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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
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9.芹沢鴨(後編)

「今日は新見の追悼会である!皆の者、献杯!」


 芹沢が音頭を取ってみんなが杯を掲げた。


 新見の追悼会、と称した宴は壬生からほど近い料亭・角屋で行われた。

 隊士全員が入る大部屋で、普段食べることのできない上等の料理が振る舞われる。

 そして、全隊士「宴の後は外泊OK」であった。


「どこが追悼会だ。献杯じゃなくて乾杯の間違いじゃねえか?」

 土方がぼそっと言うのを琉菜は聞き逃さなかった。

「おいトシ、我々が企画した酒宴じゃないか。文句を言うな」近藤が土方をたしなめた。

「わかってるよ」


 そう、これは近藤たちが仕掛けた酒宴。新見の追悼会とはただ酒を飲む口実に過ぎない。「外泊OK」も裏を返せば「今日は全員屯所に帰ってくるな」である。もちろん、見られてはまずいことが起きるからだ。


 ということを知っている平隊士は中富新次郎ただ1人であろう。


 芹沢さん、昨日のあの感じだとちゃんと察してるというか、こんないかにも怪しい酒宴断りそうなもんだけど。

 あ、でも断ったらそれはそれで試衛館派の人たちに怪しまれるか…


 要するに、お酒が大好きっていうのが最終的に自分の首締めることになったってわけか…


 琉菜はちびちびと料理をつまみながら、芹沢の方を見た。


 土方が徳利を持つと、おもむろに立ち上がった。


「芹沢さん、おひとつどうぞ」

 とげとげしかったが、土方は芹沢に酒を勧めた。

「おお土方、すまないな」芹沢はうれしそうに言った。


 でも、昨日とは違って、なんでかこの人はこんなに元気なんだよね。

 新見さんの死を素で悲しんでないのか。でなけりゃ、なんかもうどうでもよくなってるか…


 芹沢さんがわからない。

  

 子供と遊ぶ陽気な芹沢さんと、焼きうちや押し借りをして、さらに追悼会で笑ってる芹沢さんと、どっちが本物なんだろう。


 そのあとも、近藤、山南、沖田らが積極的に酌をした。

 芹沢とその一派の者はたちまち泥酔状態になった。


「中富さんは飲まないんですか?お酒」

 いきなり沖田に話しかけられ、琉菜はビクッとした。

「あ、はい。オレ苦手なんですよ」

「中富さんもですか?私もお酒はどうも苦手で…」

「沖田先生」琉菜ははっきりとした口調で言った。

「芹沢先生って、結局何者なんですか?」

 琉菜は今も近藤に酒を注がれて顔を赤らめている芹沢を指した。

「面白い質問ですね。芹沢さんは、あの人なりの士道を貫く、立派な武士ですよ」沖田は琉菜の思いを見通したようにそう言ってのけた。

「…そういうもんですか?」

「そういうもんです」沖田は琉菜にっこりと笑った。


 その立派な武士を、沖田さんは…


 しばらく経つと、ちらほらと席を離れていく隊士が出てきた。

 普段は許されない「外泊解禁」に皆思い思いの場所で夜を過ごすつもりだろう。


「儂も…そろそろ帰るかな…」

 芹沢がふらりと立ち上がった。 

 それに続き、平山・平間などの芹沢の部下も立った。


 千鳥足で部屋を出ていく芹沢を琉菜はじっと見ていた。


 さよなら、芹沢先生。

 ごめんなさい。止められなくて。

 でも、止めたら、歴史が変わってしまうから…

 これを乗り越えないと、新選組は大きくなれないんです。


 山南や鈴が死んだ時、琉菜はその死を全く予期していなかった。

 それだけに、驚きと悲しみと喪失感でふさぎ込んだことを今でも覚えている。

 だが、死ぬとわかっていて止められない、未来を知っている、そのことも同じくらい、それ以上に胸を抉られるような思いだった。


「中富さん、今日はどこか泊まるんですか?」


 琉菜が芹沢の背中を見送り、泣くまいと顔に力を入れていたところに沖田が尋ねた。


「とりあえず、あそこで潰れてる木内と岡崎連れて帰りますよ」


 琉菜は少し離れたところにいる同隊の2人を指差した。2人ともすっかり酔っ払って意識が朦朧としているようだった。


「そうですか。気をつけて帰ってくださいね」


 少しだけ残念そうな表情を浮かべると、沖田は近藤のもとへ行き、近藤や土方らと料理の続きを食べ始めた。


 いつもの沖田さんなら、「私も一緒に行きましょうか?2人送るのは大変でしょう」なんていって一緒に来てくれると思うんだよね。


 ってことは、やっぱりそういうことなんだな。


 酒に酔っていない隊士は琉菜だけだ。

 意識のはっきりした隊士が沖田らにとって邪魔なのは、琉菜にはわかっていた。


「ホラ、木内、岡崎、起きろ、帰るぞ」


 琉菜はなんとか2人を立たせた。2人とも辛うじて二足歩行はできるようだった。



 酔っ払い2人を連れて屯所まで帰るのは重労働だったが、琉菜はなんとか前川邸にたどり着き、大部屋の畳に2人を放り込んだ。

 そのまま2人が眠りこけたのを確認すると、琉菜は屯所を出た。


 向かう先は中富屋であった。こんな時、屯所以外の宛てといえばそこしかない。


 だが、程なくして、琉菜は足を止めた。


「沖田先生、原田先生」


 前方から沖田と原田が歩いてきた。

 いつもと違うオーラを放っていることだけは琉菜にもなんとなく感じ取れた。


「中富さん…木内さん達は?」

「今屯所まで送ってきたところです。先生たちもこれから帰りですか?」

「ええ」沖田が短く答えた。

「中富は、どこ行くんだ?」原田が尋ねた。

「…散歩です。眠れなくて」


 だから、安心して任務に集中してください。


「そっか。外泊解禁だが、ちゃんと明日の朝には帰ってくるんだぞ」原田はにかっと笑っていった。

「はい、おやすみなさい」


 琉菜はにっこりと笑い返すと、沖田達とすれ違うようにしてその場を後にした。


 振り返ると、2人は足早に屯所に向かっていた。


「中富さんって、なんかたまにこう、不思議と達観してるようなとこありません?先回りして気を利かせてるような…」沖田がポツリと言った。

「なんだそりゃあ?気のせいだろ。いいから行くぞ」原田は気にも止めず、沖田を促して壬生・八木邸に向かった。


「こんばんはーっ」

 琉菜は中富屋の戸を開けた。


 奥から多代が慌てて出てきた。


「琉菜ちゃん!どないしたん、こんな時間に」

「今日は外泊解禁なんです。だから久しぶりにここに泊めてもらおうかなって」琉菜はにっこりと笑った。

「それは構へんよ」

「あとお風呂借りていいですか?」

「もちろんや」





 琉菜は久しぶりに女に戻り、普段いかに自分が緊張しながら生活していたかを思い知るのだった。束の間の安息の時間を琉菜は存分に満喫した。


「お風呂気持よかったぁ。お多代さん、ありがとうございます」

「ええってええって!それより、新選組はどうなん?外泊解禁なんて珍しいことしはるなぁ」

「それは、訳があるんです」

「?」


 琉菜は少しためらいがちに口を開いた。


「今夜、芹沢さんが斬られます」

「芹沢って…あの、局長の?」多代は信じられないといった顔だった。

「はい。芹沢先生とその部下たちは、押し借りとか焼きうちとか、理不尽な営業停止命令とか、いろいろ乱暴なことをしてきました。だから、会津から、芹沢一派を粛清するようにと近藤一派に指示があったんです」


 琉菜は本で読んだ芹沢粛清の概要を淡々と言った。


「悪いやつやったんやな。よく噂聞くし。でも、殺すのはいくらなんぼでも…」

「そう、ですよね。あたしも、芹沢さんがいなくなるのは、さみしい…」


 琉菜の目から涙が静かに滴った。


「琉菜ちゃん…」

   

 多代が琉菜の前に座り、そっと抱き締めた。

母のように、暖かかった。


「つらいよなぁ。先んことみんな知っとるんやもん…」多代は静かにそう言った。

「お多代さん…大丈夫です。それは覚悟してましたから」


 琉菜は多代から体をはなした。


「先を知ってるおかげで、沖田さんたちの仕事を邪魔しないで済みますし」

「琉菜ちゃん…せやかて、つろうなったらいつでも帰ってくるんやで?ごめんな、新次郎の意思ついでくれやなんて無理なこと言うて」

「お多代さんが謝ることないですよ。あたしは、あたしの意思で新選組に入ったんだから」琉菜は優しく言った。

「…あたし、もう寝ますね…すいません、こんな時間に押し掛けちゃって…」


 琉菜はすっと立ち上がった。


「気にせんでええし。もう遅いし、ゆっくり休みなはれ」

「ありがとうございました、お多代さん。明日の朝、屯所に帰ります。おやすみなさい」


 琉菜は軽くお辞儀をし、2階に上がっていった。


 女でいるのって、やっぱ楽だなぁ。


 琉菜はそんなことを考えながらばたんと布団に寝転んだ。


 芹沢さんだって、根っからの悪い人じゃなかっはず。

 あたしは、子供と遊ぶプラスな部分と、押し借りをするマイナスな部分と、両方見たけど…

 会津や近藤一派にとっては、マイナスの方が大きかったってことか…


 琉菜は目を閉じて眠ろうとしたが、寝付けなかった。


 明日から、新しい新選組になるんだ。

 前を、向かなきゃ。


 そう自分に言い聞かせながらも、止まらぬ涙を抑えるために、琉菜は布団に顔を埋めた。


 降り出した大雨が、琉菜の泣き声をかき消した。

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