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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
43/101

17.静かな夜

 池田屋事件の次の日。

 屯所にやってきた医者の前には長蛇の列ができた。


「痛ってえぇっ!」


 琉菜は腕に塗られた薬がしみるので顔をしかめた。


「アホやな、こないに深い傷で戦うやなんて!」


 医者に怒鳴られ、琉菜は小さくなった。


「す、すいません…」

「ひょっとしたら、傷跡残るかもしれへんなぁ」

「で、でも、一応治りますよね?」

「当たり前や。ほれ、あんたは終わり。次がつかえとるで」


 琉菜は左腕をさすりながら列を抜けた。


 屯所には相変わらず病人が多く、昨日増えた怪我人もいて、健康な者や軽傷を負ったものは、その世話に追われた。琉菜は左腕に傷を負ったが、幸い軽傷の部類に入るものであった。


「沖田先生、具合どうですか?」


 琉菜は薬と食事を持って沖田の部屋に入った。

やはり彼は池田屋で倒れたが、結核によるものではなかったようだ。少なくとも、吐血した気配はない。


「やだなぁ中富さん。もう大丈夫ですよ。単なる風邪ですから」

「そうみたいですね。先生が元気そうでよかったです。早く治してくださいよ」

「わかってますよ。あなたこそ、腕は大丈夫ですか?」

「ああ、これですか?」


 琉菜は着物の袖をさっとまくった。

 その左腕には包帯がグルグルと巻いてあった。


「まだちょっと痛むけど平気です。今ホントに人手が足りなくて、こんくらいの怪我で休む余裕はないんです。それじゃ、失礼します。薬ちゃんと飲んで下さいよ?」

「はいはい。ありがとうございます」


 琉菜はにこっと笑って部屋を出た。




 廊下を歩いていると、前から山崎がやってきた。二人が屯所内で会うのは初めてだった。


「山崎さ…むっ」


 琉菜が言い終えないうちに、山崎が琉菜の口を手で塞いだ。


「俺らが親しいなんておかしいやろ」


 山崎は琉菜にしか聞き取れないよう小声で言い、小さな紙をおしつけた。

 紙には、中富屋とだけ書いてあった。


 

 琉菜は昨日、どさくさにまぎれて山崎に声をかけた。

 もしできれば、自分が斬った男が8人目の死者ではないかどうか調べてくれと頼んだのだ。


 



 琉菜は買い物に行くふりをして外に出た。


「こんにちは!」

「琉菜ちゃん!山崎はん、2階におるで」


 琉菜が中富屋に着くと、すぐに多代が出迎えてくれた。再会を喜ぶ間もなく、多代の案内で2階の部屋に入ると、先に着いていた山崎が琉菜を待っていた。


「おっ、来よったな」


 琉菜は部屋の真ん中に座る山崎の前に座った。


「今日は監察は超忙しいんや。手短にいくで」

「はい」


 山崎は琉菜の目を見て少し驚いた。


「へぇ~、いっぱしの鬼の目になったやないか」

「それ、ほめてるんですか?」

「さあな。で、まあ本題や。お前が斬ったのは2階の階段上がってすぐの部屋、奥に倒れてたやつやったよな。広岡浪秀っちゅうやつで、もともと池田屋で死ぬはずだった男や。せやからとりあえず8人目やない。ちょっとその時の状況説明してくれんか?」 


 琉菜の説明を、山崎は真剣に聞いていた。

 そして説明が終わると、何かわかったという顔をした。


「お前もやと思うけど、俺が心配しとったのは歴史の変わり具合いや。未来でお前が読んだ本の近藤隊のメンバーにお前の名前があったんなら、やっぱり俺もお前も未来人とは言え、歴史に組み込まれてたんやな」

「それじゃあ、歴史を変えてしまったわけではないんですね」琉菜は安堵した。

「ああ。もしお前が幕末におらなんだら、別のやつがその部屋に来ることになって斬っとったかもな。もしくは、酷う斬られとったからあのまま沖田はんの首を取る前に力尽きたか…」

「そう、ですよね。よかった」


 琉菜はほっとため息をもらした。


「よかあないやろ。まったく無茶しよるわ。一歩間違うてたらえらいこっちゃで。確かにお前は池田屋で死なんことは歴史上そうなっとる。けどな、忘れんなや。俺らの行動が全部歴史に組み込まれてるいうんは、あくまで仮説や。なんかの手違いであの時返り討ちに合う可能性かてあったんやから」

「山崎さん、あたしの命の心配してくれてるんですか?」琉菜はにやっと笑った。


 新選組に身を置いていると、死を恐れるな、とか、死ぬ覚悟でいけ、とかいった価値観が蔓延しているので、このように”平成的な”価値観で命の心配をしてもらえるのは、単純に安心できたし、嬉しかった。


「あのな。新選組隊士だろうが、平成の女子高生だろうが、犬死にしたらあかんいうことや。お前が斬ったやつはどっちにせよ沖田さんが致命傷与えとって遅かれ早かれ死んどったんやから、わざわざ斬り込んで命を粗末にすんな言うとんのや」

「はい…これからは気をつけます…。でも、あのまま放っておいたら沖田さんが危なかったかもしれなかったんです…」


 今度は山崎がにやりと笑う番だった。


「ほんまに沖田はんのこと好きなんやなぁ」

「なっ、別に、それとこれとは別ですよ!」琉菜はぶんぶんと首を振り、顔を赤らめて山崎の言葉を否定した。


「そうかい。ほな、俺は行くで。まだやらなあかん後始末がぎょーさんあんのや。また今度な」

「はい、がんばってくださいね!」


 琉菜は山崎に手を降ると、山崎はさっさと部屋を出ていった。




「琉菜ちゃん、お疲れはんどした」


 1階に降りると、多代がやってきて琉菜に声をかけた。心配そうな表情が浮かんでいる。


「あはは、ホントにもう慌ただしくて…。でもいいんです。池田屋事件って、新選組が一番活躍した事件なんですよ。だからあたしそれに参加できたのがうれしくて、疲れなんかどうでもいいって感じ」

「そうなんか?ほな、新次郎も喜んではるやろなぁ」寂しそうな、それでいて少し嬉しそうな複雑な顔をして、多代はそんなことを言った。

「…ええ、きっと」琉菜は多代を元気づけるように、力を込めて言った。

「ほんまにおおきにな、琉菜ちゃん。これで新次郎も満足したと思うんよ」

「いえいえ。あたしは何も」


 

 新次郎さんだけじゃない。

 あたしもすっごく満足してる。

 怪我はしたけど、あの事件に参加したっていうのはそれだけの価値がある。

 人を何人も斬ってしまったけど、沖田さんや、新選組のみんなと、勝って、生きて戻ったんだ。歴史に名を刻んだんだ。




 その後屯所に帰った琉菜は、沖田の部屋にお粥を持って行く役を買って出た。

 沖田が生きていて、しかもまだ結核にかかったわけではなさそうだというのが確認できたのが嬉しくて、琉菜はなんだか無性に沖田の側にいたい気分であった。

 もちろん、余計なことを悟られるわけにはいかないので、あくまで”自然”の範囲でだが。


「沖田先生、夕飯ですっ!」


 琉菜は沖田の部屋の障子を勢いよく開けた。


「あれ、また中富さんですか」沖田はつまらなそうに言った。

「なんですかその言い方!そういうこと言ってると、あげませんよ。これはオレがあとで食います」

「あ、冗談ですよぉ!」


 沖田は膳を琉菜から受取り、布団の横に置いた。


「そうだ中富さん、明日の祇園祭りって…」

沖田はいかにもさりげなく、といった感じで言った。

「沖田先生は行けないんですから、オススメの屋台なんか聞いたってしょうがないですよね?」琉菜はにこっと笑った。


 沖田は図星を指されたようで、しゅんと肩を落として箸を取った。


「まったく、そんな体で祭りなんて。オレが先生の分も楽しんできますから安心して下さい」

「そんなぁ、ずるいですよ!」

「…嘘ですよ。明日は巡察があるんで祭りは行けません」

「なんだ…」


沖田はほっとした様子で琉菜を見た。


「中富さん…」

「は、はい、なんですか?」


 沖田にまじまじと見られ、琉菜は少しのけぞった。


 やばい、こんな時なのに…

 沖田さんの顔、ずっと見てたい、なんて…

 かわいいなぁ。やっぱり、沖田さん好きだなぁ…


 そんなことを考えながら、琉菜は黙って「なんですか?」の答えを待った。


「なんだか、目つきが変わりましたね」


 そういえば、さっき山崎さんに同じこと言われたなぁ…。


 さすがにそうは言えず、「はあ…そうですか?」と琉菜は適当に流した。


「ありがとうございました、中富さん」


 いきなり沖田にそう言われ、琉菜は不思議に思い沖田を見つめた。


「あなたがいなかったら危うく私は首を跳ねられていたかもしれません」

「…いえ。オレは何も」

「ところで、あの場に、女子なんていませんでしたよね?」

「はい?」


 琉菜はギクリとした。

 沖田の言っていることは正解だが、はいそうですというわけにはいかない。

 いつも沖田といる時とは別の意味で心臓の鼓動が速くなる。琉菜は絶対に墓穴は掘るまいと頭をフル回転させた。



「な、なんでまた…?」

「なんだか、女子みたいなしゃべり方をする人の声が聞こえた気がしたんです。空耳ですかね…」

「そ、そうですよきっと!嫌ですねえ、意識が朦朧としてると幻聴まで聞こえるんですね!」

「中富さんの声に似てた気も…でも、中富さんあんなに声高くないか」

「似ててたまりますか!だいたい、オレはいつもこんなしゃべり方です!」

「ま、それもそうですね。それにしても…」


 沖田は再び琉菜の目をじっと見つめた。

 琉菜は心臓がさらに忙しく動いているような気がした。


「強くなりましたね」

「なっ、えっ、沖田先生ほどじゃないですよ」琉菜はそんなことを言われると思っていなかったので、どぎまぎして沖田の言葉に返事をした。

「これから中富さんはもっと強くなるんですかね。楽しみだなぁ」


 沖田の屈託のない笑顔につられるように、琉菜も顔をほころばせた。


「はい。いつか沖田先生くらい強くなってみせますよ」

「ふふっ。がんばってくださいね」

「ありがとうございます」


 ずっとこうやって、沖田さんと2人でなんでもない話ができたらいいのに。


 そう思ってもあまり長居するわけにもいかないので、琉菜は「お粥冷めちゃいますよ」と声をかけた。


「それじゃオレはこれで失礼しますね。ゆっくり休んでください」

「はい。おやすみなさい。ありがとうございました」


 もう一度見ることのできた沖田の笑顔をしっかり目に焼き付けると、琉菜は「おやすみなさい」と返して部屋を出た。




 その夜、琉菜は屯所の中庭に面した縁側に一人でぼんやりと座り、夏の夜の風を浴びていた。

他の隊士は皆眠ってしまったようで、数十人の隊士を擁する新選組の屯所とは思えないほど、そして昨日、あれだけの騒ぎがあったことが嘘のように、静かな夜だった。


 あたし、本当に池田屋に参加しちゃったんだ…。


 琉菜は昨日のことを思い出した。

 あの時、不思議と恐怖心はあまりなかった。

 必死で、新選組のために、沖田のために剣を振るった。


 沖田さんが、生きててよかった…。

 わかってる、沖田さんが長くないことは。

 でも、生きてて欲しい…。今はまだ、あの笑顔を見ていたいんだよ…


 早く、一旦未来に帰りたい。

 それで、今度こそ、前にいた時より、”後の時期”にタイムスリップしたい。

 そうなるまで、あたしは何度でも時の祠をくぐってやる。


 そしたら、女の琉菜として沖田さんに会えたら、大好きだよ、生きてて欲しいって、伝えたいな。


 困らせるかな。だって、沖田さんはどっちにしてもあたしのこと妹くらいにしか思ってないんだし。


 琉菜は、はぁ、と大きくため息をついた。

 行き場のない思いを空に吐き出すように。


「寝よう」


 琉菜はそうつぶやくと、立ち上がって部屋に戻っていった。

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