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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
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21.戦いはこれから(後編)




 琉菜は、沖田の部屋に向かった。


「沖田さん、いらっしゃいますか」


 返事はない。

 おそるおそる襖を開けたが、中には誰もいなかった。


「うーん、案の定、か」


 琉菜は小さくため息をついた。

 昼間から沖田が自室で大人しくしているはずがなかった。


 稽古、巡察、はたまた甘味処めぐり。


 自分は元気で、心配はいらないのだと見せつけるように、沖田は精力的に動き回っていた。


 諦めてここは退散しようとした時、まさにその沖田が戻ってきた。


「琉菜さん……」


 沖田は驚いた顔で琉菜を見た。


 琉菜も、沖田に会いに部屋まで来たというのに、いざいるとなればどう反応すればいいかわからなかった。なにぶん、一週間以上沖田とは口を利いていなかったのだから。


「あの、薬を、お持ちしました」


 とりあえず要件だ、ということで琉菜はそう言った。沖田は怪訝そうな顔を浮かべ、冷ややかな目で琉菜を一瞥した。


「虚労散薬ですか。それ飲んで大人しくしてろって言うんでしょう」

「いえ……」

「言われなくても、少し休もうとは思ってますよ」


 沖田は琉菜を押しのけるようにして襖を開くと、羽織だけ脱ぎ捨て、布団も敷かず、着替えもせず、畳の上にごろんと寝転んだ。


「沖田さん、顔が赤い……」

「そりゃあ、巡察の後ですから」

「失礼します」


 有無を言わせず、琉菜は沖田の額に手をやった。


「熱があるじゃないですか!しかもすごく高い。ちょっと待っててくださいね!」


 琉菜はバタバタと部屋を出た。



 戻ってきた琉菜が手にしていたのは、桶に入った水、薬缶に入ったお湯。手拭い。それに、体温計。


「なんですか?これ」


 沖田は興味津々に体温計を見た。

 琉菜は電源を入れると沖田に手渡した。


「それを、脇に挟んでください。軽い熱なのか、高い熱なのか、それでわかりますから」


 こうですか?と言いながら沖田はもぞもぞと着物の中に手を入れると、体温計を挟んだ。しばらくすると、ピピッピピッという音がなった。


「そしたら、出して見せてください」


 沖田に手渡された体温計を見て、琉菜は溜め息をついた。


「三十八度五分。しばらくは、安静にしていてください」


 安静にしていてください、と言えば沖田が機嫌を損ねるのはわかっていたが、その体温計の数字を見たら反射的にそう言ってしまう。


「夕ご飯までのほんの一時(二時間)だけですよ」


 沖田は、存外素直に譲歩した。やはりいつの時代の人間も三十八度越えはつらいのだ。

 

 琉菜は布団を敷いてやり、沖田をそこに寝かせ、冷やした手拭い額に置き……とかいがいしく一連の看病をした。


「沖田さん、熱が下がったら、話したいことがあります。だから、夕ご飯までと言わず、寝られるだけ寝てください。消化にいいもの、別で持ってきますから」

「安静にしてろ、以外の話なら聞きますよ」

「冗談を言う元気はあるみたいですね」

「冗談じゃありません。それに、そう言うってことはやっぱり安静にしてろ、なんじゃないですか。もうすぐ土方さんや源さんが京を離れるんです。近藤先生のためにも、私がしっかりしないと」

「だから、その近藤局長から直々に安静にするように言われてるじゃないですか」 

「それはあなたの差し金でしょう。そも、たかだか賄いの琉菜さんが、近藤局長に意見するなんて……!」


 沖田は、ハッと口をつぐんだ。

 さすがに言い過ぎた、と思ったようだが時すでに遅し。

 

 琉菜はしっかりと心に傷を負っていた。


「あたしのこと、そういう風に思ってたんですね……。もう、いいです。勝手にしてください」


 琉菜は立ち上がって部屋を出た。



 堂々巡り。この前と、同じ展開。

 どうしていつもこうなってしまうんだろう。


 沖田が本心から言った言葉ではないことはわかっていた。そう、信じたかった。


 だが、琉菜は今度こそ、どんな顔をして沖田に会えばいいのかわからなかった。




 夕食の時間も終わり、後片付けをしていたところに、市村がやってきた。


「琉菜さん。沖田先生の部屋に行ってもらえますか?さっき、お粥を持っていったんですが、琉菜さんに話したいことがあるからって」


 先ほどのことがあったから、気まずい。

 沖田に会いたくない、と思ってしまう自分に、嫌悪感を抱いた。

 だが、もちろんこのままというわけにもいかない。

 せっかく沖田と話す機会を得たのだから、今度こそ事態を好転させなければ、と琉菜は沖田の部屋に向かった。



「先ほど、言い過ぎました。すみません。謝ります」


 沖田の第一声は、謝罪の言葉だった。

 申し訳なさそうに、布団から顔を出している。琉菜が置いたのとは違う手ぬぐいが額に置かれていたから、市村が看病したのだろう。


「いえ」琉菜はそれだけ言うと、次に言うべき言葉を探した。気まずい沈黙が流れる。

「琉菜さん」

「何でしょう」

「昼間、何を言おうとしたんですか?」


 言われて、琉菜は山崎の言葉を思い出した。「全部、伝えたらいい」と。


「沖田さん。まず、前提として、あたしは沖田さんに、少しでも元気で、長生きして欲しいと、思っています」


 そして、少しためらいがちに続けた。


「あたしは、沖田さんが何月何日に亡くなるかを知っています。ですが、こうして未来から来たあたしが関わることで、それが変わる可能性も、全くないとは言い切れません。もしかしたら逆に、それよりも長生きするかもしれません。つまり、沖田さんが、いつまで生きられるか、どう生きるのか、知っているようで全然知らないんです」


 琉菜は、沖田の前に薬を広げて見せた。


「これは、あたしが未来から持ってきた薬です。労咳そのものを治すことはできませんが、熱を下げたり、栄養を補給したり、そういうことには役に立ちます。見かけ上は、元気になれます」


 沖田の、目の色が変わった。今すぐその薬を飲みたいと、言っているように見えた。


「それは、本当なんですか?」

「もちろん、あたしは医者じゃありませんから、百パーセント……えっと、完璧に効果を保証できるわけじゃないです。でも、少なくとも虚労散薬よりは効くと思います」


 沖田が、くすりと笑った。沖田の笑顔を、琉菜は久しぶりに見た気がした。


「この薬を飲んで、見かけ上元気になって、沖田さんが稽古や巡察に精を出せば、病の大元はさらに活発になって、むしろ病気の進行が早くなるかもしれません。ええと。だから、結局」


 琉菜はぐっと口をつぐんだが、核心に触れた。


「決めるのは沖田さんです。このまま寿命を縮めてでも活動するか。安静にして、一日でも長く生きるか。もし、前者を選ぶなら、あたしはこの薬を使って、沖田さんを支えます」


 前者を選ぶことはわかっていた。だが、後者を選んで欲しい。祈るように、琉菜はぎゅっと目をつぶった。


「琉菜さん」


 沖田は体を起こし、琉菜を見た。ぱたり、と手ぬぐいを落とした。


「私は、元より明日をも知れぬ身です。この命続く限り、武士として、近藤先生のお役に立ちたいと思っています」



 沖田の答えは、変わらなかった。

 何度聞いても、同じ答えが返ってくるのだろう。


「ですが」


 という沖田に、琉菜は目を丸くした。


「一日でも長く、近藤先生のお役に立ちたい。私は……どうしたらいいですか?」

「沖田さん……?」


 それは、沖田が初めて見せる弱みなのではないかと、琉菜は思った。病は、体だけでなく、屈強なメンタルですら打ち砕くのか。


「未来では、労咳は治るのですか?琉菜さんは、治し方を知っているのですか?」

「未来では、労咳はほぼ確実に治ります。ですが、それは向こうの医者による治療がなければ、無理です。ただ」


 琉菜は、粉末のスポーツドリンクを手にとって見せた。


「栄養の取り方や、熱の下げ方については、この時代の医師よりも詳しい自信があります。あたしの考える、ベストな、最善の方法は、こうです」


 琉菜は、とうとうと話した。


 薬や氷嚢で熱を下げ、下がっている間は活動してもよい。全面的に、二十四時間布団にいろとは言わない。


 それでも、夜は早く寝る。

 栄養のある物を食べる。


 素人考えだが、やはり、それしかないのだ。


「わかりました」沖田は素直に頷いた。

「琉菜さん、一緒に戦ってくれますか?この病と」


 琉菜はにこりと微笑んだ。沖田の目が、なんだか子犬の目のように見えた。こんな時に不覚にも、「かわいい」と思ってしまった。


「もちろんです」


 沖田は、布団から手を出して、琉菜の手を握った。


「いろいろと、ひどいことを言ってすみませんでした」

「そんな、あたしの方こそ……」

「よろしくお願いしますよ、琉菜先生」

「はいっ」


 

 戦おう。病という敵と。沖田さんと、立ち向かおう。


 琉菜は、沖田の手をぎゅっと握り返した。


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