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第九十五話 合金(1)



そうなったのも、彼らが汗水たらして土中を必死になって掘って得たものが、実は水だけではなかったからだった。




金、銀、銅、鉄、亜鉛あえんなまりすず、水銀、石油や石炭、岩塩、石灰石(大理石)、火打石ひうちいし、等々(などなど)。

土中深く、地球の岩盤プレート内に眠るこうした天然資源こそ、私達、人類の生活をとてつもなく飛躍的に向上させると同時に、ともすれば堕落させ、争い(戦争)を拡大させるものでもあった・・・。


元々、氷床や岩石を削っていた頃にも石器を編み出していたように、人類が鉱石を使って道具を生み出すことは今に始まったことではない。

しかし、火を使って鉱石を溶かし、そこから必要な金属を取り出し(=Smelting、 製錬)、さらにはその金属の不純物まで取り除いて(=refining、精錬)、それを好きな形に変え、水で冷やして硬くする、この“冶金術やきんじゅつ”(=Metallugy)が始まったのは地球に大地溝帯グレートリフトバレーができた頃からだった。


それまでの人類は火の扱い方を知っていても、その火がどのような作用をもたらすかまでは、まだ、よく“分かっていなかった”。


というのも、氷床に住んでいた頃(石器時代)は鉱石を削って道具を作ればよかったし、農作物や野菜のない氷の世界でビタミンを補う方法としてエスキモーの人々が生肉を主食とするように、調理に火を使うことは滅多になく、燃料となる草や木も限られている以上、せいぜい火打石(=Flintstone(フリントストーン))を叩いて火を点け、氷を溶かして水を作ったり、スープを煮たり、体を温めるぐらいだった。

むろん、そんなぬるい火では(木片や泥炭ピートを燃やして約300度)、ほぼ1000度近くの融点ゆうてん(固体が溶けて液体になる温度)を持つ鉱石(金属)を溶かすには程遠い。

まして、“鉱石が火に溶けて液体に変わる”などという化学現象を見たことがないのだからまさか突然、「石を溶かそう」などと考えつくはずもない。


だが、大地溝帯グレートリフトバレーができた時、人類はそれまで見たこともない驚くべき光景を目の当たりにした。

それが“溶岩”(=Lava)だった。


“溶岩”は、地球の地熱活動で昇ってきたマントル(主に放射熱を持ったかんらん石)が水によって溶けてマグマに変化し、さらにそれが地殻(地表)を突き破って外に放出され、地殻周辺の岩石なども一緒に溶かして流れてくるものである。

大体、マグマが噴出してくる時の平均温度が900度~1200度、これが地球の奥深くに眠る様々な天然資源の要素(element)、原子とか、分子とか、元素とか、事細かく化学用語の解説をここでするつもりは更々ないので割愛するが、要するに、地球上の物質を構成する“目に見えないいろいろな粒”(=天然資源の要素)がマグマの熱(の温度)や水によって同じ融点や性質を持つ粒同士で結びつき(結晶化=Crystallization)、金や銀、鉄といった、それぞれ特徴を持った目に見える固体へと生まれ変わらせるのである。

(余談だが、イメージとしては人間という地球上の粒同士が愛(情熱)でもって結びつき、結びついた者同士で子供を産むとその子供を“愛の結晶”と呼ぶようなものである。)


ただし、そうやって溶岩から溶け出た天然資源(=鉱物)はそのまま私達、人間がすぐに利用できる形で産出される訳ではない。


中には自然金(山金やまきん砂金さきん)のように目に見えて分かり、金鉱物が混じった石(鉱石)を削ったらすぐに“金”として使えるものもあるが、大抵は他の種類の天然資源(鉱物)や、人間を含めた動物や微生物の糞や死骸といった有機化合物なども一緒に溶けて混じり合い、目で見てもよく分からないものの方が多い。



だが、人類はその溶岩が流れてくるさまを見て石が溶けることに気づいた。

そして、それが水や空気で冷えて固まり、石や岩になることも知った。


この自然(神)による教えが、人類に“豊かに生きる為の物づくり”をするヒント(=hint、啓示)を与え、化学実験の始まりとなったのである。



最初にその化学実験で成功したのは銅だった。

アルプス・ヒマラヤ造山帯、環太平洋造山帯、この二つの地球の火山帯域で最も広範囲に渡って造られたのが“斑岩銅鉱床はんがんどうこうしょう”(=Porphyry copper deposit)と呼ばれる銅の鉱脈地帯であり、2kmほど土中を掘り進めば“黄銅鉱おうどうこう”のような銅を含んだ鉱石が見つかりやすいことから、今なお、“露天掘ろてんぼり”と呼ばれる地面に穴を掘って採鉱する方法が行われていて、世界の50%以上の銅がこの地帯から産出され、人類が初めて石を溶かす実験材料としてはかなり身近だったからである。


それに、黄銅鉱おうどうこうは見た目、ピカピカとした金色に光っていて、自然金だらけの石のように見えるものが多い。

実際、今でも金とよく間違われやすく、別名“愚者の金”(Fool’s gold)とも呼ばれており、石器時代から銅器時代へと移ろうとしていた人類も、最初は金と間違えて石を溶かして加工しようとしていたのかもしれない。(漢字の“銅”も「金と同じ」と書くし・・・)


ところが、そうやって誤って黄銅鉱を溶かした結果、彼らはきん以上にすごいものを偶然、造ってしまった。

実は、黄銅鉱は銅だけが成分ではない。

黄銅鉱の成分は、銅、鉄、硫黄いおう、微量だが金、銀、すず亜鉛あえん、ニッケル、セレンなども含まれることがある。

銅だけだとその融点は1083度でかなり高く、石や泥で焚き木を覆ってかまの状態にし(これで木炭ができる)、必死に温度を上げてもそうそう高温の火にはならず(黒炭で約700~900度くらい)銅は溶けないが、銅にすずが多めに含まれた黄銅鉱だと875度ぐらいで溶ける。

さらに、火山から噴き出た石にはいろいろな種類があって、黄銅鉱の他に一緒に燃やすと黄銅鉱に含まれた鉄とくっついて銅の純度を高めてくれる石英せきえい(=quartz、水晶やガラスの原料、化学用語で二酸化ケイ素)や、石英と共に銅の融点を下げてくれる石灰石、また、そうした鉱石が風や水などでくだけて砂になり、砂鉄さてつ砂錫さすずとして砂漠に拡がっていたりもする。

だから、そうした鉱石や砂の種類などまだ、よく分かっていなかった人類は、とりあえず何でもかんでも一緒に火にくべ、溶岩のように石を溶かそうと、火をあおったり、吹いたりして火の温度を上げる工夫をしながらその化学実験を繰り返していった。


そうして、彼らは何度も試行錯誤を繰り返し、そこから少しずつ、少しずつ、鉱石や砂を種類別にり分け(選鉱)、さらに選り分けた石や砂の量も加減し、火の温度を上げる燃料も木炭だけでなく瀝青れきせい(注1)(=Pitch、油を含んだ粘り気のある黒い物質のこと。現代では高炉で使うコークスや道路などに敷かれるアスファルトのことでもある)なども加えて、鉱石を溶かす場所もかま(Kiln)から (Furnace)へと拡張していった。


その結果、彼らが編み出したのは、それぞれ違う金属元素を合わせた“青銅”(=Bronze)(銅+錫)という“合金”だったのである。


(注1)

瀝青れきせいとは、英語ではPitch(ピッチ)の他にBitumen(ビチューメン)、Coal Tar(コールタール)、Asphalt(アスファルト)とも呼ばれ、どれも石の油、つまり、石油を意味する。

しかし、瀝青は原油そのものではなく、原油や石炭、木材などを空気が遮断された状態で加熱した後に残る“粘性の炭化した黒い物質”のことであり、石炭を加熱(乾留)すると固体のコークスと液状のコールタール(さらに石炭ガス)に分解されるので、この液状となったコールタールを瀝青と呼ぶか、あるいはさらにこの液状のコールタール、もしくは原油を加熱(蒸留)した後に残った粘性の固体をピッチ、アスファルト、ビチューメンといろいろ呼んでいて、これを総称して“瀝青”と呼ぶこともある。


なお、このピッチやアスファルト、ビチューメンと呼んでいる方の瀝青は、原油と一緒に天然で産出するため、古代ではそのまま燃料にしたり、あるいは防水塗料として船や建物などに使っていた。

日本でも青森県の三内丸山さんないまるやま遺跡で約5500~4000年前に使われていたと思われる矢尻から天然アスファルトが出土している。

また、ピッチという呼び方も天然の“樹脂”(木の油)や木材を加熱(乾留)して得られるもくタールを指している場合もあるため、区別するなら、木のピッチの場合はResinレジンと言い換えることもある。



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