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転生ゲーム理論家は笑顔で世界を掌握する  作者: どみさん


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3/13

交渉に兵は要らない

 帰還して三日目の朝、オットーが書斎に駆け込んできた。


 いつもの早口ではなかった。羊皮紙を胸に押しつけるように抱え、顔が白い。


「ユリウス様。交易路の件です。商人が三人、荷を奪われました。迂回が始まっています」


「盗賊か」


「二つの集団が合流した形のようです。リーダーが二人。元傭兵と、農民崩れ」


 元傭兵と農民崩れ。共同統治。利害が異なる二人が組んでいる。


 兵を出す余裕はない。使える兵はみな国境の斥候監視に出している。商人の迂回が続けば、雑収入の金貨40すら危うくなる。


「オットー、アジトの位置は」


「商人の証言から、街道北の崖沿いの森かと」


「行くぞ。ヘルムート、馬を」


 廊下の奥から、無言の足音が応えた。



    ◇



 馬を並べて街道を北へ走る。


 ヘルムートが先頭、俺が続き、オットーが遅れがちについてくる。崖沿いの森が近づくにつれ、空気が湿り気を帯びた。


 馬上で策を巡らせる。二人のリーダー。利害が違う。片方に嘘をつけば、もう片方を孤立させられる。


 森から湿った風が吹いた。鉄錆に似た匂いが混じっている。鍛冶場の空気を思い出した。三日前の巡回。リーゼロッテが前掛けを外した瞬間。汗で張りついた麻の上衣。腰から尻にかけての線。


 喉の奥が熱くなる。


 今じゃない。目を細め、思考を絞った。


 森の手前で馬を降りた。ヘルムートが先に地形を確認し、戻ってくる。


「二手に分かれている。東と西。煙が二つ」


 二つの煙が、木々の隙間から細く上がっている。二人のリーダーが別々に陣を張っている。仲が良ければ一つの火を囲む。都合がいい。


「まず東だ」


 東の陣に近づいた。焚き火を囲む男たちの中に、一人だけ革鎧を着た男がいた。傭兵上がり特有の、人を値踏みする目つき。


 目の奥に意識を集める。


 浮かんだ。一番強いのは金だ。金貨の色が、他の全てを押しのけている。次に自由。縛られることへの嫌悪が、二番目に光る。金と自由。それだけの男だった。


「話がある」


 俺は両手を上げて、一人で焚き火に近づいた。ヘルムートが背後の木陰で剣に手をかけているのが気配でわかる。


「西の連中は、もうこちらに話をつけた。お前たちを売って、自分たちだけ逃げるつもりだ」


 嘘だ。だが元傭兵の視線が一瞬、西の方角へ流れた。金が一番の男は、仲間への信頼が薄い。


「盗品を持って南に逃げろ。追わない。今なら間に合う」


 元傭兵の目が細くなった。俺の後ろを見ている。ヘルムートの気配を探っているのだ。


「一人で来たのか」


「交渉に兵は要らない」


 沈黙が落ちた。焚き火が爆ぜる音だけが聞こえる。元傭兵は俺の顔と西の方角を交互に見て、やがて立ち上がった。部下に顎で合図する。荷を担いで、南へ消えた。


 一つ目、片づいた。


 西の陣に回る。


 農民崩れのリーダーは、焚き火の前で刃物を研いでいた。痩せた中年の男。目の下に隈がある。


 意識を絞る。


 一番に浮かんだのは生存だ。生き延びることへの執着が、骨に染みるように深い。だが二番目が奇妙だった。靄がかかっている。輪郭はあるのに、色が定まらない。何かが揺れている。


「投降しろ。領民として受け入れる。罪は問わない」


 男の目が動いた。だが、首を横に振った。


「部下はどうなる」


 その一言で、二番目の輪郭が震えた。


 部下への義理だ。生存とほぼ同じ強さで、揺らいでいる。順序は読めた。生存が一位、義理が二位。だが差が紙一枚もない。感情が少し傾けば、入れ替わる。


 さっき、入れ替わったのだ。「部下はどうなる」と口にした瞬間、義理が生存を追い越した。


 ......読めない。並び順はわかる。だが紙一枚の差を、この目は拾えない。


「部下も全員だ。全員を領民として受け入れる。鉱山の仕事がある」


 男の目が変わった。靄が晴れていく。生存が、もう一度一位に戻った。部下ごと生き延びられるなら、義理と矛盾しない。


「......わかった」


 刃物を地面に置いた。



    ◇



 投降した盗賊たちを街道まで連れ出す途中だった。


 若い男が一人、列から飛び出した。鉱山送りが怖かったのだろう。崖沿いの細い道を、脇目も振らずに走る。


 ヘルムートが追おうとした時には、もう遅かった。


 足を滑らせる音。短い叫び。それから、何も聞こえなくなった。


 ヘルムートが崖の縁まで歩き、下を見た。戻ってきて、一言だけ言った。


「逃げた男が落ちた。死んだ」


 崖は計算に入っていなかった。


 投降させて、労働力にする。それが計画だった。逃げる人間が出ることは想定していた。だが崖から落ちることまでは。


 俺の策で、人が死んだ。


 次の思考が来る。残りの人数で鉱山は回る。投降条件は維持する。崖の男の遺体は回収して、埋めればいい。


 切り替えが速いことを、自分でわかっていた。


 オットーが羊皮紙を握りしめたまま、黙っている。いつもの早口がない。


「ユリウス様」


「何だ」


「東のリーダーには......投降していませんよね?」


「していない」


 オットーは何か言いかけて、口を閉じた。羊皮紙の端が、指の下で皺になっていた。


 元盗賊たちを街道沿いに並ばせ、鉱山への移送手順をヘルムートに伝えた。労働力が十三人。鉄鉱石の採掘に充てる。リーゼロッテの鍛冶場にも恩恵がある。


 口角が上がった。成功だ。兵を一人も失わず、盗賊団を壊滅させ、労働力まで手に入れた。


 ヘルムートが俺を見ていた。


「若様、お前は......いや、いい」


 眉間に深い皺。だがそれ以上は何も言わなかった。


 俺はヘルムートに利得の目を使う気になれなかった。この男が何を思っているか、知りたくなかった。


 馬に跨がり、帰路につく。


 鉱山の人手は揃った。鉄が出れば、この領地は変わる。次の一手を考えろ。


 崖から落ちた男の顔が、ちらついた。名前も知らない。歳は俺と同じくらいに見えた。


 振り払おうとして、振り払えなかった。

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