26.帰還
琉菜は目の前の光景に目を見張った。
高いビル、コンクリートの道路。
ついに、琉菜は帰って来たのだ。
それと同時に、携帯の着信が鳴った。
琉菜が急いで確認すると、数え切れない程のメールが来ていた。
ざっと見てみると、そのほとんどが、母親からの琉菜を心配するメール。
そして、琉菜は日付を見て驚いた。今日の日付は7月10日。
琉菜が幕末に行った日から3ヶ月の時が流れていた。
どうやら向こうにいた時間の半分の時がこちらでは流れていたようだ。
なんでこのビミョーなタイミングの日に帰ってきたのかわかんないけど…
着物のまんまだし、早く家に帰ろう。
まあ、ここは京都だし、そこまで浮かないかとしれないけど。
琉菜は携帯をしまい、家路を急いだ。
琉菜は自分の家を歓喜の眼差しで見た。琉菜にとっては半年ぶりの帰宅だ。
「ただいまー」
琉菜は中に入った。何か凄まじい物音がして、ドタバタと母親が玄関に出てきた。
「琉菜…なの?」
「うん。ただいま、お母さん」
祐子は目にいっぱい涙をためて琉菜を抱き締めた。
「琉菜!どこに行ってたの!?心配したのよ!お母さんはあなたが誘拐されてこ、殺されちゃったのかと…でもよかったわ!琉菜が帰ってきてくれて!怪我はない?」
「うん。お母さん…あたし、帰ってきたよ」
琉菜も涙を流した。
あたし、帰ってきたんだ。
ただいま。あたしの時代。
琉菜は一部始終を説明した。祐子は何も言わず、ただ琉菜の話を聞いていた。
「そう…大変だったわね」
全て話し終わったあと、母は静かにそう言った。
「信じてくれる?」
「もちろんよ。自分の娘を疑うわけないじゃない。それに、その格好見たら余計にね」祐子は琉菜の着物を指した。
「すごいわ。本物の新選組にいたなんて。本物の土方さんに会えたなんて本当に羨ましいわ。やっぱり実物はイケメンだったの!?」
「イケメン…なのかなぁ」
確かに初めて会った時は整った顔立ちだという認識でいたが、生活を共にするうちに見慣れてしまったとでも言おうか、土方をイケメンだと思う気持ちはすっかり消え失せていた。
「…毎日見てるとそうでもないよ」琉菜は淡々とそう言った。
「まー贅沢な悩み!」祐子はそう言ってクスリと笑った。
「まあとにかく、これからどうするか考えないとね。警察やテレビ局に電話しなきゃ」
「テ、テレビ局?」
琉菜は目を見開いた。悪い予感は当たっていたのかもしれない。
「そーよ。あんたのこと、すごいニュースになってたわ」
「ま、まじ?」
琉菜は慌てて携帯を取り出し、自分の名前を検索してみた。
『京都市の女子高生、入学式直前に失踪』
そんな見出しが検索画面のトップに踊っていた。
『京都市在住の女子高生、宮野琉菜さん(15)の行方がわからなくなっている。一緒にいた母親の証言によると、目の前で突如姿を消したという。警察は事件事故の両面で調査し、情報提供を呼びかけている…』
琉菜はそのニュースサイトのコメント欄を見た。
『突如姿を消したって、魔法?神隠し?』
『母親がショックでそう言ってるだけなんじゃねえの』
『2ヶ月も見つからないし、残念だけどどっかで殺されてるでしょ』
などなど、様々な憶測がそこには書き込まれていた。
「お母さん、幕末に行ってたってことは絶対言わないで。言ったらきっとタイムスリップしたがる人たちがたくさん来て、大変なことになるから」
「わかってるわよ。言ったところで頭のおかしい一家だ、って余計炎上するわよ。家出ってことにするか…」
「うん、そうして」
次の日、琉菜はいよいよ学校へ行くこととなった。
そうは言っても結局1週間足らずで夏休みに入るのだが。それもまた家出という口実に信憑性を添えることになるかもしれない、とポジティブに考えるしかなかった。
何より、なぜ家出したのか、3ヶ月も何をしていたのかなどと、質問攻めをされること請け合いだろう。
幕末に行く前はあんなに楽しみだった高校も、今では憂鬱なものになっていた。
その日の朝、琉菜はテレビを見て手にしていた朝食のトーストを落としそうになった。
『京都で行方不明になっていた女子高生、宮野琉菜さん(16)が、昨日無事保護されました。宮野さんの話によると、家出していた、とのことで、命に別状はありません。ご家族からは『お騒がせして申し訳ありませんでした』というメッセージがマスコミ各社に…』
うっわ…
ネットニュースならまだしも、テレビであたしの名前が呼ばれてる…
こんな形で有名人になったってうれしくなーい!!
学校行ったらなんて言われるんだろ??
琉菜は怖いもの見たさで昨夜のネットニュースのコメント欄を見た。
『家出とかww人騒がせにも程があるwww』
『家出は建て前で、本当に神隠しか何かで異世界に行ってたとか!?』
様々な憶測や、批判のコメントを見て琉菜はぐったりした。
だが、琉菜は重い腰を上げて鞄を取り、玄関に向かった。
すると、何やら外が騒がしかった。
玄関のドアを開けると、そこには大勢の記者やカメラマンが、押しあい圧しあいしていた。
「な、何これ…」
騒ぎを聞きつけた祐子も奥から出てきたが、その場にぴたりと立ち尽くしてしまった。
「あ、宮野さん!」
「3ヶ月も家出してたって本当なんですか!?」
「なぜそんな長期に渡って!?」
「実は家出ではなく、神隠しだという説もあるんですが、どうなんですか!?」
琉菜は「は、はは…」と苦笑いしてその場に立っていた。
全員の質問に答えている時間はないし、あまり長い間カメラの前に姿は晒したくない。
「お母さん、行ってくるね。お母さんは、家に入って鍵しといた方がいいよ。」
琉菜は小さな声でそう言った。
「え、ええ…いってらっしゃい」
琉菜は人ごみの隙間を見極め、スッと抜けていった。
あっという間に報道陣の群れを抜け、家の前の広い道に出た。
呆気にとられた報道陣が琉菜の背を追い始めた時には、すでにかなりの距離が開いていた。
こいつら、鈍すぎ!トロすぎ!
沖田さんや土方さんに比べたら全然ダメじゃん。
琉菜は振り返って報道陣を見た。
「みなさん!!」
全員が琉菜に注目した。
「あたし、家出してました!でも、さすがに高校生が一人で生活するのは無理だったんで、帰って来ました。本当にそれだけです!だからもう、うちには来ないでください。取材も、あたしのことをニュースで取り上げるのも全てお断りしたいと思います。ひどいようなら出るとこ出ますから!それじゃあ、学校行ってきます!」
琉菜はそれだけ言ってのけるとにこっと笑い、その場を走り去った。
報道陣はぽかんと琉菜を見つめるしかなかった。
これ以上、詮索しても何も面白いネタは出ないと踏んだのか、その後琉菜の話題がニュースになることはほとんどなかった。
琉菜はそのまま学校の方まで走り続けていた。
すごい、こんなに走ってても全然疲れない!
本物の侍の世界で命がけの生活してたんだもんね。体力もつくわけか。
琉菜は時の祠の前を通り過ぎようとして、ぴたっと止まった。
次にこの祠のお世話になるのは、いつかな。
そして、少し遠くに見える西本願寺。
琉菜はふっと笑った。
屯所は、変わらないな。
壬生の方にも、今度行ってみようっと。
「宮野さんやな。心配してたで?」
学校の職員室で、担任は優しくそう言った。
「すいません、ご迷惑おかけして…」
「みんなも会いたがってるさかい。さ、教室はあっちや」
担任に連れられ、琉菜は教室に入った。
その瞬間、わっと声があがった。
「みんな、今日からこのクラスに入る、宮野琉菜さんや。仲良うしたってな。それじゃ、自己紹介よろしく」
「はじめまして。宮野琉菜です。心配かけてすみませんでした。これからよろしくお願いします」
琉菜はぺこっと頭を下げた。
「それじゃ、宮野さんの席はあそこや」
担任に指定された席に向かう。教室中の視線が琉菜に注がれた。
「それじゃみんな、1限の用意したってや」
担任はそう言って教室を出た。
その瞬間、琉菜の周りに人が集まってきた。
「なあ、なんで家出したん?」
「3ヶ月もよう一人暮らしできおったなー」
「神隠しって噂はどうなん?」
回答に困っていたところにチャイムが鳴り、皆席へ戻っていった。
「大変やなぁ、転入早々」
前の席に座っていた女生徒が振り向いて言った。
琉菜はあっと息を呑んだ。
「なんや?うちの顔になんかついとるんか?」
「う、ううん、別に」
「それにしても、なんでもうすぐ夏休みだっちゅうこのタイミングで戻って来よったん。どうせなら9月まで家出しとったらえかったのに」
「まあ、それはそうなんだけどね…」
「ほんまに、神隠しやったりして…」
「あ、あの、えーと…」
「そうそう、言い忘れとったわ。うちん名前は木戸鈴香や。よろしくな、琉菜ちゃん」
にこっと笑った彼女の顔は、幕末で出会ったあの女性を彷彿とさせるものだった。
やがて授業が始まり、話はそれきりとなった。
「新しい学校でうまくいきますように!」
あの時かけた願いは、どうやら叶いそうだ。
以上で、「青嵐ー誠の未来へー」第1章完結です!5年もかかってしまいました。お付き合いいただきありがとうございました!感想などいただけると嬉しいです!
第2部もまもなく始めたいと思います!引き続きよろしくお願い致します!




