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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
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25.作戦其の二

 作戦其の二。


 迷子になるであろう琉菜を探しに、行かないこと。

 成功すれば、琉菜の小さな歴史は変えられることになる。  

 手紙の件は相変わらず謎に包まれたままであったが、どちらにしても今琉菜が集中すべきはこの作戦である。


 幸か不幸か、琉菜は屯所にいる間ほとんどずっと頭痛に見舞われていたため、仮病で稽古を休んでも罪悪感がなかった。

 とにかく、今日は一歩も屯所から出ない。

 あちらの琉菜がどうなろうと知ったことではない。


 そう決め込んで、琉菜は平隊士の大部屋の隅に布団を敷き、横になっていた。

 稽古や巡察で部屋にはほぼ誰もおらず、非番の隊士が将棋をしたり本を読んだりしている程度であったから、大部屋は至って静かであった。


 もうこのまま今日は眠り続けてしまえ、と琉菜は頭まで掛布団をかぶって目をつぶった。


 この数日間で、わかったことがある。

 琉菜の頭がズキズキと痛むのは、もう1人の琉菜が近くにいる時だけだ。


 事実、中富屋にいる時や、自分が巡察に出ている時、反対に賄いの琉菜が買い物で外出している時は、頭痛は和らいでいた。


 レーダーかよ…


 そんな誰も笑ってくれない冗談を脳内でつぶやき、琉菜は眠りに落ちようとした。が、


「中富」


 障子が開き、琉菜は眠りを邪魔された苛立ちから、声の主を睨んだ。


「具合、どうだ?」


 木内が、手に紙袋と酒瓶を持って立っていた。紙袋には「石田散薬」と書いてある。

 石田散薬というのは、土方の故郷・日野で作られていた土方家秘伝の薬である。

 土方が日野にいた頃はこの薬を行商して歩いていた、というのは琉菜のような平成の新選組オタクにとっては常識であった。


「今、お前のせいで具合悪くなった」琉菜は木内を見上げた。

「そか。悪ぃな。ホラ、副長にこれもらったから飲めよ」木内は全く申し訳なくなさそうな様子で言うと、石田散薬と酒瓶を差し出した。

「これ、打ち身挫きに効くってやつだろ?オレは今頭痛がひどいんだ」

「『頭痛だろうが打ち身だろうが痛みには変わりねえ。さっさと治して稽古に参加させろ』って副長が」


 けろりとして言う木内に対し、「ったく、ほんとに鬼副長だな…」と琉菜は悪態をついて見せた。


「今のは聞かなかったことにしてやるよ。バレたら切腹だかんな」

「そりゃどうも」


 琉菜はごくりと唾を飲んだ。


 これが、噂の石田散薬…

 まさか本物を飲む日が来るなんて…

 ええいっ!これでさらに体調悪くなってやる!


 琉菜は薬を口に含み、酒瓶から酒をラッパ飲みした。


「にっっげぇぇぇ」


 思わず吐き出しそうになったが、ごくんと飲み込み、せめてもの抵抗で舌をべろりと出した。


「ところで、お前琉菜さん見なかったか?お鈴さんが探しててさ」


 木内の口から「琉菜」という言葉が出た違和感に琉菜は一瞬ヒヤリとするものを感じたが、すぐにそんな発言も今やごく当たり前のことであると思い直し、「見てねえけど」と答えた。


「お前、やっと会えた妹だろ?なんでそんなにあっさりしてんだよ」

「いや、正直、覚えてないっていうか、妹なんかいたんだっけってオレの方がびっくりしてるくらいでさ…」


 あはは、と取り繕うように笑うと、琉菜は頭痛が癒えていることに気が付いた。


 それは決して石田散薬の効能ではなく、賄いの琉菜が屯所から出て遠ざかっているからであろう、と察しがついた。

 予感は的中し、まもなく鈴が現れた。


「中富はん!琉菜ちゃん見てへん?」

「見てないですけど。どうかしたんですか?」

「どこにもおらんのよ。屯所の中におらんいうことは、外に出たんやろか。まだこの辺りの道わからんと思うし、道に迷うたら大変や」 


 鈴は本当に心配そうな顔でそう言った。


 ありがとう、お鈴さん、そんなにあたしのこと心配してくれて。

 間者だったのは間違いないけど、やっぱり根は優しくていい人なんだよね。

 そう信じたいなぁ…。


「中富はん、悪いんやけど、一緒に探してくれへん?」


 来た!

 断るんだ、今度こそ…!


「すいません、今石田散薬飲んだら余計頭クラクラしてきちゃって…」琉菜はげっそりしている風を装った。

「お前、自分の妹だろ?探しに行ってやれよ」


 ああもう木内は黙ってて!


「んなこと言ったってしょうがねえだろ」


 薄情と思われてもいい。

 今度こそ、作戦を成功させるんだ!


「せやったら仕方あらへん、木内はん、お願いでけへんやろか」


 お鈴さん、ナイス!


「わかりました。たぶん、そんなに遠くには行ってないでしょうし」


 木内は部屋を出て行き、鈴は「中富はんも早く元気にならんとあきまへんな」と言って琉菜から酒瓶を引き取ると木内に続いて部屋を出ていった。


 お鈴さんに嫌われるのはしんどいけど…

 あっちのあたしが嫌われなければそれでいいや…


 それより、もしかして…

 これって、作戦成功?歴史変わった? 

 

 琉菜は再び静かになった空間で体を横たえ、バクバクと音を立てる心臓の音を聞いていた。


 歴史、変えられるの…?

 それじゃあ、上手くいけば、沖田さんを助けられる…?

 もしかしたら、山南さんも、お鈴さんも、間に合う…?

 山崎さんだって…


 次から次へと、考えが浮かんできた。

 山南も、鈴も救えたら。沖田も救えたら。

 もっと言えば、その先に待ち受ける数々の新選組隊士の死でさえ、防ぐことができたら。


 どうしよう…

 本当にそんな大それたことできるの?

 でも、どうやって?

 どこのエピソードをいじれば、歴史を変えることができるの?


 そのことで頭がいっぱいになった琉菜であったが、再び木内が自分を呼ぶ声がして、琉菜はハッと我に返った。


「なんだよ木内、あいつ探しに行ったんじゃないのかよ」


 木内に背を向けていた琉菜は、気だるそうな動きで起き上がった。


「って、え…?斎藤先生も?」


 目の前に立っていたのは木内だけではなかった。隣にはまったく感情の読み取れない顔をした斎藤が立っていた。


「探しに出ようとしたら斎藤先生に会ってさ。やっぱり兄貴のお前が探した方がいいだろって」


 琉菜は斎藤を見た。

 そして、風船が割れるように、今しがたよぎった様々な希望が打ち砕かれるのを感じた。


「行くぞ、中富」 

 

 有無を言わせない様子の斎藤に、琉菜は黙ってついていくしかなかった。






「あれは、本当に未来から来たのか」


 屯所を出ると、開口一番斎藤は琉菜にそう尋ねた。

 この話がしたかったから、直属の部下である木内ではなく、わざわざ琉菜を連れだしたのであろうと、納得がいった。


「本人はそう言ってますよ。確かに、見たこともないような道具を持ってましたし。第一、オレに妹なんていませんし」


 斎藤は、「そうか」と短く答えた。


「まあ、信じられないのも無理ないっすよね。オレも、あの道具見せられたっていうのと、あいつがオレにそっくりだから、確かに血のつながりがありそうだっていうので、無理矢理そう思ってるっていうか」


 その時、またしても琉菜の脳裏にあの現象が起こった。

 頭痛と共に、「映像」が頭の中で上映される。

 映像の中で、琉菜は町はずれに立ち、あたりを見回していた。


『やばい、マジで迷った…。携帯で…連絡…取れるわけないよね…』


 そんな独り言を言っている。


 映像の中の風景から、今やすっかり土地勘もついた琉菜は、そこがどこなのかなんとなくわかった。

 斎藤は黙っている。

 琉菜は、作戦の軌道修正をしようと、こう言った。


「どの辺り探します?なんとなく、オレの勘だと、こっちですかね」


 あちらの琉菜には悪いが、「見つからなかった」もしくは「別の誰かが見つけたことで屯所に帰った」ということになれば歴史は変わる。「オレの勘」はもちろん、的外れの、あさっての方角を示した。


「いや、こっちだ」


 斎藤は妙に自信ありげに琉菜が指した方とは真逆の方角を指した。


 なんなんだ、その勘は…!


 今日ほど、斎藤の鋭さを恨んだことはない。

 やはり抵抗できず、琉菜は正解の方面に歩いていく斎藤にとぼとぼとついていった。


「未来というのは、どんなところなんだろうな」


 おもむろに言う斎藤に、琉菜は目を丸くした。

 久々に、だが何度も聞いたその質問に、琉菜は面食らって黙りこくった。だが、やがて


「そのうちあいつに聞いてみたらいいんじゃないですか?」


 と、自然な流れで提案した。


 そうして歩いているうちに、遠くに女が1人、不安げにあたりをキョロキョロと見回しているのが見えた。


 山崎さん、やっぱり作戦2も失敗みたいです。


 琉菜は観念して、自分にそっくりな女、もといもう一人の自分に声をかけた。


「いたいた!ったく、探したぞ」

「なか…あ、兄上!」


 近づくと、女は心底ほっとしたような顔をした。琉菜はまた一段と頭が痛くなるのを感じた。


「お鈴さんが心配してたぞ。お前が急にいなくなったから…」

「どうしてここが?」

「勘だよ、勘。ま、一応お前はオレの子孫だし?思考回路が似てるんだな、きっと」


 それを聞いて、明らかに目の前の琉菜は慌てたような素振りを見せた。


「ああ、大丈夫だよ。斎藤先生は事情を知ってるから」

「斎藤先生…?」

「そ。三番隊の組長、斎藤一先生。散歩がてら一緒に来てくれたんだ」

「そうだったんですか。わざわざありがとうございます」


 女の方の琉菜はぺこりとお辞儀をした。


「それにしても、お前こんなとこで何してたんだ?」琉菜は自分に尋ねた。

「その…帰る手がかりを探そうと思って」

「未来にか?」

「はい、あたし、不思議な祠の鳥居をくぐったらタイム…ここの時代に来ちゃったんで、その祠を見つければ何かわかるかもって思ったんですけど、探しに出たら道に迷っちゃって…」

「で、その祠は見つからずじまいか…」琉菜ははあ、とため息をついて呆れた表情を見せた。

「はい、あの時は闇雲に歩きまわってばったり沖田さんとお鈴さんに会って新選組に行ったんで、記憶が…」

「祠は逃げねえんだから、もうちょいこのあたりに詳しくなってから探せよ。オレらが来なかったらお前屯所にも帰れねーぞ」

「はい…すみませんでした」

「ま、とりあえず無事みたいだし、帰るぞ」


 そっくりな男女と、無表情な男、そんな奇妙な三人組は屯所への道を連れだって歩いた。


「未来がどんなところかは知らないが、ここはあんたが思ってる以上に物騒だぞ」


 斎藤がポツリと言った。


 この時代に来たばかりの琉菜はキョトンとした顔をしていたが、今の琉菜にはこの言葉の重みが痛いほどわかる。


 そう。

 この物騒な時代に、物騒な京都で、あたしは男装して侍気取って、人を斬ったんだ。


 それももうすぐ終わり。

 未来に帰って、女に戻る。


 琉菜の中でくすぶっていた、しかし目を背けていた思いが首をもたげた。


 沖田さんは、「武士は同じ武士であれば斬っても構わない」って言ってた。

 それはわかる。

 沖田さんも、新選組のみんなも、武士として、守るもののために、志のために、人を斬っていて。

 武士だから、お互い様だから、斬ることも厭わない。


 でも、あたしは…?

 少なくとも今は、武士、武士もどき、武士として、人を斬ることに迷いはない。

 池田屋でもたくさん人を斬って、怪我させただけじゃなく、殺してしまった。


 そう、それもこれも、「自分は武士だから」と思うことで、精神のバランスを取ってた。


 でも、女に戻ったら…


 あたしは、ただの人斬りで、殺人犯なんじゃないの…?


 両手が、わなわなと震えた。

 しっかりしろ、と自分に言い聞かせた。


 それでも、視線は自分の腰の刀に向かった。

 この1年あまりですっかり見慣れた腰の刀が、ぐにゃりと曲がって見えた。


「中富?」


 斎藤に声をかけられ、琉菜は不自然に大きい声で「はいっ!?」と返事をした。


「やはり、体調が優れないようだな。戻ったら、少し休め」

「すみません、そうさせてもらいます」


 そうは言っても、もはや酒に逃げてしまえという気持ちで、その夜開かれた「賄いの琉菜の歓迎会」に琉菜は参加した。

 これを断れば「作戦3」として成功したのかもしれない、という一抹の後悔もよぎったが、頭痛と、はっきりと意識してしまった思いへの恐怖が、判断力を鈍らせた。


 そして別の意味で、琉菜は「歓迎会」への参加を後悔することになる。

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