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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第2章
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2.再び時の祠

 その風は、強く、優しく吹き荒れた。



 琉菜は朝起きて窓を開け、そのことを確認すると、制服ではなく着物を急いで身につけた。




「琉菜…その格好、もしかして、本当にまた行くつもりなの?今日なの!?」


 裕子は琉菜を見て驚いた。

 琉菜は静かにうなずいた。


「ダメよ!この前は無事に帰ってこられたけど、今度もそうとは限らない。幕末なんて物騒なところにあんたを送り出すなんてできない!」

「わかってるよ、あそこが危ない所だっていうのは。でもどっちにしろ、この時代だって、いつ車に轢かれて死ぬかわかんないでしょ?大丈夫。ホントの武士なら武士しか斬らない。罪のない女を斬るような腐った武士に、あたしは負けないからさ」


 琉菜は、強くはっきりと言い放った。しかし、それで折れる母でもない。


「そういう問題じゃないでしょ!大体行き先が幕末じゃなかったら?もっと危ないところで、戦争の真っ最中なら?それに、受験はどうするのよ?今3年生なのよ?」


 裕子はすごい剣幕でまくし立てた。

 琉菜は、なんとか説得しようと口を開いた。


「受験なんか後でいくらでもできるよ。今のあたしには、受験よりも幕末に行くことが大事なの。あたしはきっと幕末に行ける。運命の地が、あそこ以外にあるなんて、考えられないから。でももし幕末にいけなかったら、みんなに会えるまで、あたしは何度でもあの祠をの鳥居をくぐるつもり」

「琉菜…」

「ごめん、親不孝な娘で。でも、みんなと約束したの。帰ってくるって。もう一度会うって」

「そんなに、その約束が大事なの?」

「うん。お願い。行かせて、お母さん」


 琉菜は母をじっと見つめて懇願した。


「じゃあ、お母さんとも約束してくれる?」

「な、何?」

「絶対に、死なないこと!」

「うん、もちろんだよ!」琉菜はにっと笑った。

「…まったくしょうがないわね。ホントに沖田総司が好きなのね」

「え、べ、別に…」

「何?今更否定するの?」裕子はにやっと笑った。

「ほらほら、行くならさっさと行きなさい。沖田さん待ってるわよ」

「…うん、ありがとうお母さん!」


 琉菜は荷物を持つと、踵を返して玄関に向かった。




「学校には、なんて言おうかしらね…」裕子は玄関のドアをじっと見つめてため息をついた。









 その頃、鈴香は携帯に届いたメールに気付き、ふうと溜め息をついた。

「そか、行ってしまうんじゃね…寂しくなるなぁ」

 鈴香は静かに携帯を閉じた。










 一方、時の祠の前についた琉菜は、決心を固めるかのように鳥居をじっと見つめた。


「よし、行くぞ」


 琉菜は大きく深呼吸すると、時の祠の鳥居に足を踏み入れた。

 強い風に、琉菜は思わず目を閉じた。


 同じだ。あの時と。

 風が頬を撫でる感覚。一瞬だったが、琉菜にはとても長く感じられた。

 心臓が嫌がおうにも高鳴った。


 実際は10秒程度。琉菜はゆっくりと目を開けて、ふう、と深呼吸をした。


 そして琉菜はくるりと振り返り、鳥居の外の世界を見た。


「…よっっっしゃあ!」


 道行く人が驚くのも気にせず、琉菜は声をあげた。

 琉菜の目に写る景色は、以前見たそれに酷似していた。


 幕末だ!たぶん!少なくとも江戸時代だ!!


 しかし、まだ安心はできない。

 風景だけでは、とても今がいつなのかはわからない。

 琉菜は、まず新選組の屯所が西本願寺にあるかを確かめに、そこに向かった。





 結果、彼らはそこにいなかった。

 新選組は、あの後も屯所移転を重ねたという。

 もしかしたら、もう別の屯所に行ってしまったのかもしれない。


 琉菜は、目の前を歩いていた女性を呼び止めた。


「あの、新選組の屯所が今どこにあるか知ってますか?」

「新選組?なんやそれ?」女はキョトンとしていた。

「え…知らないんですか?あ、じゃあ、いいです、呼び止めちゃってすいません…」

 琉菜はスゴスゴとその場を後にした。




 琉菜は絶望的な気分で通りを歩いた。


 この時代に、新選組はいない。


 京都であんなに活躍している浪士集団なのだから、京都に住む者なら誰でも知っているはずだ。

 しかし、さっきの女は知らないと答えた。

 きっとどんなに問いつめても、答えは同じだろう。



 新選組のいない時代。そんなとこ、いたって意味ないじゃん!



 琉菜は今にも泣きそうだった。

 途方にくれ、あてもなく歩いていた。



 沖田さん…会いたいよ。


 琉菜は泣くまいとして顔に力を入れた。


 これから、どうしよう…



 あたりはもう暗くなり始めていた。

 もともと琉菜が来た時間が夕方だったのか、気付かないうちに長時間歩いていたのかはわからなかった。


 最悪の場合、帰れるまでどっかのお店に雇ってもらうしかないか。

 そうだ。お鈴さんだって、甘味処で奉公してたって言ってたじゃん。


 手持ちの金は、前に近藤からもらった20両。

 大金だが、旅籠に何ヶ月も泊まるとなるとそれだけでは足りない気がした。

 それに、近藤にもらった大事な金だ。ここで全て浪費するわけにはいかない。

 とはいっても、とりあえず今夜の寝床はない。

 琉菜は安そうな旅籠を見つけ、今夜はそこに泊まることにした。


「ごめんくださーい…」


 琉菜が恐る恐る中に足を踏み入れると、中からバタバタと音がして、女将らしき女が出てきた。


「もしかして、あんたはん、お客はん…どすか?」

「は、はい」


 琉菜がそう言うと、女将は急にうれしそうな顔をして、奥に向かって叫んだ。


「あんた!あんた!お客はんや!ひと月ぶりや!」


 またまた慌ただしい音を立て、今度は主人らしき男が出てきた。


「ほんまや…うれしなぁ。旅の方ですか?おおきにお客はん。さ、こっち来てください」


 主人は琉菜を奥へ来るよう促した。


 旅籠の中は少し広い玄関の先に廊下が3部屋分ほど続いており、奥に台所と階段があるようだった。

 琉菜は1階の奥の部屋に通され、嬉しそうな女将を見つめながら部屋の真ん中に座った。


「ささ、どうぞくつろいでおくれやす。今夕げ用意しまっさかい」


 女将はしばらく台所に消えた。

 琉菜はふっと息をついた。


 ご主人も女将さんもいい人そうだなぁ。

 でも、なんか閑散としてる…確かさっき1ヶ月ぶりって…


「お待たせしはりました」


 女将は琉菜の前に食事を置いた。

 どうやらそうとうはりきったらしく、繁盛していないであろうこの旅籠にしては豪華な食事だった。


「ありがとうございます。いただきます」


 琉菜は朝御飯も食べずに家を飛び出してこちらに来ていたので、全部平らげるのにそう時間はかからなかった。




 食事のあとは、女将が琉菜を2階の部屋に案内した。


「この部屋ならちょうどええどすわ。下の通りも見える景色のいい部屋さかい。好きに使ったってや」

「ありがとうございます」

 琉菜はぺこっとお辞儀をした。

「うれしおすなぁ。うちは貧乏旅籠やさかい。近頃は壬生浪の巡察くらいしか来へんようになってしまったんどす」


 琉菜は自分の耳を疑った。


「あ、あの女将さん、今、壬生浪って?」

「へぇ、そうどすけど」



 琉菜は目を輝かせて女将の顔を見つめた。


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