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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
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30.平成から来た男。その最期。(後編)




 二時間後、山崎の遺体を水葬することが決まった。

 実際に水葬するのは翌日の昼で、それまでは各隊士が山崎の前で合掌し、最期の別れを告げ、その死を惜しんだ。



 琉菜はその夜一睡もできず、夜通し甲板に出ていた。

 山崎に出会ってから今までのことが、走馬灯のように脳裏に蘇る。


 不思議と、涙は出なかった。

 実感が湧かない。何せ、同じ平成の世からやってきたのだ。SFみたいな、スピリチュアルみたいな、そういうことがあったって不思議ではない。

 琉菜は、約一年前に撮影したあの集合写真を取り出した。写真の中では、山崎も、井上も、藤堂も、楽しそうに笑っている。



 山崎さん、明日の朝、起きてくるんじゃないかな。

 ドッキリ大成功!心配したやろ~?なんて言って。



 写真を、飛ばされないようにぎゅっと握った。端に写っている山崎の顔が、くしゃっと歪んだ。




 次の日、甲板にはほぼすべての隊士が集合した。沖田も綿入れを着込んで最前列で近藤の弔辞を聞いていた。

 琉菜も沖田を支えるようにして立っていたが、


「……山崎くんは、諸士調役兼監察として本当によく働き……」


などと語る近藤の声は、琉菜の耳には入らなかった。



 山崎さん……起きて。

 今起きたら、みんなびっくりするよ。

 ドッキリ、の言葉の意味、あたしが皆に説明してあげるから。



 やがて、近藤の話が終わった。

 もちろん、山崎が息を吹き返すことはなかった。


 琉菜の願いもむなしく、いよいよ遺体を海に沈める時が来た。

 二人の隊士が、山崎を抱えあげ、船の縁まで運んでいく。


 やめて。

 そんなことしたら、山崎さんが本当に死んじゃう。


 無情にも、ドボン、という音がした。

 全員が沈痛な面持ちで海を見つめた。

 琉菜は思わず駆け出して柵から身を乗り出した。


 山崎さん……!



 声にならない叫びのあと、琉菜は今までためていた涙を一気に出した。



「ふっ……えっ……」


 膝の力が抜け、その場に崩れ落ちる。周りでは、不思議そうに隊士らが琉菜を見ていたが、そんなことには全く気づかず、琉菜は泣いた。


 やがて、琉菜の目が何かで覆われた。


 沖田が琉菜の顔を後ろから抱き締めるようにして、着物の袖を琉菜の涙で濡らしていた。

 琉菜は止まるどころかさらに泣き続けた。



 沖田さん、ありがとう。


 山崎さん、さようなら。


 山崎さん。

 本当に本当にありがとう。


 あたしは一生、山崎さんのことを忘れません。





 やっと泣きやんで視界がはっきりすると、琉菜は立ち上がって、沖田の方を向いた。


「沖田さん、ありがとうございます」琉菜は搾り出すように笑った。

「いえ」沖田はにっこりと微笑んだ。

「琉菜」


 土方の声に、琉菜は振り返った。

 厳しいが、少し哀れんだような表情を浮かべた土方は、やや言いにくそうにこう言った。


「なんでお前がそんなに泣くんだ?」


 琉菜はハッとした。

 山崎は監察。琉菜は賄い。

 もちろん、関わりがないわけではなかったが、土方の目に映るもの以上の関係性が二人の間にあったことなど、知る由もない。


 でも、もう言ってもいいよね。


 琉菜は他の隊士が徐々に船室に引き上げていくのを確認した。甲板には近藤、土方、沖田しかいない。


「山崎さんも、実は未来から来た人だったんです」

「はあ!?」三人は同時に素っ頓狂な声を上げた。


 ここで男装のことがバレてはまずいので、琉菜はある程度嘘をつくことにした。

 驚いて物も言えない三人を差し置いて、琉菜は話を続けた。


「前に、あたしが怪我したの診てくれた時に、教えてくれたんです。自分も未来から来たんだって。あたしと同じ時代の人なんです。それからは、いろいろお世話になってました」

「まさか……信じられない、本当に山崎さんが?」沖田が目を丸くした。

「確かに、皆でポトガラを撮った時、なんとなく慣れているような感じがしたが……」近藤が空を見つめながら思い出すように言った。

「それじゃあいつ、まさか探索して知ったことじゃなくて未来人として知ってることを報告してたのか?」土方も動揺を隠しきれていないようだった。

「……それはないと思います。山崎さんだって、大きな流れは知っていても、細かいことまでは自分の足で調べるしかなかったみたいですし。でも、幕府がここまで追い詰められるのを防げないかって、道を探していたみたいです。それでも、歴史の波には抗えなかった。山崎さんは、新選組の監察方として、精一杯生きたんです」


 皆、考えを整理しているらしく、しばらく黙っていた。

 だが、やがて三人は同時にわずかな笑みを浮かべた。


「最高の監察方ですね」沖田が言った。

「ああ。そうだな」土方も同意した。

「うん、何にせよ、山崎くんの働きが新選組に大きく貢献したことには変わらない」


 近藤はそう言うと、再び甲板の端に向かい、合掌して目を閉じた。琉菜たちもそれに続いた。



 山崎さん。

 安らかに眠ってください。


 

 手を下ろした瞬間、沖田が激しく咳こんだ。

 琉菜は慌てて沖田の背中をさすった。



「沖田さん!もう部屋で寝てた方が……」

「……はい……そうさせてもらいます」


 沖田は青白い顔でそう言うと、ふらふらした足取りで船室に入っていった。


 あんなに素直に布団に向かうなんて……

 もう笑って「大丈夫」っていう余裕もないの……?


「総司なら大丈夫だ」琉菜の顔を察知したのか、土方が言った。

「あいつはまだまだ死なねえ」


 どこからそんな自信が沸いてくるのか琉菜には皆目わからなかったが、不思議と説得力があった。


「近藤さん、あんたも海風は傷に障る。中に戻ってくれ」


 土方に言われ、近藤は「おう」と言って沖田に続いた。

 新選組局長と、新選組最強と言われた一番隊隊長の弱々しくなった背中を見送るのは、辛かった。


 いつのまにか、甲板には琉菜と土方の二人きりしかいなかった。


「で、山崎はお前の正体含めて全部を知ってたのか?」


 土方の問いに、琉菜は少し迷いながらも答えた。


「山崎さんは……あたしのために、本当にいろいろやってくれました。脱走の、手助けも……」


 琉菜は最後の方を小さく言った。

 土方は納得した、という顔で琉菜を見た。



「そうか……惜しいやつを失くした。山崎は、誠の武士だ」

「はい」

「お前も、つらいだろうがへこたれんじゃねえぞ」


 土方は素早くそれだけ言い残すと、足早に船室に入っていった。


 存外に優しい言葉をかけられ、琉菜は反応に困ったまま甲板に立ち尽くしていた。





 それから、富士山丸は順調に航海を続けた。

 山崎のように亡くなってしまう隊士もいたが、もともと軽傷だった者は徐々に回復し始めていた。


 甲板にはそうした隊士たちが集まり、回帰祝いだと称して夜通し盛り上がっていた。まるで宴会場のようである。少し遅めの「大晦日の宴会」みたいなものか、と琉菜は一緒に楽しむことにした。


 いつしか、舳先をステージ代わりに一発芸を披露する隊士らも現れ、琉菜はその様子をけらけら笑いながら見ていた。


「もう、笑うとあとで咳が出るから困りますよ」そう言いながら、沖田もくすくすと笑っていた。

「沖田さん、そんなこと言ってるようなら、中に戻りましょうよ」

「あとでそうしまーす」


 琉菜は呆れた、ということを表現したくて、これ見よがしに溜め息をついた。

 しかし、内心では元気そうに笑う沖田を見て、ほっとしていたのも嘘ではない。


――あれほど死に対して達観したやつもめずらしい


 そんなことを、江戸に帰った近藤は妻のツネに話したという。

 琉菜も同感だった。


 もう、きっと沖田さんは覚悟を決めたんだろう。

 だから笑えるうちに笑っておきたいんじゃないかな。

 だったら、無理矢理布団に戻すのは、やめておこう。

 今の体温が、三十七度五分を越えてても、越えてなくても。



 琉菜は一人微笑み、沖田の背中を優しくさすった。







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