うろこ
ひらり、一枚のうろこが舞う。
ひらり、ひらり、ひらり。
僕はその虹色に輝くうろこをひとつずつていねいに拾っていった。
そのうろこは駅の方までずっと続いていた。
ひらり、ひらり、ひらり。
広場に出て視界が開けたとき、うろこの持ち主が誰だったのか、初めて分かった。
うつくしい女の人だった。素足で、ふらふらと、しっかりと、虹色のうろこをひらひらと落としながら駅へ向かっていた。
僕はうろこを拾うのをやめて、大事にいままでの拾ってきたうろこを抱えて、その人の下へ駆け寄った。
「あの、うろこ、落としてますよ」
するとその人は夢を見るようなけれどしっかり、射すくめるような目つきで僕をゆっくりと見下ろした。
「ええ、落としてるの」
「落としてもいいんですか?」
「ええ、いいの。そのうろこは、あなたにあげるわ」
僕にはこのうろこをどうすればいいのかも分からなかったしどうしてこんなにも美しいうろこをただただ落としたままにしているのかさっぱり理解できなかった。
「いつまで、うろこを落とすんですか?」
さぁねえ、といって首をかしげるとしゃんと鳴ってまた幾枚かのうろこがひらひらと剥がれ落ちた。
「もう、いらないから」
それは、絶対に、子供である僕が見ても、悲しくて、さびしくて、いっぱいいっぱいになっている時の悲鳴だった。
様々に光るうろこが僕達をいろんな色に照らす。
「あの、少しだけ、時間、ありますか?」
そのうつくしい人は少しの間首をかしげていたけれど、それは考えているというよりもふっと眠りについていきそうな緩やかな心地よさそうな表情をしていた。
「ん、いいよ」
思い出したかのようにその人は答えた。
僕はその人のほっそりした手首をそっとつかんで歩き出した。僕らが進むたびにひらひらひらひらうろこが落ちていったけれど、僕以外誰も気づいていないようだった。
「ここ」
植木鉢を跨いでいくつもの柵をくぐり抜けてさまざまな小さな階段を上ったり降りたりしてようやくたどりついたここは、入り組んだ北口駅のちょうど中央に位置する静かで狭い部屋だった。上のほうから聞こえてくる喧騒はくぐもり、天上からはほっとするような陽光が四方をコンクリートで囲まれたこの狭い世界に差し込んできていた。
ここは、僕だけが知る、僕の世界そのものだった。
「すごい」
その人は、少しだけ、生き生きとしていた。
「僕はもう行きますから、好きなようにしてください。帰るときは、ばれないように気をつけてくださいね。」
小さな窓のついた扉を閉めるとすぐに、押し殺した泣き声がもれてきた。そしてそれは次第に、夏のスコールのような響きに変わっていった。扉の隙間という隙間から、さぁっとたくさんのうろこが溢れ出してきていた。それはもう、僕が拾うことさえ出来ないほどの量だった。
あの人とはあれ以来一度も会っていない。けれど、時々、ここに訪れているのがわかる。部屋の隅っこに、綺麗に光るうろこが落ちていることがときどき、あったから。僕は自分の世界を犠牲にして彼女に救いをもたらした。それは、僕にとって自分の想像を超えた行動であり、僕にとって大変な変革だった。