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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
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29.脱走、そして平成へ




 そして、夜になり、満月は上った。


 庭に出て外の様子を伺うと、強い風が琉菜の髪を撫でた。風に乗ってふんわりと甘いような、花のような匂いが漂ってくる。


 気のせいじゃなかった。

 前に神風が吹いた時も、こんな匂いがした。

 やっぱり、あたしはこれから未来へ帰る…!


 琉菜は、他の隊士らが寝静まるまでは大人しくしているつもりだったので、とりあえずは、いつものように布団に入った。


 こういう時、時間は恐ろしくゆっくり流れる。

 今が何時頃かわからなかったが、2時間くらい経ったと琉菜は思った。やがてタイミングを見計らうと、むくりと起き上がり、周りを見回した。

 みんな眠り込んでいて、大部屋の中にはいびきが鳴り響いている。


 琉菜は隊服を羽織った。以前の琉菜は、なぜ中富がわざわざ目立つ隊服を着て脱走したのかさっぱりわからなかったが、今ならわかる。これだけは、自分が新選組隊士であった唯一の証拠。派手すぎるからと今となっては隊内で着る者は誰もいなかったが、平成の世に生まれた琉菜にしてみれば、これこそが新選組の象徴。持ち帰らない手はない。


 琉菜は周りの者を起こさぬよう、静かに立って障子を開けた。

 部屋を出る前に、眠りこけている仲間の隊士らを振り返る。


 ありがとう、みんな。

 いろいろ迷惑かけたこともあったよね。ごめんね。

 でも、1年半すごい楽しかったよ。

 またみんなに会いにくるまで、死なないでね。

 どうか、元気で。


 琉菜は部屋を出、障子をカタンと閉めた。


 よし、このままさっさと屯所を出て…


 琉菜は足音が響かない限界で歩みを速めた。

 だが、早速琉菜の脱走劇には障害が立ちふさがった。


「中富さんじゃないですか。こんな遅くにどうしたんです?」

「お、沖田先生……先生こそ、どうしたんですか?」


 あろうことか、琉菜の目の前に現れたのは沖田総司その人であった。


 ヤバい、ヤバいヤバい!!

 なんとかやり過ごさなきゃ。切腹になっちゃう!


「厠ですよ」沖田は何気無い調子で言った。

「そうなんですか。オレも厠です」琉菜はできるだけ普通な様子を装った。


 落ち着け、あたし。

 歴史が変わらなければ、無事に脱走できるんだから!

 しかし、沖田の次の質問はそんな琉菜の落ち着きをいとも簡単に揺さぶった。


「何故隊服を?」


 ですよね。

 こんな時間にこの浅葱の隊服着てうろうろしてたら怪しすぎる…!

 えっと、えっと、


「…っと、寒いんで」

「で、隊服ですか?」

「はい。これが一番ちょうどよくて。暑すぎず寒すぎず…すいません、寝間着なんかに」


 沖田はくすくすと笑った。


「…中富さんは本当に面白い人ですね」


 沖田の笑顔に、半ばパニックになっていた琉菜は「沖田先生も十分面白いですよ」という頓珍漢なことを言ってしまった。とにかくこの場を去らなければということで頭がいっぱいになる。


「それじゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 琉菜はその場を離れ、怪しまれないよう屯所の門とは反対にある厠の方へ向かった。


 沖田は琉菜の後ろ姿をじっと見つめ、ぽつりとつぶやいた。


「…隊務に私情は交えないって決めたはずなんですけどね」


 沖田はふう、と息をついた。


「まあ、丸腰だし本当に厠かもしれませんけど…」




 ヤバかったー!

 バレて…ないよね?

 ごめんなさい、沖田さん。

 あたしには、あなたと同じ隊服を着る資格なんかありません。

 でも、これさえあれば、あたしが新選組隊士として生活したのは夢じゃないって、そう思えるから。

 この羽織に袖を通すのは今日で最後にします。

 だから、わがままを、お許しください。


 最後に会えてよかった。


 さよなら、”沖田先生”。

 次に会えたら、琉菜として、沖田さんって呼べたらいいな。


 琉菜は、壬生の屯所を後にした。




 全速力で走れば、時の祠までは15分程度。

 たった15分、されど15分。

 夜の闇の中でも身軽に走れるよう、琉菜は未来から持ってきていたスマホを懐に忍ばせていた。本当は沖田たちと写真でも撮れればと思って持ってきていたが、ずっと中富屋で預かってもらっていたために一度も使うことはなかった。


 ぼんやりとした明かりで辺りの様子を確認しながら、琉菜は走った。人の気配がしたらすぐに消せるように、スイッチに指をかけておくことも忘れない。


 確か、あの時兄上は夜勤の八番隊に見つかって逃げたって…。

 歴史が変わらないっていうんなら、どこかで出くわしちゃうはず…。


 神様というのはすんなりと願いを叶えてくれるものではない。

 数分走っていると、前方から人の声が聞こえてきた。警戒し、耳をすませる。すると、すぐそこの角から見知った顔の新選組隊士がぞろぞろとやってくるところだった。


 琉菜はさっと明かりを消し、身を隠せる場所を探そうと立ち止まった。が、


「誰だ?」と、藤堂の声がして、見つかってしまった。


 よりによって琉菜は隊服を着ていたので、怪しまれたに違いない。明るい浅葱色の羽織は、街灯などないこの時代の夜道でも比較的目立つ。やがて、隊士の一人が提灯を掲げると、藤堂と他の隊士が見えた。


「中富…さん?」藤堂が呟いた。

「こんなところで何を…」

「あはは…散歩?なんちゃって。……すいませんっ!」


 琉菜は踵を返し、ダッと駆け出した。


「あ!」

「おい待て!」

「澤谷さんと奥野さんは屯所に知らせに行ってください。あとは私についてきて!」

「承知!」 


 てきぱきと出された藤堂の指示に、隊士らは従った。


 その間に琉菜は全速力で時の祠に向かって走った。

新選組で鍛えたおかげで、残りの道のりを走るのに十分な足腰はある。

 だが、追ってくる隊士らも、未来人の琉菜とは比べるべくもない脚力の持ち主。琉菜と追っ手の隊士との距離は徐々に縮まっていた。


 このまま走ってたら、いくらなんでも力尽きちゃうよ。

 時の祠の中に消えるとこなんか見られたら絶対ヤバいし。


 琉菜は小さな裏路地に入った。

 人ひとりやっと通れる幅だ。

 ふと、上を見上げる。


 …いけるかな。


 琉菜は近くの長屋の壁に立てかけられていた木材をよじ登り屋根に乗った。


 よし。

 

 琉菜は屋根の上から下にいる隊士らの様子を見た。


「くそっ!いない!」

「とにかく、少しずつ分かれて探しましょう」


 藤堂の指示で全員が散った。

 琉菜もそこに長居はできないと思い、屋根伝いに進んだ。

 その時、下から声がした。


 そっと覗くと、数名の平隊士が頭巾をかぶった男を取り囲んでいた。よくは見えないが、どうやらかなりみすぼらしい格好をしているようだ。


「そこの乞食こじき、浅葱色の派手な羽織を着た男を見なかったか?」

「へぇ。そん人なら目立つ格好やったさかい、よう覚えてはりますわ。さっきあっちに行かはるんを見ましたで」


 乞食は全くデタラメな方角を指した。それは、時の祠がある方とは真逆の方向であった。


「かたじけない」


 隊士らはそう言って、乞食の指した方へ走った。


 この声、もしかして…


 琉菜が乞食を凝視していると、乞食は右手の親指を立てて、腕を高く上げた。

 そんなサイン、この時代の人間が知るはずはないのに。


 琉菜は一瞬目を丸くし、それからふっと微笑むと、再び屋根伝いに移動した。


 ありがとうございます、山崎さん。





「やっと着いた」


 琉菜は時の祠の前に立った。

 迂回したり屋根の上を忍び足で移動したりしたから、思ったよりも時間がかかってしまった。


 今ごろ、藤堂さんたち探し回ってるのかな。


 みなさん、本当にごめんなさい。

 新選組一番隊隊士中富新次郎は、ここで死にます。

 また来た時は琉菜として、よろしくお願いします。

 まあ、上手くいけば、の話だけどね。


 琉菜は石段をゆっくりと上った。

 そして、右足、左足と鳥居の向こうに踏み出した。


 ビュウッと吹いた強い風に、思わず目を閉じる。

 風は、更に激しく吹き荒れた。




 琉菜は目を開け、振り返って鳥居の外を見た。

 目の前には無機質なブロック塀や電柱が見える。道はコンクリートで舗装されている。


「よし…!」


 琉菜は小さく言った。


 戻ってきたんだ、平成に。


 懐から出したスマホの電波をONにすると、たまっていたアプリの通知がひっきりなしに表示されていった。そして、こちらで時の祠をくぐった時に止まっていた時間の表示も動いた。道理で暑いと思ったら、季節は初夏であった。

 時間は深夜3時。空は暗かったが、街灯やビルの明かりで、辺りは比較的明るい。幕末では考えられなかった明るさだ。


 琉菜は自宅のある方向に向けて歩き出そうとした。だが、


 ちょっとくらい、寄り道したっていいよね。


 と考え直し、琉菜はそのまま、壬生に向かった。


 屯所にしていた前川邸も、向かいの八木邸も、当時の建物は一部しか残っていないが、車1台通るのがやっとな道幅や、この時間特有の静けさは幕末と変わらない。そして、壬生寺は、あの時とほぼ同じ姿で琉菜を迎えてくれた。


 琉菜は境内の石段に座り、何をするでもなく月を見上げた。


 刀は、置いてきた。

 新選組隊士に戻ることは二度とない。

 例え次に幕末に行くことがあっても、もう人を斬ることはできない。

 琉菜はそう決めていた。


 それから、唯一持ってきた隊服をじっと見つめると、その袖に顔を埋め、琉菜は泣いた。


 琉菜である、と名乗って沖田たちに再会できなかった悔しさ。

 事実、人を斬った、ということへの罪悪感。

 次にまた、時の祠をくぐって幕末に行けるのかという不安。


 様々な感情が押し寄せ、琉菜は隊服の袖をどんどん濡らしていった。


 いつの間にか、空が白んできていた。

 もうすぐ朝なのだろう。


 琉菜は立ち上がって、目頭に残った涙をぐいっと拭うと、壬生寺を出、家路を急いだ。


 通りに人気はなかったが、今の自分の格好を誰かに見られてはまずい。

 いざとなったら、新選組が好きすぎてコスプレしてます、ということもできるにはできるが、そんな格好をして歩くには朝が早すぎるし、何より髪型も本物の髷である。見つからないに越したことはなかった。


 そうして朝日が完全に上りきった頃、琉菜は自分の家の前に到着した。


 うちに帰るの、久しぶり。

 お父さんとお母さん、この格好見たらなんて言うかな。


 ひとつ深呼吸をして、ドアに手をかけた。


「ただいまーっ!」

これにて、第2章完結です!お付き合いいただきありがとうございました!「活動報告」で長めの後書き書くつもりなのでそちらもぜひ!

第3章は2019年1月連載開始予定!(あくまで予定です)

それまで覚えていていただけたら嬉しいです!感想もお待ちしています!

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