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第四十七話 盲人(2)

そして、その数日後のことだった。


サンヘドリンのスパイ達と同じように、相変わらずイエスのあらを探そうともくろむファリサイ派達が、その日は6人ほど仲間を引き連れ、意気揚々とイエスの元へと乗り込んできた。


彼らの中にはあの盲人の振りをしていた少年も混じっていた。


「これは、これは、皆さん。

“ いつもお忙しい ”皆さんが、わざわざ徒党まで組まれて、朝早くからわたしどものところにまでご足労いただくとは一体、何事でしょう?」

行くところ行くところ、しつこく追いかけまわし、うるさく詮索せんさくしてくるファリサイ派にうんざりし、イエスはすかさず嫌みを浴びせた。


「ふん、このインチキ預言者め。

今日こそはお前のそのくそ生意気な顔とその不遜ふそんな物言いをギャフンと言わせてやるから、見てろよ。

おいっ、お前っ! こっちへ来い!」

そう言うと、ファリサイ派の男の一人があの物乞いの少年を招き寄せた。

「こいつか? お前の目を開けたと言う男は?

よく見て、ちゃんと答えろよ」

ファリサイ派の男は脅すように物乞いの少年の耳元でそう言った。


「はい、確かにこの人です。

わたしの両目に泥饅頭どろまんじゅうを塗ってくれて、泉の水で洗うようおっしゃったのです。

そして、その通りにしたら確かにわたしの両目は見えるようになりました」

少年は、ファリサイ派の男達に囲まれてかなり緊張していたが、それでもしっかりとイエスの目を見つめて、そう答えた。


その答えを聞いて、ファリサイ派の男はグッとイエスをにらみつけた。

「断っておくが、ここで嘘を言ったら、承知しないぞ。

もし、こいつがお前の両目を開けたと言うのなら、それはいつのことだ?

さぁ、答えろっ!」

そうファリサイ派の男に怒鳴られて、少年は再び素直に答えた。

「はい、四日前です」



それを聞いて、ファリサイ派の男の目は怪しく光った。


「お前、それは嘘じゃないんだな?

おいっ、聞いたか、我がイスラエルの友よ?

四日前までこの少年の両目は神により閉じられていた。

なのに、それをこのナザレのイエスが奇跡を起こして両目を開けたそうだ」

ファリサイ派の男は、仲間達に向かって大声で叫んだ。

すると、仲間達も男に同調して騒ぎ始めた。

「なんと、四日前に奇跡を起こしただと?」

「だったら、それはとんでもないことだぞっ!」

「そうだ、まったく許されないことが起こったぞっ!」


そこで、再びファリサイ派の男がイエスの前に詰め寄った。


「おい、ナザレのイエス、四日前が何の日か、お前、知ってるだろうな?

そう、四日前は“ ホシャナ・ラバ(大いなる哀願)の日 ”(注1)だ。

スコット(仮庵の祭)における最後で最大の、最も神聖なサバス(安息)の日だ。

医者ですら治療を許されない、戒律によりあらゆる労働が禁じられている安息日だぞ。

なのに、お前はこの少年の両目を開けるわざを行った。

これは大罪中の大罪だっ!

神が定めた戒律に逆らった不届き者めっ!!

そんな罪深いお前が神に遣わされた預言者だと? この嘘つきめがっ!」

男は、さも鬼の首を取ったと言わんばかりに大声でイエスを責め立てた。


すると、それを聞いていた少年が思わず男にすがりついた。

「違います、違うんですっ!

この人はただ、わたしを救ってくださったんです。

真っ暗闇にいたわたしに光を与えてくださった“ メシア(ヘブライ語で「救い主」の意。古代ギリシャ語ではキリスト) ”様なんです。」

そう言って、真剣なまなざしを向ける少年に怒鳴った男は思わずひるんだ。



「馬鹿めっ、何を言うっ! この男がメシア(救い主)なものかっ!

戒律を破ってインチキなわざを使い、人をたぶらかすような大罪人が神の遣いであろうはずがないっ!」

少年の言葉にひるみながらも、ファリサイ派の男はそう反論した。



だが、少年は再び、ファリサイ派の男にいどむようにして言った。

「いいえ、この方は確かに“ 神から遣わされたメシア(救い主) ”様です。

わたしはそう信じます。


あの日、この方に出会わなかったら、わたしはずっと罪を犯したまま“ 真実に気づかず ”、暗闇をさまよっていたことでしょう。


ですが、あのホシャナ・ラバ(大いなる哀願)の日に、この方はわたしの両目につばのついた泥饅頭どろまんじゅうを押し付けてこう、おっしゃいました。

『他人のつばが練り込まれた泥を押し付けられて、あなたが心から嫌だと思うなら、自分で歩いて近くの泉に行き、それを洗い落としてきなさい』

そうして、わたしは言われた通り、シロアムの泉の水で顔を洗った時、ようやく気づくことができたんです。

わたしのそれまでの情けない人生に。

自分が意気地がなかったばっかりに、罪を犯すことなどなんとも思っていませんでした。それが正しいとすら勘違いしていた。



だけど、“ わたしは間違っていました。 ”


いつまでもそれまでのような暮らしをして生きていくのは、本当は嫌だったんです。

人をあざむき、だまし続けていたのは、この方ではない。

わたしの方です。


それをこの方は気づかせてくださった。

この方はわたしの罪を洗い流してくださったのです。」



そう言い終わると、少年は目にうっすらと涙をうかべ、イエスを見つめてにっこり笑った。

それを見て、イエスも笑顔を返した。


そうか、立ち直ったのか・・・。

イエスは感慨深げに少年の言葉を噛みしめた。



だが、そんな二人のささやかな心の交流は、一瞬にしてファリサイ派達によってかき消された。


「何を言ってる? それならば、お前の両目はこの男によって開かれたのではない。

シロアムの聖なる泉の水によって洗い流されたからに決まっている。

それをこの男が自分の奇跡の業によるとお前に信じ込ませただけだ。

だが、お前はもう、すっかりこの男にだまされておかしくなってるに違いない。」

ファリサイ派の男はそう言って、少年の言葉を否定した。

「確かにお前は罪深い。

だから、生まれつき目が見えなかったのだ。

だが、それもシロアムの聖なる泉のおかげで目が見えるようになっただけだ。

あのホシャナ・ラバ(大いなる哀願)の日だったからこそ、神が恵みを分け与えてくださっただけのことだ。

にもかかわらず、まだこんな嘘つきの悪魔の言うことにたぶらかされるとはっ!

罰あたりなっ!」

「違います、違います!

わたしは生まれつき目が見えなかったわけではないんです。

そう言って物乞いをするよう、両親から言われました。

両親の言うことだから、わたしは逆らえなかった。

だって、戒律にはそう書いてあるでしょ?

だから、わたしはずっと嘘をついてきました。


でも、“ そんな嘘をついて他人をあざむき、自分で働きもせずにお金を得るような暮し ”が辛かったんです。

他人に胸を張って誇れるような仕事もせずに、こそこそと闇に隠れて生きるような生き方が、本当に嫌だったんです!」



少年はそう、きっぱりと言い切った。

それを聞いて、ファリサイ派の男達は顔を見合わせ、どよめき立った。

「何だと? 目は見えていただと?

おいっ、お前達、こっちへ来て、証言しろっ!」

そう言うと、ファリサイ派達の影に隠れていた少年の両親らしい男女がイエス達の前に連れて来られた。


“ 見た目 ”は、どちらかというと痩せて気弱そうな男と、母親らしい優しそうな感じの女で、どちらもそんな詐欺を働くような悪意のある人物にはおおよそ見えなかった。



「お前達、さっきはこいつをお前達の実の息子だと言っていたな?

だったら、お前達は真実を知ってるだろう。

こいつは確かに生まれつき、目が見えなかったのか?」

ファリサイ派の男達に囲まれて、少年の両親はもう、すっかりちぢみあがっていた。

「はっ、・・はいっ! その通りです。

ええ、まさしくその通りです! その子はまったく、全然、目が見えませんでした。

生まれつき、目が見えなかったんです。

ところが、四日前、突然、家に戻って来て、親に向かってこう言いました。

『もう、あんた達の言いなりにはならないっ! 仕事は自分で探してくる』と。


それから、四日間、近所でいろいろ人の嫌がるきつい仕事を探してきては、朝早くから夜遅くまで働いているようでして・・・。

それはまぁ、いいんですが、近所の人達が、

『お宅の息子さん、どうしちゃったの? まぁ、見違えるようになっちゃって。

この前まで、目が見えないからって物乞いしてたんじゃなかったの?』って噂されるようになりまして、それで近所の人達が息子にどうして目が治ったのか聞いてみたらしく、その時、息子が、

『イエスって人に治してもらった』って言い出したらしいんです。

それで、近所の人達が大騒ぎになりまして、わたし共もそれを聞いて困惑こんわくしているんです」

ファリサイ派達ににらまれた父親は、身をすくめながらそのように証言した。


「では、お前達は息子がどうやって目が見えるようになったのか知らないと言うのだな?」

それを聞かれて、両親とも慌てて横に首を振った。

「ええ、まったく、全然、知りませんっ!

知るもんですか、どうやって目が見えるようになったかなんて。

もう、わたし達の言うことなんて聞かずに好き勝手にやってるんですから、その子に聞いてくださいな。

親のわたし達に向かって、

『自分はもう、大人だからあんた達のやってることぐらい分かってる。だから、ほっといてくれ』とまで言い切ったんですから。

まぁ、働いて稼いだお金はちゃんと家に入れてくれてますし、それについては文句はないんですけどね」

と、父親に続いて母親も証言した。

だが、最後に母親が息子の稼いできた金について口を滑らせると、父親がひじで母親の脇を突いた。

「とっ、とにかく、息子はもう、外で働けるぐらい大人ですから、本人が一番、どうやって目が見えるようになったのかよく知ってると思います。

ですんで、どうか息子に聞いてやってください。

わたし達はもう、まったく、これについては存じませんので。

どうかもう、勘弁してください。お願いします。」


そう言って、少年の両親はこの騒ぎから逃れようとした。


ここでファリサイ派達に逆らい、イエスや息子の味方をしたり、戒律破りの嫌疑けんぎに少しでも掛けられようものなら、自分達の身の危険だと判断したからだった。



そうして、少年の両親は自分達の子供を見棄てた。


元はと言えば、自分達のふがいなさから子供を罪に巻き込み、さらに子供がそこから立ち直って罪をつぐなおうとすると、今度は自分達の保身のために自分達の罪を着せる。

もはや、彼らの心に“ 神(良心) ”はいなかった。

人として生まれる時に神により授けられた良心を捨て、少年の両親は我が子をも捨てた。


それは、自ら“ 神を棄てた ”のも同然だった。


(注1)

ホシャナ・ラバ(大いなる哀願)・・・スコット(仮庵の祭)の7日目のこと。通常、一週間行われるスコットの最後の日であり、もっとも神聖な日曜日とされている。

スコットの期間中は、さまざまな祈りの儀式や生贄いけにえを捧げる儀式、そしてシロアムの泉の水を汲んで神殿に捧げる儀式などがおこなわれるが、ホシャナ・ラバの日は特に神がイスラエルの民の声を聞いてくれると言われていることから、祈りの儀式が盛大に行われる。

そのため、「大いなる哀願の日」と呼ばれている。


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