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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
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25.THE LAST MATCH



 三日経った。


 琉菜は稽古着に身を包み、よし、と気合を入れた。


 元はといえば、この時のために剣道の練習をしてきたといってもいい。

 これで勝てなきゃダメなんだ。

 たぶん、土方さんはもう、この先あたしの勝負に付き合ってる暇はない。

 新選組は、これからどんどん忙しくなるから。

 これが、最後のチャンスなんだ。


 琉菜は自分の部屋を出て、大きく深呼吸した。


 京都の冬はとにかく寒い。

 琉菜は強い北風に身震いした。




 道場の前に立った琉菜は、ふう、と深呼吸した。


 こんな風に普通に稽古していられるのも、今日で最後なのかもなあ。


 そんなことを考えながら、バンッと大きな音を立てて勢いよく扉を開けた。


「来やがったか」隊士に指導していた土方は、琉菜を見てにやりと笑った。

「土方さん。お手合わせ願います」

「ああ。いいだろう」


 土方は隊士らの方を向き、大声で言った。


「稽古はやめだ!これから、ここで試合を行う。よく見とけよ」


 隊士たちが沸いた。

 彼らにとって、琉菜と土方の試合を見るのはおよそ二年半ぶり。  

 あれから稽古を積んだ琉菜の腕前はどんなものかと、全員がわくわくした顔で壁際に座った。


「琉菜さん」


 聞き慣れた声に、琉菜は振り返った。

顔色こそ最悪なものの、表情は明るい沖田が座っていて、琉菜に微笑みかけていた。


「がんばってくださいね」

「はい。絶対勝ちますから!」

「自信は、あるみてえだな」土方がにやりと笑いながら割って入ってきた。

「はい。今度はもう、負けません」




 琉菜と土方は防具をつけて道場の中央に立った。


「では、はじめ!」


 審判の永倉が言い、試合が開始された。

 しかし、琉菜も土方も互いに相手の動きを読もうと、派手な動きはせずに、じりじりと歩くだけだった。


 土方さんより、すばしっこさには自信がある。

でも、だからって闇雲につっこんで勝てる相手じゃない。

 

 しばらくして、埒が明かないと思った琉菜は、素早く振りかぶって面を狙った。

 土方はそれをさっと受け流し、琉菜の背後に回った。


「へえ、随分マシになったみてえだな」

「まだまだこれからですよ。手加減はしないでください。あたしも本気で行きますから」

「自分でそう言ったこと、後悔すんじゃねえぞ」


 次は、土方の方から仕掛けてきた。

 土方はすっと木刀を上段に構えた。

 普通、相手が上段に構えたら、胴があく。

 琉菜が胴を狙えば、土方は面を狙ってくるだろう。

 だが、琉菜もご丁寧に開けられた胴につっこんでいくほどバカではない。

 だから、土方の面を受け止めようと琉菜も面を狙った。

 が、土方は面を打つかと思いきや、さっと構え直して胴を狙ってきた。

 琉菜は危うく打たれそうになるところをさっと交わした。


 土方さんの方がやっぱり一枚上手なのかな。

 でも、あたしには、とっておきのフェイントがある。

 大変なことだけど、まずはなんとか勝負を引っ張って、ここぞって時に、それを使うんだ。


「琉菜ちゃん、本当に腕あげたよなあ」沖田の隣に座っていた原田が感心した。

「ええ。土方さんと立派に、互角に戦えてますね」沖田も微笑んだ。

「副長と渡り合える女がいるなんて……」

「琉菜さんって、本当にすげえ」


 そんなふうに、幹部も平隊士もみんなが舌を巻く中で、琉菜は次の手を考えていた。

 琉菜はさっと、素早く土方の背後にまわった。

 そうやってまわるが早いか、土方が振り返る一瞬の隙をついて、琉菜は振りかぶった。

 だが、琉菜の読みは甘かった。

 土方は、振り返る時でさえ隙は見せず、琉菜が振りかぶった時にはすでに土方も振りかぶっていた。


 そして、二人同時に打った。


 琉菜は面。

 土方は胴。


 ガンッと激しい音が二つ同時に鳴った。

 どちらかの一本が入ったはずだと、その場にいた全員が、ごくりと息をのんで永倉を見つめた。


「今のは、どちらも一本とするには浅すぎました」


 誰に聞かれたわけでもないが、道場内の雰囲気を察した永倉が首を振ってそう言った。

 普通、そうなれば勝負がつかなかったことに対するがっかりした声が聞こえてきそうなものだが、


「すっげえ!」

「副長と渡り合ってるどころじゃない……互角に戦ってるよ、琉菜さんは!」


 と、盛り上がる観衆なのであった。

 しかし、そんな歓声も琉菜にはほとんど聞こえていなかった。

 試合開始からすでに四・五分は経過しているだろう。

 現代では剣道の試合時間といえば、大体そのくらいだ。

 そろそろだな、と琉菜は思った。


「こっからです」琉菜は少し息を切らせながら言った。

「面白え」土方もはあはあと肩を上下させながら言った。


 琉菜はすっと刀を前に出した。

 そして、少し左下に傾けた。

 それだけのことなのに、道場中がざわざわし始めた。


「てめえ、いつの間に身につけた」土方の顔にほんのわずかだけ焦りの色が浮かんだ。

「ずっと前です」琉菜は短く答えた。


 この構えこそ他でもない、三日前に沖田につけてもらった秘密の稽古の成果である。

 天然理心流の構え・平晴眼。

 琉菜は今まで流派にこだわったことなどなかった。

 現代の高校の剣道部くらいでは、流派も何もない。

 そして、そのままこの時代で稽古をしていたのだから、それも当然である。「ずっと前」そう答えたのはもちろんハッタリだった。

 普段の実戦で足掛けやハッタリを使いまくっている土方に、この作戦を使うことに対しては、琉菜は何の罪悪感もなかった。


「じゃ、行きます」琉菜は静かに言った。


 土方も構えた。

 平晴眼に構えたら、そのあとは突きである。

土方も、それを見越し、間合いをあけて身構えた。

 琉菜はダダダッと数歩入った。

 土方は突きに備え、顔の前に木刀を構えた。

 だが、琉菜は突くと見せかけ、予想通り構えた土方の隙をつき、胴を思いっきり打った。

 土方もそれに気づき、急いで木刀の方向を変え、面を狙った。

 ガンッという音が、再び道場に響いた。


「しょ、勝負あり!」


 ややあって、永倉が叫んだ。

 琉菜は最後、土方に予想外の動きをされたので、絶対に打たれたと思った。  

 土方も、自信がなさそうに永倉を見つめた。


 沈黙が流れた。

 全隊士分の心臓の音が、聞こえてくるようだった。

 やがて、永倉はゆっくりと右手を上げた。


「胴あり一本!琉菜さんの勝ち!」


 再び沈黙が流れた。

 そして、一拍遅れた歓声が、道場中に響き渡った。

 全員が立ち上がり、拍手喝采していた。


「すげえや琉菜さん!」

「副長に勝った!」


 あたし、勝ったの……?  

 うそ、信じられない。だって相手は、新選組の鬼副長。

 でも、負ける気がしなかった。

 それで、あたし、勝ったんだ。

 すごい!我ながら!すごい!

 ついにやったんだよね!


 琉菜は満足気な顔をしながら、ゆっくりと防具を取り、頭に巻いていた手ぬぐいもとった。


「くそっ!」


 土方は荒々しく防具をとった。

 その声で、歓声がやみ、あたりはしんとなった。

 琉菜は悔しそうに唇をかむ土方を見て微笑むと、土方の前に正座した。


「土方さん、何度もあたしの勝負に付き合ってくれてありがとうございました」


 そう言って、深々と頭を下げた。

 何度も、は中富新次郎として戦ったものも含まれる。土方もそのことを察したのか、ふっと口角を上げた。


 その時、今までのことが走馬灯のように思い出された。

 初めて土方と戦ったこと。

 沖田に稽古をつけてもらったこと。

 二度目の敗北で、必ずもう一度戦うと約束したこと。

 中富新次郎として、男扱いの稽古を受けたこと。

 初めて真剣をふるって、人の命を奪ったこと。

 三度目のタイムスリップで人は斬らないと土方に誓ったこと。

 そして、今の勝負のこと。


 琉菜は俯いたまま、肩をわなわなと震わせた。

 感極まって涙が零れてくる。ぐいっと、稽古着の袖で拭った。

 土方はきまりが悪そうに琉菜を見ると、珍しくこんなことを言った。


「まあ、よくがんばった。まさか本当に俺に勝てる日が来るなんて思わなかったぜ」


 琉菜は顔を上げた。

 目の前には土方の顔。

 こんなに優しい顔をした土方を、琉菜は今まで見たことがなかった。

 端正な顔立ちが、よりいっそう際立っている。


「だが」土方は表情を元に戻した。

「実戦なら、俺が勝つ」



 まったく、ほめるか負け惜しむかどっちかにしてよね。


 琉菜は小さく笑みを浮かべて立ち上がった。


「あたしも負けません」

「どうかな」


 土方は防具置き場へと消えていった。

 今までただ黙って琉菜と土方のやり取りを見ていた隊士らが、わっと琉菜にかけよってきた。


「すごいですね琉菜さん!」

「あの鬼副長に勝つなんて!」

「しかも、副長が褒めるなんて俺初めて見たぜ!」

「土方さんにあそこまで言わせるとはなあ」

「ありがとうございます。みなさんが応援してくれたおかげです」琉菜は集まってくる隊士たちに笑いかけた。

「琉菜さん」


 試合が始まる前に聞いたのと同じ、柔らかい声が琉菜の名を呼んだ。


「沖田さん」


 琉菜は人ごみを掻き分けてきた沖田をじっと見つめた。


「おめでとうございます。ついにやりましたね」

「はい。沖田さんのおかげです。本当に、ありがとうございました」琉菜は深くお辞儀をした。

「私は何も。結局は、琉菜さんの実力じゃないですか」

「いえ、そんなこと……」

「何言ってるんですか。あんな土方さん、本当に珍しいんだから」


 琉菜も沖田もにこりと微笑んだ。

 隊士たちの歓声を、琉菜は満ち足りた思いで聴いていた。


 土方さんに、勝ったんだ。

 

 改めてそう思うと、いまいち実感がわかなかった。

 琉菜は自分の手をじっと見つめた。

 無数の竹刀だこが、それが夢ではないのだと証明していた。


 あたし、土方さんに、勝ったんだ。






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