 彼が憎悪するのは誰でもない。


 ――裏切った、自分自身だ。


 それまでに犯した過ちを凶器にして断罪し――以後犯すかもしれない未来に防波堤を立て、


 愛おしむ感情に蓋をし、自らを律することで、支えてきた。


 潔癖すぎる。

 脆弱すぎる。


 そんな自分の純粋さに、気づいて。


 ――震えている。

 小刻みに震えている、あたしのからだが。

 本当に震えているのは、あたしじゃなく――


「蒔田、さぁん……」

「どうしておまえが泣くよ」


 そう言う彼の声こそ涙声だった。

 強がりで意地っ張りな彼のことを、――


「泣いて、いいんだよ蒔田さん。自分を、許して……」


 すこしずつ入る朝日を彼の黒い髪越しに眺めながら、

 上空を飛び交うかもめの声と、潮騒の響きを聞きながら、

 彼が落ち着くまで――自分が落ち着けるまで、母性と愛情の赴くままに、抱きしめていた。

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