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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第1章
23/101

23.勝負

 早ければ、あと10日で帰れる。


 帰るのは寂しい、沖田や新選組の者たちともっと一緒にいたい、と思っていた琉菜だったが、やはり帰れることはうれしかった。


 そして琉菜は、とある「やり残していたこと」に考えを巡らせていた。


 剣の勝負で、土方から1本を取ること。


 最初に道場に足を踏み入れた時、いわば剣術のプロに無謀にも勝負を挑みあっけなく敗北した。その悔しさをバネに、琉菜は剣術の稽古に励んできた。もっとも、沖田に稽古をつけてもらえるのが楽しかった、という不純な動機もあったのだが。


 帰る前に、土方さんから1本取ってギャフンと言わせたい…!


 これまた若干不純な動機ながら、残された時間で琉菜は少しでもレベルを上げようと、誰よりも早く起きて道場で素振りをしていた。


「琉菜さん?今日は随分早いですね。」


 琉菜が未来に帰る(かもしれない)日の5日前のこと、いつもは道場に一番早く来ていた沖田は首を傾げた。


「沖田さん、ちょうどよかった。よかったら少し相手してもらえません?」


 そういうなり、琉菜は沖田に向かって竹刀を振り下ろした。


 琉菜の思った通り、沖田はひょいっとかわすと「不意打ちなんて、ずいぶんずる賢いこと考えますね」と竹刀を取って琉菜の前に立った。


「ずる賢いなんて心外ですね。実戦だったらこのくらい普通なんですよね?こっからが本番です。沖田さん、よろしくお願いします」

「はいはい。どこからでもかかってきなさい」


 沖田は少し嬉しそうに微笑んだ。そして次の瞬間、鋭い眼光を垣間見せ、目にも止まらぬ速さで琉菜に向かってきた。


 この沖田さんの目つきが変わるのがホントかっこいいなー…


 のん気にそんなことを考えてしまったが、ハッと我に帰り思いっきり叫んで沖田に向かった。


 竹刀を振り被り、沖田の胴に一発いれるつもりで動いた。


 当然沖田はすっと交したが、琉菜もそのままやられることはなかった。


「こっちですよ、沖田さん」琉菜はフェイントをかけて素早く沖田の背後に回りこんでいたのだ。


「今度こそっ!」琉菜はサッと走りこみ、沖田の胴を狙った。


 しかし、沖田はまたしても軽々と避けてしまった。


「少しは腕をあげたようですが、速さじゃ私だって負けませんよ」


 そう言って沖田はパンっと琉菜の竹刀を打った。


 琉菜は竹刀を取り落とし、バランスを崩して尻餅をついた。


「っったぁ~…」

「でもまぁ、半年足らず?でよくこれだけ上達しましたよ。ただ闇雲に竹刀を振ってた時より大分マシですね」


 剣術の稽古となると文字どおり鬼のように厳しくなる沖田からすれば、それは最高のほめ言葉だった。


 琉菜はパッと顔を輝かせて「はいっ!ありがとうございます!」と頭を下げた。


「ところで琉菜さん、朝ご飯の支度はいいんですか?」

「へ?…あっ!」


 琉菜は突然現実に戻された気がした。


「当番の人、待ってるんじゃ?」

「はい!すいません沖田さん、あたしこれで!」


 琉菜は慌てて竹刀を置き、道場の外へと走った。そしてぴたっと止まって沖田を見た。


「朝ご飯の片付けが済んだら、土方さんと勝負します!今日は午前の稽古の指南役ですよね!?」

「はあ、まあ…」

「そうですか!それじゃまたあとで!」琉菜はくるりと向きを変え、台所に向かった。


「なんで土方さん?だいたい、琉菜さんに勝てる相手じゃ…」


 沖田のつぶやきは、誰にも聞こえず、静かに道場に響いた。


「たーのもーっっっ!!!」


 琉菜は勢いよく道場の扉を開け、そこら中に響き渡る大声で言った。

 胴着に身を包み、タイムスリップ以来一度も切っていない長い髪をポニーテールにし、パッと見れば男の子のような姿だった。


「張り切ってますねぇ、琉菜さん」


 沖田は笑いをこらえているようだった。琉菜の堂々とした登場が、彼のツボにはまったらしい。


 稽古をしていた隊士たちは皆、琉菜の登場に驚き、道場の入り口を見つめていた。


 そして、隊士たちの群れを掻き分けて土方がやってきた。


「お前何が今更『頼もう』だ。からかってんのか?」

「からかってません!土方さん、勝負してくださいっ!」

「はあ?」


 その場にいた全員が目を丸くした。


 それもそのはず、泣く子も黙る壬生の狼こと新選組の鬼副長に、わざわざ勝負を挑む者など普通いない。


「お前、バカか?」

「バカじゃないですよ!前にも一度勝負したじゃないですか」


 土方は記憶をたどっているように考え込んだ。

 よほど印象の薄い試合だったのだろうか、なかなか思い出さない土方に対し琉菜は爆発寸前だった。


「ああ、あれか」土方はようやく思い出したようだった。


 他の隊士も、徐々に記憶が蘇ってきたらしく、「ああ」という顔をしていた。


「思い出しました?」琉菜はふてくされて言った。

「あんな勝負まだ覚えてたのか。お前の記憶力も捨てたもんじゃないな。」

「なんですか、その言い方!」


「くっ…あはははっ!」


 突然の笑い声に、琉菜と土方は同時に振り返った。


「琉菜さんと土方さんって…面白いですよね~」

「バカ言え総司!」土方が食ってかかった。

「それに、琉菜さんって土方さんに復讐するために剣道やってたんですね…一途ですねぇ」

「沖田さん、別に一途とかそういうことじゃないです…!」

「そうですか?まあとにかく、どうするんですか?土方さん?」沖田はにんまりと土方を見た。

「俺に復讐しようなんていい度胸だぜ…いいだろう。この勝負受けて立つぜ」


 土方のセリフに、道場内にいた全員がどっと沸いた。


「前のままのあたしだと思って甘く見ないでくださいね」琉菜は土方に強気な口調で言った。

「ふっ…どうだか。甘く見ようが見まいが俺の勝ちは決ってるけどな」


 琉菜と土方の間に火花がバチバチと散るようだった。


「それでは…始めっ!」


 沖田の合図で試合は始まった。


 琉菜はまず、今朝方沖田に仕掛けたフェイント技を狙った。

 大きく振り被っておいて、素早く回り込む。

 女の小さな体を最大限に利用できるのが、スピード技だ。

 琉菜は土方の周りを、速く速く動き回った。


「ちっ…意外と速いな…」土方がわずかに焦りの色を見せた。


 これにより、野次馬たちの「琉菜コール」が増した。


「琉菜さん、結構やりますねえ」沖田も少し舌をまいていた。

「なんてな。ちょこまか動き回ってても1本は取れないぜ」


 土方はそう言ってぴたりと立ち止まった。

 琉菜の動きを見極めようとしているのだ。


「甘く見ないでって言いましたよね?」琉菜は土方の後ろから一気に竹刀を振り被り、一撃を食らわせようとした。


 しかし、そこで素直にやられる土方でもなかった。


 琉菜の攻撃をサッと交し、琉菜の後ろにまわりこんだ。そして琉菜が振り向いた瞬間、思いっきり琉菜の面を打った。


「土方さん1本!」沖田の手が高々と上がった。

「ま、負けたー」琉菜はがっくりとうなだれた。

「へっ。お前みたいな小娘に負けるほど落ちぶれちゃいねえよ。」


 ム、ムカつく~!

 …でも、やっぱり、強い。相手は本物の侍なんだもんなぁ。


「…土方さん。ありがとうございました。」

「なんだよ改まって」

「あの時土方さんに負けたおかげで剣に目覚めました。それで今、自分はまだまだ未熟だと思い知りました。向こうに行っても、稽古を続けます。そしていつかここへ戻ってきたら、また勝負してもらえますか?」

「ある程度手応えのあるやつになったらな、考えてやるよ」


 琉菜はにこりと笑った。


「あのー、琉菜さん…」沖田が恐る恐る言った。

「それ…言っちゃってよかったんでしょうか?」

「へ?」


 琉菜は自分のセリフを反芻した。


 あ…


『向こうに行っても』『いつかここへ戻ってきたら』


 琉菜が帰るかもしれない話は幹部しか知らないことだったのだ。


 琉菜が道場を見渡すと、説明を求める顔をした隊士がたくさんこちらを見ていた。


「つくづくバカだな、お前」土方が溜め息をついた。


「すいません…でも、未来っていう単語言わなくてよかった…」

「そういう問題か?…仕方ねえ。」土方はずいっと前に進み出て、隊士たちに説明を始めた。


「16日の朝、こいつは叔母に引き取られることになった」

「ええーっ!」


 隊士たちの反応は、琉菜の思ったとおりだった。


「そんな、急すぎます!」

「どこに行っちゃうんですか!?」


 隊士たちはわあわあと質問攻めをした。琉菜は詳しく説明した。


「あたし、今まで身よりがなかったんですけど、大阪に叔母がいたことがわかって、急遽そっちへ行くことになったんです。でも、叔母って気まぐれな人みたいなんで、もしかしたら日にちは先送りになるかも…」


 今月帰れなかった時のために、琉菜はそう言っておいた。


「なーんだぁ…」

「よかった…」

「大阪なら近いしな」


 隊士たちは安堵の声を漏らした。


「みなさん、いろいろお世話になりました。いつかまた、京都に来た時はここに来たいと思っています」琉菜はぺこっとお辞儀をした。


「いつでも来ーい!」

「待ってるからな、琉菜ちゃん!!」


 やんややんやと騒ぎ始めた隊士を見て、琉菜はまた小さくお辞儀をした。


 みんなが待っててくれる。


 いつかまた、絶対戻ってきたい。


 あったかい新選組に…

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