第九十四話 水源(2)
今話のイメージソングとして以下のリンクの曲をお聴きいただいてから今話を読んでいただけると
さらに楽しんでいただけると思います。
http://youtu.be/zeB0xnlRxmI
Mr.ブルー ~私の地球~ / 八神純子 より
だが、実は単に人類が豊かに楽しく暮らしていくだけだったら、これほどまでの自然破壊につながることには決してならなかった。
水も食糧も全ては天(神)からの恵みなのに、人はまるで自分達が無から生み出したかのような我が物顔で粗末に扱い、さらに欲をかいて自分だけ他の誰よりも多く所有しようとする。
前述(第92話『ロゴス(言葉)(2)』参照)した通り、人類はコミュニティー(共同社会)におけるルール(法律)や、『人を殺してはいけません』という“人間としての掟”を悟る(=理解する)前に、自分達が貪る為、あるいは仲間に配って権力を得ようとせんが為に互いに持っている食糧や女達を求めて奪い合い、争い合うのが常だった。
だから、他の集落を武力(暴力)でもって襲えば、当然、お互いの集落は次々と壊されて使えなくなっていく。
そして、その集落を建て直すためにまた、氷床を掘り下げ、次にまた、相手の集落を襲い、襲われた時に備え、岩盤を削って採掘した鉱石から石斧や槍、石のナイフ(刃剣)、弓矢、投石弾といった武器をも量産するようになっていった。
こうして、人類は戦争(人殺し)をする為に氷床と岩盤を削って自然破壊を行い、天からの恵みである氷床(水)を血で染めていき、その血を洗い流したらまた、戦争を起こすといった愚行を繰り返していった。
その結果、あの切り立った山々を見れば分かるように、ほとんどの氷床や岩盤が異常な程、採掘し尽くされ、どんどん地形と共に気候も変化し(山の頂上と麓では温度差もあれば、大気の流れも変わる)、黄砂や温暖化が拡がると、わずかばかりに残っていた氷河は一気に崩壊して大洪水となり、あっという間に人や野生動物達を押し流してしまった。
そうして、人類の愚行(=戦争)によって破壊された氷河や自然は、その後、川となり、海となって、大洪水を生き延びた人々に氷河に代わる水を与えてその生命を支え続けたが、それでも尚、人は相変わらず、そうした天恵への感謝も自分達が犯した大きな過ちも忘れ、月日が経つとまた、水やら土地やら女やら食糧(財産)やらを巡って争い続ける。
そんな最中、あの“バベルの塔”(第92話『ロゴス(言葉)(2)』の(注7)参照)が建ち、ユーフラテス川の河口近くにあって豊富な水の恩恵を受けて人で賑わう大都市ウルから、川の流れていない(=あまり人が住まない)ネゲブ砂漠のベエルシェバに移り住んだのがあの旧約聖書に出てくるアブラハムの家族だったのである。
むろん、ベエルシェバには水が無かった。
だが、アブラハムは生まれ故郷のウルで度重なる戦争に巻き込まれ、兄弟を失った過去を持つことからできるだけ争い(戦争)を避けて生きようと決めていたのであえてそうした人が少なく争いのない砂漠の地を選び、そしてそこで彼は“生きていく為に”一生懸命、井戸を掘った。
それがベエルシェバに今も残る“アブラハムの井戸”である。
というのも、アブラハムの直系祖先というのはセムという大洪水を生き延びたあのノアの息子の一人であり(第82話『玉石混淆』及び第92話『ロゴス(言葉)(2)』の(注8)参照)、彼の子孫は元々、メシャからセファーに向かう東方の丘陵地域(現在のヨルダン、イスラエルにあるゴラン高原から、アラビア半島の紅海沿いに連なる丘陵および山岳地域。ちなみにここはグレートリフトバレー(大地溝帯)(注1)でもある。)に住んでいたと聖書にも記されていて(創世記10章30節参照)、先祖の頃から砂漠生活には慣れ親しんでいたというのもあったからかもしれない。
今ではもう、アラビア半島(現サウジアラビア、イエメン、オマーン、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタール)の面積のほとんどが砂漠地域になっていて、誰もそこがかつては氷河に覆われた氷床地帯だったなどと想像すらできないだろうが、紅海からアラビア海、ペルシャ湾沿いに今も標高2000~3000m級(日本でいうと富士山ぐらい)のアシール山地、イエメン山地、ハドラマウト山地、さらにはアルプス・ヒマラヤ造山帯(地球のプレート(岩盤)が地球内部の放射性の熱エネルギー活動(地熱活動)で歪んだり、盛り上がったりして衝突し、アルプス山脈からヒマラヤ山脈、インドシナ半島までの火山帯や地震帯を造ったとされる帯域(=zone、ゾーン)のこと。地球には二つの造山帯があり、アルプス・ヒマラヤ造山帯と環太平洋造山帯の二つから成る。)に属するアハダル山脈といった山々が連なっており、まさしくそれらの山々が削り取られていった為に今日の砂漠地域が出来上がった事は言うまでもない。
だが、それでも尚、その砂漠を掘らずにはいられなかったのだろう・・・。
どこまでも水を求めてアブラハムの先祖のセム人達はせっせと掘り続けた。
その結果、彼らが行き当たったのがワジ(涸れ川。雨季の一時だけ水が流れる季節川)であり、オアシスであり、井戸だった。
なお、彼らセム人達が掘った井戸のうち一部は、現在、イスラエル北部のカルメル山の麓に広がるアトリット湾(=Atlit yam、ヘブライ語で「アトリット海」。東地中海)に沈んでいる。
(ちなみに、なぜ、そこが海に沈んでしまったのかというと、前述した通り、セム人達が住んでいたのはグレートリフトバレー(大地溝帯)の真上であって、ちょうど地球が地熱活動によって真っ二つに裂け、地面が割れた所だったからである。
そのため、聖書にもアブラハムの祖先の一人に“ペレグ”(=Peleg)という人がいて、彼が生まれた時、地球が分かれたから“ペレグ”(ヘブライ語で「分裂」の意)と名付けられたと記されている。(創世記10章25節)
ここで簡単に説明しておくと、地球はそもそも、小さな石ころから大きな岩といった岩石をはじめ、金、銀、銅、鉄、石油や石炭、ダイヤモンドといった鉱物(単一の天然物質が結晶化したもの)が混じった鉱石(宝石)、特にペリドット(かんらん岩)が燃えたぎってできている。
それが“マントル”と呼ばれる岩石層なのだが、このマントルが常に放射性の熱を発して地球の深部から地殻(地表、陸)へと熱移動し、地球の上部にある地殻辺りに来ると空気や水で冷えて固まっている岩盤に当たってマントルも同じく冷えて固まり、重くなってまた、地球の深部(下)に向かって沈む。
これが“地熱活動”である。
普段は、この地熱活動で地球上のプレート(岩盤)が急激に変化することはまず、ない。
だが、氷河期以降、グレートリフトバレー(大地溝帯)ができた時はそうではなかった。
それまで地球上に載っていた氷床が溶けて大洪水になり、一気に海や川、湖を造っただけでなく、その水は地中深くに徐々に、徐々に浸透して岩盤内にも流れ込んでいった。
むろん、地球は常に熱エネルギー活動(地熱活動)しているから、岩盤内に流れ込んだ水は急激な温度や圧力の変化をもたらす。(と言っても、地上からマントルまでの距離だけで大体、60km~100kmぐらいあるので時間にすると百年単位の話だが・・・。)
さらに、地球深部から燃えたぎって昇ってきたマントルにもその水が触れることになり、岩盤やマントルが溶けてドロドロとした “マグマ”に変化し、それが地中から噴き出て、プレート(岩盤)が動いたり、裂けたりする。
また、同じ水であっても、凍った氷や熱して膨張したお湯より冷たい水はかなり重い。
重いからこそ、裂けたり、動いた岩盤を沈ませ、海溝を造り、エジプトとアラビア半島の間に横たわる“紅海”(=The Red Sea)となる。
こうして、大洪水(氷河期の終わり)から約百年後、セム人達が住んでいた場所は噴火や地震、津波などで一気に大地が裂けて沈没し、彼らの集落で掘られた井戸もまた、海底に沈んでしまったのである。)(創世記11章10~16節参照)
ただし、これほど地球の地殻(地表)を裂くぐらい大量の水が地中に流れ込んだのだから、地面を掘ったら、いつでもどこでも水が湧き出てくるのかというと、そうではない。
そもそも、地球を覆っている岩盤は海や湖などがその上に溜ってできているように、そう簡単に水を通すことはない。
だが、噴火や地震、津波が起きると地球の岩盤は動いたり、歪んだり、盛り上がったりして隙間や亀裂ができる。
この隙間や亀裂をくぐって、水は岩盤内を流れたり、溜まったりして“地下水”となるのである。
だが、そんな隙間や亀裂が地上から透けて見えるわけではなく、まして砂漠であれば相当、土や砂に埋もれているのだから地下水のありそうな岩盤まで掘ることすら難しい。
しかも、掘ってみて運よく水が出てきても、すぐに涸れて井戸としては全く役に立たないこともある。
ところが、セム人達は砂漠のど真ん中に住んでいながらこの地下水や水脈を見つける方法を自ら編み出したのだった。
それは、“家畜を飼う”ということだった。
この方法こそ“ベエルシェバ”(=Beersheba、ヘブライ語で「7頭の羊が約束した井戸」の意)の語源であり、何もなかったネゲブ砂漠に水をもたらして古代から現代に至るまでベエルシェバをイスラエルでも指折りの都市にまで発展させ、さらに砂漠に生きる人々に生命の源を与えてその子孫を増やすことにも繋がった。
家畜、つまり、動物は人間以上に鼻が利く。
特に、アブラハムが井戸(の水)の占有権を巡って争った際、「井戸を掘ったのは自分だ」と主張して7頭の雌の子羊をその証拠に挙げた通り(創世記21章28節)、羊は嗅覚が非常に優れていてどこに水があるのか嗅ぎ分けられる。
その他、牛や馬、山羊、ラクダ、(猪)豚や(狼)犬、さらに猫も同じく嗅覚が鋭く、新鮮な水や食料となる草や木の実(逆に毒草などを避ける)、さらには火事や地震などの危険をも察知して人間に知らせてくれる。
また、家畜の中でも牛や馬、ラクダは交通手段にもなり、人や物を運ぶ輸送を便利にし、家畜を捌けば牛肉や馬肉、豚肉、ラクダ肉といった食糧になり、毛を刈れば羊毛で衣服を作ることもでき、皮膚を剥げば鞄や靴にもなる。
犬は番犬となって羊を追ってくれたり、猫は人の健康に害となるネズミを家から駆逐してくれたりと、家畜は人間が生きていく上で本当に大切な存在であり、人間の日々の暮らしを“いつも陰ながらそっと手伝ってくれる”。
そうして、人類は“家畜”(=Domestic animals)という自分達とは種の違う動物を家族のように迎え入れたり、相棒にすることで自分達、人間の能力だけでは探せなかった水脈や地下水を突き止められただけでなく、豊富な水や肥沃な土壌といった“恵まれた環境”が何より必要とされる農業以外でも生きていける手段(職業)を得ることとなり、それまで多くの人が過酷で恵まれない環境として避けやすかった砂漠の地を世界でもそん色のない人や物にあふれて豊かに繁栄する都会(=City、都市)へと変貌させていったのである。
(注1)
グレートリフトバレー(大地溝帯)(=The Great Rift Valley)は、アフリカ大陸の東南にあるモザンビークから紅海沿いに上がってエジプトのシナイ半島、イスラエルの死海、さらにイエス達が住んでいたクファノウム(第7話『師弟(1)』、第26話『水の上を歩く奇跡』参照)のガリレー湖(現ティベリアス湖)やシリアまで及ぶ大地が裂けた状態になっている場所のこと。
幅50~60km、全長約6,400kmにもなり、火山活動がある場所でもあるため、別名ホットスポット(=Hotspot)とも呼ばれ、人類の化石が多数、見つかったことから「人類生誕の地」とも言われている。