尊厳が砕けた時、悪魔は消える
次の日の夜。
都市の外壁前。
「来た来た」
「来たね」
「数、多くない?」
「昨日の下見で俺たちのこと見られたからな」
「そっか」
黒い影がわらわらと集まってくる。
見た目だけはそれなりに禍々しいが――雑魚悪魔たちだ。
アリシアが、後ろで青い顔をしている。
「こ、こんな数……!」
「大丈夫」
「何がですか!?」
「弱い」
俺は剣を抜いた。
「ルナ」
「はーい」
次の瞬間。
終わった。
「え?」
「え?」
説明する暇もない。
剣を振る、悪魔が消える。
ルナが指を鳴らす、悪魔が蒸発する。
「主、そっち残ってる」
「了解」
――三十秒後。
そこには、
悪魔だった“何か”の痕跡しか残っていなかった。
「……え?」
「え?」
アリシアが、完全に思考停止している。
「い、今の……」
「前座」
「前座!?」
「準備運動だね」
そのとき。
空気が、ちょっとだけ変わった。
拍手が響いた。
ぱち、ぱち、ぱち。
「いやはや、素晴らしい」
黒いローブの悪魔が、わざとらしく前に出てくる。
角は立派、魔力も濃い。
どう見ても――幹部だ。
「雑魚どもを一瞬で消し去るとは」
「お褒めにあずかり光栄」
「我は――」
「長い」
「え?」
「自己紹介、長い」
「まだ名前も言っていない!」
ルナが、指折り数え始めた。
「幹部ってさ」
「な、なんだ」
「だいたい名乗る」
「当然だろう!」
「演説する」
「威厳が必要だからな!」
「そのあと死ぬ」
「不吉なことを言うな!」
俺は、剣を肩に担いだ。
「で、今日は何分コースだ?」
「何の話だ!?」
「あんたら幹部の平均寿命」
「測るな!」
幹部悪魔が、怒りで震え始める。
「貴様ら……!」
「ほら来た」
「定番の逆ギレフェーズ」
ルナが、俺の袖を引く。
「主」
「ん?」
「この悪魔、弱くない?」
「見た目だけってやつだな」
「聞こえているぞ!」
「耳いいな」
幹部悪魔は、両腕を広げた。
「我は魔王直属――」
「直属多くない?」
「何人直属いるんだよ」
「組織の構造どうなってんだ」
「黙れぇぇぇ!!貴様ごとき下級悪魔に――!」
魔力が膨れ上がる。
地面が揺れ、空気が重くなる。
後ろで、アリシアが息を呑む。
「……っっ!」
――が。
その瞬間。
ぱちん。
ルナが、軽く指を鳴らした。
「……ん?」
地面が、ぐにゃりと歪む。
「な、何だこれは――」
次の瞬間。
ぬるり。
ピンク色の“何か”が、地面から生えてきた。
「……おい」
「ん?」
「それはやめろ」
触手だった。
ぬらぬらとした、やたらと艶のある触手が、
一本、二本、三本――
幹部悪魔の足に、腰に、腕に絡みつく。
「なっ!? や、やめろ!」
「えー、逃げないで」
ルナは、楽しそうに首を傾げる。
「主、動き面白い」
「見たくねえ!」
触手は増える。
無駄に弾力があり、無駄に絡みが丁寧だ。
「くっ……! 放せ! 我は高位悪魔だぞ!」
「だから?」
「だから……気持ち悪いものを使うなぁぁ!」
「今さら何言ってんだ」
「悪魔だろお前!」
幹部悪魔は、完全にパニックになっていた。
「やめろ! やめろぉぉ!」
「ほら、暴れると絡まるよ」
「優しく言うな!」
触手は、容赦なく締め上げる。
締め上げるが、即殺さない。
「主」
「なんだ」
「この人、顔赤い」
「羞恥で殺すな!」
「ぐ……う……」
「気持ち……悪い……」
「だろうな」
幹部悪魔は、最終的に――
「こんな……死に方……が……」
白目を剥いて、気絶。
次の瞬間。
触手が、きゅっと一斉に締まった。
――消滅。
後には、
何事もなかったかのような地面だけが残った。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「二度と見たくない」
「えー? 楽しかったのに」
「倫理観どうなってんだ」
ルナは、満足そうに伸びをする。
「下級悪魔なりの戦い方」
「悪魔の評判が下がる」
後ろで、アリシアが震えていた。
「……あ、悪魔って……」
「ん?」
「こ、こんな……」
「全部じゃない」
「でもあれはトラウマです……!」
俺は肩をすくめた。
「安心しろ」
「何がですか……」
「あれ、味方だから」
「安心できません!!」
ルナは、にこっと笑った。
「次は、もっと早く終わらせるね」
「改善の方向性はあってるか…?」
こうして。
都市を脅かした悪魔の幹部は、
気持ち悪さの限界を超えて消滅した。
誰も、
その死に様を語り継ごうとはしなかった。




