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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第1章
15/101

15.山の南

 そうして年が明け、正月気分が抜けてきた1月中旬、新選組である発表がなされた。


 琉菜は手習いをするべく訪れた山南の部屋で、その情報を聞いた。


「屯所の移転ですか!?」琉菜の声が響いた。

「そうなんです。最近隊士も増えてきて、ここも手狭になりましたから。もっと大きな所に引越ししようって土方君がね」


 山南は、ふう、と息をついた。


「そうなんですか…あたしここ好きだったのになあ…」

「残念だ、と思いますか?」山南の問いに、琉菜ははい、と答えた。その返事を聞いて、山南は少し微笑んだ。

「そうですよね。私も、残念だ」

「山南さん…?」


 山南の悲しげな表情に、琉菜はほんの少し違和感を覚えた。






 字の練習のあとは、剣術の稽古ということで、琉菜は1人道場で木刀を振っていた。


 しばらく稽古していると、扉の方から物音がした。

 見ると、沖田がそこに立っていた。


「いつの間にか、結構上手くなってるじゃないですか」

「お、沖田さん!」

「がんばってますね」沖田はにっこりとほほ笑んだ。

「はい。強くなりたいっていうのもありますけど、単純に楽しいので。最近、ちょっと上達した気がするんです」

「へぇ。じゃあ、お手並み拝見といきますか」


 沖田は楽しそうに壁にかかっていた木刀を手にとった。


「え、沖田さんと、勝負ですか?」琉菜は突然の展開に驚いた。

「嫌ですか?」

「いえ、嬉しいです!」


 稽古をつけてもらったことはあるけど、、勝負らしい勝負は初めて。

 沖田さんがものすごく強いことはもう十分知ってる。

 あたしで太刀打ちできるのかな…。

 でも、あたしだってがんばってきた。それなりになんとかなる…はず。


 琉菜は沖田の前に立ち、今までの力をすべてこめるように木刀を振りかぶった。


「やぁーーっ!」


 次の瞬間、ぴたりと琉菜の動きが止まった。


 え…?


「まだまだですね」


 琉菜の背後から沖田の声が聞こえた。


 琉菜が振り返った時には、琉菜ののど元に沖田の木刀が突きつけられていた。


 うそ…こんなにあっさり?

 そんな…だってあたし…


 琉菜はその場にへなっと座り込んだ。


「あーあ、やっぱ沖田さん強いやぁ…」


 琉菜はため息まじりにつぶやいた。


「ほらほら、もう終わりですか?」沖田はいたずらっぽく笑った。


 琉菜は歯を食いしばって立ち上がると、もう1度木刀を振りかぶった。

 沖田はひょいひょいと避けながら、最後にまた木刀を琉菜に突きつけた。


「ダメですよ、そんなやみくもに降ってるだけじゃ。ほら、こうです」




 その後、沖田の指導が小一時間ほど続いた。

 琉菜はいつしかへとへとになって、重そうに木刀を振った。


「ほら、違うって言ってるじゃないですか!」


 沖田は疲れの色をまったく見せない。剣を教える沖田の目はいつになく真剣だった。


 やっぱ、沖田さんは鬼なんだ。

 …いろんな意味で。


 琉菜は改めてそう感じた。しかし、それと同時に、不謹慎にも琉菜はこう思った。


 沖田さん、かっこいー…


 稽古は、琉菜にとってつらくはなかった。

 大好きな人に剣道を教えてもらえるなんて、最高に幸せなことじゃないか、と前向きに考えるようにしていた。

 時間はあっという間に過ぎて行き、道場の扉のすき間からは夕陽が差し込んでいた。


「そろそろ終わりにしましょうか。」

「は、はいー…」


 琉菜ゼイゼイ言いながら木刀を片付けた。


「やばっ、もうこんな時間!」


 沖田と道場を出て、沈んでいく夕日を見ながら琉菜は言った。


「琉菜ちゃーん!どこにいたん?もう夕飯作りやり始めてしもたで?」


 鈴が廊下を歩きながら琉菜に呼びかけた。


「すいません、ちょっと剣道の練習を…」

「そやったの。沖田はんも一緒やね?教えてもろたん?」

「はいっ」


 鈴はくすっと笑った。琉菜が遅れたことはさほど気にしていないようだった。


「それじゃ琉菜さん、私はこれで」


 琉菜の後ろから沖田の声がした。

 沖田はいそいそと逆方向へ去っていった。

 琉菜が沖田の顔を見ると、ほんのりと赤くなっていた。

 夕日のせいとも思えたが、琉菜にはわかっていた。


 やっぱり、ライバルがお鈴さんじゃなぁ…


 琉菜は落ちこんでうつむいた。


「琉菜ちゃん?どないしたん?」

「え、いや、なんでもないです!」

「そか。…それにしても、琉菜ちゃんホンマに沖田はんのこと好きなんやなあ。」

「ち、違います!いきなりなんなんですか!」


 琉菜は顔を赤らめた。

 鈴はさっきのようにくすくす笑いながら琉菜を見た。


「かわええ、琉菜ちゃん」

「からかわないでくださいっ」

「からかうなんて、うちはほんまに琉菜ちゃんの恋応援してるで」


 ね、といって鈴はにこっと笑った。


 …お鈴さん、肝心なことに気づいてないんだから。


 琉菜はふっと笑った。


「そんなことはどうでもいいですから、夕ご飯の支度しなくちゃ。」


 琉菜はくるりと踵を返し、台所に走っていった。









 2月になった。


 旧暦なのでズレがあることを頭では理解していても、現代人の琉菜にとって2月に桜が咲くというのは奇妙でしかなかった。


 お父さん、お母さん、とうとう季節が変わってしまいました…


 庭でぼんやり空を眺め、琉菜はため息をついた。


 最初の頃のように道に迷うこともなくなってきたので、琉菜は何度か時の祠を探しに出かけたが、見つかることはなかった。


 あの祠自体幻…とか…

 タイムスリップ自体普通に考えたらありえないんだし、もはやなんでもアリだよね…


「すんませーん。飛脚どすー」


 琉菜はハッと我に返り、手紙を受け取りに行った。


 字もだいぶ読めるようになったなー…


 琉菜は宛名を一通一通確認しながら1人ほほ笑んだ。

 なんだかんだと、この世界の暮らしにすっかり適応していることに、一番驚いているのは他でもない琉菜であった。


 最後の一通は土方宛てだった。


「副長室副長室…っと」


 土方の部屋に近づくと、何やら声が聞こえてきた。


「土方くん、今からでも遅くない。西本願寺だけは、やめておいた方がいいんじゃないか」

「これは決定事項です。それとも…誰だ?」


 土方さんって、ほんと人の気配に敏感だよなあ…

 まあ、そうでもないと新選組の副長なんて勤まらないのかもしれないけど


 琉菜は悠長にそんなことを考えながら、部屋の前に座った。


「琉菜です。土方さん宛てにお手紙です」


 障子ががらっと開いて、中から土方が出てきた。

 一緒にいたのは山南だった。


「琉菜さん、読み書きの方、だいぶ慣れてきたようですね」山南はにっこりほほ笑んだ。

「はい!山南さんのおかげです。ありがとうございます」琉菜も笑い返した。

「用が済んだらとっとと行け」土方は障子をピシャリと閉めた。


 ちょっと、さすがに今のはないんじゃないの?


 琉菜は怒りに任せて立ち上がり、大きな足音を立ててその場をあとにした。








 その後、巡察から帰ってきた沖田と琉菜は縁側でお茶を飲んでいた。



「土方さんって、ほんと口が悪いというか、愛想がないというか」琉菜は先ほどの出来事を沖田に話した。


「ああ見えて、屯所移転のこともあるし土方さんも気苦労が絶えないんですよ」沖田がフォローした。

「じゃあ屯所移転なんかしなきゃいいじゃないですか。山南さんも反対してるし」

「2人とも、考えは真逆ですけど、ちゃんと新選組のことを考えてるんですよ」 

「ほんと、真逆ですよね。犬猿の仲ってやつですか」

「でも、土方さんって本当は山南さんのこと好きなんですよ」沖田はこの上なくにっこりして言った。

「どうしてですか?」


 沖田はいたずらっぽく笑った。


「水の北 山の南や 春の月」

「へ?」

「土方さんの俳句です」


 沖田はひらひらと手をふってその場をあとにした。


 琉菜はしばらく何のことか考えていたが、やがてその意味に気がつき、ふっと笑った。


 …そっか。山の南ね。





 この後起こる悲劇を、まだ誰も知らない―――






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