ヒューマノイドへの憧憬
ヒューマノイドから人間について考えてみるテスト。
一人の少年の前に鼻息を荒くした少女が詰め寄っていた。少女の手には新聞紙が握られている。
「これ見て!」
少女は紙面を少年の前に置くと、でかでかと書き出してある見出しを指差した。そこには『人類史上初の自律学習型ヒューマノイド完成』と書いてある。
この記事が少女の興奮の理由である。
今にも叫びだしそうな身体を震わせて少年の両肩を握り締める。そのせいで二人の顔が数センチまで接近している。しかし、気付いていないのか、気にしていないのかは定かではないけれど、気にした様子はない。
それに対して少年は何の感情も露にせず記事の内容を指でなぞりながら追っていく。
暫くの間は少女に肩を掴まれたまま無言で紙面をなぞっていた。その指がフッと紙面から離れると、そのまま少女の額まで持っていき、軽い力で押し戻した。
少年と距離が離れた所で少女の顔がカッと赤くなったので、先程まで平気だったのは気が付いていなかったせいらしい。
少年は少女の様子を意に介さずにある事を尋ねた。
「ヒトは何故人型を作ろうとするんだと思う?」
その問いに少女は何の意味があるのかと勘繰った。
少女にとってこのニュースは喜ぶべき事であり、その喜びを少年と分かち合いたいと思っていた。
気難しい少年の事だから諸手を上げて喜んでくれるなどとは想像していなかったが、話に乗ってくれる甲斐性は持ち合わせていた。
少女は少年の言葉を反芻し、咀嚼しながら思考する。しかし、これと言ったひらめきは浮かんでこず、自分の持つ印象から少女は何とか搾り出した。
「うーん、やっぱり夢だったからじゃないかな。」
人型をヒトの手で産み出す事は、少女の言うとおり人類の夢であった。人型ロボットに憧れを抱き、これまでにありとあらゆる紛い物を作り出してきて、漸く実を結んだものがこのヒューマノイドである。
それは正しく人類の夢だ。果て無き欲望の結晶だ。
それを踏まえた上で少年は更に問う。
「何故それが夢足り得たのだ?」
「ほら、アニメとか漫画とかの影響じゃない? SFを切欠に科学者になった人だって珍しくないんだし。」
少女の答えを聞いて少年は微笑んだ。そして続けて問う。
「では何の為にヒューマノイドは作られるに至ったのだ? 何故紛い物のヒトを作る必要があったのだ?」
「………。」
少年の問いに少女は返す答えが見つからなかった。
その通りなのだ。ヒューマノイドが必要な理由というものが見当たらなかった。人類の夢であり、欲望の結晶と言えた科学技術の最高傑作であったが、それを作り出す意味など無いのだ。
少年は煮詰まってしまった少女に飲み掛けの缶コーヒーを手渡して飲むように勧めた。顔を赤らめた少女であったが、おずおずとアルミ缶に手を伸ばして、その縁をしゃぶる様に缶を傾けた。
少女が缶コーヒーを飲み終えたのを確認すると少年は椅子の背凭れに寄りかかって話し始めた。
「まず触りにヒトがどういう生物かから話していこうか。
ヒトが他の動物と異なっている点は様々な論で展開されているが、一言で言ってしまえば非合理性といって差し支えないはずだ。殺す為に殺す生物はヒトに置いて他にない。合理的なだけの生物ならナチスのホロコーストも広島の原爆もただ大量に、効率よくヒトを殺したという結果だとしか思わない。しかし、現にナチスの行いは極悪非道だと解釈され、原爆はその義の正邪が問われる事はあっても、悲劇としてヒトの記憶に残っている。
愛という概念も実に人間的で、未だ誰も明確な方程式を確立できてはいない。生理現象と繋げて法則性を求める者もいたが、愛ゆえに憎む、愛ゆえに殺すという非法則性を認めない訳にはいかず、結局手詰まりだ。
ヒトという存在を説明するに当たって、全てを法則性で捕らえる事は不可能だという訳だ。
そして、件のヒューマノイドだが、ヒューマノイドは人工的なヒトだ。つまり、ヒューマノイドがヒトに至る事でヒューマノイドは完成となるわけだ。そしてこの場での至るという言葉は科学的な法則性で動くヒューマノイドがヒトの持つ非法則性、非合理性を体得する事にある。
そろそろ、本題に入ろう。
ヒトは何故人型を作るのか。この答えは簡単だ。アリサの言うようにそれがヒトの"夢"だったからだ。I have a dream.それがヒトの最大にして最高の原動力さ。
そして、その夢の名は神。神になる事がヒトにとっての完成であり、ヒトの終着点だ。」
「ちょっと待ってよ! 何でヒューマノイドを作る事が神になることになるの!?」
少年の話を遮って少女が疑問を呈す。
少年は笑みを零し、少女から空になったアルミ缶を受け取る。
「聖書には『我々に似せてヒトをつくろう』と記されている。ここで言う我々というのは神と天使だ。
ヒトがヒューマノイドをつくる事はそれと同じだ。神がヒトをつくったのと同じように、ヒトがヒューマノイドをつくる事で神とヒトを同じものとしたい。それがヒトの"夢"だ。
錬金術師のホムンクルス、人型ロボット、そしてヒューマノイド。
このヒトをつくりたいという"夢"も実に人間的なものでね。ヒトをつくりたいなら財と時間をかけてヒューマノイドをつくるより、交わった方が合理的で法則的だ。
ヒューマノイドを労働力とするなんて馬鹿なことを言っていた学者もいたが、労働力にするならヒトとしての非合理性を持ったヒューマノイドであってはならない。ヒトと同じ感性を持つ以上それはヒトとして扱わなければならない。労働力とするなら意思を持たないマシーンに任せればいいだけだからな。
この非合理的な"夢"の原点は聖書に記されていたという訳だ。」
静かにそう締めると少年はアルミ缶を潰して新聞の上に置いた。
そして、少年は悲しげに空を見上げる。
「ヒューマノイドは自分の存在をどう思うんだろうね。良しと笑うのか、悪しと嘆くのか。僕の興味はそれくらいだよ。」
少年のその表情の裏にどの様な感情が隠れているのか、少女には理解できなかった。
この小説はヒューマノイド等を否定するものではありませんので悪しからず。