第十一話 カナの奇跡
イエスが育った町ナザレには、イエスの母マリアと彼の弟達、そして妹達も一緒に住んでいた。
ナザレは元々、イエスの父ヨセフが大工の仕事に携わっていたことから仕事の都合で移り住んだ土地だった。
と言うのも、ナザレはカエサリア・パレスティナとガリレー海岸の中間辺りにある町なので、地中海交易の一大拠点として賑わっていた大都市カエサリアやティベリウス、そしてそこで働く人々の居住地などの建設ラッシュ(大需要)に沸いていたガリレー海岸沿いの町々に程近く、大工の仕事を受注しやすそうな場所だったからである。
しかし、ナザレはやはり小さな田舎町なので期待するほどそうそう大きな受注があるわけでもなく、一家は貧しいとは言わないまでもそこそこ平凡な暮らしをしていただけだった。
その父ヨセフは、数年前に運悪く建設現場の足場から転落して息を引き取ってしまった。
イエスの弟達も既に成人していて今は父と同じ大工の仕事をしていたが、長男のイエスだけはなぜかその父の跡を継ごうとしなかった。
イエスもかつては一度、父ヨセフに付いて大工の仕事をしていたことはあったが、彼にはどうしてもその仕事がなじめなかったのである。
それはイエスの性格的な問題でもあったが、何より父ヨセフとの長年のわだかまりに起因していた。
イエスがヨセフの長男として生まれたのは、首都エルサレムよりもさらに10km程、南に下ったところにあるベツレヘムという小さな町だった。
ヨセフは、これまで仕事の都合でエジプトやエルサレムなどさまざまな土地を転々とし、イエスが生まれる前はナザレに住んでいたのだが、当時、ローマ皇帝アウグストゥスが税制を整える為に人口統計調査を行おうとローマ帝国内に居住する全員に戸籍の登録を勧告した。
そこで、その勧告を受けたヨセフは自分の実家のあるベツレヘムに妻となるメアリーを伴って登録しに戻ったのである。
そして、そこで生まれたのがイエスだった。
イエスの出生は謎だった。
イエスの母マリアは、ヨセフとベツレヘムに登録に行く前から既にイエスを身ごもっていたし、その時、彼女はヨセフの婚約者だったが、まだ正式な妻とはなっていなかった。
それに、戸籍の登録をするのに身重の彼女がわざわざヨセフについて行く必要はないはずなのだが、まるでその出産日をナザレの近所に知られたくないかのようにしてベツレヘムでイエスを出産したのだった。
このことからして、どうやらこの夫婦の間には人前では口にできない、何か後ろ暗い秘密があるようだった。
しかも、偶然、イエスが夫婦喧嘩を耳にした際、ヨセフがイエスを身ごもった母マリアに何らかの責任(負い目)を感じ、一旦は結婚したものの、後でこっそり離婚するつもりでいたことも彼は聞いていた。(マタイ1章19節参照)
だから、イエスは小さい頃から父ヨセフが自分と接する時、何となく自分に対してよそよそしいのをいつも肌で感じていた。
その後、この夫婦の間に弟や妹が生まれるようになってからも、父のイエスに対する態度は変わらず、やはりイエスと家族との間にはどこか埋めようのない、冷ややかな隙間を感じずにはいられなかった。
特に母マリアは、他の子供達が生まれるようになると、心なしか父やその他の子達を気遣うようにして自分からあまりイエスに構うことはなかった。
そうして、父ヨセフも母マリアも、一度もイエスの出生について打ち明けたことはなかったが、イエス自身は幼い頃から自分は父の血を引いた実の子でないだろうと薄々、気がついていた。
長男でありながら他の弟達に邪険にされ、いじめられても彼はいつも仕方がないとあきらめ、両親にさえもその心を開こうとはしなかったのである。
そんな環境で育ったイエスは、ヨセフが元気だった頃から父と同じ大工になり、自分に冷たい父のそばで四六時中、一緒に働くことは苦痛でしかなかった。
しかも、イエスとは違い、何の気苦労もなく育った弟達が楽しそうに父親と働いている姿を見ることは、これまで訳もなく家族から疎外されてきたイエスにしてみればあまりにも惨めで切ない思いにさせられるだけだった。
だから、自分の弟や妹であってもイエスは彼らともあまりなじもうとせず、結局、家族と一緒にいることはイエスの孤独感をさらに強めるだけだった。
だが、その父ヨセフが亡くなったことで、イエスの生活は一変した。
たとえ実の子ではないにせよ、イエスは長男ゆえにヨセフ亡き後、一家を支えていかねばならない立場にあった。
だから、イエスは今回、クファノウムに引っ越すにあたり、ヨハネの弟子達を引き連れて一旦、ナザレに戻ると家族も一緒に連れて行くことにしたのだった。
ちょうどイエス達が故郷のナザレに戻ってきた時、母マリアとその家族はイエスの妹の結婚式に参列するため、カナという近隣の町へ行く支度をしていたところだった。
カナは、ナザレから14kmほど北に離れたところにある町で、美しい平原が広がり、ブドウなどの農作物が盛んに作られている風光明媚な土地だった。
そのカナには以前から父ヨセフの親戚が住んでいて、ブドウ畑を営む結構な資産家だった。
そこで、イエスの妹はブドウ摘みの仕事を手伝いにたまたまその親戚の畑に行き、いとこであるその家の息子に気に入られて運良く輿入れすることに決まったのだった。
既に他の妹達は嫁いでいて今度で一番、下の妹もようやく片付くことになり、しかもこれがまたとない良縁に恵まれたことで母マリアの喜びは一塩だった。
だから、イエスが弟子達を連れてナザレに戻ってくると、マリアはイエスのみならず喜んで彼の弟子達も一緒に結婚式に招待してくれたのだった。
そこで、マリアは早速、準備の為にカナへと先に出発し、ナザレに着いたばかりのイエス達は後から出かけることになった。
もちろん、イエスは妹の幸せを心から喜んでいたものの、帰ってきてからすぐに妹の結婚式を知らされて驚いたのと、さらに宴会に出席することにはあまり気が進まなかった。
そもそも、人が大勢、集まる宴会自体、彼にはとても苦手だったからである。
それに、言い訳かもしれないが、ヨハネの逮捕の件もあったので今の彼としてはとても喜んで騒げるような気にはなれなかった。
だが、今回は兄として妹の門出を祝ってやらない訳にはいかず、イエスは再び腰を上げ、弟子達と一緒にカナへと旅立つことにした。
そのカナでは、イエスの親戚が裕福なこともあって、この辺りでは知らない人がいないくらいかなり盛大な結婚式になるようだった。
まず、結婚式は7日と続く予定で、会場もかなり広く、あちこちから大勢の客達が招待されていた。
花嫁、花婿の衣装の豪華さはもちろんのこと、花嫁の身体にはかぐわしい香りの高価な香油がふんだんにかけられ、宴席もこれまた、まるでその部屋一面に花が咲いたかのような心地よい香りの高価な香木が炊きつめられていた。
さらに、テーブルの上には所狭しと色とりどりの豪勢な食事が埋め尽くされ、食欲をそそるおいしそうな匂いと暖かな湯気が辺りをふんわりと漂っていた。
結婚式が始まると、早速、さんざめくような音楽や踊りが繰り広げられ、それを見た招待客達はたちまち緊張を解いて、これから行われるであろう楽しい宴会を期待しつつ、その顔をうれしそうにほころばせた。
イエス達もその華やかな雰囲気に感嘆し、席に着くや否や、目の前の豪華な料理やおいしそうなワインにそれぞれ舌鼓を打ち始めた。
そのうち、宴もたけなわになってくると、慣例通り、花嫁と花婿がワインを飲み、花婿がその飲んだワイングラスを足で踏み潰して結婚への忠誠を誓う儀式が執り行われ、招待客達も大いに盛り上がっていった。
誰もが次々と出てくる豪勢な食事やワインに満足し、すっかり酔いしれていた。
だが、イエスだけは一人、ちびちびワインを飲みながらどこか冷めたままの表情だった。
ちょうどそこへ、母マリアが何となく浮かない顔をしてイエスのそばまでやって来た。
「ちょっと、こっちまで来てくれない?」
そう言って、マリアはイエスを強引に会場の外にまで引っ張って行った。
イエスが母に引っ張られるまま外に出て来ると、花婿の家の召使が何人か、母マリアと同じような浮かない顔をしてそこに突っ立っていた。
マリアはイエスを彼らの前にまで連れてくると、宴席の客達の方を振り返り、彼らに話が聞こえないことを確認してからそっとイエスに耳打ちした。
「お客様に出すワインがもうないのよ。どうしましょう?」
困ったような顔をしてマリアはイエスにそう打ち明けた。
「“ わたしの大切な方 ”、どうしてここでわたしが何とかしないといけないんです?」
イエスは、マリアのことを決して“ 母(mother)(注1) ”と呼ぶことはなかった。
彼は家でも、人前でも必ず自分の母を" わたしの大切なお方 ”(Dear woman。ヨハネ2章4節参照)としか呼ばなかった。
(ちなみに、旧約聖書の中でソロモン王という男が登場するが、彼が母親を呼ぶ際はちゃんと「わたしの母(my mother)」と呼んでいるので(1列王記2章20節参照)、自分を産んだ母親にこんな呼び方をするのはイエスだけでユダヤ人の慣例ではないと思われる)
それは、弟や妹達と比べて、自分だけにはなぜかずっと冷たかった母の態度に対するイエスなりの密かな非難だった。
だが、息子からそんな呼び方をされていても、当の母親はまったくそのことを気に留める様子はなかった。
いつものことだと言わんばかりに肩を少しすくめただけだった。
マリアという女性は、ただ、イエスを含めた大勢の子供達を育てていくことと、一度は亀裂の入りかけたヨハネとの夫婦関係を守ることに必死だったため、息子の心の傷になど気を配る余裕はまったくなかった。
それに元々、彼女自身、イエスのように細やかな感受性を持つ性格でもなければ、他人をいろいろ気遣えるような気の利いた女性でもなかったので、そんな息子のささやかな非難になど気づくはずもなかった。
だから、イエスがいつも母にこう呼びかけることを多少、変には思っていたかもしれないが、それでも彼女はそれを無視するかのように黙ってやり過ごしていた。
「わたしが何とかしないといけないほどの事でもないでしょう。
これだけ大勢の人がいることだし、第一、ここは、わたしが出る幕ではないはずです」
イエスはそう言ってそれとなく事を避けようとした。
結婚式自体、花婿の家の差配で行われているのに自分がでしゃばって聡いことでもしようものなら、花婿の家族がイエスに恥をかかせられたような気になるかもしれない。
イエスは少しそれを心配した。
だが、花婿の家の召使達はかなり困っていた。
既に彼らの主人はワインに酔いしれており、誰とも相談できる状況にはなかった。
それに、ワインをすぐに運んでいかないと宴がぶち壊しになって、余計に主人を怒らせてしまうことにもなりかねない。
だから、花嫁の兄であるイエスがただ一人、酔いもせずにじっと座っている様子を見て、彼に何とかしてもらった方が角が立たないのではないかと母マリアに相談したのだった。
「ねぇ、お願いよ。この宴を何とか上手く切り抜けさせて頂戴」
マリアはそう言ってイエスに懇願した。
そして、そのままイエスの返事も聞かずに召使達の方を振り返り、
「何でもこの子の言うとおりにしてね」とだけ言って、自分はさっさと宴席へと戻ってしまった。
急に変な責任を押し付けられたイエスの方は、そんなマリアの無責任な態度にあきれていたが、召使達のすがるような目に気づき、仕方なく彼らの方に向き直った。
「どう致しましょう?」
この家の召使頭らしい人物が途方にくれたようにイエスにそう尋ねた。
とは言え、イエスにも何か策があるわけではなかった。
すぐにワインを手に入れられる方法などどこにもなかったし、まして魔法のごとく、どこかからそれを突然、出してくるわけにもいかなかった・・・。
そこで、イエスは、ふと気づいたようにカーテン越しに宴席の客達をじっと観察した。
それから、彼はおもむろに目の前にあった自分の背丈ほどの大甕の方へと向かっていった。
それは、ユダヤの家ではどこにでも備え付けられている物だった。
はるばる遠いところからやってくる客達のために、その長旅で疲れた足を洗ってほぐしたり、食事前の手洗い用として大量の水を貯めて置くための甕だった。
イエスはその大甕の中をのぞき込むと、水がまだ残っていることを確かめ、すぐに召使頭の方を振り返った。
「この水をさっき使っていたワイン用の甕に注いでください」
「は? 水を、ですか?」
そうイエスに指示された召使頭は驚いて、彼に聞き返した。
一緒に立っていた召使達もイエスの指示に怪訝そうな表情をして、お互い戸惑ったように顔を見合わせていた。
「ええ、さっきまでワインを入れていた甕にこの水を注いで、それからこの家の主人のところまで丁重に持っていって下さい。
ものすごく丁重にね」
イエスは彼らの表情に構うことなく、もう一度はっきりとそう指示した。
それを聞いて召使達は一様に戸惑いながらも、他に良い案も思いつかないので、とりあえずイエスに言われた通り、大甕にあった水をワイン用の甕に移し替え、主人のところに持って行くことにした。
宴会は既に異様な盛り上がりを見せ、今ではあちこちから酔って大声で笑いさざめく人であふれていた。
皆、すっかりへべれけで、さっきまで身なりがしっかりしていた客達が今では随分とだらしくなっており、服のすそを乱したまま食べたり飲んだりしていた。
そんな騒がしい宴席の間を縫うようにして、召使頭はイエスに言われた通り、ワインの代わりに水を入れた甕を持って主人の方へと静々と進んでいき、それをいかにももったいぶった態度でうやうやしく主人の前に差し出した。
「おお、待ちかねたぞ。
一体、ワインはどうしたことかと思っていた。さぁ、早く注いでくれ」
さっきからなかなか酒が来ないのでじりじりしながら待っていた主人は、運ばれてきた甕を見て早速、自分の手にしていたグラスを召使頭の顔の前に乱暴に突き出した。
召使頭は、今にも自分が持ってきた甕の中身が水だとばれまいかとさっきから冷や冷やしていたので、グラスを突きつけられた途端、心臓が飛び出るほどびっくりした。
それでも、何とか平静を装い、召使頭は突きつけられたグラスを凝視しながら、いつも以上に丁寧に甕の中身をグラスに注いでいった。
もちろん、何も知らない主人は召使頭が注ぎ終わるのを待たずにすばやくグラスを自分の方へと引き戻すと、客達が飲む前に自分でそのワインを味見することにした。
主人がワインに似せた水をゴクゴクと飲んでいる間、召使頭はバクバクという音が外にもれそうなほど心臓が脈打っているのを感じていた。
そうして、その水を飲み干した主人は、既に酔って赤らんでいた顔をまるで燃えたぎらんばかりにもっと赤らめた。
その主人の顔を見て、召使頭はさっきまでバクバクと鳴っていた心臓が一瞬で凍りつき、主人の赤らんだ顔とは対照的に死人のように真っ青になった。
「おおっ! これは、・・・これは何とも上等な。
はははは、これほどの絶品が飲めるとは思わなかったぞ」
主人は、そう言って頬を崩さんばかりににっこり笑うと、さらにその味を楽しむようにして自分の舌で唇をなめまわした。
それから、自分の真横に座って他の客と談笑していた花婿の肩を乱暴に叩いて自分の方に振り向かせ、召使頭を指差しながら今、飲み干したばかりの自分のグラスを花婿の口に押し付けた。
「おい、こいつを試しに飲んでみろ。
どっから持ってきたかは知らんが、こいつにしてはなかなか気の利いたことをしてくれる。
普通は上等のワインを最初に持ってくるもんだが、客がしこたま酔った頃合いを見て、それよりももっと良いワインを持ってくるなんざぁ、何とも憎らしい演出じゃないか。
おい、お前。よくこんないい酒が手に入れられたもんだなぁ。 こいつは本当に最高のワインだぞっ!」
主人はそう言って、また上機嫌で笑った。
その主人の満足そうな様子を受け、死人のように縮こまっていた召使頭は再び顔を上げ、すかさず他の召使達に目で合図を送って、水の入ったワインの甕を他の客達にも振舞うよう指示した。
そこで、他の召使達も召使頭が行ったようにうやうやしくその甕を客達の前に持っていき、それぞれのグラスに次々とその水を注いでいった。
だが、客達も出されたワインを素直に飲み干したが、やはり何も気づかないようだった。
しかも、意外なことに主人と同じようにそのワインならぬ水を褒めちぎり、それぞれ満足気に杯を飲み干しては何度もおかわりを求めるぐらいだった。
そうして、何事もなく宴会は進んでいった。
召使頭はその様子にほっと胸をなでおろし、主人の前から立ち去ると、すぐさまイエスの元へとやって来た。
「イエス様、本当にありがとうございましたっ!
もう、さっきはどうなることやらと心配しておりましたが、何とかバレずに済んだようです。
さすがに主人がグラスの水を飲み干した時はわたしの心臓が止まるかと思いましたよっ!
でも、本当にこのままで大丈夫でしょうか?」
緊張が解けたのか、召使頭はうれしそうにイエスに話しかけながらその顔は汗でびっしょりだった。
イエスは、その召使頭の不安に応え、カーテン越しに宴席の様子を眺めてから再び召使頭にうなずいて見せた。
「心配しなくてもよさそうだ。見たところ、さっきと変わりなく皆、ワインを楽しんでいるよ。
第一、今の彼らには何も分からないさ、水とワインがすり替わっているなんて。
度が過ぎると、人というのは大切なものを見失い、まがい物でも有難がって拝んだりするが、それと同じようにあれほどしこたま酔っているならそろそろ水の方が恋しくなるはずさ。
それに、あの甕の底にはまだワインやスパイスが多少、残っていたから、彼らは今でもワインを味わっているような気分だろうよ」
イエスはそう言って召使頭ににっこりと微笑んだ。
確かに、この時のイエスの知恵はなかなかのものだった。
実は、この当時、ワインの醸造技術はまだそれほど発達しておらず、この当時のワインは現代で飲まれているものよりも随分とアルコール度数が高くて(大体、16%ぐらい)、しかもかなり苦いものだった。
だから、ほとんどのワインが水や蜂蜜、スパイスなどで“ 割ってから飲むもの ”だったため、そこに水が少々、多めに入っていてもちっともおかしくなかったのである。
しかも、彼らは既にかなり酔っていたので、イエスが言った通り、ワインと水の“ 違い ”になど気づくはずもなかった。
そこで、イエスはそういった彼らの状況を即座に見抜き、さらに召使頭にうやうやしくワインの甕を出させることで本物のワインであるかのように思わせて、うまく彼らの油断を突いたのだった。
そのイエスの機転の良さに、召使達は内心、舌を巻いていた。
花嫁の兄はただの大工の息子だと聞いていたが、なかなかどうしてやるじゃないか。
こんな頭の良い奴は今まで見たことがない。
こいつはただ者じゃないぞ。
そう言って、召使達はイエスの事を噂し合った。
こうして、結婚式の宴会はイエスのおかげで事なきを得た。
当のイエスは、そんな召使達の賞賛など知ることもなく、宴会のらんちき騒ぎにそろそろ嫌気が差してきて、一息をつこうと一人、さみしく外へと出ていった。
だが、この時の召使達の噂が、後にイエスに“ 奇跡を起こす男 ”という疑惑を与えることとなったのだった。
(注1)
“母”は、ヘブライ語でImaと言いますが、日本語でも人によって自分の母親を「お母さん」、「ママ」、「お母ちゃん」、「おふくろ」などといろいろと呼び方をするので、イエスの時代の人々でもそれぞれ、自分の気持ちによって自分の母親の呼び方を変えていたと思われます。
そのため、ソロモン王自身もその立場や状況も併せて、「母上」や「お母様」などと呼んでいたかどうかは判別しづらいのと、イエスとソロモン王では時代に隔たりがあり、普段、使っている言語(母国語)に違いがありすぎるため、この本ではあえて英語表記のMotherを“母”の訳語として当てはめております。