14.元治元年大晦日
年末になった。
中富が消息を断ってから少し日が経ったが、琉菜や沖田以外の隊士は、彼のことなど忘れてしまったかのように、通常任務に戻っていた。
冬真っ只中の京都は、朝からとても冷え込んでいた。
しかし、寒いからといって、ぬくぬくと部屋にこもっているわけにもいかなかった。しかも新選組の屯所は、風通しの良い造りになっていた。
そういう寒さの中、避けたくなる雑用といえば掃除、洗濯である。
年末の大掃除をするには琉菜と鈴だけでは人手不足だったので、賄い方の2人は、副長から特別に「助勤以下の幹部を含む、すべての隊士に雑務を手伝わせてよい権利」をもらっていた。
ちなみに、助勤より上となると、局長の近藤はもちろん、土方、総長の山南、参謀の伊藤くらいで、あとはだいたい対象内だった。
「沖田さーん!!籐堂さーん!!」
琉菜は何気なく廊下を歩いていた2人を呼び止めた。
「2人は、庭の掃除をお願いします」
「庭の掃除…ですか」籐堂の顔が青ざめた。
「寒いじゃないですかー。それに私は今日非番なんです」沖田は口をとがらせた。
「今日は土方さんのお墨付きです。山南さんなんかやらなくてもいいのに手伝ってくれてますよ」
「はーい…」と気のない返事をして、2人はしぶしぶと庭に向かった。
琉菜はそんな沖田たちの様子を見届けると、台所に向かった。
「お鈴さん、庭掃除は沖田さんたちに任せられることになったんで、手伝います!」
鈴は台所を1人で掃除していた。
毎日3食100人分近くの食事を作っていたので、台所は煤やゴミでいっぱいになり、屯所内で一番掃除しがいのある場所となっていた。
鈴は、ほっかむりをしてせっせと流しを磨いていた。
「琉菜ちゃん、おおきに」
琉菜は竃の掃除に取り掛かった。
骨の折れる仕事だったが、途中からは数人の平隊士も手伝ってくれたので、作業ははかどった。
そういえば、兄上もこうやってよく手伝ってくれたなあ。
竃にこびりついた頑固な汚れと格闘しながら、そんな思いがよぎった。手伝いの隊士をちらりと見ると、視線に気づかれたのか、目が合ってしまった。
「琉菜さん?どうかしましたか?」
「いえ、なんでも…そういえば、岡崎さん、よく兄上と一緒に賄い当番やってくれましたよね」
「ああ、中富ですか。今の隊に異動になる前は、あいつ、同じ隊でしたから」岡崎と呼ばれた隊士は、寂しそうに微笑んだ。
「琉菜さん、せっかくお兄さんに会えたのに、残念でしたね。まったく、あいつ今頃どこにいるんだか…」
「はい。でも、どこかで無事でいてくれれば、それでいいです」
そうですね、とほほ笑んで岡崎は掃除を再開した。
琉菜もそれからは無言で掃除を続けた。
掃除に夢中になっているうちに、日が暮れかけようとしていた。
「お鈴さん、もう掃除はこれくらいにしませんか?そろそろ宴会の準備しないと間に合いませんから」
今日は年末の大宴会。去年もかなり盛り上がったらしく、これから恒例にするそうだ。
琉菜と鈴は、この日のために用意しておいた食材を引っ張り出し、お互い腕によりをかけてご馳走作りに励んだ。
「うひょーっ!うまそーーー!!」
ところ狭しと並べられた料理を見た隊士たちの声が大部屋に響いた。
隊士たちが各々席につくと、近藤が前に出てきた。
「それでは皆の者。今年1年ご苦労だった。来年もぜひ、上様のため、京の民のために戦おうではないか!それでは、大いに楽しんでくれ。乾杯!!」
「乾杯!!」
それからしばらく、食器と食器がぶつかる音、酒を注ぐ水音、ざわざわという話し声が部屋に響き渡った。
琉菜と鈴は、あちこちで酌をしながら忙しく部屋の中を歩き回っていた。
「琉菜ちゃーんこっち!」
「はいはーい!」
「お鈴ちゃーん、一緒に飲まない?」
「おおきに。こっちお酌したら行きますわ」
「酒もっともってこーい!」
普段、街で人斬りと恐れられている新選組の隊士たちは、あっという間に酒によっぱらい、寝てしまうものや踊りだすものまで現れた。
鈴までも、酒を飲んでほんのり顔を赤らめている。
琉菜は空になった酒瓶をコトンと机におき、部屋の様子を眺めた。
みんな酔っ払っちゃったなぁ。
あたしは未成年だからお酒なんて飲めないし。
ちょっと外の空気でも吸ってくるか。
琉菜は静かに部屋をでて、庭に面した廊下に腰を下ろした。
ここは静かだなぁ。
部屋の中から聞こえてくるたくさんの笑い声が、とても遠くに感じられた。
そういえば、こんなに落ち着けたのは久しぶり。
こっちに来て、もう2ヶ月かぁ。とうとう年が明けちゃうよ。
現代ではどのくらい時間が経ったのかな。
お父さん、お母さん、心配してるかなあ…
今までここの生活が忙しくて楽しくて、現代に帰る方法、探し忘れてたけど。
そろそろ、本気で考えないと。
「あれ、琉菜さんじゃないですか」
琉菜が後ろを振り返ると、沖田が立っていた。
琉菜は一瞬どきっとして、「沖田さん、いいんですか?こんなところにいて」と上ずった声で言った。
「ええ。私お酒ってあんまり好きじゃないんですよ。琉菜さんもですか?」
「はい、まあ」
沖田は琉菜の隣に腰を下ろした。
「久しぶりですね、こんなに静かな夜は」
沖田は、先ほど琉菜が思ったことをそのまま言った。
琉菜はなんだかうれしくて、思わず微笑んだ。
「琉菜さん、さっき何か考えてたんですか?なんか元気なさそうでしたけど」
「え、だ、大丈夫です。ただ、そろそろ未来に帰る方法、ちゃんと考えないとなあって」
「そうだったんですか。琉菜さんもなんだかんだいってもう2ヶ月くらいここにいますもんね」
「…でも、正直まだ帰りたくないんです。ここにいるの、すごく楽しいし。新選組のみなさんとお別れするのはちょっと寂しいですから」
「だったら、もうちょっとここでゆっくりしていっていいですよ」沖田は優しく笑った。
その笑顔にドキッとし、琉菜は「い、いいんですか?」ともごもごと言った。
「もちろんですよ。帰る方法はのんびり探せばいいじゃないですか」
「…はいっ!ありがとうございます。来年もよろしくお願いしますね、沖田さん!」琉菜はにこっと笑った。
「よろしくお願いします」沖田もやわらかい笑みを浮かべた。
月の明るい夜だった。
酔いつぶれてしまったのか、隊士たちの騒ぎ声が徐々に小さくなっていくのがわかった。
こんなふうに、平和で、のんびりとした日々がずっと続けば、と琉菜は願った。




