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第四十三話 説得


つまり、そうした複雑な歴史や文化背景 =“ 伝統 ”があるからこそ、スパイ達がイエスの話に極度の嫌悪感や不信感を抱くのは当然だったし、イエスの方もこれらの“ 誤解 ”について一から十まで説明して彼らを納得させるのは不可能に近かった。




しかし、それでもイエスはあきらめきれなかった。

最初から無理なことは重々、承知している。

ただ、彼は自分の知っている事を話すことが自分の天命だと信じ、そのためだけに命を懸けてここに来ていた。

だから、イエスは再び、気を取り直してスパイ達に話しかけることにした。



「あなた方がわたしを嘘つき呼ばわりするのは、わたしが戒律の教師でも、何でもないからなんだろう?

立派な教師や僧侶の衣装を身にまとい、神殿のこれまた豪華な椅子に腰かけてあなた方に説法していたら、あなた方はすぐにそれを信じるんじゃないのか?


あなた方はそうやっていつも人が作った身なりや肩書、目に見える形で人を判断する。


確かに、わたしには何の地位も肩書もない。

毎日、毎日、わたしに張り付いてわたしがどこの生まれで、何をして、どう暮らしているのかを調べ上げたおかげで、今ではわたしのことならあなた方は何でも知っている。


だから、あなた方が知っている通り、わたしにはあなた方が敬う地位や肩書は一つもない。


だが、わたしにはそんなものは要らない。


わたしにはそれがなくても、神がわたしのそばにいてくださる。

そして、わたしに生命いのちというものを与え、あなた方に神の言葉を伝えるようこの世に送り出してくれたのは、他ならぬ神ご自身だ。


だから、わたしはあなた方の魂にこれを訴えている。

目に見える物や形を示してその権威でもってあなた方に訴えているのではなく、あなた方が生まれた時に神から授かったその心に、その魂に訴えているのだ。

それゆえ、あなた方もその魂でわたしを判断するがいい。

肩書や地位などではなく。


そして、このことをよく考えてみるがいい。

預言者モーゼとて、かつては神殿の祭司でも何でもない、ただの一奴隷に過ぎなかった。

なのに、人々は彼を信じた。彼の言うことを正しいと信じたのだ。

それがなぜなのか、自分達の胸に手を当ててよく考えてみるといい」


イエスがそこまで話すと、スパイ達は返す言葉が見当たらず、一瞬、押し黙った。

しかし、それがかえって、彼らの闘争心に火をつけた。


彼らにしてみれば、いかにイエスの話が正論だったとしても、通りのど真ん中で自分達、役人が言い込められることは、恥をかかされたことと変わりはない。

だから、彼らはちょっとひるんだものの、すぐさまイエスをやりこめようと勢い込んで反論してきた。

「なにをっ! 生意気なっ!!

きさま、モーゼ様をなんと心得るのだっ!

この偉大なるエルサレム神殿の境内でそのような冒とくが許されるとでも思っているのか?

下手な芝居で人から持ち上げられていい気になりおって、きさまは人をたぶらかすだけでなく、この神聖なる神殿をけがす悪魔の手先だっ!

もはやこのままにしておけん、おいっ、こいつを捕まえろっ!」


そういってスパイ達はイエスを捕らえようと彼の周りを取り囲んだ。

だが、さっきまでイエスの説法を聞いていた人達が、その場にまだ何人か残っていて、その中の一人がすぐさま彼らの間に割って入った。

「ちょっと、ちょっと、待ってください、お役人さん達。

お役人さん達がお怒りになる気持ちは重々、分かります。

けど、今はスコット(仮庵の祭り)なんですよ。

そこらじゅうでこんな偽預言者が説法していますし、しかも、奴らの裏には喧嘩好きの連中だって大勢います。

ここでそんな説法屋を捕まえて騒ぎにでもなったら、それこそその噂を聞きつけて物騒な連中が反発して暴力沙汰を起こしかねない。

何せネタさえあれば暴れたがる連中です。

それで流血騒ぎや暴動にでもなったら、それこそお役人さん達が後で困りませんか?

まぁ、ここは神殿の境内ですし、神聖な場所で捕り物騒ぎってのもなんですから、とりあえず一旦、この方にはこのままお引き取り願ってお役人さん達は今後、こんな変な人が入ってこないようにした方がいいんじゃないですかね?」


そう言って、聴衆の一人はイエスと役人達の間をとりなした。

そして、その男はそっとイエスを振り返り、片目をつぶって合図してみせた。


それを見て、イエスはその男の機転に気づき、そっとその男に会釈をしてその場を後にすることにした。





そうして、イエスが逃げるように境内を後にすると、やり場のない怒りにとらわれたスパイ達は早速、神殿内のサンヘドリンの建物へと向かい、一連の出来事を僧侶長やファリサイ派の幹部達に報告した。


「何っ?ナザレのイエスがそのようにモーゼ様を侮辱したのかっ?

一体、お前達は何をしていたのだっ?

それでなぜ、しょっぴいてこなかった?」

その報告を受けたファリサイ派の幹部の一人がスパイ達を怒鳴りつけた。

「ですが、長老様、スコット(仮庵の祭り)ではイエスだけでなく、そうした偽預言者達が大勢、集まって来て、あちこちでいろんな説法を致しております。

ナザレのイエスを捕まえたとなれば、その者達も同じように取り締まらないといけなくなります。

しかも、そうなるとその者達はもちろん、その連中を支持する別の者達が一斉に反発して街中で暴れる危険もございます。

私どもはその危険性を考慮致しまして、今回はイエスを見逃してやった次第でございます・・・」

「馬鹿ものっ!何が考慮だっ!

お前達に考える知恵というものがあるのなら、イエスを境内で見つけた時点でわたし達に報告してくるはずだ。

それをせずに自分達で勝手な判断をしおってっ!

だから、お前達は間抜けだと言うのだ。

どうせ、イエスの悪魔の説法でも聞いてるうちにお前達も骨抜きにされたんだろう、この間抜け共がっ!」

そう言って、ファリサイ派の幹部は有無も言わさずスパイ達を一蹴した。


スパイ達にしてみれば、踏んだり蹴ったりだった。

通りではイエスに恥をかかされ、仕返ししようにも思うようにならず、上に報告したらしたで言い訳も聞いてもらえずどやされる。

やりきれない思いを抱えて、スパイ達はお互い顔を見合わせ、叱られた子供のように押し黙ってしまった。



そのピリピリした不穏な空気を察したのか、偶然、居合わせたニコデマスが彼らを取りなすように口を開いた。

かつて、イエスがエルサレム神殿内で出店を壊した際、捜査の為にイエスの宿を訪れたニコデマスは、サンヘドリンの警護長としての重責を担っており、その日も祭りの警護関係でサンヘドリンの警護室につめていた。


「まぁ、長老殿、お気を静められて。

どうか、彼らの話も聞いてやってください。

確かに、神殿内で騒ぎを起こしている者がいたならその場で逮捕するのが筋ですが、今回の騒ぎは騒ぎとは言えない。

単にスコット(仮庵の祭り)でよく見かける変わり説法だと言われたらそれまでです。

それに、ナザレのイエスを逮捕するにしても、それなりの手順というものがございます。

それをすっ飛ばして彼ら警護役人達がイエスを逮捕しようものなら、それこそ後から法的手順を誤ったと人々から非難されかねません。

それでは、法を遵守し、人々に啓蒙けいもう活動する我々の立場がなくなります」

ニコデマスはそう言ってイエスへの怒りをあらわにする長老と彼に同調するサンヘドリンの幹部達をなだめた。


むろん、ニコデマスは警護長として部下である警護役人達をかばってやる必要があったが、それ以上に彼としてはサンヘドリンに占めるここ最近の独裁的な雰囲気を払拭ふっしょくしたい気持ちもあった。


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