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第百七話 革命(2)後書き(注2)その2

107話から何度かに分けて後書きに書き足してきましたが、長くなりましたので一つのスピンオフとして

本作品と並行し、しばらく書くことに致しました。


だが、第二次世界大戦という悪夢が再びやってきたからと言って徴兵や戦費の供出(増税負担)、参戦への支持や賛同、協力を求められる一般庶民それぞれが、自分達の生活と生命、財産を散々、むしばみ続け、殺戮を繰り返してきた各国政府(王室)とその配下の貴族政治家、核兵器(殺戮の為のおもちゃ)で自然(宇宙&地球)や人の生命をもてあそぶことしか考えない学者や技術者、人の生命や財産を踏みにじってでも軍需景気を求め続ける我利我利亡者がりがりもうじゃの企業経営者、相手が強そう立派そうに見えると歯の浮くようなおべっかやお世辞を並べ、上辺だけ正しい言葉で飾って密かに大衆の怒りや憎悪、暴動を煽って私財を稼ごうとするデマゴーグ(大衆扇情家)、こうした人間の心(理性)が失われている彼らの話を、彼らの野蛮極まりない低俗で醜悪な言葉の数々を、矛盾だらけで支離滅裂な嘘や言い訳を誰もが笑い飛ばして取り合わず“全く信じなければ済む話”だったのに、そしてそれとは真逆の、自分達が望む平和で豊かな社会を、明るい未来が描ける智慧や技術を、互いに信頼し合い、末永く繁栄できる商取引を、互いに納得して協力し合える世界を、自分の“良心(=神)”を恥じることなく楽しく幸せに生きていける人生(=Way to live)を語ってくれるそんな心(理性)ある人々の言葉に耳を傾け、“自分の良心(=神)に従って行動すればいいだけ”なのに、この地球にある様々な土地に住み、宗教や文化、言語もそれぞれ違えば、歴史もそれぞれ異なるはずの世界中の一般庶民がこの時、信じたのは“自分自身の良心(=神)”ではなく、自分達、一般庶民をこれまで散々、苦しめ、悩まし、不安と恐怖と抑圧の地獄に突き落としてきた悪魔達(「この宇宙と地球を創り、全生物の運命(寿命)を握っている全知全能の神よりも自分達は強い、賢い」と恐れも知らず心の中で侮れるほんの一握りの集団)の方だった。



そうして、アメリカやイギリス政府(王室)の支援を受けて労働者の代表を偽るマルクス(共産)主義者達が多勢の武力(暴力)でロシア革命を起こしたように、ドイツでも職工からマルクス(共産)主義を掲げて労働組合の組合長になったフリードリヒ・エーベルトや一介のセールスマンからある日、突然、革命運動(暴動)を扇動する新聞記者になったヘルマン・ミューラー、同じく印刷屋から社会主義ジャーナリストを名乗るようになったフィリップ・シャイデマンといった、いわゆる元々、右や左の政治思想など持っておらず、ひたすら日々の生活費を稼ぐことのみに追われ、それが政情不安でうまく行かなくなると巷のマルクス(共産)主義の風潮に乗せられて左の政治思想へと傾き、政界入りすると、今度はドイツ社会民主党(=Sozialdemokratische Partei Deutschlands、略してSPD。1863年の創設以降、2019年時点もアンゲラ・メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)と連立して与党政権内に存続しているドイツで最古の中道左派政党。創設者の一人であるヴィルヘルム・リープクネヒトはカールの父親である。)の政治家カール・リープクネヒトのような政界の裏も表も知り尽くし、味方の振りをして他人を陥れたり、団結した庶民を引っ掻き回そうと企むアメリカやイギリス政府(王室)のスパイ達に目の前で金や地位をちらつかされたり、社会的抹殺や圧力などの脅しをかけられると途端に右の政治思想へと舞い戻ってくる、そんなごく一般的なにわか庶民政治家と彼らを支持して“自分が周りと比べて普通(同じ)であることを何よりも誇る”多数の一般庶民は、それまで自分達では太刀打ちできなかった政治討論や法整備に助言してくれていた仲間であるユダヤ人哲学者のローザ・ルクセンブルグや同じくユダヤ人弁護士のフーゴー・ハーゼーらが「自分達が傷つくだけ」と口を酸っぱくして戦争に反対しても周りと意見を合わせることだけを気にして言う事を聞かず、財政破綻してもおかしくないほどの戦費や兵士をつぎ込んで第一次世界大戦に参戦することに賛同し、誰も耕さなくなった田畑に実りが来ることもなければ戦争で物流もままならずどんどん食糧や物がなくなっていっても勝利を信じて我慢し続け、我が子が何人も戦死させられても涙一つ見せないよう嗚咽おえつを飲み込み、国中が飢えと物資不足で苦しんでいるのを横目で見ながらそれも無視し続け、そうやって自分の良心(=神)を押し殺しながらとうとう敗戦の色が濃くなってどこかで兵士達が不平や不満を漏らして暴れ出すと、まるで最初から戦争に反対してきたかのような顔をして「ドイツ皇帝と戦争を扇動した政党の代表者だったユダヤ人達が戦争責任を取れ!」と叫んで革命運動(暴動)を起こし始めた。(ドイツ革命 1918年~1919年)


その後もその革命のどさくさに紛れ、全世界4,000万人以上に上る死傷者を出した第一次世界大戦でドイツだけでも200万人以上の戦死者と賠償額1,320億金マルクという当時の国民総所得を倍以上も超える莫大な借金を国民に負わせることとなった戦争責任者であるはずのドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が何十両もの列車に私財(税金)を山ほど積み込んで亡命していっても何も言わず、自分達に何度も警告して反戦を訴えていたルクセンブルグやハーゼーらが戦争責任をなすり付けられて虐殺されても自分達には一切、責任はなかった振りをして頭から彼らの記憶を消し去り、賠償金の他にもルール地方などの国の最大工業地域を占領され、商船から漁船、機械、鉄鋼、石炭、セメント、木材、ガラスにレンガ、牛や馬、羊、家具や暖房器具に至るありとあらゆる国の産業手段や資源も戦争賠償として盗られていき、今後どころか現時点すら生きていく手段や物資のほとんどない状態にされ、いくらお金があってもお金が食糧や物資に化ける訳でもないのに紙幣を乱発し、リヤカー一杯に札束を載せてパンを買いに行ったり、木や石炭の代わりに紙幣を燃やして暖を取るなど、紙の無駄遣いをしただけの経済政策に終わっていても誰一人、まともな産業手段や経済再建策を出そうともせず、自分達が生きる為の手段(政策)であっても真剣に考えて話し合うこともなく、誰かが何とかしてくれるだろう、自分の食べる分だけあれば何とかなるだろうと再びその場凌しのぎの生活費を稼ぐことだけに追われ、それに失敗すると今度は「“心身疲労ストレスで”むしゃくしゃするから」と言って暴動や殺人、強盗、強姦といった暴力に走り、自分より弱そうに見える者に当たり散らしてそのうち周りで「ユダヤ人達が戦争に負けるよう仕組んだんだ。」とか、「ユダヤ人が俺達、ドイツ人の食糧や財産を奪っている。」などと根も葉もない噂にそそのかされて、どうして急にユダヤ人達がやり玉に挙げられたのか?とか、なぜ、突然、隣近所に住む金持ちでもない自分達と大して変わらない庶民がユダヤ人というだけで迫害されたり、自分達も攻撃するようになったのか?と何一つ疑問にも思わず、何かおかしくないか?、どこか間違っていないか?と自分の良心(=神)に問いかけることもなく(ユダヤ人がこの時、標的にされた詳しい理由は後ほど本作品にて触れる予定です。)、また、革命後に樹立した政府が自分達で退位させたヴィルヘルム2世の孫を招聘しょうへいして軍事演習を行っていたことやドイツ軍がソ連と手を組んで密かに兵器開発していたことが発覚し、ドイツ軍の幹部や首相が辞めさせられたニュースが流れていてもそれも無関心で、国家予算案(税金の使い道)に莫大な戦艦の開発費が盛り込まれていて街中では「軍艦より子供に食糧を」と騒ぐ人達がいてもそれも他人事のように見過ごし、極めつけはアドルフ・ヒットラーと言う第一次世界大戦中、自分の国で徴兵されることを恐れてイギリスに住む異母弟の家に逃げていたはずが、なぜか突然、ドイツ軍に志願兵として入隊し、かと言って戦闘する訳でもなく兵士向けの新聞に漫画を描いてわずかな賃金をもらっていただけの男と、ドイツでは知らぬ人がいないほど巨大な軍事企業クルップを経営して大戦中、Uボート(=Unterseeboot、U-boat、ドイツの潜水艦)だの戦艦だのと大儲けしてきたというだけでなく、ドイツ帝国時代から宰相ビスマルクと共にポーランドの占領事業に参加して「ポーランド人を絶滅させてドイツ人の農地を作る」などと物騒な発言をして実際にポーランド人達を追い出して農地を奪い、多額の税金をかけて移民開拓事業をしておきながら結局、大失敗に終わっていたアルフレッド・フーゲンベルグと言ういかにも私利私欲の為なら他人の財産でも生命でも奪いますと顔に書いてあるような男が大戦末期もそうだったが、世界恐慌が始まってからも急に国内の新聞社や映画会社を買い占め出し、王政復古や軍国主義を煽る街宣活動を行い、ついにはアドルフ・ヒットラーを党首にした“ナチス党”(=the Nazi Party、ドイツ語は“Na”tionalso“zi”alistische Deutsche Arbeiterpartei、ナチスまたはナチはドイツ語で発音した時に強調される部分を略語にしたもので、日本語に訳するなら「国粋(自国民優越)社会主義ドイツ労働者党」というのが正式名称の意味である。フーゲンベルグと一緒に別の右翼団体で働いていた自称、鍵職人のアントン・ドレクスラーが庶民票を集める為に労働者を装って1920年に設立した政党で、国粋(自国民優越)主義を謳う右翼政党が1921年からは“オーストリア(バイエルン)人”のヒットラーを党首にしている。)と論争を始め、自分が買い占めたメディアにこの論争を書き立てさせ、それもしばらくするとその反目しあっていたはずの両者が手を結んでいて“メディアの中では庶民の支持率No.1”とされる人気政党になっており、また薄気味悪いオカルト雑誌や本、右翼活動家で麻薬中毒患者としても有名な劇作家の書いた歌や詩でもヒットラーはドイツの救世主と紹介され、創業50年の老舗しにせピアノ製造会社メーカーベヒシュタインの社長の奥様がユダヤ人への差別発言で自社製品をボイコットされて社名や会社の利益を損なったにも関わらずユダヤ人へのヘイトスピーチを繰り返すヒットラーとお友達のまま高級自動車まで買ってあげていたりと、どう考えても胡散臭さしか感じないのにそれでも“大物政治家”が、“有名人”が、“資産家”が、“多数の人”がヒットラーを支持していると言われると何となくその気にさせられ、そうしてかすかに記憶に残っていた政治家の名前がたまたまヒットラーだったというだけで、それまで会ったこともなければまともに話を聞いた訳でもない見知らぬ外国人に自分達の生命と財産を託そうとその名前を投票用紙に書いていった。



その結果、ナチス党は大きく議席数を伸ばして第一党となり、それまでの与党政権と連立を組んでヒットラーは宰相(総理大臣)に指名され、どう見ても以前の政府の組閣の時に並んだ“政治家達の顔ぶれと大した違いはない”けれど、それでも自分達、庶民と境遇のよく似た44歳の若い漫画家が並みいる老害の大物政治家達を倒して頂点に立ったのだからそれなりに自分達の気持ちを分かってくれて自分達の暮らしを良くしてくれるのだろうと“根拠のない”淡い期待を寄せながらラジオから流れる選挙速報にほくそ笑み、そうこうしているうちに巷で国会議事堂が放火されて大した捜査も行われないうちからヒットラーやナチス党の幹部達が「これは民主的に選ばれたナチス政権への共産主義者達によるテロ行為だ!」と決めつけ、テロ撲滅を理由に非常事態宣言を出して言論や集会の自由、通信及び個人情報の保護などが約束されていた“ワイマール憲法”(=the Weimar Constitution、ドイツ革命直後に発足したワイマール共和政でユダヤ系ドイツ人弁護士だったフーゴー・プロイスが原案を作成し、1919年~1933年まで制定されていた憲法。地方より中央政府に権力を集中させたり、国家元首が国家非常時と判断した際は武力行使が許されるなど依然、封建制の思想を色濃く残してはいるが、それでも民主主義の基盤となる国民主権、基本的人権、財産権、労働者の団結権なども保障されており、特に世界で初めて“生存権の保障”が規定されている憲法でもある。日本国憲法もこのワイマール憲法を基礎に作られている。)を無効にして軍や警察を出動させ、ナチス党と敵対していた共産党本部やその他の政党の建物に押し入り、(この当時、世界中どこでもマルクス(共産)主義や社会主義が流行していたので労働者のほとんどが共産党員とか労働組合の組合員に加入していたのもあって)その場に偶然、居合わせただけの無関係な人を含め4,000人もの人達を“何の証拠もなく”逮捕し、尋問中に拷問を加えた上、裁判もせずに銃殺(処刑)していったのだが、それも自分達、庶民の中にも心身疲労ストレスを理由に暴動や放火、殺人、強盗、強姦といろいろ犯罪をする人達もいれば、軍や警察に勤める人達は全員、善人で誰一人、犯罪や違法行為に手を染めたりしないものだというこれまた根拠のない思い込みもあって、警察や軍の越権行為を「いつもの事だ」と軽く流し、むしろ「そうした治安を乱すおかしな連中は問答無用に射殺(処刑)されても仕方ない」とまで言い、まさかこの事件で自分達の生存権が無効にされて民主制(国民主権)から再び封建制(ヒットラー独裁政権)の臣民(奴隷)の身分に格下げされたことはもちろん、“憲法”(=Supreme law of the land、国の最高法規)と言う、ただ紙に書かれただけの国(共同社会)の約束事(言葉)が実はこれまで自分達の生命と財産を守り、国家の根幹を支えてきたなどとは全く気づかない。(the Reichstags fire decree 1933年)


それどころか、その事件から一か月もしないうちに軍隊に取り囲まれた国会でナチス党に反対する議員などほとんどいない状態のままヒットラーとナチス党の命令一つで自分達、国民一人一人の生命と財産の行方が決められる全権委任法案(=the Enabling Act of 1933)が可決され、もはや自分達の意見はもちろん、その存在すらも馬鹿にされて虫けら同然に無視されているのにそれでもなお、ヒットラーが約束した雇用保障や賃金の引上げ、福祉政策を期待してそのニュースに手を叩いて喜び、歓迎する。



その間、ドイツを含め世界各国の政府(王室)は自分達の“失敗した”食糧及び経済政策を補わせると同時に、一般国民の非難や暴動を避ける為の世界人口の口減らし(大虐殺)をする戦争準備に入り、世界恐慌などで戦費を稼ぎ、核実験などで飢饉や災害を起こしてどのような兵器を使ったらどのくらいの人口が減るのか人体実験も重ね、着々と世界大戦に向けて突き進んでいっているのだが、そんな事とはつゆ知らず、ドイツ国民は世界情勢から隔絶される形で禁断のあめをしゃぶらされて甘やかされ、“悪の枢軸国すうじくこく”(=Axis of Evil、元はアメリカの大統領だったジョージ・ブッシュJRジュニアが2002年に連邦議会の演説において民間機の突撃で世界貿易センターが崩落した2001年の9.11事件の首謀者として北朝鮮、イラン、イラクの3か国を名指しし、湾岸戦争に参戦するようアメリカ及びその同盟国の国民を煽る為に使われた言葉であるが、今では第二次世界大戦で敗戦したドイツ、日本、イタリア、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、その他、ビルマ、フィリピン、スロバキア、クロアチア、満州国、中華民国南京政府なども一般庶民の間でそう呼ばれることがある。ちなみに“枢軸国すうじくこく”(=Axis Power、「中心に集まって来る国」という意味で、暗に植民地を指す。)は第二次世界大戦中、黒い貴族と呼ばれるバチカンの元兵士でバチカン市国内にユダヤ人達を集めて武器製造を行い、それをドイツに輸送していただけでなく、イギリスとドイツの密かな連絡係も務めていたローマ教皇ピウス12世とバチカン市国(キリスト教国家)内のそうした暗部の証拠を隠滅しようとイギリスの首相ウィンストン・チャーチルが「the Softソフト Underbellyアンダーベリー ofオブ the Axisアクシス(一般庶民に気づかれずに)枢軸国(植民地内)の恥部を叩き潰せ」と自分の部下達にイタリア侵略を指示した言葉が( )の部分は知らされることのない末端のイギリスやアメリカの連合軍兵士達の間で単に士気を上げる為の卑猥な隠語と思われて波及したものである。なお、ユダヤ人をかくまったということでローマ教皇ピウス12世は戦後、イスラエル国から「諸国民の中の正義の人」賞が贈られているが、同じ理由でこの賞を贈られているのが当時、リトアニアのカウナスで日本領事代理を務めていた杉原千畝すぎはらちうねである。彼は人道的な見地から日本経由でアメリカに亡命できる査証ビザ発給を求めてきた6,000人ものユダヤ人達に査証ビザを発行したということで受賞しているが、実は彼も元はピウス12世と同じように武器製造や軍事機密を知っている一部のユダヤ人達だけを日本やアメリカに亡命させようとしていただけで、食糧も物資も不足し、自国民すら抹殺中の日本政府が貧乏なユダヤ人達まで受け入れる余裕がないことを杉原もよく分かっていた。しかし、そんな国家の思惑など何も知らない杉原の妻の幸子ゆきこ夫人は「飢えた子供達をどうか助けてあげて欲しい」と杉原に訴えたことから糟糠そうこうの妻の願いを無下むげにできなかった杉原は悩んだ末にカウナスの軍需工場で働いていた武器製造に詳しいユダヤ人達ということで大量の査証ビザ発行に応じたというのが真相

である。だから、「諸国民の中の正義の人」と呼ぶとすれば夫の千畝ちうねよりも妻の幸子ゆきこ夫人の方がふさわしいかと思われる。)の一員になるよう餌付えづけされる。



禁断のあめとは、世界中の一般庶民が飢饉による食糧不足と世界恐慌で貧窮している最中にドイツ国民だけがなぜかたんまり食糧を手にして急に景気が良くなった。



そもそも第一次世界大戦に敗戦して多額の借金を背負わされ、ついこの前まで膨大な札束を持っていかなければパン一切れすら買えない貧しい経済状態だった上、さらに牛や馬、羊といった家畜まで戦争賠償に盗られたため農業ができず農業を棄てて町に出稼ぎに来る人が増えていたのになぜ、自分達、ドイツ人だけが世界の飢饉や世界恐慌を克服し、急に食糧や賃金が増えるようになったのかその“確たる経済根拠(理由)が何も無い”ことに「何かおかしい、変だな」と(少なくとも経済学者や経済学を学んできた人達ぐらいは)気づくべきだったのだが、“自分達で決めて”第一次世界大戦に参戦し、結果、負けて貧乏になった責任を「反戦活動していたユダヤ人達が裏切ったせいだ」としてキリスト教徒が占める国家(共同社会)の中で弱い立場のユダヤ人達(少数意見)に押し付け、自分達の“間違った判断から生まれた失敗”ということは認めようとせず、さらに直近においても紙幣の乱発で何ら食糧危機を乗り越えられなかったにも関わらず、相変わらず賃金や雇用の増大、金融操作といった金や数字の流れだけに気を取られ、人や物の動きに注意を払うことのない彼らが自分達の失敗例や間違った判断を厳しく丹念に見つめ直し、それを土台にして正しい判断や成功する策を練ろうなどとするはずもない。

だから、ヒットラーやナチス党がどうやって国民総所得の倍以上だった借金返済を帳消しにできたのか、なぜ、大戦中、5年もの長きに渡って海上封鎖し、数十万人ものドイツ国民を餓死や病死させてでも食糧や物資を止めたほど無慈悲だったイギリス(the Blockade of Germany 1914年~1919年)がその支払い拒否について何ら報復措置も行わず、文句すら言ってこないのか不思議にも思わず、何でも自分達の都合のいいように解釈し、いつしか日々、ラジオや雑誌、新聞、チラシ、ポスター、本に映画、学校の教科書や職場での指示、そしてヒットラーやナチス党による演説といったプロパガンダ(大衆宣伝広告)の言葉に流され、それに酔いしれて「自分達の能力や軍事力が強くて優れていたから世界中のどの国民よりも早く飢饉や不況を乗り切れたんだ」とまで言い、自分達の過去の過ちから目を背けて自分達の未来はもっと明るく、豊かに幸せになれると信じ、ヒットラーやナチス党の言われるがまませっせと自分達の食糧になる訳でもない武器や兵器、自動車や飛行機を軍需工場で製造し、兵士や軍事物資を輸送する為だけの道路や鉄道などのインフラ(社会設備)を整備して大規模な公共事業で職が得られたことに満足する。




ただ一時的に生かされているだけで、後で自分達が殺されることも知らずに・・・。

自分と自分の愛する家族を殺す為の準備をさせられていることにも気づかずに・・・。



そうしてメディアを買い占めてヒットラーを押し上げたフーゲンベルグが最初に経済及び農業大臣を務め出したが、世界恐慌と飢饉で農産物価格の高騰が抑えられず動植物の“油”を原料とするマーガリンの供給をフーゲンベルグが制限したためドイツ国内のマーガリンやバターの価格が急騰したとの理由で大臣を罷免され、それにフーゲンベルグが反発して新聞やラジオのニュースをにぎわすと、ヒットラーの言い分に納得して支持するドイツ国民は一緒になって「フーゲンベルグは無能な政治家だ」と言って憤慨する一方、政界からは失脚しても彼の経営する軍事企業のクルップは全く無傷のまま相変わらず公共事業として税金を注ぎ込まれ、どんどん大儲けしていることなど気にもかけない。


クルップだけでなく、IGイーゲー ファルベンインドゥストリー(=I.G.Farben、ドイツの化学企業BASF(2019年時点で全世界の従業員数約12万人、売上高162億ユーロ(現在のレートにして約1兆9,900億円))と、化学薬品会社バイエル(2018年時点で従業員数約11万人、売上高約395億ユーロ(日本円で約4兆8,550億円)、同じく化学薬品会社であるヘキスト(2019年時点はフランスやアメリカの会社と合併してサノフィ・アベンティスと改称し、2018年時点の全従業員数約11万人、売上高約344億ユーロ(日本円で約4兆2,280億円))、医療機器メーカーのAGFAアグファ(ベルギーとドイツの合併による多国籍企業で医療機器の他に印刷機器なども手掛け、2018年時点は従業員数約1万人、売上高約22億4,700万ユーロ(日本円で約2,760億円))など計6社のドイツ企業が合同で興した巨大合弁会社(または財閥))や、自動車製造会社のダイムラー・ベンツ社(1998年にアメリカの自動車製造会社クライスラーと合併してダイムラー・クライスラーに改称し、さらにクライスラーを売却して2019年時点ではダイムラー社と社名を変更した。2018年時点で従業員数約29万人、売上高約1,674億ユーロ(日本円で20兆5,800億円))、同じ輸送機器製造会社のボッシュ(2018年時点で従業員数約41万人、売上高約785億ユーロ(日本円で約9兆6,490億円)、さらには電子機器から産業機器、電車、家電まで手広く扱うシーメンス(2018年時点での全従業員数約38万人、売上高約830億ユーロ(日本円で約10兆2千億円))やオランダの同じ電子機器製造会社フィリップス(2018年時点での従業員数約7万人、売上高約180億ユーロ(日本円で約2兆2,100億円))と、食糧(生命の糧)など作ってもいない軍需関連の大企業(財閥)だけが地球上で悪巧みの仲間を増やしてどんどん膨れ上がっていってもヒットラーやナチス党という国家(政府)が、それらの大企業経営者達が自分達、国民の生命と財産を守ってくれると固く信じて疑わない。

もちろん、権力者だろうと金持ちだろうと“食べないと生きていけない人間”である以上、口減らし(戦争)するにしても不足する食糧を補わなければならないためフーゲンベルグの代わりに農業大臣に任命されたのは、リヒャルト・ダレという、アルゼンチン生まれで父親は主にイギリス企業の脱税や違法な裏金の管理を手伝ったり、売春婦として現地女性を斡旋する人身売買や麻薬取引などを行うペーパーカンパニー(実体のない幽霊会社)で働く金融マフィアであり、元からダレをマフィアか、またはイギリスの国家スパイ(傭兵)に育てる為にドイツやイギリスの学校に送っていただけで農民にさせる気など全くなく、あくまで世間向けの学歴として入学したドイツの大学や“ボーイスカウト”(=Scouting、10歳~18歳前後の少年少女を対象に20歳~30歳前後の若者がリーダーとなって指揮し、野外でのハイキングやキャンプ、スポーツ活動などを通じて“軍隊での基本団体行動”を学ばせる青少年の為の軍事教育を行う組織のこと。1908年にイギリスの軍人のロバート・パウエルが書いた『Scouting for Boys(邦題では『スカウティングフォアボーイズ―よい市民性を教える為の手引書』)』という本が流行し、学校や地域などでそれに沿った組織が結成され、世界にもその活動が広がるようになった。ドイツは1923年にアルタマネン同盟(=Artamanen Gesellschaft、Artaアルタは逆さ言葉でTaraタラ「土地、農地」を意味し、Manenマネンはゲルマン祖語で「追い出し」という意味の言葉で、19世紀から前の宰相だったビスマルクと共にフーゲンベルグが行ってきたポーランド農民達を追い出してドイツ人の農地にする開拓事業と、ドイツ人の“祖先の一血”であるゲルマン狩猟民族がキリスト教を信仰する以前からギリシャ神話の中の山羊の姿をした牧羊神パンを信仰していたためその土着信仰の教えに出てくる「ゲルマン民族以外のあらゆる子孫を排除しなければ(=狩らなければ)ゲルマン民族が滅亡する」という他民族差別思想が根強く残っていて、その思想に沿って既に成人向けのパン・ゲルマン同盟と言う組織もあったことから、この二つの意味の言葉を合わせることで開拓事業と他民族差別思想を青少年にも広げて教育する目的で作られた団体である。)が結成され、日本でも外交官達がパウエルの本やイギリスのボーイスカウト団体の話を文部省に報告し、陸軍大将だった乃木希典のぎまれすけが訪英して学んできた知識に基づき、次々と東京や大阪基督(キリスト)教青年会(現YMCA)などで慈善団体を装った少年軍なるものが結成され、1915年には大正天皇の即位記念事業の一環として京都少年義勇軍が結成されるようにもなった。現在はボーイスカウト日本連盟と名前を改め、2018年時点で会員数約10万人、収益約10億9,600万円で文部省所管の“公益法人”(主に学術、慈善、技芸、宗教などの不特定多数の人々の為に活動を行っており、“営利を目的としない”団体)なので税が優遇されて寄付金は非課税となる。)においてもダレが学んだのは農業ではなく家畜の遺伝学であって、しかもこの男は動物実験と称して残忍な方法で動物虐待を行い、それで流れ出た血やえぐり取った内臓をどう農業で有効活用するかについて四六時中、考えるのが好きなサイコパス(精神異常者)でもあった。


その為、彼が農業大臣に就任するとすぐに自分の著作である『Neuadel aus Blut und Boden(邦題にすると『血と土-新しく気高き子孫を生み出す方法』)』(1930年発刊)を持ち出し、『血と土』をスローガンに掲げていかに自分達、北欧に住む白人が海外から流入してくる安くて質の悪い農作物を食べることでその健康が脅かされ、国内の市場も独占された上、さらにユダヤ人やアフリカ人、ポーランドなどの東欧からやってくる外国人移民のせいで自分達の仕事が不当に奪われてきたかということを、それまで自分達が作ってきた農作物の量や質の低さ、“景気を良くする産業技術や経済政策が何も無い”ことには全く触れず、ひたすら自分達、北欧の白人がいかに純血を保ってきた清く正しい優秀な民族であるかとまるで根拠のない世辞を並べ立ててめちぎり、「ユダヤ人や外国人移民はドイツに蔓延はびこる雑草だ!早く抜かなければ我々の食(=職)が脅かされる」などのユダヤ人を始めとした他民族への悪口やねたみ、恨みつらみだけを言い募ってとうとうとドイツ国民に言い聞かせ、その言葉に職(食)にあぶれていたドイツ国民は気を良くし、多勢の勢いに任せてダレやナチス党に指示された通り、何の罪もないユダヤ人(社会の生贄いけにえ)狩りを始めだした。



その狩り方は実に簡単な一言で始まる。

「もう、ここには来なくていいよ。」


要は、子供の頃によくやる虐めや仲間外れと同じで、何ら正当な理由もなく一方的に解雇や自宅待機、退学または出席停止などを告げ、それまで“お互い力を合わせて築いてきた”職場や学校、国家(共同社会)からユダヤ人達(自分達が嫌いな少数派または個人)だけを締め出すのである。

この一言だけでユダヤ人達(社会の少数派または個人)は一夜にして仕事を失い、子供は学校や近所の遊び場にも行けなくなる。

もちろん、ユダヤ人が会社の社長だったり、店の主人だった場合はその逆を行い、そこで何年も働いてその間、不満を訴えることもなく、むしろ社長や主人に媚びていた従業員やそれまで快く取引に応じ、商品を買いに来ていた客、そして今まで一度もその会社や店を訪れたこともない、その社長または主人の人柄、それまでに会社や店を興してきた苦労や努力、その人個人の人生を全く知らないならず者(社会不適合者)達が突然、会社や店にやって来てこう叫ぶ。

「ユダヤ人、出ていけ」

「ユダヤ人、お前達の店や会社などつぶしてやる」

そう言って会社や店に投石したり、店や会社の物を壊して暴れ、営業できなくする。

あるいは、夜中にこそこそやって来て会社や店の看板、ショーウィンドウ、壁などに中傷のポスターやビラをまいたり、落書きしたりしてしつこく嫌がらせ行為を繰り返す。



だが、そうやって心(理性)を病んだ人達が発狂し、職場や学校、地域で理不尽な行為をしていてもそれをひたすらぼーっと他人事のように眺めている人達がいる。

もはや心(理性)の感覚すらも失われ、理性(心)のリの字(漢字では「王(神)の郷里ふるさと」と書く)すら浮かんでこないのか、未熟な子供のする虐めや仲間外れが“成人”(成熟した理性を持つ人)となったはずの大人の間でまかり通っていても自分には一切、関係ない、別に自分が何か言っても、何かしても世間は何も変わらないと一言たりとも自分の意見も考えも述べず、武力(暴力)を振るうならず者(社会不適合者)達に付き従い、自分達も国家(共同社会)からユダヤ人達を追い出す協力をしないと生き残れないと心(理性)を病んだ人達の“言葉を信じて”同じく発狂し出す。



こうしてゾンビ(動く死人)の活動範囲が広がっていき、一つの国家(共同社会)が死に絶えていく。


その間、迫害されたユダヤ人(社会の中の少数派または個人)達は何とか生き延びようとどこか人間の心(理性)がまだ残っている居場所を求めて別の会社や学校、よその地域、周辺諸国へと逃れ、さ迷い出す。

そして、そこでもまた、迫害される。



そのたった一言の“言葉の暴力”がユダヤ人(社会の少数派や個人)達から仕事や学校を、家や居場所を、財産を、生命を奪う。


そのたった一言がその人の尊厳を、その人個人の存在を抹殺してしまう。



だが、人の心(理性)を失っているゾンビ(動く死人)達にはもはや自分達の言動の冷酷無情な異常性が全く理解できず、ひたすら政府(多数)に指示された通りに動き、時折、自分の良心(神)に浮かぶ政府(多数)への疑念や不満を考えること自体、許されない、悪いことだと自分を固く戒め、逆にユダヤ人(社会の少数派や個人)を迫害することこそ正義であり、善であると自分自身に強く言い聞かせる。

そのたった一言の言葉の暴力こそが自分と自分の愛する家族や友人、恋人の生命と財産を守る言葉だと信じ続ける為に・・・。


その結果、ドイツ“国民の総意によって生まれたもの”がユダヤ人とドイツ人との結婚を禁じ、ユダヤ人が一般市民として生きる権利を剥奪はくだつする“ニュルンベルグ法”、またの名を“ドイツ人の血と名誉を守る為の法律及び国民法”である。(Nürnberger Gesetze 1935年)

この法律ができたことで一気にゾンビ(動く死人)達の動きが活発になった。

何せ、合法化されたことで誰からもとがめられることなく天(神)の下で虐めや仲間外れ、嫌がらせが好き放題にできるようになったからである。

そこで早速、ゾンビ(動く死人)達は次々とユダヤ人とドイツ人の恋人の仲を引き裂き、ユダヤ人がドイツ人と結婚しようとするのは違法だとして逮捕し、ユダヤ人がドイツ人に物を売ったり、買ったりすることを禁じ、ユダヤ人の医者がドイツ人の患者を診察したり、治療することも許されず、さらに役所に勤める公務員や学校教師はもちろん、ドイツ人と同じ職場で働くことやドイツ人の友達と一緒に学校で勉強することもできなくなった。

ユダヤ人達が必死に訴えるニュルンベルグ法への抗議記事やドイツ人達への嘆願書なども焼かれて焚書にされ、彼らの悲痛な叫びはどんどんかき消されていく。


それでもゾンビ(動く死人)達はその残忍な手を止めることはない。

当時のドイツの人口6,500万人のうち、たった60万人程度しかいないユダヤ人達に職(食)を奪われるものと思い込み、何もしていない彼らを恐れ、忌み嫌い、さらにその60万人の中の6割もの人達がドイツ国民から受ける不当な扱いへの屈辱や悔しさを我慢し、仕返しすることなく黙ってその迫害を受け入れ、ドイツから違う国に亡命しようとしてもなお、しつこく税制や法律を盾にしてその財産を没収し、彼らを絶望の淵へと追い詰める。


しかし、無一文でも何とか安全な場所に逃れられた人達はまだ、ましだった。

もう逃げられないと自分達の生命をあきらめ、自殺や一家心中する人達、屈辱と悔しさに耐えられずつい、ドイツ人達に同じ暴力で立ち向かってしまい、あえなく逮捕されたり、拷問されて虐殺されていく人達、そしてどこにも行き場がなくとうとう路傍で乞食となり、ドイツ人達にからかわれて暴行を受け、あえなく殺されたり、また、市街の治安や衛生の悪化、美観を損なうとの理由でホームレスとなったユダヤ人(社会の少数派や個人)達はそのまま“更生施設”や“生活保護施設”と呼ばれる強制収容所(=Concentration Camps)にまとめて放り込まれていくようにもなった。



ナチス党の強制収容所は、ドイツ南部にあるミュンヘン市から西に向かって20kmぐらい北上したところにあるダッハウと言う、現在の人口でも4万人ほどの小さな町に1933年に造られたのが最初とされている。

元は弾薬工場だった建物を国会議事堂の放火事件で政治犯として逮捕した4,000人もの人々を収容する施設が足りなかったことから急遽、建て替えられたもので、ユダヤ人狩りが始まる以前から暴動やデモ(抗議活動)などを起こした政治犯やスリなどの軽犯罪者、ホームレスや物乞いなどをしていた“ジプシー”(=Gypsies、インド・アーリヤ(イラン)語を話す遊牧民族のことで、人類の文明の基礎となるメソポタミア文明、インダス文明、エジプト文明の一部を受け継ぐ人々でもあり、日本人の祖先の一血としても含まれることがある。今は世界各地で定住して暮らしている人達が多いが、元々は中央アジアから主に東ヨーロッパにかけて狩猟や牧畜を追って生活する遊牧民だったため、定住して働く人が少なかったこともあり、以来、見た目がインド人やその他の東洋人っぽい人で住所不定、無職または職業不詳の人達を指してそう呼ぶことがある。その為、一部の人達にとっては差別用語と認識され、(言い換えても悪口や隠語の意味(心)は変えられないと思うが・・・。)今はジプシーではなく“ロマ族”(=the Romani、“英語”は「人間、男、夫」という意味らしいが、語源を突き詰めるとインドのサンスクリット語の「音楽や踊りを披露しながら旅する“最も身分が低い人達”」という意味になる。)と呼ぶようになっている。ちなみにジプシーとはギリシャ語の「エジプト人」を彼らの方言で発音すると「ジプシー」という音に聞こえたことから19世紀にエジプト文明を始めとした東洋の文明、また欧米人の起源について研究していたイギリス人のフランシス・グルームが彼らをそう呼ぶようになり、以来、定着したものである。また、フランス語の“ボヘミアン”(=Bohémien)も同じくジプシーを指し、東欧のボヘミア(現在のポーランド南部からチェコ共和国)から来た人々に“姿が”似ていたことからそう呼ぶようになった。)達を建前上、職業訓練などを行って技術や道徳を学ばせ、社会復帰できるよう更生させる刑務所または矯正施設であるとして収容していた。


後にヒットラーの演説に出てくる通り(Berlin Sportpalast 1940年)、実はこの強制収容所の原型モデルとなっているのは南アフリカの金山やダイヤモンド鉱山を奪おうとしてイギリスが起こしたボーア戦争(=Anglo Boer Wars、1880年~1881年の第一回ボーア戦争で負けたイギリスはデ・ビアス社(=The De Beers Group of Companies、ダイヤモンドの採掘から販売までを行うイギリス資本の会社。2016年時点の従業員数は約2万人、売上高約61億ドル)を創業することになるイギリス人実業家のセシル・ローズらに企業同士で軍を結成させて再度、襲撃を試みさせたが、失敗し、結局、1899年~1902年まで第二回ボーア戦争を起こして南アフリカを制圧した。この戦争において現地のゲリラ兵達の抵抗に苦戦したイギリスは自国兵士も含めて約5万5千人の死者を出し、そのうち現地兵士は約6千人、一般市民は約2万6千人も亡くなっていて、この犠牲者のほとんどがイギリス軍の行った残虐非道な焦土作戦で家や農地から焼け出された女子供であり、行き場を失くした彼女らはイギリス軍の世間向きには“難民キャンプ”(=Refugee Camp)と呼ばれる強制収容所に連行され、そこでイギリス軍大将でヴィクトリア女王付き副官でもあったキッチナー子爵のこれまた精神異常を疑いたくなるような虐待によりトイレもない施設で餓死や伝染病に罹患させられて1900年から終戦となる1902年の2年間で約2万人もの人達が死亡した。その間、女性の大学入学資格や選挙権の拡大を求めるフェミニスト(女性権利擁護者)のミリセント・フォーセットやエミリー・ホブハウスなどの二人の女政治家がこの収容所の衛生管理の劣悪さをあげつらい、自分達の政治活動である婦人参政権や女性の権利拡大に税金や寄付金を募ろうと便乗し、10か月近くも医師や看護師を派遣しろだの、医療物資を増やせとイギリスの国会で論争して世論を煽り立てたが、そもそもこの問題の発端は彼らイギリス人が他人の土地にある資源を横取りしようとして侵略戦争を始めたからであって、自分達、イギリス人がそこで生まれ育った原住民達の平和な暮らしや仕事を奪った挙句、劣悪な施設に放り込んで食べ物も与えず、その上、伝染病(生物兵器)までまき散らして人体実験を行って虐殺していったのに、その“人として許し難い悪行”には一言たりとも触れることなく、救援物資にしても実際に必要としている難民達の声を聞く訳でもなく、自分達、イギリス国内の政治家同士の金や権力争いに人命を利用しただけで終わり、結局、強制収容所内での死者数を見た目だけ減らそうとして難民達を現地の収容所から追い出し、そのまま捕虜兵士達と共に別の植民地に移住させようとしたのだが、既に体の弱っている彼らに食糧もほとんどない状態で長旅させるなど死への旅路に行けと言ってるのに等しく、旅の途中で餓死や疲労で力尽きてそのままひっそりと死んでいく人達も多かった。それは現代でもなお、戦火から逃れながら過酷な移住の旅で疲れ切り、体力のない幼児の難民の遺体がヨーロッパの砂浜に無残にも打ち上げられているのが見つかったりするが、まさにそれと同じ事がこのボーア戦争でも起こっていた。)で建てられていた強制収容所なのだが、イギリスの場合はあくまで原住民達を殺戮してその土地から追い出すのを目的にしていたのに対し、ナチス党の強制収容所は殺戮以外にある別の目的もあった。



実は、ヒットラーやナチス党がユダヤ人狩りをしていたのは、彼らユダヤ民族を自分達の国家(共同社会)から追い出してゲルマン民族の血筋を純血に保つ為に行っていた訳ではなく、彼らユダヤ民族が祖先から受け継いできただろうメソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明などの青銅器時代の知識と技術を奪うことが目的だった。

そして、それはドイツだけでなく、特にタイタニック号の建造で大失敗しているイギリス(第105話『欺瞞』(注5)参照)や新大陸の原住民であるプエブロ族の農業技術や知識の価値が分からないアメリカも同様で、また、イギリスと親戚関係でイギリスの教育や文化に染まっている他のヨーロッパ諸国やイギリスの植民地となって剣を振り回して人を殺すことしか能のない明治政府(から現代まで)の日本も喉から手が出るほど欲していたものだった。

というのも、彼ら欧米人達が自分達の発明であるとして世界に向かって披露してきた特許の“ほとんど”は彼ら欧米人が発明したものではなく、既に青銅器時代から存在していた東洋アジアの知識や技術だったからである。

その為、未だオスマン帝国のダマスカス鋼やインダス文明のウーツ鋼が解明できないのも(第105話『欺瞞』(注3)参照)彼ら欧米人自身が鉄鋼の製造方法を発明していないからで、彼ら西洋人達が東洋人達より優れた鉄鋼技術や知識を持っているなら「自分達の造る物より劣っている」、「程度レベルが低い」と馬鹿にしてきた東洋、それも古代の技術や知識など簡単に再現できていたはずである。


なのに、現代になっても未だにそれが再現できていないことからして彼ら欧米人達の誇る知識や技術こそ誰かの真似をして造られた“偽物”であり、本物の技術や知識を持つ者は彼ら欧米人達にとって、特に特許や軍事機密においてはとてつもない脅威となる。


だから、“イギリスの傀儡政権だったヒットラーとナチス党”はユダヤ人狩りをすることでそうした本物の知識と技術を持つユダヤ人達をあぶりだし、その知識と技術を盗んだ後、口封じや口減らしをする為に抹殺しようとしていた。

ただし、ユダヤ人であっても全員が全員、青銅器時代の知識や技術を受け継いでいた訳ではなく、ユダヤ民族を始めとした東洋の文明では家宝(家業)となるような知識や技術は一子相伝、長子相続(創世記25章5節、27章参照)が常なので受け継いでいない人達も数多くいて、しかも、これまでの歴史において様々な民族と結婚し、“混血となってきた”何十億人もの人類の中で限られた能力を持つ人々を探し出すのは極めて困難に近かったが、それでも中世の頃からドイツや東欧はユダヤ人をかなり受け入れてきたことと(第107話『革命 (2)』(注1)参照)、欧米人達が最も欲しい武器や兵器を造る為の冶金術(製錬&精錬)もそれらの土地の製品には昔から定評があったため、ヨーロッパの中では比較的、そうした能力を持っていそうなユダヤ人達を探しやすい土地としてドイツやポーランド、オーストリア、ハンガリー、チェコスロバキア(現在はチェコ、スロバキア、ウクライナの3か国に分かれている。)、バルカン半島にあるユーゴスラビア王国(=Kingdom of Yugoslavia、1929年~1941年まで存在していた国で、現在はユーゴスラビア、スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、コソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアなどに分かれている。)、ルーマニア、ブルガリア、アルバニア、ギリシャといった国々に住んでいたユダヤ人達を標的にしたのである。(なお、ユダヤ民族が受け継いできた知識や技術についての詳しい説明は本作品にて追々、触れていきたいと思う。)


また、ユダヤ人以外にヒットラーやナチス党の標的となった中にジプシーが含まれていたのも前述したように、彼らもそうした青銅器時代の知識や技術を継承してきた古くからの民族だったからである。

そして、強制収容所であれ、ローマ教皇ピウス12世や杉原千畝のように第二次世界大戦の本当の目的を知っていてユダヤ人達を助ける振りをしながら結局、送りこんでいく亡命先の軍需工場であれ、一か所に彼らユダヤ人達を集めて目的の仕事をさせ、その知識と技術の程度レベルを測り、役に立ちそうな人達だけを残してそれ以外の人達は次々と抹殺していった。


(ちなみに、彼ら以外でナチス党の標的にされた中にエホバの証人(=Jehovah’s Witnesses)という1870年に設立されたアメリカの“キリスト教”宗教団体がよく取り沙汰されるが、そもそもナチス政権が誕生する以前から“自分達の宗教団体を宣伝する為に”暴動を伴う反戦デモ(抗議運動)をしてアメリカ本国でも役職付きの信者が何人か逮捕されていたり、また、個人宅に突然、押しかけてきて強引に勧誘する手法が嫌がられて警察に通報されるなど、元々、アメリカだけでなく、世界中で反社会組織または迷惑団体と認識されており、そうした個々の問題行動から逮捕されて強制収容所に送られていただけで、ナチス政権は彼らの団体など全く眼中になく、逮捕されても反省文や脱会宣誓書さえ書けば釈放されることもあったそうだが、中にはどうしてもキリスト教の殉教(自殺)精神が抜けないのかわざわざ“神に与えられた大切な生命”を自ら粗末にした人もいたようで1,500人ほどの人が強制収容所で亡くなったと彼らの団体は推定している。


それと同様に、LGBT(=Lesbian,gay,bisexual and transgender、同性愛者及び両性愛者、性同一性障害者)の擁護団体もナチス政権に同性愛者達が迫害されたと非難しているが、彼らの場合、ナチス政権どころか、キリスト教がギリシャを始めとしたヨーロッパで布教され出した古代ローマ時代から自身の性癖や性趣向を“自制できない人達”による性犯罪が教団内で横行し(コリントへの第一の手紙5章及び6章参照)、また、自分で健康管理を怠って性病を隠し持ったままパートナーを頻繁に変え、社会に性病を蔓延させてしまった(第97話『不浄 (1)』(注1)参照)ことから忌み嫌われたり、糾弾されるようになっただけで、ナチス政権やキリスト教以外でも同性愛や両性愛を禁じる法律は古代から世界中に存在するが(レビ記20章13節参照)、現代でも司祭や僧侶の権威を笠に着て“神の名を口実に”幼い男の子に性的悪戯をしたり、強姦したりと“人として恥ずべき行い”をする心(理性)なき人々は公正な裁きを受けて当然と思う一方、単に女っぽいしゃべり方だの、なよなよして女々しそうな仕草が気持ち悪いだのとからかわれ、いわれ(正当な理由)のない侮辱や暴行、虐殺を与えようとする側も同じく“人として恥ずべき行為”と思うので、そうしたお互いの誤解によって逮捕され、強制収容所に送られた人達も15,000人近くいたらしく、その中でどのくらいの人達が亡くなったのかは今のところ定かではない。


いずれにせよ、どんな民族だろうと、人種だろうと、宗教だろうと、性別も全く関係なく、また、枢軸国でも連合国でも同様に、第二次世界大戦においては世界中の一般市民こそが口減らし(虐殺)の対象となっており、全世界で戦死者数が約8,500万人、それ以外にも餓死や病死で数字に表れていない犠牲者は数えきれないほどいたのだから、エホバの証人やLGBTの人達だけが“特別、意識されて差別されていた訳ではない”ことを付け加えておく。)



その為、ナチス党の強制収容所にはその原型モデルとされたイギリスの強制収容所のように単に殺戮を目的とする絶滅収容所だけではなく、労働を行わせる強制労働収容所(=Forced labor camps)が設けられていて、後にポーランドで造られ、今なお“ホロコースト”(=the Holocaust、ギリシャ語で「丸焼きの供物」を意味し、当初はオスマン帝国でアルメニア人やキリスト教徒、孤児といった様々な理由をつけて実際は欧米(の銀行)に借りた借金の返済として土地を明け渡す為に度々、行われてきた一般住民の大虐殺(the Hamidian massacres&the Diyarbakir massacre 1894年~1896年)を指していたが、かつてドイツにあったブレスラウ・ユダヤ教神学院に留学していたイギリス人のユダヤ教宣教師であるフレデリック・メンデスが創設したアメリカのユダヤ人向け雑誌『Americanアメリカン Hebrewヘブライ』の中で、1941年に『Before the Holocaust(邦題にすると『ホロコーストが始まる前に』)』という表題タイトルが掲載されたことからホロコースト(人身御供)という言葉が広く出回るようになった。ちなみにナチス党がホロコーストを行っていた時期は大体、1941年~1945年と言われているのだが、なぜ、そのホロコースト(人身御供)が行われることをアメリカの雑誌社が事前に知っていたかは謎である。)の代名詞とされるアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所のように強制労働と絶滅収容所が一緒になっている所もあるが、大体、別々に分けられていて、そうした強制労働収容所の入り口には必ずと言っていいほど「ALBEITアルバイト MACHTマヒト FREIフライ(働けば自由になれる)」という標語スローガンが掲げられていた。

つまり、そういう標語スローガンにしておけば多少はその気になって自分の持っている能力を最大限、活かして働こうとするユダヤ人達が現れることを期待していたからである。

だから、最初にナチス政権の強制収容所となったダッハウは、まさしく強制労働をさせる目的で設けられていた収容所だった。



そうしてダッハウ以外でも強制収容所を建設しながらユダヤ人狩りが始められたのだが、あんなにも非道な悪法に追い詰められ、絶望的な状況であってもユダヤ人の中には決して自分を信じる心(=神)を失わない人達もいて、ヒットラーやナチス党の予想を裏切り、ユダヤ人同士で財産を分け合って暮らしていたり、あの手この手で政治犯やホームレスにしようと制定されるドイツ国家(政府)の悪法の穴を見つけては逃げおおせていたりして意外と仕掛けられた罠から見事にすり抜けていくユダヤ人達も多かった。

そこでニュルンベルグ法が制定されて以降、予想以上に集まらないユダヤ人の数の少なさにしびれを切らしたヒットラーやナチス党は強硬策に打って出た。


ユダヤ人の中から裏切り者のスパイを雇い、ドイツの公務員を暗殺してくれたら家族共々、助けてやると釣って暗殺事件を起こさせ、その報復として反政府思想を持ったユダヤ人達がテロ活動をしているという名目の下、大掛かりな家宅捜査を行って事件と全く関係ないユダヤ人一般市民の家や店舗、病院、学校、シナゴーグ(ユダヤ教集会所)などを破壊し、暴行や強姦、虐殺などを行って91人が死亡、約3万人を証拠もなく不当に逮捕、拘留していった。(Kristallnacht 水晶ガラスの夜事件 1938年11月9日~10日)

ナチス政権に雇われたヘルシェル・グリュンシュパンは当時、ドイツではなく、フランスのパリに住んでいた17歳の男で、フランスにいる彼がユダヤ人狩りの被害に遭ったことは一度もなかったのだが、事件が起きる数日前に彼の姉から一枚のハガキが届いたことから彼はパリにあるドイツ大使館に勤務する大使の暗殺を決意したと逮捕されてからの供述や海外メディアの取材に答えている。

その彼が事件を起こすきっかけとなったとされるハガキには“ゲシュタポ”(=the Geheime Staatspolizeiの略でGestapo、ナチス政権下での秘密警察(=Secret Service、またはSecret Police)。反政府思想を持つ人々が知る情報や起こす行動で独裁政権の評判を落とされたり、恥部が暴かれないよう私服警官として市民に紛れ込み、新聞、雑誌、本などの世論の監視や個人情報及び通信の傍受、尾行、卑劣な家宅侵入捜査までも行って家財を破壊したり、言いがかりをつけて不当逮捕し、強引な尋問や拷問を行ってリンチ(私刑)による虐殺や処刑すらも行う国家(政府)的な犯罪組織である。ナチス政権のゲシュタポ以外の例ではイギリスの“MI6”(=Military Intelligence Section 6、海外で活動する公安警察)や“MI5”(国内で活動する公安警察)、日本の“特別高等警察”(略して特高。現在は“公安警察”と呼ばれる。)も秘密警察に挙げられる。)による“1万人以上”ものユダヤ人達の強制連行の様子が書かれていた。(Polenaktion 1938年)


このハガキに書かれた強制連行の顛末てんまつが何ともおかしなものだった。

まず、事件の背景はこうである。


1938年10月15日にポーランド政府は今後、パスポートには承認印が必要になったと公に発表した。

実はドイツにいるユダヤ人達はこのポーランドのパスポートを警察に見せることで外国人としてドイツ国の法律の取り締まり対象から外すよう主張してユダヤ人狩りを逃れていたのだが、ナチス政権を含めて欧米諸国と結託しているポーランド政府はこのユダヤ人達の持つパスポートを無効にしようとしてこんな発表を行った。

ポーランドという国は、国(原住民が築く共同社会)のように見えているが実際は国ではなく、様々な企業の集合地域のようなもので、いうなれば農商工業地帯に過ぎなかった。

つまり、ポーランド国内で農園や工場を経営する貴族シュラフタ達がユダヤ人以外の他民族も従業員として受け入れ、その貴族シュラフタ達が得意先として他のヨーロッパ諸国とそれぞれ取引を行い、そうした貴族シュラフタ達の持つ経済力や取引先である他のヨーロッパ諸国の事情で代表者(王)を選んできた国家だった。

その為、ヨーロッパ諸国に時々、国土を分割されるのもポーランド国内の企業を経営する貴族シュラフタ達の経済的な事情からで、それぞれのお得意様に合わせて商圏(商取引を行う範囲)として領土を分けていただけだった。

そうしてイギリスを筆頭にした欧米諸国(世界)が“経済政策”として第二次世界大戦を計画し、ナチス政権を建てて鉄鋼や核兵器開発に必要な冶金術(製錬&精錬)を祖先から受け継いでいそうなユダヤ人達を集め出すと、ポーランドは真っ先にそれに協力し出した。

その後、ナチス政権のユダヤ人狩りがうまくいかずユダヤ人達が集まらなかったことからポーランド政府はユダヤ人達の持つパスポートを無効にしたのである。

そのパスポートの失効となる日が10月30日からだったのだが、ナチス政権はそれよりも早い27日から無効となるパスポートを持ったユダヤ人達を一斉に国外退去処分にして検挙し出したというのがグリュンシュパンの姉がハガキに書いてきた強制連行の内容である。


ところが、その連行が行われた期間が10月27日~29日、推定人数12,000人~17,000人ものユダヤ人達が連行されたと言われているのだが、この短期間にこれだけの人数が持つパスポートの承認印を確認し、連行するだけでもかなりの時間がかかる。


たとえ一切、パスポートを確認せずに無理やり連行するにしても最初に連行が行われたとされるドイツ東部のライプチヒからポーランド国境沿いのズボンシンという小さな町まで約359kmも離れているのだが、現代でも車で移動するのに3時間以上はかかると思われ、それを数時間足らずでユダヤ人の家々を回って年寄りから赤ん坊まで誰一人逃すことなく移動させ、バスやトラック、列車を使って“強制的に”連行したと言うのである。

しかも、そこからがもっと不思議なのだが、到着したユダヤ人達は着の身着のまま連れてこられたり、連行途中に身ぐるみはがされて食べる物もなく、ズボンシンに到着してからようやくポーランド大使を始め、地元のポーランド企業や個人の他に赤十字もやって来てユダヤ人達に食事や宿を提供したと言う。


電話もネットもなく、自動車も列車もそれほど発達していない20世紀の初めにどうやってそんな短時間に赤十字が食糧や物資を携えてポーランドの国境の町までやって来れたのか、それ以上になぜ、その町にユダヤ人達が連行されることを赤十字が知ることができたのか疑問符だらけなのだが、とにかく前述のグリュンシュパンの姉はこの町に到着して31日にパリにいる弟にハガキを送ったと伝えられている。

そのハガキがパリのグリュンシュパンに届いたのが11月3日で、ポーランドからフランスまでの国際郵便とは言え、たった1枚のハガキでも4日かかっている通信状況なのだが、ともかく自分の愛する家族に振りかかったこの悲惨な出来事を知ってグリュンシュパンは憎悪に燃え、ドイツ大使を暗殺しようと決めたらしい。

ところが、彼が実際に殺害したのはドイツ大使ではなく、エルンスト・フォム・ラートという大使館職員で、“ラートの事務室に難なく通された”グリュンシュパンは彼の腹に5発の銃弾を浴びせて殺害し、そのまま自らフランス警察に出頭した。(1938年11月7日)


そして、この暗殺事件がナチス政権の大掛かりなユダヤ人狩り(水晶ガラスの夜事件)の引き金となる上、さらにこの二つの事件を世界中に広めて第二次世界大戦の敵を作り上げたのは当時、アメリカで大統領夫人のエレノア・ルーズベルトと並ぶぐらい有名と言われていたドロシー・トンプソンという女性ジャーナリストで、彼女はヒットラーを「骨のない口が達者なだけの典型的な小心者」とこき下ろしたことからとっくの昔にドイツから追放処分を受けており、さらにこの時、アメリカのラジオ番組の司会者を務めていて、ヨーロッパにいなかったはずなのだが、この二つの事件が起きてからなんと4日後にはもうラジオで事件を報道し、グリュンシュパンは一躍、時の人となった。


ちなみにこの当時、飛行機は1903年にライト兄弟が飛行実験に成功し、乗客を乗せられる旅客機は1919年に操業され出したが、それでも数人ほどしか載せられない危険な乗り物で、1930年代にアメリカでボーイング247(座席数10席)とダグラスDC-2(座席数14名)という機体が開発されたことでようやく客数が増やせるようになり、日本もこのダグラスDC-2を中島飛行機会社(第一次世界大戦やシベリア出兵に日本が本格的に参入することになる1917年に設立され、第二次世界大戦が終戦となる1945年にGHQ(連合軍司令部)によって解体された東洋最大の飛行機会社。創設者の中島知久平なかじまちくへいは海軍の元軍人で、現在の自民党の前身となる立憲政友会の総裁を務め、鉄道大臣、軍需大臣、商工大臣を歴任、その後、富士重工業(現在は株式会社SUBARU、2018年時点従業員数33,544人、売上高約3兆1,600億円)を創設し、GHQにA級戦犯に指定されるも死刑にはならず戦犯指定も解かれた。)が輸入して使用許可ライセンス料を払い、6機ほど生産して地球上を航行できるようにはなったが、まだまだ一般には普及しておらず、暗殺事件があった1938年に飛び始めた新型旅客機ボーイング314(客席数74席)でもニューヨークからイギリスのサウサンプトン間の片道料金は現在の日本円にして大体、6千万円ぐらいする高額なもので、しかも巡航速度約249km/hではトンプソンの住むニューヨークからフランスのパリまで少なくとも片道1日はかかる。


とてもじゃないが、売れっ子ジャーナリストとしてニューヨークのラジオや新聞で活躍中の彼女がいつ起きるかも分からないヨーロッパの暗殺事件に気づけるはずはなく、たとえ偶然、知ったとしてもわざわざフランスまで飛行機で行って取材して帰ってくるには相当、無理がある。

まして、現代のようにしょっちゅう飛行機が飛んでいる訳でもなければ、当時の飛行機は乗ると必ず乗り物酔いすると言われるほど快適な空の旅ではなかったため、彼女が事件を独自にヨーロッパから拾ってくるのは不可能に近い。



では、一体、誰がこのヨーロッパの事件をアメリカの彼女に伝えたのかと言うと、実はJTA(=Jewish Telegraphic Agency、ユダヤ電信協会)という1917年にオランダのハーグで“ユダヤ系オーストリア人”のヤコブ・ランダウという男が第一次世界大戦の戦況を世界各国に住むユダヤ人達にラジオ(無線)を通じて配信しようと開設したNPO(非営利)のニュース配信団体で、その後、拠点をイギリスのロンドンに移し、ランダウはアメリカ人弁護士のイダと結婚して今度はニューヨークに引っ越した。

そして、この妻のイダもJTAの副代表として報道の仕事に携わりながら外国人(ユダヤ人)であるランダウと結婚したことでアメリカの市民権が失われることに反対する政治活動も行い、彼女がマスコミ(大衆宣伝)の力を使って盛り上げた反対運動によってアメリカ人の女性(アジア系を除く)は今後、外国人移民と結婚してもその市民権が剥奪されないとする移民法に書き換えられることとなった。(the Cable Act of 1922)

この改変でアメリカ人女性と偽装結婚してでも移住したがるユダヤ人達が増えるのは目に見えており、さらに彼らランダウ夫妻の友人と言うのがあのドイツ生まれのユダヤ人で、この後、日本に落とす原子爆弾を開発する為のマンハッタン計画に参画する理論物理学者のアルベルト・アインシュタインで、ランダウ夫妻は自分達の息子の名前をアルベルトと名づけるほどアインシュタインと仲良しだった。



その仲良しの彼らが力を入れて行っていたのが“シオニズム運動”(=the Zionism)である。


シオニズム運動は本作品(第83話『歴史の始まり』参照)でも少し触れたように、聖書のイザヤ書に書かれた“神の永遠の約束”(イザヤ書51章~66章)に出てくるシオン(=Zion)の詩編を読んだユダヤ人達が、これまで長く人種差別に苦しんできた自分達に神が救いの手を差し伸べ、自分達、ユダヤ民族だけの国家を再び建てることを神が約束(保障)してくれたものと解釈し、聖書の記述に従って中東に再びイスラエルを建国しようとする政治活動で、19世紀後半からユダヤ系オーストリア人のビルンバウムという学生がカディマ(=Kadimah、ヘブライ語で「前進する」の意味。)という学生団体をウィーン大学で立ち上げ、後に同じオーストリアからヨーロッパを股にかけて活動していた報道記者ジャーナリストのテオドール・ヘルツルがこのカディマの意味を「東方へ」に替えてシオニズム運動をユダヤ人達の間で扇動し、結果、イギリス政府(王室)とユダヤ人達が手を組んで行う“中東侵略戦争活動”へと変貌していく。

このシオニズム運動にはランダウ夫妻やアインシュタインの他に、初代イスラエル大統領となるダビド・ベン・グリオンやロスチャイルド家に仕え、ロックフェラーともなじみが深く、日露戦争の際に日本に多額の貸し付けを行ったことで明治天皇から最高勲章である勲一等旭日大綬章をもらったクーン・ローブ商会(=Kuhn Loeb&Co.、1977年にリーマン・ブラザースに統合された後、アメリカン・エキスプレスに買収されたアメリカの投資会社。関東大震災の際にはモルガン商会と同じく日本の電力会社だった台湾電力株式会社の社債(借金)を引き受け、実際の所有者となった。)の経営者であるヤコブ・シフも絡んでいて、特にこのヤコブ・シフからシオニズム運動に注がれる人脈と投資の協力は大きかった。


と言うのも、彼が経営している企業には鉄道会社や銀行だけでなく、“AXAアクサ保険会社”(=AXA Equitable Holdings、1859年にニューヨークで設立された保険会社で、南北戦争での保険販売で大儲けした後、大学で学生や卒業生から集めた寄付金でもって学費貸付や保険などを運用していたPIKE(=Pi Kappa Alpha)というOB(学友)会を取り仕切っていたウィリアム・アレクサンダーを社長に据えてさらに集金力を高め、1991年にはフランスの保険会社と合併してフランスはAXA S.A.、アメリカはAXA Equitableと名乗っている。日本へは1994年にアクサ生命保険、1998年にアクサ損害保険を設立して進出、2000年に日本団体生命(日本経済団体連合会によって設立された従業員を被保険者にして雇用主の企業が保険金の受取人となる団体保険を扱う保険会社)と合併して2019年時点はアクサ・ホールディング・ジャパン株式会社となっている。アメリカのAXA Equitableの2018年時点の顧客数は約530万人、資産運用高約6,190億ドル(日本円にして約68兆円))や、“ウェスティングハウス・エレクトリック”(=the Westinghouse Electric Company LLC、1886年に鉄道や車両の空気ブレーキを開発してアメリカのペンシルバニア州ピッツバーグに会社を興し、タービンなどの動力機関も製造して1892年にアメリカの発明王と言われるトーマス・エジソンの会社と合併、機械製造から電力会社となり、原子力発電所の開発事業などを行っていたが、1995年にCBS(=the Columbia Broadcasting System、アメリカ最大のテレビ・ラジオ放送局。)を買収してメディア企業へと転身し、1999年に英国核燃料会社(=British Nuclear Fuels Ltd.、1971年に設立されたイギリス政府所有の電力会社。)に原子力部門が売却され、さらに英国核燃料会社が財政破綻してウェスティングハウスは日本の東芝が中国、インドなどの電力需要を見込んでとの表向きの理由で54億ドルで購入することとなり、2015年の東芝の粉飾決算と共にウェスティングハウスの財政破綻も発覚して2017年にウェスティングハウスは倒産した。2019年時点ではサウジアラビア王室の所有と見られるカナダ国籍の“未公開株”投資会社ブルックフィールドに売却されている。ちなみにこの未公開株投資会社は2016年にブラジル最大の民間水道会社の株も70%近く握っていて、まさしくブラジル“国民の命綱”をも買い占めている。)といった軍需景気で国際的に保険や核兵器が販売しやすくなる企業も入っていて、その利益を目当てに多数の人間や資金がヤコブ・シフとシオニズム(中東侵略戦争)運動の周りに群がるからである。


もちろん、第二次“世界大戦”ともなれば、なおのこと、軍需景気の規模もでかくなり、その利益も大きい。


加えて、シオニズム(中東侵略戦争)運動に関わるランダウやアインシュタインにしても、グリオンやヤコブ・シフにしても皆、ドイツやオーストリア、ポーランドの出身者というドイツとは切っても切り離せない縁の深い人達ばかりで、当然、彼らの目指すシオニズム(中東侵略戦争)運動をドイツで行わない理由は無い。


だから、グリンシュパンが暗殺を決めた動機だと供述したライプチヒからポーランドへのユダヤ人達の強制連行とは、強制だったのではなく、シオニズム(中東侵略戦争)運動の一環であるアリヤー(=Aliyah、ヘブライ語で「のぼり」の意味)と呼ばれるユダヤ民族の大移動であり、シオニズム運動に触発されてきたユダヤ人達はちょうどパスポートが無効となる30日の前にイギリスが第一次世界大戦での敗戦後、国家倒産したオスマン帝国から借金のかたに盗り上げ、保護国にしていたパレスチナへ“自主的に”亡命していっただけのことだった。

それゆえ、1万人以上もの大人数でも短時間の内に滞りなく移動できたのであって、たとえ殺されそうな状況であってもあの自尊心プライドの高いユダヤ人達が強制されてそう簡単に素直に応じるはずはない。

その証拠に、グリンシュパンの家族はイギリス委任統治領パレスチナ(=British Mandate for Palestine、第一次世界大戦後、国際連盟よりイギリスが委任されて1920年~1948年まで統治を行なっていた植民地。)に移住し、第二次世界大戦後、グリンシュパンを描いたミュージカル劇のイスラエルでの初演にも招かれている。


さらにグリンシュパンの自供もその後、変遷し、実は自分が暗殺したフォム・ラートとは以前からの知り合いで自分は彼の男娼セックスフレンドだったと告白した。

その為、彼の事件をまとめた『the Day the Holocaust Began:the Odyssey of Herschel Grynszpan(邦題にすると『ホロコーストが始まる日~ヘルシェル・グリュンシュパンの波乱万丈の人生』)』(Gerald Schwab著 1990年発刊)でも、彼が暗殺の前に書き残した両親宛のハガキにはこう書かれてあったと記されている。

「神よ、許してくれ。ああ、お父さん、お母さん、これ以外にどうしようもなかったんだ。

僕はお父さんやお母さん、そして12,000人の同胞のユダヤ人達の悲劇を聞いた時、心から血が流れるようだった。

私は抗うしかない、全世界の人々も私の抵抗を知るだろう。

そして、私はやる。許してくれ、Hermanヘルマン(元々の語源は古代ギリシャの家や道路にあった顔と生殖器が彫られた「男根神ヘルマ」の飾柱から生まれた言葉だが、英語の俗語スラングは「両性愛者」を意味し、Hermaphrodite「雌雄同体」を語源とした造語である。ドイツ語は「軍人」の意味もあり、通常、男の子の名前としても欧米ではよく用いられ、特に水晶ガラスの夜事件後、ユダヤ人達が請求してきたガラスの損害賠償を閣僚会議で提案し、女装癖があることでもよく知られるナチス政権の幹部ヘルマン・ゲーリングの名前でもある。)」



だとすると、前述したアメリカの女性報道記者(ジャーナリスト)のトンプソンにJTA(ユダヤ電信協会)が伝えたグリンシュパンの復讐劇もユダヤ人達の強制連行の話も全くの作り話ということになる。


だが、ユダヤ人達を集めて核兵器を開発し、第二次世界大戦(全世界一般市民抹殺計画)を勃発させたいナチス政権を始めとした欧米諸国は、これらの作り話を世界中に拡散し、戦争を始める為の“大義名分”(=Official Pretext、戦争は国家に仕える公務員(公僕)として正しい行動であるとの誤解を与え、その行動がやましく不正に見えないような理由)を立てようとしたのである。


とは言え、ここまでの説明だけではまだ、第二次世界大戦の“真実”を信じられない方もいらっしゃるかもしれないが、トンプソンが何ら裏も取らずに全世界に向けてこの事件を報道したことは紛れもない事実であり、この当時のアメリカでは女性を中心に何百万人もの聴衆者リスナーがいたそうなのだが、誰も不審にも思わず彼女の話すニュースをそのまま信じたらしく(現代でも信じられているが・・・。)、ナチス政権の残虐非道な強制連行で家族と離れ離れになり、怒りと絶望、悲しみから憎悪を抱いて殺人を犯してしまった悲劇の罪人グリュンシュパンは見事に世間の同情を集めることとなり、ナチス政権が支配するドイツはこの時を境に世界の一般市民にとって叩き潰すべき“敵国”(=悪の枢軸国)となった。



こうして、ナチス政権は世界大戦を始める前の重要な設定として世界中から悪魔テロリスト達が棲む敵国として注目されるようにはなったが、実際のところ、そんなに恐れるほど強力な組織(政権)だった訳ではなく、グリュンシュパンの供述内容や赤十字の動き、トンプソンのスクープの不自然な速さからも伺い知れる通り、欧米各国の政府にしても、ナチス政権にしても“組織としての基本的な報告、連絡、相談”(=Report & Notification & Consult、略して“報・連・相”または“ReNoCon”)がまともにできていなかったらしく、暗殺事件から一挙に大量のユダヤ人達を捕縛し、ダッハウ強制収容所に送り込んではみたものの、実際に対応する現場の職員達には何の通達もしておらず、本部の目論む意図(目的)など何も知らない現場の役人達にその意向(方向性)が汲めるはずもなく、突然、収容人数を超えるような数の囚人達を連れてこられても何もできず慌てふためくばかりで、むしろ、急に無理やり連れてこられたユダヤ人達の方がずっと冷静で理路整然と抗議を行い、結局、そうしたユダヤ人達に言い負かされる形で国外退去を条件にすぐに釈放するという何とも後手後手の対応ぶりだった。

その上、初歩的な法律すら全く理解していないナチス政権は何ら正当な証拠もなく違法な家宅侵入捜査を行った上、強盗、強姦、家財破壊と犯罪の限りを尽くしてしまい、それをまたしてもユダヤ人達に裁判や保険会社に訴えられて店舗や家のガラスの被害額だけでも600万ライヒマルク(現在の日本円にして約29億円)という莫大な損害賠償を請求される羽目となり、わざわざ閣僚会議を開いて賠償金の支払いについて議論するというこれまたお粗末な醜態をさらす始末だった。


しかし、そういう稚拙でいい加減な組織だったからこそ、ナチス政権を含めた欧米各国の政府は自分達の食糧政策が失敗したから世界中の一般市民を殺してしまおう、などという信じられないような安易で極悪非道の策が思いつける訳で、それに輪をかけて狂っているナチス政権はイギリスを筆頭とした欧米各国から常に暗殺をちらつかされて脅されながらそれでもなお、それなりに軍資金を渡されて国家を任されるのは自分達が世界の権力者達から期待されている有能の証なんだという激しく頓珍漢な勘違いに至れるらしく、彼らに命じられた通り、世界大戦とユダヤ人狩りを遂行するべく世界に宣伝する為の犯罪行為を繰り返し、それにも失敗すると今度は人事をすげ替えて自分達の犯す失態を取り繕うことに終始していた。



だが、狂っていたのは何もナチス政権や欧米各国の政治家、政府関係者ばかりではない。


度々、犯罪行為を繰り返すような公僕(政治家や公務員)ばかりが特権乱用している国家(政府)に何の疑問も抱かず、目の前で繰り広げられる非道の数々に一片の良心の呵責も感じないほどゾンビ(動く死人)と化していたドイツ国民や、ただ新聞やラジオといったメディアが“一方的に”「グリンシュパンの暗殺はユダヤ人達、少数民族への迫害の象徴シンボルだ」とか「ドイツは悪の枢軸国で、ドイツ人は皆、敵だ」と報道していたというだけで寄付を募って殺人犯を擁護しろと叫んだり、自分達の生命と財産を懸けてわざわざ戦争(人殺し)しに行こうと意気盛んに煽る世界中の一般市民の方もどうかと思うが、多数または群衆というのは恐ろしいもので一斉に同じ方向に向かって走り出すと何も考えずそれに流されて一緒に走ってしまうものらしく、ともかくドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦の火ぶたを切ると戦争(人殺し)はもはや世界中の人々の意向(目標)となってしまった。


そして、ナチス(国粋“社会主義”ドイツ労働者党)政権と同じく、ソビエト“社会主義”連邦のスターリン政権も食糧政策の失敗から一般国民の大飢饉を起こすと共に1936年~1938年にかけて自分達の政権に反対する政治家から軍司令官達、学者や作家、役者などの文化人、宗教家、ナチス政権や日本政府から迫害されたドイツ共産党員や日本共産党員、そして一般市民と、ありとあらゆる人々をことごとく拷問にかけて殺していく“大粛清”(=the Great Purge)を行い、年齢、性別も気にせず鞭で腫れあがった身体を何度も打ち続け、熱と痛みに泣き叫んで懇願してもそれでも手を止めずに殺していくという残虐極まりない方法で何の罪もない最低でも68万人以上もの人達が亡くなり、加えて63万人以上の人達が不当裁判で強制収容所に送られていたのだが、それに対してあれほど「打倒、共産主義」と国民に宣伝し、ナチス政権のユダヤ人狩りについては1週間足らずで報道していたのに、民主主義を自称する欧米諸国はスターリン政権のやっている大粛清には一切、口を閉ざし、王制を倒して労働者を多くの福祉政策で守る“社会主義国”になったと主張するフランスでは哲学者でノーベル文学賞の受賞を初めて拒絶した人物としてもよく知られるジャン・ポール・サルトルなどが「ソ連の粛清や強制収容所について話せばフランスの一般労働者の社会主義(国家)への信頼がくじかれるので無視すべき」とまで言い、ドイツとソ連が独ソ不可侵条約(=the Nazi-Soviet Pact)を1939年8月23日に結んでも見て見ぬ振りを決め込み、その1週間後の9月1日にドイツがポーランドに侵攻すると3日にイギリスとフランス、オーストラリア、ニュージーランドが、その翌日の4日にネパールが、6日には南アフリカまでもが“独立した意思を持たず欧米諸国に言われるがまま”自分達の生命を懸けてドイツに宣戦布告する一方、17日にソ連がドイツと同じくポーランドに侵攻してもソ連にはどの国も宣戦布告を行わず、11月にはソ連がフィンランドに侵攻してもこれまたイギリスとフランスは援軍すら送らず、フィンランド政府もなぜか援軍を断り、この間にポーランド侵攻で“死亡した一般国民の数”、兵士も含めてざっと8万7千人、冬戦争(=the Winter War、1939年11月30日~1940年3月13日)では“死亡した一般国民の数”、約15万3千人、これらの人達以外にも手足を吹っ飛ばされ、目や耳を失い、病気になり、あるいは食糧が届かず餓死したりと戦死者数には入っていなくてももっとたくさんの人達が嘆き、苦しみ、家族や子供を、友人や恋人を失って慟哭を上げながら無念にもひっそり亡くなっていったのだが、それでも世界各国の権力者達と彼らに従い、命じられた通りにしか動かないゾンビ(動く死人)達は、


“戦争(人殺し)の手を止めようとしない。”


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