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第九十六話 合金(2)

今話のイメージソングです。


https://youtu.be/rTIf8S-kcP8


Fight Song by Rachel Platten



この“青銅”、つまり“合金”が開発されたことは、人類にとってはとんでもなく画期的なことだった。


何せ、それまでの石器や木材、骨だと削ったり、叩いたりする方法でしか道具が作れず、好きな形に曲げることもままならず、石器の包丁なんかで肉や魚をさばいていると、水などに浸食されてすぐにボロボロになってしまう。(一応、瀝青油(第95話『合金 (1)』(注1)参照)などで防水加工はしていたが・・・)

しかも、山の岩石や氷を削り過ぎて大洪水を起こしてしまった以上、鉱石資源にも食糧となる捕獲動物にも限りが出てきて、道具にできる最適な石もどんどんなくなり、大型動物がいなくなってからはどれだけ矢を小さくして鋭利に尖らせた細石器さいせっき(注1)でも小動物を射ることが難しかった。

ところが、青銅(合金)は、鋳造ちゅうぞうの際に好きな形に変えたり、伸ばすことができ、水にも強く頑丈で、その上、鋭利に尖らせてもすぐにボロボロと刃こぼれすることもない。

おかげで狩猟に使う矢尻だけでなく、氷河期が終わって始まったばかりの農耕においても土を耕しやすく、土中の石に当たってもそうそう砕けることのない硬さもあった。


これで一気に“物づくり”の幅が広がったことは言うまでもない。


こうした狩猟道具や土を耕す農具の他に、木材を切る斧、木材や石を削るノミ、羊の毛を刈るトングのような形のハサミ、毛織物を縫う針、魚を獲る為の釣り針、家や舟を作る時のくぎ、調理に使う鍋、鉱石を採掘する際のつるはし、炉(火)に入れる前に土器(→高温で焼くと陶器)を回しながら形作る為の“ろくろ”、井戸から水を汲みだす時に使う滑車かっしゃ、等々。

特に、“ろくろ”を支える軸棒や土台となる旋盤せんばん、水を汲みだす滑車といった“はずみ車”(=Flywheel)の仕組みができたのは、何より青銅がこれまでの部材である石や木材、骨などと比較して簡単にすり減ることがなく(耐摩耗性たいまもうせい)、長く使っても鋳造した形を保っていられる(耐久性たいきゅうせい)、夢のような素材(=material)だったからである。


(ちなみに、“はずみ車”の仕組みとは、車輪や旋盤せんばん、滑車などを手や動力でもって回すと、しばらくの間、はずみで回り続ける。この力を加えたら回り続けるという動きを利用して発明されたのが“ろくろ”(=Potter’s wheel)である。

このろくろ(はずみ車)の仕組みこそ、現代になると手巻き式時計やオルゴール、自動車のエンジンに、ネジを作る工作機械、果てはフライホイールバッテリー(=Flywheel battery)といった蓄電装置に応用され、電車やF1カー、風力発電、太陽光発電といったものにまでこの技術は息づいていくのである。


なお、青銅器時代に作られた“ろくろ”の旋盤せんばん(台)として今なお、よく知られるのは、中国や日本などで発掘された“銅鏡”と呼ばれる青銅で造られた円盤である。


裏面が鏡のようにピカピカになっていることから、それで顔を映したり、祭事や祈祷の際に使う魔術や呪術用の鏡だと誤解されてきたが、銅鏡の表はなぜか必ずと言っていいほど、華やかな同じパターン(型)の絵柄が円形に装飾されていて、さらに真ん中の部分は必ず丸く盛り上がったボタンのようなものが彫金されている。

実は、その同じパターン(型)の絵柄を粘土に押し付ければ、絵柄をスタンプすることができ、次に銅鏡をひっくり返して丸く盛り上がったボタンの部分に軸棒を取り付ければ、裏面がろくろの台となって絵柄が刻印された粘土を巻きながら土器を作ることができる。

つまり、“銅鏡”と呼ばれる青銅製の円盤は、土器のデザイン(装飾)を手早く、簡単にし、量産ができる産業機械だったのである。


だが、これが産業機械だったとは“理解されず”、いつしか魔術や呪術用の鏡だと思われるようになったのも、この青銅器時代の数々の高度な知恵や技術が次第にすたれていくようになったからだった・・・。)





人類にとっての物づくりが単に“生きる為”、日々の生活を豊かにし、人々が仲良く楽しく暮らしていく為だけだったら、誰も何も傷つかなかったかもしれない。



だが、人は一度、楽で簡単な物を手に入れると途端に怠慢になり、おごり高ぶり、いつしか労働の喜びや苦労、痛みを忘れ、自分と他人の持っている物とを比べて競いだし、他人が持っている物を妬んで奪おうとし、そして、他人よりももっと多くの物を手に入れようと、なぜか、自分達が生きる為にと一生懸命、汗と知恵を絞って造ったはずの“物”でもってお互いを傷つけ、殺していく・・・。



青銅(合金)が開発されるようになってからというもの、世界中で青銅器がもてはやされ、 “ろくろ”を発明したとされる中東でも青銅器を製造する産業が盛んになり、人々はその原料となる銅鉱石や砂錫さすず錫石すずいし、木材や瀝青れきせいなどを求め、森林をどんどん伐採ばっさいし、地面もより深く広大に掘削くっさくするようになっていった。

また、水も冶金やきんには欠かせないことから、同じように地面を掘って井戸を作り、水路も整えていく。


そうなると、そうした森林伐採や鉱石の採掘、井戸や水路を建設するといった農業以外の仕事に従事する人達が大勢、採掘場や森林へと住む場所を移していく。

もちろん、そういった仕事をする人達の為に農業や漁業、畜産業を職とする人達が肉や魚、野菜やパンといった食べる物を作り、家畜の毛や皮で着る物を織って、そして、それらの製品を詰めて運ぶ為の土器や陶器を専門に作る人が増えていき、また、詰め込まれた貨物を馬やラクダで運ぶ人達も現れ、さらに、運ばれてきた商品を市場に並べて売買する人達もたくさんやってくるようになる。



こうして、何もなかった荒野や砂漠でもあっという間に人と物があふれかえる都会(city)になってしまうのである。




その結果、争い(戦争)を避けようとしてせっかく人の少ないネゲブ砂漠のベエルシェバに移り住んだアブラハムの周辺でも、いつしか人や物の数が増え、再び水資源や鉱石資源、森林資源、食糧や女達などを巡って人々は絶えずいがみ合い、争い合うようになっていき、彼らが競争相手を殺してその争い(戦争)に勝つ為に生み出したのが、銅剣や銅矛どうほこ、胴着、銅製の戦車といった青銅(合金)で造られた武器や兵器の数々だった。


むろん、この青銅(合金)でできた武器や兵器がもたらした破壊力は、石器時代(氷河期)とは比べ物にならないぐらい凄まじいものだった。


大して力のない子供でも刺したら人を簡単に殺してしまえる・・・。

それは力を込めて叩くしかなかった刃の鈍い石器ではできない空恐ろしい凶器だった。



その為、あらゆる周辺部族はもちろん、それこそ世界の至る所で戦争が起きるようなり、その争い(戦争)に否応なく巻き込まれ、家族や財産を強奪されたアブラハムは、結局、自分達の生命と財産を守る為に兵士を育成し、自衛するようになった。(創世記14章14節参照)

ところが、この自衛の為にと軍備を整え、軍隊(=自衛隊)を創設してしまったことが、逆にこの後、アブラハムの家族を含んだ青銅器時代の人々をほぼ滅亡させてしまう元凶となるのである。


(注1)

細石器・・・英語ではMicrolithマイクロリスと呼ばれ、長さが数センチほど、幅も1cm程度あるいはそれ未満の小さな石器のことである。


石器時代の後期から作られるようになり、木材や動物の骨の溝にはめ込んで替え刃ができ、たくさんつけることでギザギザ形の刃なども作られるようになった。

細石器は一部の地域だけでなく、世界中で広く出土しており、一時期は世界中で流行したようだが、BC8000年ぐらいから農業の発展に伴って衰退した。しかし、この細石器時代の技術が後に布を縫う時に使う手芸針や漁業に使う釣り針、また建築用のネジや釘などにも活かされていて、時代の流れに押されながら生き残ろうと、いろいろ苦労して試行錯誤し、様々な工夫をこらそうとする祖先達の息遣いがこの細石器の中に息づいている。


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