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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
33/101

7.八・一八

 文久3年8月17日。


 京都の御所周辺においては、すでにきな臭い動きが水面下で繰り広げられていた。

 長州藩が帝の大和御幸を利用して壤夷を強行しようとしている、という話が公武合体派である会津藩の耳に入った。

 このままでは、帝の裏で長州藩が糸を引き攘夷を思うままに進め、幕府の政治を脅かすおそれがある。


 会津藩、並びに薩摩藩では、長州藩の御所警護任務の解任、尊王攘夷派の公卿を追い出すよう、説得を始めていた。

 同時に、兵力の調達も行い、明日にでも戦が始まる、という緊張感の中にあった。



 しかし、江戸からやってきた田舎侍が大半を占める烏合の衆・壬生浪士組の力を借りる程、まだ事態は逼迫していない。



 原田隊や永倉隊が巡察に出ている中、琉菜は隊服が出来上がったという知らせを聞いて、急いで局長室に行った。


「中富くん、君の隊服が出来たよ。開けてごらんなさい」

「局長直々に隊服の受渡なんざ、恵まれてるんだからな。感謝しろよ」


 偶然居合わせた土方が琉菜を睨みつけるように言った。

 なんでこいつだけ妙に特別扱いなんだ、とその目が言っていた。


「元々お前が飛び込みで来た中富君を急遽入隊させたんだろう」近藤がやれやれといったように言い、琉菜に風呂敷包みを差し出した。

「気にするな、中富君。土方副長が君の腕、将来性を認めて入隊を許可したんだ。自信を持っていい」

「はい、ありがとうございます」


 琉菜は渡された風呂敷を開いた。

 中には浅葱色の羽織がきれいに畳まれて入っていた。

 以前幕末に来た時に隊士らが着ていたそれが、今琉菜の手元にもやってきたのだ。


 本物だ!本物の新選組の羽織だ!

 あたしの…羽織!


 琉菜はおそるおそる手にとり羽織をはおった。


「どうだい?」

「はいっ!ぴったりです!」琉菜はとてもうれしそうに笑った。

「それはよかった。それを着て、これからも、壬生浪士組の一員として隊務に励んでくれ」

「承知!」

 琉菜はにっと微笑んだ。



「近藤先生!」


 部屋の外から沖田の声が聞こえた。


「総司。入りなさい」


 障子がガラッと開いた。


「あれ、皆さんお揃いで」

「ああ、中富君の隊服が届いてな。どうだ、なかなか様になってるだろう」近藤が琉菜を指して微笑んだ。

「沖田先生、オレ、これ着たらまた身が引き締まった感じです。がんばります!」琉菜はにっこりとうなずいた。

「よくお似合いですよ。ところで、先生…」


 沖田は近藤に近付き、声を低くして何か話し始めた。


 これはあれか、平隊士に聞かせちゃまずい話。

 ってことは、そろそろ動きが出てきてるのかな…?


「それじゃ、オレはこれで失礼します。隊服ありがとうございました」


 琉菜は隊服を着たまま軽く頭を下げ、部屋を出た。



「気の利く子だな」近藤が感心して言った。

「ええ、優秀な新入りさんですよ」沖田はにやっと笑い土方を見た。



 ただの平隊士、その他大勢の1人になっちゃったのは沖田さんに近づくという意味ではツラいけど、なるべく目立たない方がいい。

 あたしがいろいろと嘘をついて入隊してるのがバレたらまじでやばい。

 存在感薄ーい隊士でいないとなぁ。


 琉菜はそんなことを考えながら屯所の中を歩いていると、「お前」と声をかけられた。


 左側を見ると、部屋の障子が開け放たれていて、斉藤一が刀の手入れをしていた。


「は、はい、なんでしょう!」


 え、まさか早速幹部に目つけられてる!?


「なぜ屯所の中で隊服を着ている」

「あ、こ、これは、今近藤局長から受け取ったんです。それで、試しに着て、そのまま部屋を出てきてしまって」

 なんだそんなことか、と思いながらも琉菜は緊張しながら答えた。

「とりあえず入れ。どこの隊だ。名前は」


 斉藤に促され、琉菜は部屋に入って正座した。


「沖田隊の新入隊士、中富新次郎と申します。10日程前に入隊しました」


 って、入隊した日にみんなに自己紹介したはずだけど…まあいいか。


「その隊服、早速役に立つぞ」

「えっ、ど、どういう意味ですか」

「さっき、近藤局長が会津藩の本陣に呼ばれた。何かあるだろう」

「な、何かって…?」

「それはわからない」

「そ、そうなんですか…」


 琉菜は調子が狂うな、と思いながら斎藤の言葉を待った。

 なんともコミュニケーションが取りづらい。


「呼び止めてすまなかったな。ただ気になって声をかけただけだ」


 琉菜はこの気まずい空間からとりあえず解放されるのがうれしくて、「失礼します」とお辞儀をすると、平隊士用の大部屋まで足早に戻っていった。







 翌日、隊士全員に集合がかかった。

 近藤は集合した隊士を前に威厳たっぷりに話し出した。


「長州藩が帝をかどわかし、壤夷を強行しようとしていることがわかった!会津・薩摩で力を合わせ、長州藩を御所から追放する。我々も、御所の警護に向かうこととなった。壬生浪士組、初めての大仕事だ。気を引き締めるように!」

「承知!」


 隊士らは声を揃えて返事をした。



 ああ、いよいよかぁ。嬉しいなぁ。

 隊服もギリギリ間に合ったし、大大大好きな新選組の一員として、一緒に歴史イベントに参加できるなんて!



 琉菜はにやにやしないように隊列を歩いた。

 帝のため、幕府のために働けるというだけあって、誇らしげに、うれしそうに歩く隊士は多かった。


「随分うれしそうですね、中富さん」前を歩いていた沖田がにっこりとして言った。

「だってオレ、まだ浪士組に入って少ししか経ってないのに…こんな大仕事が来るなんて!」

「それじゃ、がんばって上様、天子様のために働きましょう。」

「はいっ!」



 そして、ついに御所に到着した。


 御所の前は思ったより静かだった。


「いよいよですね」

 琉菜は気を引き締めるように言った。

「ええ、でも…まだ中には入れないようです」沖田が落ち着いて言った。

「え?」


 琉菜は隊列の先頭を見た。


 そうか、最初は入れてもらえないんだったっけね。


 近藤と御所の門前の役人が何やらもめていた。


「壬生浪士組?知らん知らん!」役人は怒ったように言った。

「そんな!確かに我々に会津から御所警備のお沙汰が下りたのです!」近藤が大声で言った。

「知らないわけがないと思いますが…?」近藤の隣に立っていた土方は、役人を睨み付けた。

「通してもらえないでしょうか。我々は怪しい者ではありません」山南が言った。

「知らんと言ったら知らん!壬生の狼どもがこんなところに何の用だ!」

「聞き捨てなりませんな。我られっきとした会津藩お預かりの隊であることはそちらもご存じでしょう」土方が冷たく言い放った。

「たとえそうだとしても、貴様らの力なぞ借りる必要はない!皆、こやつらの侵入を阻止するのだ!」



 役人は強くそう叫ぶと、指示を受けた会津藩兵が無数の槍を浪士組の前につき立てた。


「や、槍ぶすま…」隊士たちはたじろいで数歩あとずさりした。

 近藤でさえ、息を飲んで二の句がつげない状態だった。


 しかし一人だけ、声を荒げ、役人たちに立ち向かうものがいた。


「そのような無礼を働いた暁には、後悔するのはそちらになるが、構わないか?」


 隊列のしんがりを務めていた芹沢が前方に出てきていた。

 芹沢はその大きな体を活かし、威圧感たっぷりに役人を見下ろした。


「ぶ、無礼だと!?無礼なのはどちらだ!」役人が少したじろいたように言った。

「話してもわからぬということだな」


 芹沢はそうい言うと、いつも持っている鉄扇をふりかぶり、腕一本で槍ふすまをなぎ倒した。


「す、すげえ…」

「芹沢先生…素面だと頼もしい…」

「やるときゃやる人だったのか…」


 隊士たちからコソコソと声が聞こえた。


 芹沢鴨という人がわからない。

 ついこの間、生糸商に火つけた人なのに。

 その反面、こんなふうに勇敢な一面があって…。

 芹沢先生がいい人だったみたいに書く本と、悪い人だったみたいに書く本といろいろあったけど、結局どっちなんだろう。

 まあ、でも頭に血が上ると行動に移しちゃうってとこは、放火もこれもおんなじか…



 琉菜がそんなことを考えていると、たくさんのチャキッという音が聞こえた。

 芹沢に続かんと大多数の隊士が刀に手をかけていたのだ。


「待て!」


 その声に全員が振り返った。


「そなたら、もしや壬生浪士組か?」

 声の主は半身半擬という顔でそう言った。

「いかにも」近藤が言った。

「なんてことだ。もう出動していたのか。いやすまなかった。我々がこちらの門番に連絡するのが遅れてしまったようだな。私は会津藩軍事奉行だ。壬生浪士組の御所入門を許可する!」


 壬生浪士組の隊士は皆一様に安堵の表情を浮かべた。

 先ほどまで威勢がよかった門番は小さくなって気まずそうにうつむいていた。


「かたじけない。皆の者、出動だ!」近藤の呼び掛けに、全員の士気が上がった。

「おーっ!!」








 その後壬生浪士組は一晩、御所の南門の警護にあたった。

 実は、すでに長州勢は彼らが出動する前に都を追われていて、壬生浪士組の警護は結局ムダであったということを、彼らが知ったのは数日後のことである。




 しかし、壬生浪士組の迅速な行動は会津藩に高く評価された。

 そのため、壬生浪士組は会津藩から隊の名前をもらった。


「新選組」


 それが、後に京都を震撼させ、時代の渦の中を必死に生き抜いた、日本最後の剣客集団の名前だ。

 こうして、新選組は誕生した。

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