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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
73/101

18.蔵の中で(前編)





 隊士たちの驚きの眼差しを受けながら、琉菜は屯所に連れていかれた。


 琉菜はろくに土方の顔を見られなかった。


 忘れてたわけじゃないけど。

 今更ながら、新選組とあの二人は敵同士で。

 その二つを渡り歩いた。

 その行動の重みを、あたしは甘く見ていた。


 一度助けてもらった命を、もう一度与えられた新選組という居場所を、土方さんを、裏切ることをしちゃったんだ。





「で、なぜあそこにいた」


 土方は自室に琉菜を連れてきた。厳しい顔つきを緩める気配はない。

 土方の後ろには、近藤が残念そうな顔をして座っている。


「会いたかったからです」


 琉菜は結局、会っただけでやましいことはしていない。

 堂々と、本当のことを言おうと決めていた。


「お前は新選組の人間だ。それをわかって言ってるのか」

「わかってます。でも、あたしが会いたかったのは、別に、本当にただ会いたかったからで」琉菜はとりとめもなく言った。

「本当にそれだけか。なぜ会いたかったんだ」

「それは……その、あたしの世界では、二人とも歴史上の人物として有名ですから。もちろん、新選組もなんですけど。それに、お鈴さんのこと、聞きたかったんです」


 土方が信じていない、というような顔をしていたので、琉菜は坂本の言葉を思い出して、つけ加えた。


「もし、土方さんが戦国時代にタイムスリップしたら、織田信長に会わずにのこのこ帰ってこられますか?」

「そういう問題じゃねえだろう」

「そういう問題です。この時代に来たからには、あの二人に会っておかなきゃもったいないと思ったんです」

「あいつらは、敵だ」

「あたし個人にしてみれば、敵ではありません。あたしは単なる賄い方だし、この時代の人間でもないから、あの二人を敵視してないんです」


 土方は琉菜をにらみつけた。


「お前、本当に未来から来たのか?」

「な、今更何言ってるんですか?」

「今までお前はずっと長州の間者だったかもしれないだろ?」

「だって、一緒にポトガラ撮ったじゃないですか!この時代にあのクオリティの写真が撮れるとでも思ってるんですか?」

「くお……そうやって、わけのわからない言葉でごまかすんじゃねえ。あのポトガラの道具だって異国から取り入れたと考えれば辻褄が合う」

「どうして信じてくれないんですか!?」琉菜は立ち上がった。

「証拠がないからだ」

「だから、異国にだってあんなに進んだカメラがあるはずないんです」

「百歩譲ってお前が未来人だとしても……あいつらにこっちの内部情報や、ましてや未来の話をしてない証拠はない」


 とりつく島もない。

 何を言っても、信じてもらえないのか、という絶望感が襲う。

 だが、それでも琉菜はわかってもらおうと、決して新選組を裏切るつもりなどなかったのだと訴えたくて、食い下がった。


「あたしは、新選組の味方です。ここですら話してない未来の情報をあっちで話すはずがありません」

「さっき、あの二人を敵視してはいない、と言わなかったか?」

「そうです。だから、本当にただ会ってみたかっただけなんです。でも、新選組の人間としての分別くらいわきまえてます」


 土方は琉菜をただじっと見つめた。

 以前琉菜に切腹を宣告した時と同じような目だった。

 琉菜も、挑戦的に土方を見つめなおした。


「倉で謹慎だ」


 土方は立ち上がって障子を開けると、庭下駄をつっかけ中庭へと消えた。掃除をしていた平隊士を捕まえて戻ってくると、琉菜を倉までつれていくよう命じた。


「逃げるなよ」

「逃げません。土方さんに信じてもらえるまでは謹慎でもなんでも受けて立ちます」


 

 倉に行く途中、琉菜は頭が冷えてくるのがわかった。


 悪いことしたな。

 あたし、一言も謝ってないじゃん。

 あたしがいなかったら坂本さんたちを捕まえられたかもしれないのに。

 それはないか。坂本龍馬が新選組に捕まったなんて話聞いたことないし。


 でも土方さんはそれを知らないから。

 だからあんなに怒ってるんだよね。



 琉菜は倉に入れられ、外から鍵をかけられた。

 天井近くに、小さな格子窓があるだけで、光はそこからしか入ってこない。


 これじゃ謹慎じゃなくて監禁だよ。

 まあ、ここでゆっくり頭を冷やして、出たら土方さんに謝ろう。




「山崎」


土方が短く呼んだ。


「はい」副長室の奥の襖が開き、山崎が現れた。

「琉菜の言うことが本当か調べてくれ。今度は、ヘマするんじゃねえぞ」


 土方は最後の言葉を意味ありげに言った。

 山崎も、一度ついた嘘――中富新次郎が女ではないという嘘――を見逃してもらった身である。


「言われんでも。俺かて鬼です。もうあないな失敗はしませんさかい」山崎はにっと笑った。



山崎が姿を消すと、副長室の障子がガラッと開いた。


「土方さん!」

「なんだ、総司か」


 土方は短く言って沖田から目をそらした。


「琉菜さんを倉篭めにするなんて!あの人は、本当に未来人として坂本に会いたかっただけだと……!」

「聞いてたのか」


 沖田はぐっと唇を噛み、黙り込んだ。


「まあ、歴史上の人物に会いたかったっていうのは理由としちゃ十分だが」

「じゃあどうして!」

「あいつが密偵でない証拠はない。以前は違ったかもしれねえが、寝返ったという線もある」


 土方の言葉に、沖田は目を見開いた。


「琉菜さんを、斬るんですか……?」

「証拠が上がれば、な」


 沖田が珍しく動揺しているような様子なので、土方はにやりと笑った。


「どうした。前にいた女のことはそりゃあ冷静に斬ったくせによ」

「そう、ですよね。あはは」


 沖田は笑ってみせたが、目は笑っていなかった。


「失礼します」


 沖田は立ち上がって副長室を出た。





 あーあ、頭が冷えすぎてなんかもう何もかもどうでもよくなったっていうか……


 琉菜は倉の荷物によりかかってぼんやりしていた。

 他にやることはない。

上の格子窓から差す光の色で、朝なのか夕方なのか夜なのかということだけは判別できた。


 それによると、すでにあたりは暗くなっているようだった。


 前の謹慎は倉じゃなかったし、期間も決まってたからなんとかなったけど。

 今回のこれはつらすぎる。

 お腹すいた……


 あたし、いつ無罪放免になるのかな。

 いや、それとも、有罪、死刑……


「琉菜ちゃん、琉菜ちゃん」


 格子窓の向こうから声がした。

 バッと立ち上がると、原田と永倉がぎゅうぎゅうと顔をのぞかせていた。


「原田さん!永倉さん!どうしたんですか?」


 ついに解放の許可が下りたのかと琉菜は胸を躍らせたが、そうではないらしかった。


「琉菜ちゃん、腹減っただろ。握り飯持ってきたから、受け取んな」


 格子窓から原田の手が伸び、握り飯の包みと、次いで水の入った水筒がそろりと差し込まれた。


「ありがとうございます!」期待した知らせではなかったが、このままでは餓死しかねないので琉菜は喜んで差し入れを受け取った。

「みんな琉菜さんの無実を信じていますから」永倉が言った。

「もうちょっとの辛抱だからな。がんばれよ」


 おそらく土方に黙ってこっそり来たのであろう。二人はあっという間に姿を消してしまった。



 琉菜は握り飯を頬張りながら、ふと、無意識に考えないようにしていたことを考えてしまった。


 最悪の場合、やっぱり、切腹、なのかな……


 突然、その思いはリアルな実感として、琉菜にのしかかる。


 ここまで、何度も死ぬかもしれないという局面に当たったことはあったが、今度こそ本当に駄目かもしれない。

 死ぬのは、痛いだろうか。

 あの世というものは本当にあるのだろうか。

 未来で待ってくれている両親や友達はどう思うだろうか。



 そんなことを考え、絶望する琉菜であったが、さすがに気力体力も限界に達していたのだろう、いつの間にか眠ってしまった。



 そして、扉の向こうからのガチャガチャという音で、目を覚ました。


 何?


 どうやら朝になっているようだった。

 格子窓から日の光が差し込んでいる。

 音が止まると、扉がゆっくりと開いた。  

 久々に浴びる大量の光のまぶしさに、琉菜は目を閉じながら、扉を開けた人物を見た。


「沖田さん……?」


 沖田は倉の中に入ってきた。逆光で、顔がよく見えなかった。


「交代です。あなたは局長室に行ってください」

「交代……?」

「いいから」


 沖田の有無を言わせぬ様相に、従うしかなかった。

 自分は無罪放免になったのだろうか。

 ただ、交代という言葉が気になった。





「近藤局長、琉菜です」琉菜は局長室の前に座って、声をかけた。

「ああ、入りなさい」


 琉菜は障子を開けて局長室に入り、近藤と土方を前に座った。


「すみませんでした。あんなところに閉じ込めて」近藤が優しく言った。

「いえ……あたしこそ、申し訳ありませんでした。後先考えずに、あの二人が敵だってことの重さを考えないで、軽はずみな行動を……」

「でも、歴史上の人物に会いたかったという気持ちはわかりますよ」近藤がなだめるように言った。

「考えたのですが、歴史を変えないように普段ここで未来のことをしゃべらないようにあなたは努力している。それなのに、坂本たちのところで急にこちらの内部情報や未来の話をするわけもないだろうと思いましてね」

「だから、それはこいつが本当に未来人だったらの話だろ?」横にいた土方がぶすっと言った。

「今回は近藤さんと総司に免じて許してやったんだ」

「……どういうことですか?」


 土方はにやりと笑った。


「昨日の夜総司が俺の部屋に来てな。言ったんだ。総司がお前を密偵として坂本のところに送りこんだのだ、と。罰するなら、勝手な行動をした自分を罰しろとな。もちろん、嘘だ。あいつはすぐ顔に出るからな」


 え……?

 どういうこと?


「だから、お望みどおり謹慎処分を下した。そして、嘘をつき勝手な行動をした咎で、明日切腹になる」


 琉菜は何がなんだかわからなかった。

 そんなことをしたら歴史が変わる、などと真面目なことを考える間もなく、琉菜は本能のままに立ち上がった。


「どうして沖田さんが死ななきゃいけないんですか!?嘘ぐらいついたっていいじゃないですか!土方さんだって、あたしのこと、未来から来たって言わずに、中富さんの妹だって、みんなに嘘ついてるじゃないですか!」

「それは、他の隊士に未来のこと質問攻めにされたら困るからだ。だが、総司の嘘は完璧な私情だ。あいつだって、切腹は覚悟の上で言ってるだろうよ」


 なんでよ、沖田さん……!

 命を懸けてあたしを助けてくれたっていうの?

 あたしには、そんな価値ないよ……!!


「沖田さんを、助けてください」琉菜は藁にもすがる思いで言った。

「じゃあ、代わりにお前が腹を斬るか?」


 そう言われ、琉菜の頭からはすべてが吹っ飛んだ。


「斬ります」


 もう後戻りはできない。

 命がけで自分を救ってくれた人を救うのに、命以下のものをかけるなんて失礼だ。と、純粋に思った。

 自分の命で沖田が助かるなら、安いものだと、誇りを持って死んでいける、と。


「本当か?」

「はい」


 琉菜の強い目に、土方はふっと微笑んだ。


「じゃあ、今斬れ」


 突然のことに琉菜は面食らったが、「構いません」と言ってのけた。


「近藤さん」土方がそう言うと、近藤は琉菜に自分の刀を差し出した。

「近藤勇の刀で死ね。介錯は俺がやる」


 琉菜は刀を受け取り、正座した。


 土方は自分の刀を取り上げ、琉菜の背後に立った。


 琉菜は近藤の刀をまじまじと見た。

 心臓の音がやけに大きく聞こえた。


 これが、切腹。

 

 琉菜は覚悟を決めたように息をつき、スラッと鞘から抜いた。


 ドクン ドクン ドクン


 さよなら、みんな。


 そして、切っ先を自分に向け、自分の腹めがけて刀を引いた。


 が、切っ先が腹に触れた瞬間、琉菜は動きが止まるのを感じた。

 琉菜の手首が、土方につかまれていた。


「それでいい」


 琉菜はわけがわからなかった。

 とにかく、力が抜けて刀を取り落とした。


「ひ、人がせっかく……!!」

「何言ってんだ」土方は琉菜が落とした刀を拾い上げて、鞘に納め、近藤に返した。

「トシ、これでいいだろう」

「ああ」


 琉菜はきょとんとした。

 肩の力が、一気にぬけた。


 あたし、助かったの?

 死なないでいいなら、それに越したことはないけど、でも、なんで?


「総司が命懸けで守った女が、それに値しないやつなら、総司は女を見る目がなかった、士道不覚悟ということで切腹にするつもりだった」土方が厳しい口調で言った。 

「要は、私たちに『琉菜さんに免じて許そう』と思わせられるかということですよ」近藤が付け加えた。

「それに、本当に密偵だったら琉菜さんは今ごろ脱走しているでしょう。それでも、こうしてここにいる。それで十分です」

「そういうわけだ。この件に関しては、総司も琉菜も無罪放免。だが、忘れるな」土方は琉菜をらみつけた。

「今後の山崎の報告次第では、お前を斬る」


 琉菜は土方をじっと見つめ、頷いた。

 土方はにやりと笑った。


「ほら」懐から出した何かを土方は琉菜に放り投げた。


 琉菜は慌ててそれを受け取った。


「倉の鍵だ」


 琉菜は呆然と鍵を見つめた


「ありがとうございます」


 それだけ言うのが精一杯だった。すくっと立ち上がると琉菜は急いで局長室を出た。



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