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青嵐―誠の未来へ―  作者: 初音
第3章
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epilogue3.誠の未来へ(最終話)

 


 三十年ぶりに大河ドラマの題材が「新選組」になったということで、関連史跡は連日にぎわいを見せ、特に連休や行楽シーズンには黒山の人だかりができていた。そんな令和十六年。奇しくも前回新選組が大河ドラマになったのは平成十六年。それは余談。


 京都には、新選組のことを語らせたら右に出る者はいないというツアーガイドがいるらしい。そんな話がSNSを中心に話題になっていた。


「はい、京都新選組観光ツアーにご参加いただきありがとうございます。それではまずはこちら、不動堂村屯所跡を案内します。駅近でいいですよね。まあ、当時はもちろん駅なんかなかったんですけど」


 微妙な笑いが起きたところで、琉菜は続けた。


「今のように駅があって賑わっているというよりは、むしろこのあたりはお寺の近くということもあって閑静な住宅街でした。商店街はもっと向こうの方にあったので、食材の買い出しや日用品の用立てなどに行くのはちょっと大変でした。と、このあたりに代々住んでいる方のひいひいひいおばあさんが新選組に出入りしていた人と知り合いだったそうで、そう言っていたそうです」


 こう言うと、だいたいの人が「生の声かあ」「幕末って近いんだなあ」と感心してくれる。実際は、琉菜の体験談なのだから、リアリティは保証できる。


「今日は特別にホテルの中に入って、屯所の実際の様子も交えながら説明させていただきます。申し遅れました、私この度ガイドを務めます、沖田琉菜と申します」


 琉菜が未来に戻ってきた頃には、当然だが鈴香をはじめ、かつての級友は皆社会に出て一人前の大人として現代を生きていた。

 琉菜はといえば、高卒、資格なし、それなりのサバイバル経験はあり、といったような状態で身の振り方にはかなり悩んだのであるが、結局ここに行きついた。何より新選組をその目で見た自分が伝えなければ、と思った。

 琉菜のガイドっぷりは「臨場感がある」「当時の情景が思い浮かぶ」と好評で、ときどきSNS上で話題に上がったりもしている。



 この日、琉菜は十数人の観光客を連れて、屯所の跡地に建っているホテルに入っていった。

 慣れた足取りで二階に上がると、宴会場に入っていく。


「このあたりが、幹部の部屋が並んでいたあたりになります。あちら側が局長室。不動堂村の屯所になってからは、近藤勇は外出も増えていたのであまり使われることもありませんでしたが、隣に土方歳三の部屋もあって、よく互いの部屋を行き来していろいろ話し合っていました。沖田総司はそちらの奥の部屋で療養していたのですが、よく抜け出して稽古に行くものだったから、お世話役の賄い方にしょっちゅう怒られていました」


 観光客は、へえ、とか、ほう、とか言いながら宴会場の中をふらふらと歩き回った。琉菜はその様子を見ながら、あの頃のことを思い出す。それはもう、夢だったのではないかと思えるほど、現実味のない、でも、鮮明な記憶。


 そういえば、土方さんの部屋にお茶を持ってったら茶柱が立ってて、珍しく褒められたこともあったっけ。


 思い出すのは、何気ない、日常の一コマだ。



 局長、土方さん、総司さん。


 あなたたちは、こんなにも未来で愛されていますよ。




 ツアーのコースは新選組の屯所をめぐる、ということで、最後は壬生寺でお開き・解散となった。


「質問ある方はなんでも聞いてってくださいね~」


 ツアーの最後に琉菜は必ずそう言うのだが、すでにここまでで十分すぎるくらい説明をしているので、本当に何かを質問していく者はほとんどいなかった。が、今日は一人残っていた。


「あの、沖田さんって、芸名っていうか、そういう感じですか?沖田総司と同じ苗字だから」


 尋ねてきたのは、二十代前半くらいの女性だった。「新選組を歩く」と書いてあるガイドブックを手にしている。あちこち付箋が貼ってあって、年季が入っている。これは、マニアックすぎて一緒に旅行してくれる人がいない新選組オタク女子の一人旅だ。琉菜はそう直感した。


「いえ、たまたまですよお。むしろ、同じ苗字だから沖田総司に親近感が湧いて、新選組をいろいろ調べているうちにこの仕事をって感じですかね」琉菜はあはは、と笑ってごまかした。まさか本当のことを言えるはずもない。


 もっとも、戸籍上は「宮野琉菜」のままなので、「沖田琉菜」は確かに芸名というか、通り名だった。


「沖田さんは、どう思いますか?沖田総司って、いろいろ謎が多いじゃないですか。享年が二十五歳なのか二十七歳なのかとか、ヒラメ顔って本当だったのかとか、命日は五月の三十日が通説って言われてるけど、一部で六月五日説もあったりとか」


 琉菜はギクリとした。だが、冷静に答えた。


「そうですねえ。まず私は二十七歳説を信じてますよ。その方がちょっとでも沖田総司が長生きできたって思えるし」


 これは実際、総司さんから聞いたもんね。天保十三(一八四二)年生まれだって。


「あと、顔ですが、ヒラメ顔っていうより今でいう塩顔みたいな感じだったんじゃないですかね」


 これも見たから本当だもん。


「で、命日は……私は五月三十日だと思っています。六月五日というのは、きっと葬儀をした日とかそんな感じじゃないですかね?だってほら、池田屋と同じ日じゃないですか。なんだかドラマチックすぎるというか、いかにも小説向きっぽいでしょう。だから、きっと小説で書かれたが史実の一説として独り歩きしたんじゃないですかね?」


 女性は「なるほど」と頷きながら聞いていたが、「でも」と納得していなさそうな声を出した。


「五月三十日って沖田総司を看病していた女中さんの日記しか根拠がないらしいじゃないですか。例えば、その人的には五月三十日で沖田さんが意識を失ったりしたことで事実上死んでしまった、ということで日記に書いただけで、本当は六月五日まで生きていたんじゃないかなって」


 う、鋭い……

 あなた、歴史の研究者に向いてるかもよ。


 事実、歴史は「ほぼ」変わっていなかった。琉菜の日記は、どうやら関東大震災か第二次大戦でのごたごたで、詳細はわからないが紛失されてしまったようだった。それでも、あれから数十年は残っていたようで、その記録を元に二次資料本やフィクション作品が作られ、五月三十日説が確固たるものとなっていた。しかし、やはり琉菜がタイムスリップして変わってしまった後の命日「六月五日」も一説として残ってしまっていた。


「これは、沖田総司に近かった人の子孫から聞いた話なんですけどね」琉菜は切り出した。

「女中さんの日記には『逝去』とはっきり書かれていたらしいですよ。昏睡状態とかだったなら、そう書くと思うんです」


 この手の質問をされることは時々あった。そして琉菜は、その度に五月三十日説を推していた。日記を書いた張本人として。


 女性は、「ふふっ」と楽しそうに笑った。


「そうですよね。あなたがそう言ってると、なんだか本当のことのような気がしてきます。ネットで話題になってたからこのツアー申し込んでみましたけど、来てよかった。沖田さんの話、本当に幕末からタイムスリップしてきたみたいに臨場感ありました」

「あはは、ありがとうございます」

「貴重なお話を聞けて嬉しかったです。こちらこそ、ありがとうございました」


 女性はペコリとお辞儀をすると、そそくさと去っていった。



 まさか、総司さんの命日のこと、こんな風に歴史に残るとはねえ……


 琉菜はこのあと河原町にあるガイドの事務所に戻らなければならなかったが、少し時間があったので壬生寺の石段に腰掛けて、スマートフォンで「沖田総司」と検索した。そこには、「沖田総司(天保十三?年~慶応四年五月三十日《諸説あり》)」と書かれていた。


 山崎さんが見たら、怒るかもね。せっかく歴史を変えられたんだから、余計な小細工すんなって。

 でも、許してくれるとも思う。あたしの気持ち、わかってくれると思う。


 あの最後の五日間は、あたしだけの、総司さんとの時間だった。

 今でも、そう思ってる。

 だからこれからも、ああいう質問をされたらあたしの答えは同じなんだ。


 琉菜は画像フォルダを遡った。出てきたのは、沖田や近藤、土方らと一緒に撮った写真である。


 あたしは絶対に忘れないよ。

 あたしはずっとずっと一緒だよ。


 ――琉菜。


 琉菜ははっとした。

 名を呼ばれたような、そんな気がした。


 気のせい、だよね。


 琉菜は立ち上がって、スマホをバッグにしまった。


「また来ますね」





 壬生の周辺は辛うじて当時の面影を残しているが、少し歩けば四条大宮の駅。そこに江戸時代の面影はなく、観光客や地元の人々で賑わっている。琉菜はあの頃と変わらない景色を見たくて、遠回りにはなるが鴨川方面に向かって歩き出した。


 ――琉菜。


 まただ、また、声が聞こえたような。



 琉菜は、足を速めた。

 ようやく鴨川沿いに出ると、大きな木が一本、どっしりとそこに立っていた。


 それは、初めて沖田に会った時に、自分は未来から来たのだと打ち明けた、あの木だった。


「変わらないなあ」


 琉菜は木の傍に降りていって、座った。目を閉じる。


 総司さん。

 そっちは楽しいですか?みんないますか?

 永倉さんと斎藤さんだけおじいさんになってるでしょ。

 っていうか、あの世ってやっぱり死んだ時点の容貌で行くものなんですか?


 あたしは、あなたたちが命がけで切り開いてくれた未来で、あなたたちのことを語り継いで、元気に生きています。

 運命の地にタイムスリップするって、戻ってきた後のことも全部含めてのことだったのかなって、今では思うの。


 総司さんに、みんなに、会えて本当によかった。

 絶対絶対、忘れないからね。




 ――琉菜。


 私はこっちで近藤先生たちと達者にやっています。

 あなたのことを忘れた日は一日だってありません。

 私はいつでもあなたを見守っています。


 だから、あなたの思うように、未来を、精一杯生きてください。



 馬鹿だなあたし。

 聞こえるわけないのに。

 でも、夢でもいい。総司さんの声が聞ければ、それでいい。

 いつかおばあさんになってそっちに行くことになっても、あたしのこと、受け入れてくれますか?


 それまでは、あたしの大好きな、この目見てきた新選組を、沖田総司を、これからも想い続けながら生きていくよ。

 だから、ゆっくり眠ってください。


 総司さん。大好きだよ。



 目を開けると、見慣れた風景が目に飛び込んでくる。

 人気のない鴨川の景色は、あの時から変わらない。



 琉菜はよし、と言って立上がった。


「明日もがんばろっと」


 そう言った琉菜の背中を押すように、サアッ、と強く、それでいて優しい風が吹いた。




<完>






お読みいただきありがとうございました。

次の話で長めのあとがきを書いています。

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