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転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


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没落令嬢の値段

 中庭に馬車が止まった。


 エルヴィン家の紋章が入った幌。御者が扉を開ける。白金の髪が陽光の下に流れた。


 翡翠の瞳。微笑み。背筋が一本の刃のようにまっすぐだ。


 美人だ。


 胸もでかい。


 息を吸うのを忘れていた。


 落ち着け。こっちは受け入れる側だ。鼻の下を伸ばしたら交渉で負ける。


「グレンツェン辺境伯家嫡男、ユリウスと申します。遠路お疲れでしょう」


 美女の前だと声が勝手に整う。前世から変わっていない。


 セラフィーナが馬車のステップに足をかけた。風が裾を攫い、足首から脛にかけての白い線が覗いた。次の瞬間にはもう裾が戻っている。偶然か、計算か。


 裾を摘んで、完璧な礼を返した。


「エルヴィン伯爵家長女、セラフィーナでございます。お迎えいただき感謝いたします」


 裾を放した指先が一切の揺れなく戻る。練り上げた所作だ。声にも姿勢にも、隙がない。


 だがその微笑みの奥で、翡翠の瞳が動いた。中庭の石畳。壁の補修痕。館の規模。一瞬で全てを値踏みしている。


 こっちの足元を見ている。短い時間で、効率よく。有能な女だ。美人で、有能で、胸もでかい。前向きに検討した判断は正しかった。


 オットーが横から寄ってきた。小声が耳をかすめる。


「王都の派閥争いで二年前に失脚。発言力はほぼありませんが、資産は残っています」


 短く頷いた。今、俺が見たいのはもっと奥だ。


 目の奥に意識を集めた。


 色が浮かんだ。三つ。


 三つ同時に浮かんだのは初めてだった。ヘルムートもオットーもリーゼロッテも、浮かぶのは一つか二つだ。この女の中には三つの柱が同時に立っている。それだけ、駆動力が詰まっている。


 一番目は家名の安泰。エルヴィンという名の重みが、金色の輪のようにこの女を取り巻いている。


 二番目は自分の価値の証明。ここが気になった。ただの出世欲ではない。何かを取り返そうとする色だ。光の裏に暗い影がちらつく。靄がかかって正体は読めないが、この影が「証明」を駆り立てている。義務感だろう。没落しかけた実家を、自分が支えなければ。そういう種類の重さに見えた。


 三番目はこの婚姻を有利に進めること。微笑みの奥に交渉の道具が並んでいる。


 計算ずくだ。美貌を武器に、辺境に乗り込んできた女。


 面白い。俺と同じ種類だ。


 口角が上がるのを抑えなかった。


「辺境の暮らしはお口に合いますかどうか」


「ご心配には及びません。私は環境を選びませんの」


 微笑んでいる。だがその完璧さが逆に凄みを帯びていた。もう二度と見下されないと決めた人間の、鎧だ。


「ヘルムート、お部屋にご案内を」


 廊下の奥から無言の足音が応え、セラフィーナの従者を伴って去っていった。白金の髪が廊下の奥に消えるまで、目が追っていた。



    ◇



 夕食は静かに終わった。


 セラフィーナの食事作法に隙はなかった。領地の歳入構造や帝国との距離について、鋭い問いをいくつか挟んできた。鉱山の話題に触れた時、翡翠の瞳がわずかに動いた。


「鉄鉱脈ですか。品質は」


「精錬しやすい鉱石だと鑑定が出ている」


「どなたの鑑定で?」


「領内の鍛冶師だ。腕は確かだ」


 セラフィーナの微笑みが少し深くなった気がした。俺の返答を量っているのか、鍛冶師が誰なのかを測っているのか。


 他にも、交易路の安全確保や軍備の規模について、立て続けに聞いてきた。食事の手は一度も止まらなかった。問いかけながら、匙と杯を完璧に操っている。


「ところで、エルヴィン家の王都でのお立場は、今どのような状況でしょう」


 匙が一瞬だけ止まった。セラフィーナの微笑みが一段深くなる。


「ご心配には及びません。立場は、これからお作りするものですわ」


 値踏みされている。こちらが値踏みしているのと、同じ目で。


 食後、中庭に面した回廊を歩いた。ヘルムートは十歩後ろにいる。


 夜風が白金の髪を揺らした。一通り歩いたが、館の印象を口にしない。褒めも貶しもしない。辺境を見下す者はすぐに感想を口にする。判断を溜める者は、本気で何かを企んでいる。


「ユリウス様」


「何でしょう」


「失礼を承知でお聞きしますわ」


 セラフィーナが足を止めた。


「あなたの目……何か、見えているのでしょう?」


 心臓が跳ねた。


 利得の目。会って半日で気づかれた? この力の存在だけは、隠し通さなければならない。


「……さあ。何のことでしょう」


「初めてお会いした時、あなたの目が変わりましたの。ほんの一瞬。人を見るようでいて、その奥を覗くような」


 微笑みは崩れていない。だが扇子を握る指に、わずかに力が入っていた。


 探りだ。確信はない。反応を見ている。


「買いかぶりですよ。ただの辺境の田舎者ですから」


 セラフィーナは一拍おいて、微笑んだ。


「ただの田舎者にしては、目が死んでいませんわね」


 翡翠の瞳が、笑っていなかった。


 部屋に戻り、天井を見上げた。三つの色が、まだ目の奥にちらついている。


 二番目の影。あの暗さは、何だ。


 読み切るまで、この目は見せない。


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