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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第1章
25/101

25.暫しの別れ

 いつの間にか空が白んできていた。

 隊士たちは泥酔し、部屋中に寝転がるという有り様だった。


 琉菜のお別れ会にも関わらず、結局後片付けをするのは琉菜だった。


「まったく、しょうがないなぁ」


 琉菜ははぁっとため息をついたが、その表情からは微笑みが漏れていた。


 皿を運ぶ途中、琉菜は土方の部屋の前を通りすぎた。


 中からは、土方と沖田の声が聞こえる。


 琉菜は素通りしようと思ったが、聞こえてくる会話の内容に思わず立ち止まった。


「…お前、あいつと一緒にいなくていいのか?」

「どういう意味ですか?」

「琉菜に惚れてんだろ。なら仕事手伝うとかしてでも一緒にいたいとか思うのが普通だろ?もしかしたら今日が最後の夜なんだし。寂しくないのか?」

「そりゃあ寂しいですけど…」


 沖田が事も無げに言うので、土方は続けた。


「お前、あいつのことどう思ってんだ?」


 琉菜はその答えを聞きたいのかどうかわからなかった。


 しかし、動こうとする前に沖田がしゃべり始めた。


「惚れてるとか、そんなんじゃないですよ。そうですねぇ…一番可愛い、一番大事な、妹ってところですかね」


 …やめた、告白するの。


 琉菜は静かにその場を去った。


 お兄さんに告白する妹なんているわけない。


 わかってた、こうなることは。


 あたし、告白する前からふられちゃったんだ。


 でも、もし、もしも次にまた会えたら、その時は一人の女として見てもらいたい。


 待っててください沖田さん。


 琉菜は一回りも二回りも大人になって、きっと戻ってきますから。


 琉菜は涙で湿った目をぐっと着物で拭った。


 最後の1日。

 今日、満月が昇り、神風が吹けば、次の月が現れるまでの間、琉菜は元の世界に帰ることができる。


 もちろん、その条件が揃うとは限らない。

 だが不思議と、琉菜は今日が新選組で過ごす最後の1日だという気がしていた。


 琉菜は今まで通りの日常を送った。食事の支度も、洗濯も、沖田たちの顔を思い浮かべながら、最後まで自分のやるべきことを全うしようと、普段通りに仕事をこなした。


 そしてついに、雲1つない夜空に満月がぽっかりと浮かんだ。


 琉菜はその月を見上げながら、はぁ、とため息をついた。

 しばらく月を眺めていたが、神風どころかそよ風1つ吹くことはなかった。


 やっぱり、ダメなのかな…。

 でも、近藤局長の読みだと、次の月が昇るまで、って話だったし、明日の夜になるまでは希望を持てる…かな?


 そうだよ、あたしが未来の方で鳥居をくぐったのは、入学式に向かう朝。


 明日1日、様子を見よう。うん、今日は寝よう。


 そう思って床についたものの、遠足前日の小学生よろしく、目が冴えてなかなか眠れなかった。

 それでも、1日の疲れはやがて容赦なく琉菜を眠らせていった。


 次の日、琉菜は目覚めるとすぐに障子を開けて外を見た。


 強い風が、琉菜の髪を揺らした。

 風にのって、ほんの少しだけ甘いにおいがした。


 琉菜は自分の感覚を疑った。しかし、今吹いた風はまさしくそれだった。


 あの時と、同じだ。


 帰れる…今日、未来へ!


 琉菜は逸る気持ちを抑え、台所に向かった。

 朝ご飯を作り、それを片付けたらいよいよ帰ることになる。


 その途中で沖田にでくわした。


「琉菜さん、おはようございます」


 朗らかに挨拶した沖田を前に、琉菜は昨日のことを忘れようと努めた。


「沖田さん、吹きました、神風!あたし、家に帰れます!」琉菜はうれしそうに言った。

「本当ですか!?」

「はい、朝ご飯を片付けたら帰ろうと思います」

「よかったですね。ちゃんと荷造りしておくんですよ?」

「はいっ」


 今は、これでいい。

 これでいいんだ。


 そして、琉菜の最後の仕事は無事に終わった。


 琉菜が部屋で荷物を整理していると、部屋の外に沖田が現れた。

 沖田は障子越しに琉菜に話しかけた。


「琉菜さん、近藤先生が呼んでます」


 沖田の言葉に従い、琉菜は近藤の部屋に向かった。


 中には近藤と土方がいて、琉菜のあとには沖田が続けて入ってきた。


「琉菜さん、よかったですね、帰れることになって。」近藤は優しく言った。


 琉菜は近藤の前に正座し、礼を言った。


「はい。今までお世話になりました。本当にありがとうございました」

「こちらこそ。毎日賄いの仕事をしてもらって…ご苦労様でした。未来でも、どうか達者で」

「はいっ!」

「祠へは総司に送らせます。ここから近いと言っても、念のため」

「はい、ありがとうございます」

「それと琉菜さん、どうかこれを…」


 近藤はそう言って何か差し出した。


「20両の金子です。土方はあなたの着物代やら何やらを差し引くなどといってほとんどタダ働きさせてしまいましたが…あんなに一生懸命働いてもらったのに、やはりそれでは申し訳ないと思ったので・・・今までの給料だと思ってください。次来た時にもっときれいな着物でも買うといい」

「そんな…いただけません、こんな大金。置いてもらっただけでもありがたいのに…」琉菜は恐縮して言った。


 幕末に来て半年経った今、琉菜にも金銭感覚が身についていた。

 この時代、2両もあれば4人家族が1ヶ月楽に暮らせたという。

 それを考えると、20両はかなりの大金だった。


「ぜひ受け取ってください。私たちからの感謝の気持ちです」


 しかしこれ以上断る理由もないと思った琉菜は近藤の言葉に甘えることにした。


「…それでは、ありがたく頂戴します」


 要するに、ボーナスってことか…。いや、退職金?


 琉菜は金子を受取り、深く頭を下げた。


「琉菜」土方が琉菜の名を呼んだ。

「大事に使えよ。この時代で」

「…はい!」


 琉菜は土方の言った言葉の意味を察した。

 いつもの遠回しな言い方。


「また戻ってこい」と。


 琉菜はにっこりと笑う3人の武士を見て、ふわっと微笑んだ。


 琉菜の出発は、ほとんどの隊士が見送りに来た。


 制服と鞄を行李に入れて担いだ琉菜は、門前にずらりと並んだ隊士を見て、涙がこぼれそうになった。


「今まで本当にありがとうございました!またきっと会いましょうね!」琉菜は大声で言った。

「おう!また来いよー!」

「琉菜ちゃーん!またなー!」


 そんな風に隊士たちは元気に琉菜に別れを告げた。


「それじゃ、私はそこまで送ってきます」


 沖田はにこっと笑うと琉菜を促して歩き始めた。


「…ここです、時の祠」琉菜はぴたりと立ち止まった。

「へぇ、ここが」沖田は感心したように祠を見た。

「それじゃ、沖田さん、あたし行きますね。本当、沖田さんには助けられっぱなしで…始めて会った時も、どうすればいいかわかんなくて困ってたのを拾ってもらえて…」


 琉菜はぼんやりとその時のことを思い出した。


「あの時に始まって、沖田さんにはいっぱい迷惑かけちゃって…でも、いつも助けてくれて…あたし、うれしかった…です。ホント…ありがと…ございましたっ…っく……」


 琉菜の目は涙で溢れていた。

 すると、暖かいものが琉菜をすっぽりと包んだ。


「泣かないでください。私はずっと、待ってますから」


 沖田に抱き締められ、琉菜はその暖かさを感じながら徐々に泣きやんでいった。

 その時、ふわりと風が吹いた。


「これが神風みたいですね」沖田が手を放しながら言った。

「はい…それじゃ、今度こそ、行きますね」

「ええ。お元気で」

「沖田さんも、お元気で。」


 二人はにこっと微笑んだ。


 琉菜は石段を登り、鳥居の前で振り返った。


「それじゃ、また!」琉菜はぺこっとお辞儀をすると、鳥居をくぐった。


 また会おうね、沖田さん。


 神風が、強く吹き荒れた。

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