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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
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3.みぶろ

 琉菜の中に、うれしさがこみあげて来た。


 やっぱりいるんだ。この時代に、新選組が!


「それじゃあ、新選組は京都にいるんですね!」琉菜は嬉し泣きしそうな勢いで言った。

「新選組?…って、なんどすか?」女将は眉をひそめた。

「え?だって今壬生浪って…」


 暫しの沈黙。


 話が噛み合っていない、と琉菜は思った。

 お互い、相手を怪訝そうな目で見つめた。


「…壬生浪って、壬生浪士組のことと違うんどすか?」


 女将の言葉に、琉菜は少し考え込んだ。そして、ようやく意味がわかった。


「壬生浪士組!そうですよね、何言ってんだろあたし。あはははは!…あの、ちなみに今日って何月何日でしたっけ?」

「へえ。8月2日どすけど」

「そうですか。ありがとうございます!それじゃあたしはこれで休ませてもらいますね」


 琉菜はそう言って、半ば強引に部屋の中に消え、襖を閉めた。

 女将は不思議そうな顔のまま階下へ降りていった。








 わかったことは、今が文久3(1863)年の8月2日で、新選組がまだ壬生浪士組と呼ばれていた時代だということ。


 琉菜が来た時代は確かに幕末だった。

 だが、幕末は幕末でも、ここは琉菜が以前いた時期より前。

 再会という約束をしたせいか、琉菜は次に来るとしたらきっとあの時よりあとの時期だろうという先入観を持っていた。

 今普通に新選組の屯所に行っても、これでは再会にならない。

 それどころか、今の新選組に琉菜を知る者はいない。



 でも、このままトンボ帰りなんて絶対嫌!新選組のみんなに会いたいよ。

 どうしたら、新選組に入れるかな…

 また賄い方として?

 でも、確かお鈴さんは戦争で家が焼かれて身寄りがなくなってって理由だったわけだよね。結局間者だったから今じゃただの口実だったんだろうけど。

 あたしも、未来から来て行くところがないから入れてもらった。

 要は、何か特別な事情がないと新選組に入るのは無理、か…。


 なるべく壬生に近いところでバイトでもしようかな…

 そしたら、道端で見かけたりとか、沖田さんたちが常連だったりとかしたら会えるわけだし。

 でも、なんかそんなに上手くいかない気がする…


 琉菜は普段使わない脳みそをフル回転させた。壬生でバイト、は一瞬いい案にも思えたが、何か引っかかるものがある。


 そうだ、そのまま過ごしていたら、来年の秋には前回のあたしが来ちゃうんだ。

 それとも、パラレルワールド的な感じで、前のあたしは来ないとか?

 いや、でも万一パラレルじゃなくて、そっくりな2人が壬生をうろついてたら怪しいよね絶対。

 タイムスリップものの映画とかでもたいていそうだったはず。

 バックトゥザフューチャーだと確か、自分に会わないように気をつけてたっけね…よく覚えてないけど。

 ハリー・ポッターだとタイムスリップ先の自分に絶対会っちゃダメだったような…



 ん?でも…あれ?

 もしかして…


 琉菜はハッとした。

 前回幕末に来た時に出会った、とある人物の顔を思い浮かべていた。


「兄上は、いつから新選組にいるんですか?」

「オレ?オレは結構古いぞ。去年の夏からだからな―――」


 兄上って、中富新次郎って、もしかして…


 琉菜は全身がゾクゾクするのを感じた。

 信じたくはなかったが、考えれば考える程、そうじゃないかという気がしてきた。


 冷静に考えれば、いや、考えなくとも、琉菜と中富は似すぎていた。

 少し目の雰囲気が違っているだけで、琉菜は中富の顔を見る度に何度も鏡を見ているような気持になったのを覚えている。


 いや、まさか、まさかね…

 だいたい何をどうしたらそんなことに…


 そこまで考えて、琉菜はそれ以上を考えるのが少し怖くなった。

 どうしてそんな風に思ったのか、は説明し難い。だが、全身の血がドクドクと音を立てているような感覚に陥っていた。


 とりあえず、寝よう。

 この答は、そんなにすぐ出さなくても大丈夫だよね。








 次の日、琉菜の前に朝食を差し出した女将の顔は少し訝しげだった。

 無理もないだろう。新選組などと、この時の人々にはわからない単語を発したのだから。


 そんなことを考えながら琉菜が食事をしていると、階下から男の声が聞こえた。


「約束の金、返せや」

「そんな、まだ待っててくれるんやなかったんどすか?」女将の声だ。

「期限が早まってん。さあ、出すんや!」男はそう言うと、女将を突き飛ばしたようだ、けたたましい音が旅籠中に響いた。


 琉菜は箸を置いて階段を下り、玄関に行った。


「女将さん!大丈夫ですか?」

「へぇ、おおきに」


 琉菜は男たちをキッとにらむと、前に立ちはだかった。


「あんたたち、借金取りか何か?勝手に期限早めるのはよくないと思うけど」

「なんや?この女」

「やってまえ!」


 男のうちの一人が持っていた木刀を振りおろした。


 琉菜は建物の中では狭いと思い、隙間をぬって外に出た。





「新次郎」

 店内に残された女将は静かにそうつぶやいた。





「くそ、早い!」


 男たちはくるりと振り返って琉菜を睨んだ。


「あんたらが遅いんだよ」


 琉菜はそう言うと間髪いれずに片方に体当たりした。


「うぐっ!」


 そして男が取り落とした木刀をつかみ、胴の位置を思いっきり打った。

 男はバランスを崩し、ドサッと倒れた。


「お、おい!…このやろ!」


 もう片方が木刀で向かってきた。

 琉菜はそれをさっと受け流し、ガンッと木刀を打って相手に取り落とさせた。

 琉菜は木刀の切っ先を男の鼻につきつけ言い放った。


「男なら、約束は守ってくれますよね?」

「は、はい…」


 男はのびているもう片方をむんずと抱えて、猛ダッシュで逃げていった。




「怪我ないですか?」


 琉菜は店内に戻り、にこりと笑った。


「へ、へぇ。おおきに。強いんどすなぁ」

「いいえ。あいつらが弱いだけです」

「そう言うたら、お客はんの名前、聞いてへんかったどすなぁ」

「あたしは、宮野琉菜と申します」

「お武家の方どすか?それでそんなにお強いどすのんか…?」

「は、はあ。まあ…」


 そっか。この時代名字があるのはそれなりの身分の人だけだった。

 面倒だからこれから何かあったら名前だけ名乗っとこ。


「うちは多代いいます。どうぞよろしゅう」

「こちらこそ。何日かお世話になると思います。よろしくお願いします」




 二人はにこっと笑った。


 一抹の不安を抱えながらも、琉菜の二度目の幕末生活は、こうして幕を開けた。

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