第百一話 智慧(2)
https://youtu.be/qllREi8QMp4
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By モーツァルト 《レクイエム》全曲57分 カラヤン指揮/ベルリン・フィル(1961)
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高台に造ったピラミッド(冷暗所)は当然、砂漠地帯の直射日光をもろに受ける。
しかし、一日のうち、東から昇った太陽が西に沈むまでの間、建物は日が当たった場所によって内部の気温が変化する。
むろん、一年365日、季節によっても太陽の位置は変化し、また、雨の日や曇りといった気象条件でも気温は左右されるわけだから、ピラミッド(冷暗所)内に保管された“呼吸して生きている新鮮な小麦”も、そしてその小麦に寄生して繁殖しようとするカビ菌も、当然、その温度によって化学(細胞)変化が生じることになる。
ならば、高温の熱で殺菌すればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうすると今度は、小麦の味や栄養を形成している他の細菌(微生物)までも一緒に死滅させてしまう。
そこで、この難問を解決するのにヨセフが考えついたのが、ビールやパンを作る際に必ず行う“発酵”(=Fermentation)の技術だった。
“発酵”とは、食材についた微生物(細菌)が糖のような食材の栄養素を分解して自身の身体(細胞)に取り込み、炭酸ガスなどのエネルギーを発しながら化学(細胞)変化してもっと別の栄養素や味を作り出す働きのことを言う。
例えば、ワインやビール、パンやチーズ、ヨーグルト、そして日本人にはなじみ深い味噌や醤油、日本酒、納豆、ぬか漬けなどは全て“発酵”の技術で造られている。
この“発酵”とは不思議なもので、一見、カビ菌のようなバイ菌と一緒になって腐ってる(腐敗している)ようにしか見えないのだが、全く正反対の働きをし、人体に有用な味や栄養素を作るだけでなく、なんとカビ菌の繁殖までも抑えてくれるのである。
では、カビ菌による腐敗ではなく、人体に有用な発酵をさせるにはどうしたらいいのか?
と言うと、一定の温度で細菌(微生物)を生かしながら圧力をかけて空気を抜いてやると酸素のない状態に耐え切れず、微生物(細菌)は食材に含まれる糖を分解することで酸素を得て呼吸しようとする(生き続けようとする)。
これが“発酵”である。
(ヨセフの頃の古代小麦、特にエマー小麦は小麦の実を取り出す(脱穀)のに湿らせたり、うまく叩いたりしないとできなかったことから発酵の技術は生まれたものと思われる。)
この発酵の状態を作り出す為に、ヨセフはピラミッド(冷暗所)の四方に勾配(角度)をつけ、太陽に照らされた空気の流れを(暖かい空気は上に、冷たい空気は下に行くよう)還流させてピラミッド内部の微生物が生きられる温度を一定に保つと同時に、ピラミッドの頂上から小麦を下に流し落とすことで積まれていく小麦の重みで空気を抜くようにした。
この時のピラミッドの勾配(角度)が、現在、私達が住む家の“屋根”に勾配(角度)をつけるきっかけであり、また、酪農で牛の餌とする干し草を塔の中に積み上げて保管する“サイロ”や、汚水をきれいにする“浄化槽”なども、このピラミッド(冷暗所)の発酵の仕組みをうまく応用したことによってできたものである。
こうしてヨセフは、それまでの苦難に満ちた人生の中で培ってきた経験と神に教えられた深遠な智慧でもって長い飢饉を見事に乗り切り、エジプトのみならず近隣諸国の人々にも備蓄した小麦を配ってその生命を大勢、救ったため、ファラオ(王)から“イムホテップ”(=Imhotep、ヒエログリフ(古代エジプト語)で「平安をもたらす人」が元の意味だが、当時は国家最高官庁の役人もしくは最高神殿の僧侶を指す)と呼ばれる神官に抜擢された後、大神官(=Chancellor、宰相、首相、大統領)となり、王権に匹敵するほどの権勢を誇ったと聖書に記されている。(創世記41章41~57節参照)
確かに、ヨセフが遺した功績は数知れず、階段ピラミッドの他に“ギザの三大ピラミッド”(=The Great Pyramids of Giza、Pyramidは古代ギリシャ語で「収穫された小麦(pūrós amáō)」から名づけられたと言われる。)も実は彼が建造したものなのだが、それが今ではなぜかクフ王やカフラー王、メンカウラー王がこれらのピラミッドを建てたものとされている。
それもこれも、彼らの名前がこれみよがしにピラミッドの壁に刻まれていたからなのだが、それらは当時、ファラオ(王)に仕えて莫大な富と権力を誇っていた神官達(創世記47章22節参照)の名前であり、彼らはピラミッドを建造するに当たってその費用の一部を寄付していたからだった。
(その経緯については、19世紀にイギリス人冒険家のヘンリー・ウェストカーが発見した“ウェストカー・パピルス”(=The Westcar Papyrus)に詳しく記されている。)
何せ、ピラミッドができたことで膨大な量の小麦が備蓄され、それを求めてエジプト全土や近隣諸国の人々が続々と買い付けにやってくるのだから(創世記47章13~26節参照)、その巨富(巨万の経済効果)に強欲な神官達が目を付けないわけがない。
あまりに深刻な飢饉だった為、あらゆる人々が全財産を売り払ってまで何とかヨセフから食糧を買おうとするのを目の当たりにし、彼らもまた、ヨセフに倣って次々とピラミッドを建ててみせたのだが、そもそも人の生命を救う為にピラミッドを造ろうとしたヨセフの細やかな“気遣い”あふれる構造設計(智慧)を全く理解せず、己の私利私欲の為だけに“見かけだけ”のピラミッドを作ろうとした彼らには所詮、無理な仕事だった。
その彼らによって建てられたのが、ダハシュール砂漠にある“屈折ピラミッド”(=The Bent Pyramid) や“赤のピラミッド”(=The Red Pyramid)といったピラミッド群なのだが、固い岩盤に覆われたギザ台地やサッカラ台地に建てられたヨセフのピラミッドとは違い、砂漠の上に建てられたせいで建設中に基盤が沈んでしまい、ピラミッドの勾配(角度)があちこち折れ曲がってしまったことから“屈折ピラミッド”と呼ばれていて、もちろん、勾配(角度)がきちんとしていなければピラミッド内部の温度が一定に保てないのだから、全く意味(目的)をなさない構造物でしかない。
また、“赤のピラミッド”も一見すると、きちんと構造設計された傾斜角度43度の立派な建物に見えるのだが、ギザの最大ピラミッドの傾斜角度が51.5度に対し、その微妙な差が空気の流れを変え、ピラミッド内部における大きな温度差や湿度差を生む。
その為、赤のピラミッドは別名、“コウモリのピラミッド”(=The Bat Pyramid)と地元民に呼ばれるほどコウモリの住処になっており、それはギザのピラミッド内部の温度や湿度よりも赤のピラミッドの方が高いことからダニや蚤などの害虫が発生しやすく、その害虫を餌とするコウモリ達にとってはまさしくそこは彼らの為の天国(食糧備蓄倉庫)になったからである。
しかも、神官達は何を考えたのか階段式になっているピラミッドの見栄えを良くしようとわざわざ白い石板までご丁寧に斜面の上から張り付けてしまった。
もちろん、これも太陽光パネルを家の屋根に設置するようなものなので、ピラミッド内部の温度や湿度を上げる元凶となり、ますます害虫やコウモリ、ネズミまでも呼び込むことになる。
こうして、自分達が治める土地の領民から高い税金を巻き上げ(ファラオが神官のような家臣に土地を与えて忠誠を誓わせる封建社会なので。創世記47章22節参照)、その税金が払えなければ領民に過酷な労役を強いてまで公共事業としてピラミッド建設をあちこちで行ったのだが、どれもこれも失敗に終わり、結局、面目を失って何とか体面を立て直すと同時にヨセフが生み出す利権のおこぼれにあずかろうと、一部、建設費用を負担したのがあのギザの三大ピラミッドだった。
それでも、彼ら神官達はヨセフの“人(の生命)を大切に思う真心を理解しようとせず”、ピラミッドを造り(公共事業)さえすれば勝手に富が生まれるものと勘違いしているのか、まるで何かに憑りつかれたかのようにピラミッド建設(公共事業)にこだわり続け、巨額の税金を投じてその建設にいそしむ一方、建築資材や人手が足りなくなるとまた、青銅の武器や兵器でもって度々、隣国に戦争を仕掛けてはその土地の資材を無理やり奪い取り、大勢の罪のない一般庶民を殺したり、奴隷にして、また、ピラミッドを造ろうとする。
その上、ヨセフが死んで彼ら神官の子孫達に再び権勢が戻ると、もはやヨセフの“真心”とも言えるピラミッドの構造(智慧)自体が全く分からなくなり、自分達の祖先が犯した同じ失敗を繰り返して、せっかくヨセフが誰(の生命)も傷つかないようにと考えに考え抜いて完璧に仕上げたギザのピラミッドにまで“見栄えの為だけ”の化粧板である石板を張り付けてしまった。
この“真心(=神)”に逆らった行為が彼らを破滅へと導く。